「来い」
その一言で、綴の元に筒が帰ってきた。
「さて、と……まずはアイツどうにかしねぇとな……隙をつくるぞ」
子蜘蛛の元へ行くためには脹相をどうにかする必要がある。しかしどう考えても綴も虎杖もここから逃がす気はないようである。
綴は筒の中身から杭を取り出そうとして、
「ああ、こんなの持ってたっけ」
「
なんでそんなもの持ってるんだ?とこの世で1番持っていなさそうな綴が取り出したことに虎杖は驚く。
──
綴はワックスを適量手に取ると前髪をグイッと上げる。
「団子……は、やっぱできねぇ、か」
「綴先輩、前髪変っすよ」
「殴るぞ。いいか、これは俺が世界で1番敬愛する呪術師の髪型だ」
そういいながら、後髪を糸で結ぶ。本当は団子にしたかったが量が足りなかった。
「『
甘菜呪流術、一の型応用・羽織」
「?」
「この祝詞に意味はない。ただ、俺が言ってみたかっただけだ」
虎杖の頭をガシガシと撫でながら綴は祝詞を唱えた。
「話は終わったか?」
「おう、悪かったな」
戦う準備を進める綴と虎杖を見て、脹相が問いかける。
「じゃあ、悠仁……死ぬなよ」
「先輩こそ、俺が行くまで死なないでくださいよ!」
「阿呆、子蜘蛛は余裕だわ。時間がねぇってだけで」
そう、綴の1番の問題は残り時間だ。
「今日が終わるまでは生きれんじゃね? でもなるべくはよ来い」
「わかった!」
虎杖の返事を聞くと綴は子蜘蛛の呪力を追う。脹相はそれを逃がさないよう綴を足止めしようとするがそれを虎杖に防がれる。
脹相が綴をここに留めて起きたかった理由は、単純に綴が自由に動いていると
しかしそれは虎杖に邪魔され綴を足止めすることに失敗する。内心舌打ちをしながら、仕方がないと虎杖に意識を集中させるが違和感を感じる。呪術による攻撃が効いていないのでは?と錯覚するほど手応えがないのだ。
その横を綴は走り去る。
呪術をもって攻撃しようとするが、綴の糸の盾により弾かれてしまう。先程の虎杖に対しての違和感はこれに似ていた。
──まさか!
甘菜呪流術の応用。
それは元からある呪流術に他の効果を付与することを言う。全員が同じものを使うことはほぼ無く、術師のセンスや術の解釈によって全員応用術の内容は変わってくる。
──「綴君の呪力……例えば蕾を他の人に纏わせたらさ、その人を守れないかな?」──
かつての先輩である尾上小町は綴にそう言った。
・
・
・
首元で何かの声が聞こえてくる。呼ばれているのだろう。
しかし、綴はそれを無視して右側の首元を掴むと、そのまま自分の肉がブチブチと音を立てるのを気にせず引っ張る。
・自分自身を傷付けてはいけない。
そこから出てきたのは芋虫のような呪霊だった。
「夏油さん、ごめんなさい」
──俺はもう生きれないけど。
──でも俺はこの世に大事なことを沢山学んだよ。
──俺は術師も非術師もみんな好きだ。
──
──それが俺が出した答えだ。
「こんな所で非術師嫌い克服してもな……。
さて、そろそろ来るだろ?」
子蜘蛛は弱った獲物を逃すような呪霊ではない。
綴が思っていた通り、しばらく駅を走っているとあちらから綴を見つけに来た。
綴の命が僅かであることを察知したらしい。まるで綴を嘲笑するかのようにケタケタと嗤う2体の子蜘蛛が血だらけの杭を持っている。
──てことは最低でも1体杭から抜け出してんな?
それが綴が子蜘蛛に打った杭であることはすぐにわかった。
「なにもしなければ今日1日は持つ。だが呪力を使えば、
・自分の命を守る。
また綴は虎杖に嘘をついていた。本当はもう会うつもりなんてなかった。
もう防御に呪力を割くこともない。綴は次々に約束を破っていく。
ビリッと背中が避ける音が聞こえた。
パリパリと頬が剥がれる音が聞こえた。
「こんな姿、見られたくねぇもんな……」
背中から黒い蜘蛛の脚が3本生え、顔はヒビだらけ。
どんな姿になっているか綴はわからない、しかしひとつだけ確信していることがある。
──きっと醜い……呪霊みたいな姿なんだろうな。
襲いかかる子蜘蛛に杭を打ち付ける。その綴の横からもう1体の子蜘蛛が大口を開けて突進してくる。
避けようとするが腕が引っ張られる。杭を打ち付けた子蜘蛛に腕を掴まれてしまったようだ。そのまま避けることもできず、綴はもう使い物にほぼなっていない左腕を盾のように扱う。どうせ子蜘蛛は杭をまだ隠し持っているはずだから、糸の盾を使っても意味が無いと綴は判断したのだ。
そしてそれはただでは終わらない。
「甘菜呪流術・五の型応用……置土産」
左腕を切り離し、綴は腕を掴んでいた子蜘蛛を左腕を食った子蜘蛛に投げつける。
すると、左腕を食った子蜘蛛の顔が膨張し、破裂。その血を浴びた子蜘蛛がジュウジュウと血が掛かった箇所が火傷をしたように焼けている。
「いらないところが爆弾に早変わりってな」
その血は綴にも僅かにかかり綴自身をも焼いている。
「チッ」
舌を打ちながらゴシゴシと頬についたそれを拭い、また構える。子蜘蛛の生命力は凄まじい。この程度では祓いきれるような呪霊ではない。
片腕を失ったせいで少々不利になったがそれでも綴は止まれない。ここで綴が食われるようなことがあれば、きっと子蜘蛛は高専にいるもち丸を狙うだろう。高専にこの子蜘蛛に対抗出来る術師は存在しない。五条ですら、誤って祓ってしまう可能性があると、子蜘蛛とはできるだけ戦いたくないと明言している。
子蜘蛛に刺さった杭を、置土産をくらい顎が消し飛んだ子蜘蛛が引き抜こうとする。綴はそれを阻止するために、顎のない子蜘蛛を蹴りあげる。子蜘蛛は駅の天井を貫通し、外まで出ていってしまったようだ。
杭の刺さった子蜘蛛を右腕で掴むと背中の脚も使って空いた天井から出る。
顎のない子蜘蛛は、呪力を顎に集めて治療を試みるが上から巨大な呪力を感じ、そちらを見る。その瞬間、綴の蹴りが頭にめり込む。その蹴りには綴の呪力が流れており、まるで電気が流れるかのように身体が痺れる。
「ガキの頃から得意なんだよ、こういうのは………」
かつて最強でなかった五条悟も舌を巻いた呪力操作による攻撃方法である。
「体術と呪力操作以外はからっきしで。式神も本当に簡単な、誰でもできるようなことしかできねぇし、呪具使うのもそこまで得意じゃない。結界術なんて帳すらまともにできない。反転術式による治療?不器用過ぎてできんかったわ。
その代わり、呪流術関連は飛び抜けてんだ。ある意味で天与呪縛ってやつか? いや、やめとこ、今の発言なし。なんか真希に怒られそうだ」
──……思った以上に呪力使ったな……人のこと言えねぇけど生命力ありすぎるし硬いから必要以上に呪力込めないとダメージにならないんだよな。
──しかも左腕も食われた……そろそろ食った分の呪力が定着してくる頃だ。
──さっきまでみたいにはならな………。
すると目の前にいた子蜘蛛が消えた。
「!?」
かと思うと綴が掴んでいた子蜘蛛を何かに奪われる。
もちろんその何かは顎のない子蜘蛛で、子蜘蛛は反転術式によりいつの間にか顎を治していた。
──仲間を助けた? ありえない……ということはない。別個体なら死んでも何も思わないだろうが、同個体なら……。
という綴の思考を嘲笑うかのように、子蜘蛛は杭が刺さった子蜘蛛の喉元に齧り付いた。
「………ま、そうするよな。俺も同じ立場ならそうする」
──左腕の分と使用呪力を引いて……。
──残り時間は
「やるしかないとはいえ、きっついなぁ……」