「クソがっ」
甘菜は苛立ちを隠さずに呟いた。
今回の任務は七海、虎杖と共に映画館の事件について調査、解決するものである。はずだった。
七海は敵アジトの調査……という名の乗り込み。虎杖と伊地知は今回の事件に関係していると思われる、吉野順平の調査。これに甘菜も参加することになっていたが、途中で状況が変わってしまった。
「伊地知さん、別件だ」
「え? あ、甘菜君!?」
戸惑う虎杖と伊地知を車に置いて、そのまま街を走り出した。
というのも、ある呪力を感じ取ったことが原因である。
「どこだ…どこにいやがるっ! なんで生きてる!?」
糸を出すと、その呪力を感じる場所への近道となるであろう建物へ飛び移り、そのまま空を飛ぶようにして移動する。
何とも言い表せない言葉が競り上がるが、結局意味を持たない言葉の叫びとなる。
今となっては、それを直ぐに信用できる大人に話すべきだった。だが、今の甘菜にはそんなことは一切頭にない。
たどり着いた場所にいたのは、黒い服を着た男。
「やぁ、久しぶりだね綴。キミならわかると思ったよ」
「……………そりゃあ、
夏油傑。
かつて甘菜に呪術を教えた人物。
一般人を100人殺害し、高専を追われた特級呪術師。
「でも術者が呼ばないと、ソレには反応できないだろう?」
「アンタは、何もしなくてもわかるのにな。不公平だぞ、コレ」
奥歯を噛み締める。
1年前の百鬼夜行。あの時甘菜は乙骨達2年生の救援に向かったが、夏油に味方になるように持ち掛けられ、とある呪いを受けた。
それは恐らく、
「アレからもう1年か……また強くなったね」
「余計なお世話だクソが」
「アレ? さらに口も悪くなった? 私の可愛い綴が……これが反抗期か……」
「安心しやがれください。アンタが高専からいなくなってから反抗期は始まってます」
それでも、近づいてくる夏油から逃げることはない。
「キミも、刺青も順調に育っている。私は誇らしいよ。こんなに素晴らしい家族を持てて」
「………っ」
家族。
それを聞いて、甘菜は初めて夏油から目を逸らした。
「なんで、今頃……っ」
「綴には、私が生きていることを教えておこうと思ってね……今まで高専への
「は?」
「ん?」
甘菜は目を点にさせ、夏油は首を傾げる。
この人はいったい何を考えているんだろう。甘菜に姿を現せば、それが高専側に伝わるとは思っていないのだろうか。
そんなはずはない。なら何故?もしかして本気で自分が呪術高専に潜入していると、そう思っていた?
そこで綴の心に違和感の塊ができた。
「……わ、悪いけどアンタとはもう袂を分かってる。それは去年にもアンタに伝えてる。俺にそんなつもりは……」
「そうか、じゃあ……コレは要らなくなったかい?」
夏油は本当に残念そうに、悲しそうに甘菜に箱を差し出した。目で開けろとそう訴えているのがわかった甘菜は、恐る恐る箱の蓋を開ける。
そこにあったのは、
「……あ、ああ…あぁぁあ……っ」
「もう、我慢しなくていい。綴は優秀な呪術師だ。あんな猿共と同じように生きる必要ないんだよ」
美味しそう。なんて美味しそうなんだ。
食べよう。食べちゃえ。食べなさい。食べようか。食べろ。
がぶり
それを見て、夏油は心底嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、綴。やっぱり君はこっちにいるべきだ」
その一言で、甘菜は正気に戻り顔を上げた。口の周りには、蜘蛛の体液がこびりついている。
「……ち、違う…違うんだ!! なんで、なんでこんなこと! たべっ、食べたくなかったのに!! お、俺は……っ」
「今の綴を、呪術高専が受け入れるとは思えない。
本気で心配しているんだ。こんなに痩せて……これじゃあ、この呪いを綴に施した意味が無い。私はね、綴に長生きして欲しいんだ」
夏油が甘菜の頭を撫でる。幼子にするように、慰めるために甘菜の背中を優しくたたく。
長生きして欲しい?この呪いがあるから生きられないのに?
その言葉は喉から出てこなかった。
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「……虎杖……と、誰だ?」
「それじゃぁ、綴。また今度会いに行くよ」
「………」
「答えてくれないのか? 流石に傷つく」
橋の上で夏油と甘菜は虎杖を見つけた。その隣にいる青年を、甘菜は知らなかったが、夏油は知っている様子だ。
「高専には私と会ったことは、内緒だよ。また苦しい思いをするのはわかっているはずだ」
「…………」
「それから、次会った時にまたアレを持っていくよ。今の綴にはアレが1番美味しいし受け付けられないだろうからね」
「…………」
「綴」
「………はい、夏油さん」
少し強く名前を呼ばれ、甘菜は苦虫を噛み潰したような顔で、返事をする。そんな甘菜に満足したのか、夏油はそのまま歩いて甘菜の前から去って行った。
とにかく虎杖と合流しよう。
甘菜は河川敷に飛び降りると真っ直ぐ虎杖の方へ向かう。
「あれ? 甘菜先輩?」
キョトンとこちらを見る虎杖と、怯えたようにこちらを見る青年。
だがそんなことは知ったことではない。
「何をしとんのんだ手前はぁ!!?」
「グハァッ!!?」
甘菜はいつもの調子で虎杖の額を手のひらで叩いた。