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脹相の虎杖へ向けた攻撃は全てその手前で弾かれていた。
──ありえない。
こんな事態になった原因はひとつしか思い付かない。
ボロボロになってまで虎杖を救おうとしたあの背中を思い出す。
──甘菜綴か……面倒なことを!
しかしそれを許したのは自分自身だ。弟を守るために最後の力を振り絞った綴を脹相は素直に賞賛することができる。もしも綴の言う弟が虎杖でなければ命までは取らなかったかもしれない。
夏油が綴を頑なに敵にしたくない、と言っていたのはきっと子蜘蛛が主な理由なのだろう。子蜘蛛はいるだけでその場を引っ掻き回す。敵であれば殺してはいけない、という子蜘蛛ならではのアドバンテージは驚異である。味方になれば五条がいない今、こちらはもっと有利になっていただろう。
だがもしも味方になっていれば、脹相の綴への評価は地に落ちることになっていはずだ。脹相にとって甘菜綴はどこまでいっても、誰になんと言われようと、己と同じ兄という生き物なのだ。
一方で、虎杖は綴の羽織に感激していた。
どんなに攻撃を受けても弾いてくれているのを虎杖もしっかりと感じていた。やっぱり綴はすごい人だと、この羽織を見てそう思ってしまう。
──俺、今めっちゃ先輩に守られてんだな……。
いつもそうだった。綴は時分のピンチに駆け付けてくれていた。
守られていた。自分と2つしか歳が違うのにずっと見守り、無茶をした時には叱ってくれる。本当に面倒見のいい優しい人だ。
しかし羽織が急に解除されてしまったのを虎杖はそれを感じる。それと同時に綴の死を悟ってしまう。
──本当にこれがあの人の正しい死だったんだろうか?
──やっぱり先輩は嘘吐きだ。
──俺、会いに行くって言ったじゃん。
それに気を取られ、脹相からの攻撃をまともにくらってしまった。
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その女性はただ渋谷で仕事を終えて家に帰る途中だった。
だが突然化け物に襲われることになり周りの人間とともに逃げ惑っていた。
その時だ、
白い身体を持ち、象よりも小さいがそこそこの大きさをしている。初めは彼女もその蜘蛛に殺されてしまうと思ったが、その逆で化け物を次々にその脚で屠っていくでは無いか。
どうやら自分以外の人間には見えていないようである。ただ突然死んでいく化け物に人々は驚きを隠せていなかった。
「白い蜘蛛が、助けてくれた……?」
それだけでは無い、よくよく腕を見ると糸のようなものが手首に巻きつけられている。
化け物に襲われた彼女だったが、その時に手首に巻きついている糸が形を変えて盾のようになって彼女を守った。糸の盾に攻撃を阻まれた化け物はまるで電撃が走ったかのように身体を痙攣させて絶命する。
「い、いったい何が起こったんだ……?」
隣にいた男がただただ呆然としてそう言った。
「わ、わからない……けど、白い蜘蛛がいたの」
「白い蜘蛛?」
「私達を、助けてくれた。今も、私達を助けてくれてる」
普通の状況なら信じてもらえないような、そんな言葉だったが男は彼女の言葉をすぐに信じた。
もうダメだと思っていた。ここで死んでしまうんだろうと思っていた。
安心してしまった彼女の目からボロボロと涙が出てくる。
──私はまだ生きてる!
白い蜘蛛の存在はすぐにその場にいた人間達の耳に入る。
どんな夢物語でもいい。ただ人々はこの状況を変えてくれる希望に縋りたかった。
「白い蜘蛛が?」
「助けてくれたって……」
「嘘でしょ?」
「でも」
「白い蜘蛛はきっと神様なんだ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「私達を助けてくれた!」
「白い蜘蛛」
「白い蜘蛛様」
「
「
「白蜘蛛様!」
「白蜘蛛様!」
人々が口を開く。
その首のない蜘蛛が、いったいどのようにして産まれたかは彼女達は知らない。しかしその蜘蛛が人間を救ったことを彼女達は知っている。
・
・
・
それとほぼ同時刻。
虎杖はせっかく綴に治してもらった身体をボロボロにして綴の元へ向かっていた。
脹相は数分虎杖が気絶してしまっていた間に姿を消していた。
「………先輩?」
戦闘の後を追っていると、地下から上に通じる穴があった。
返事がないことはわかっている。それでも虎杖は綴の名を呼ぶことを辞めなかった。
「綴先輩!」
涙を耐えるように声を張り上げて綴を呼ぶ。声が自然と震える。
その時だ、その穴から何が落ちてきた。
腕だ。その細く傷だらけの腕には見覚えがありすぎた。
「……………」
ただ呆然とそれを見ていると、穴から同じように何かの塊が落ちてきた。
ベシャリと音を立てて落ちてくるそれは、里桜高校の時に見た蜘蛛にどこか似ているような気がする。あれが綴の言っていた子蜘蛛なのだろう。
その子蜘蛛は虎杖に気が付かなかったのか、それとも敢えて無視をしたのか……直ぐに腕を口に放り込むと奥へ引っ込んで行った。
「待て!」
追いかける。
ただひたすらに子蜘蛛を追いかける。頭のどこかで「やめておけ」と自分の声が聞こえるが、聞こえていないふりをする。
笑い声が聞こえる。まるで筆で描いたような赤い線が奥へ続いている。
初めに目に付いたのは腕も足もなくなり、腹を引き裂かれた物体だった。引き裂かれた腹からは
その傍で
「………えせよ……」
信じたくはない。だが目の前で起こっていることが本当なのだ。目を逸らしたくても逸らせない。嘘だと叫びたくて仕方がない。
しかし虎杖の口から出てきたのはもっと違った言葉だった。
その
「返せよ!!!!」
綴の最期を看取るつもりだった。
それが今までの恩返しになると信じていたから。綴が大好きな先輩だったから。
ゲラゲラと笑い声が響く。
虎杖の存在を視認した子蜘蛛達はまるで虎杖を嘲笑するかのように笑っている。それがただただ癇に障る。
返せ。その人はお前達が食べていいような人じゃない。
返せ。なんでお前達がその人を食っているんだ。
「返せよ、その人をこれ以上食うな……っ!」
1歩進むと、子蜘蛛の笑い声が1層大きくなったのを感じる。
怒る虎杖に見せつけるようにら綴の身体の1部ををまるでスナック菓子のように口に放り込む。
「ふざけんな」
奴らは虎杖が攻撃できないとわかっていて煽ってきている。
お前なんかに何ができる。そう言われたような気分だ。そうこうしている間に綴の首はまた宙に舞う。
虎杖はその首を他の子蜘蛛が取る前に奪い取る。できることなら身体の全てを取り返したかったが、綴から話を聞いている子蜘蛛相手にそれは不可能だと感じた。
だがせめて首だけは。これだけは持って帰らないといけない。これ以上綴が辱められるなんて耐えられない。
子蜘蛛達は綴の首を持ち去った虎杖を追いかける。
子蜘蛛としては早く成体になって飢えから解放されたいのだ。食べ物で遊んでいたのは事実だが、しかしそれとこれとは別。そしてこのままコレを繰り返しいつか自分達の母を呪い、永遠の苦しみを与えた人間達を、両面宿儺を食い殺し飢えから解放される日を待ち望んでいる。
──あ、先輩の筒……。
綴がいつも持っていた筒が雑に転がっている。だがそれを拾って行くほどの余裕が今の虎杖にはない。
──あとで絶対取りに行くから、今はごめん! 綴先輩!
虎杖は後ろ髪を引かれる思いではあったが、足に力を込めて走り去る。