「だいたい伊地知さんはどうしたんだよ、バカタレが」
「すんません。でも1番最初に別行動したのって甘菜先輩……」
「口答え!」
虎杖のこめかみを拳で挟んでグリグリと押していく。悲鳴をあげているが知ったことではない。ちなみにこれをグリグリ攻撃、または梅干という。
「で、どうだった?」
後ろで虎杖を心配そうに見ている青年、吉野順平について甘菜は尋ねる。
今まで見ていた調子なら、吉野順平は今回の事件と何ら関わりがないと思われるが……。
虎杖からは、吉野順平は最近呪霊が見えるようになった、ということ、変異した人間のことについても大した情報を得られた。
「最近……?」
「は、はい……」
「先輩、顔めっちゃ怖いことなってるって」
ピリピリとした雰囲気の甘菜と、それに怯える吉野をリラックスさせようと、虎杖が茶々を入れようとするが、すぐ甘菜に額を叩かれる。
「最近……映画館でか?」
「え、ええと……はい」
「…………虎杖」
痛みに悶絶する虎杖に、甘菜は近寄る。
「多分、ソイツ……死に際にあってる」
「え?」
「殺されそうだった、もしくは
吉野に聞こえないようにそう伝える。
「それって……俺が初めて呪霊にあった時と、同じ?」
「ただ、残穢は見えない。もしかするとソイツが餌の可能性も……」
「でも、順平は何もしてないんで、大丈夫ですよね?」
「………は?」
いや、確かに今回虎杖と甘菜のメインは吉野が呪詛師であるかどうか、事件当日の聴取であるが、なんだ?おかしな方向に話が進んでいないか?
虎杖は吉野の元へ向かう。
「この人は甘菜先輩。見た目とか口とか悪いけど、めっちゃいい人だから! 先輩も映画好きなんだ」
「話し聞いとんのかコラ。
あと映画見始めたのここ最近だぞ」
何が好きなんだっけ?と尋ねてくる虎杖を無視しようとするが、虎杖と吉野の視線に負けて、渋々素直に好きな映画を答える。
「……ザ・グラード」
「先輩、巨大生物出てくるやつ本当に好きっすね」
しかし、その2人の目にはハッキリと「わかる」と言っていた。
巨大クリーチャーと戦う主人公達、カッコイイ。という認識はこの3人の中では共通するもののようである。
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「ミミズ人間なぁ……アレで全作が全く違う世界軸ってのも面白いと思うぞ」
「そう! そうなんですよ! 2が始まって、まさかの1が映画だったっていうオチが!」
数分後、甘菜もこの中に馴染むこととなった。
映画初心者である甘菜であるが、その総評は吉野も舌を巻いた。この人はかなり目利きが鋭い人だ、そう根っからの映画好きが確信するほどだ。
「アレ? 順平、珍しいね」
3人が話していると後ろから女性に話し掛けられた。心做しか、何処か吉野に似ている。
「母さん!!」
どうやら、吉田の母親であったようだ。
甘菜は正直なところ、母親というものにあまり良い思い出はない。母親は大事な人物である。しかしそれ以上の溝があるのが現状だ。
虎杖と吉野親子が話しているのを、ぼぅっとしながら甘菜はそんなことを考えていた。
「甘菜君? もご飯どう?」
「はい?」
いつの間にか、虎杖は吉野家で晩飯をご馳走になるという話になっていた。
──
心の中でそう決心しながら、甘菜は吉野の母親に断りを入れた。
「いや、俺はいいです」
「あら、そう?」
その代わり、財布の中から1万円札を出すと、それを虎杖に手渡した。
「え? 甘菜先輩?」
「一応飯食わして貰うんだ、手土産の1つや2つ持っていけ」
「え、そんなのいいのに!」
「後輩が世話になるんです。それぐらいはさせてください。
あ、ガス代とか食費とかも、このバカの分は出しますんで」
流石にそこまでしなくていいって!と吉野の母親に肩を叩かれた甘菜はポカンと口を開いた。本当にいいのだろうか?と吉野を見ると、彼もいらないと言うように首を横に振っていた。
「……わかりました……でも、手土産の分は受け取ってください。俺の気が済まないんで。
オラ、虎杖走れ、3分以内で戻ってこい」
遅れたら修行量増やすからな。と小声で付け足すと、虎杖は顔を青ざめさせてすぐに走り出し、気が付くともう姿は見えなくなった。この感じだと、3分以内には帰ってきそうだ。
「甘菜君は部活かなんかの先輩?」
「まぁ、そんな感じです」
懐から砂時計を取り出すと、先程まで座っていた石階段の上に置く。
「家の特徴とか、教えて貰えたら行けると思うんで、待てもらわなくても……」
「3分でしょ? 大丈夫よ。ねぇ、順平」
「う、うん……」
吉野順平は、虎杖がいなくなってからの甘菜の様子の変化に、何となくだが気が付いた。
──なんだろう、この人……虎杖君がいなくなった瞬間、雰囲気が変わった、ような……?
先程まで、映画の話を楽しそうに話していた人物とはまるで違う甘菜に戸惑う吉野だが、だんだんと違う面も見えてきた。
──あ、違う……この人、真人さんみたいな人が見えない人に、
その証拠に、吉野と話す時は比較的に柔らかな雰囲気になっている。ほんの僅か、もしかすると違和感に気が付かなかったかもしれない程の差に、吉野は少しの恐怖と興味、憧れを抱いた。つい先日であった、
「間に合った!? セーフ!? ねぇセーフ!!?」
「なんで3分以内に帰ってきてんだコラ」
「蹴った! つま先で弁慶蹴った!!」
帰ってきた虎杖に、容赦なく理不尽な問い掛けをする甘菜を見て、吉野は思う。
──もう少し、話してみたかったな……。
それを、もしも彼をよく知る人物に聞かれれば、きっと止められていただろう。
何故なら『好奇心は猫をも殺す』のだから。