○艦船
長門:長門型戦艦の1番艦。重桜の巫狐(みこ)として祭事を執り行っていた。かつて四代目連合艦隊旗艦であったため、尊大に振る舞うが……
陸奥:長門型戦艦の2番艦。長門の妹として自身も祭事に関わってきたが、長門とは違って見た目相応の言動が目立つ。好奇心旺盛で何事にも「なんで?」と疑問を持つ。
三笠:敷島型戦艦の4番艦。重桜最古参の艦船であり、皆からは「大先輩」と呼ばれて慕われている。
如月:睦月型駆逐艦の2番艦。愛らしい桃色の髪をしているが、性格は大人しく内気。
―――余は重桜艦隊の旗艦であり、余の存在が全ての重桜の艦船の模範となる。故に余は、俗世に塗れてはならない。旗艦としてあるべき姿を保たなければならないのだ。
「ねえねえ長門姉?」
「なんだ、陸奥よ。余は重桜の旗艦として戦術教室で余の力に磨きをかけねばならぬのだが?」
《長門》と呼ばれた少女と同じ狐耳を持ち、キューティクルが艶々としたおかっぱ頭の少女が不思議そうに首を傾げる。長門と同じく『BIGSEVEN』に数えられた妹の《陸奥》は目をキラキラと輝かせながら口を開いた。
「どうして長門姉は本当は他のみんなと仲良くしたいのに、そうやって肩に力を入れてるの?」
「……ふぇっ!?」
「長門姉は饅頭幼稚園で遊んでいる睦月型の子たちをいつも羨ましそうに観てるよね? どうして自分も混ざらないの? なんで? ねえなんで?」
「よ、余はそんな目で駆逐艦を見ていないぞ!」
遠い西の果ての島国には駆逐艦を不埒な目で見る航空母艦がいるという。よもや自分の妹にそれと同類扱いされていると思われるのは長門は心外極まりなかった。もちろん陸奥にそんな気は毛頭ない。陸奥は時折自分でも気づかないまま痛いところを突いて来るところがあった。
「第一余は戦艦であるぞ! 戦艦が駆逐艦と仲良く遊んでいては示しがつかぬではないか!」
「えー? そんなことないよー?」
*
「わーっ! 雪風ちゃんすごーい! 私にも教えてー!」
「全く、しょうがないのだ山城は! この雪風様が上手い水切りの仕方を教えてやるのだ!」
「ちょっと雪風! 山城姉様はこの時雨様と一緒に遊ぶのよ! あんたはすっこんでなさい!」
陸奥に引っ張られる形でやってきた海岸で長門は駆逐艦《雪風》が戦艦である《山城》に上手な水切りのやり方を教えようとしているのを目撃した。幸運艦として知られる彼女は『呉の雪風』の異名を持つなど重桜の中でも一ニを争う強運の持ち主であり、運が絡むことなら何をやっても卒なくこなすことで知られている。
一方で山城とは同じ艦隊に所属していたことから仲の良い駆逐艦《時雨》は雪風から山城を引き離そうとする。『佐世保の時雨』と呼ばれていた彼女もまた雪風ほどではないが、幸運の持ち主であり、その経緯からか雪風のことを必要以上にライバル視していた。
「こうなったらこの時雨様の方がいっぱい水切りできることを証明してやるわ!」
「かかってくるがいいのだ! 今日こそ時雨よりこの雪風様の方が優れていることを証明してやるのだ!」
「雪風ちゃんも時雨ちゃんも頑張れー!」
仮にもあの名高き艦隊で旗艦を務めた者とは思えない山城の振る舞いに長門は天を仰いた。
「ほらね、戦艦の山城も駆逐艦の子と楽しそうに遊んでるよ!」
「……あれは山城の精神年齢が駆逐艦と同程度なだけではないのか?」
「でも山城は戦艦だよ? 私たちと同じだよ? だったら何も恥ずかしくないよね? なんで? なんで?」
「なんでもいい! 山城が特別なだけだ! 他の戦艦や……空母にこのような者はいないだろう!」
*
「あの!江風さん!」
「ん……あなたは二航戦の飛龍か。どうしたんだ? 空母のあなたが駆逐艦の私に“さん”などつけて」
「江風さんはどうしてそんなに凛々しいんですか!」
「えっ」
「ぼくは女子力を高めたいのですが、中々上手く行かず……なのでこうして女子力の高い人に助言を聞いて回っているんです!」
「……女子力の高さを何でもって判断するかは知らないが、私にできることなど……」
「あっ、待ってくださいよー!! 先生ー!!」
*
「いつでもいいぜ、日向」
「ならば行かせてもらおうか。伊勢!」
「お二方、明るいうちから酒を飲んで何をしているのですか。演習の時間はとっくに過ぎていますよ?」
「「げえっ、神通!!」」
「改造されて航空戦艦となったあなた方は重桜の要なのです。姉妹で組手をするよりもっと戦術を学んで頂く必要があります。さあ行きましょうか」
*
「……思ったのだが、我が国の戦艦や空母はこんなのばかりなのか?」
「ずっと前からそうだよー! だから長門姉も肩の力を抜かないと!」
「だからこそ肩の力を抜いてはいけぬではないか! やはりこの余がしっかりしないと……」
「む? 長門に陸奥ではないか」
言い争う幼い姉妹を見つけたのは重桜において最古参の艦船である戦艦《三笠》。全ての重桜の艦船の祖であり、最古参である彼女は他の重桜の艦船はもちろん艦隊を指揮する指揮官からも慕われていた。
「これは三笠様……」
「あっ、三笠先輩! こんにちは!」
「うむ、よき挨拶だな陸奥よ。ところで先程から何か騒いでいるようだが、何かあったのか?」
「あのね三笠先輩! 長門姉が饅頭幼稚園で遊びたいのに遊びたくないって言うんだよ!」
「おい陸奥! 三笠様にあることないことを吹き込むでない!」
「ふむ、どうして長門はそのようなことを申すのだ?」
「余は……重桜艦隊の旗艦です。余がしっかりしていなければ、またあの時のようなことを繰り返してしまう……」
長門はかつて重桜の巫狐として重桜の中心に栄える巨大な桜の下で祭事を執り行ってきた。しかし、セイレーンの力を利用して重桜の権勢をより強めようとする急進派の傀儡となり、望まぬ戦争を繰り返しては国を疲弊させてしまったことがある。あの時は自分が何ごとも言われるがままだったことが原因であり、こうして一人の艦船として艦隊に所属した今はあの時のようなことを二度と起こさせまい。その気持ちが彼女の心に深い傷を負わせていたのだ。
「それに、戦艦とは力の象徴。力の象徴たる余が駆逐艦となれ合うなど……」
「そうか……長門、陸奥。今から行くところがあるのだが、付いてこないか?」
「行くところ?」
「ああ、我が日々戦艦として頑張れるところだ」
そういった三笠が案内したのは意外な所だった。向かっていく方向に違和感を覚えた長門は後悔したが、時既に遅し。
「あっ、三笠だいせんぱいだ! こんにちはー!」
「ああ、こんにちは。今日は何をして遊ぼうか」
「三笠だいせんぱい! きょうはあたらしいイタズラをおもいついたよ!」
「ほどほどにな、水無月。ああ三日月、お主が食べたがっていたたい焼きを買ってきたぞ」
やってきたのは重桜の母港において駆逐艦の艦船に多く利用される寮舎。いわゆる『饅頭幼稚園』だ。他の寮舎とは違い、遊具が多めに設営されており、小さな睦月型の駆逐艦たちがよく遊んでいる。
「三笠様、何故ここに……」
「我はここで睦月型の子たちの面倒を見ているのだ。彼女たちは艦船としては小柄で力も決して強くはない。だからここで我が彼女たちと遊びつつ、彼女たちに戦場で如何に戦うかを教えているのだ」
「そんなことを……何故三笠様が?」
「我はお主と比べて旧型。単純な艦船としての力では長門、お主には遠く及ばないだろう。だが、力こそ劣れど我はかつて連合艦隊の旗艦を務めた艦船だ。重桜の皆が日々を幸せに過ごせているか……それをよく知っておく必要があるのだ」
睦月型の一番艦である《睦月》を抱っこし、たい焼きを頬張る同じ睦月型の《三日月》を膝に座らせながら三笠は優しくも凛とした顔を長門に向ける。
「長門、お主は艦隊の旗艦として相応しくなければならない。そう思っているのだな?」
「はい……」
「艦隊の旗艦として必要なのは強さだけではない。時には優しさも必要なのだ。敵を打ち払うだけではなく、皆に慈愛の心を持って接するな」
「優しさ……」
そんな時、長門は服の袖が微かに引っ張られるのに気が付いた。横には桃色の髪をした幼い少女が何処か不安そうな顔をして長門を見つめていた。睦月型駆逐艦の《如月》だ。
「如月。どうしたのだ?」
「……いっしょに、あそびませんか?」
さっきまで傍にしたはずの陸奥は駆逐艦の《卯月》と一緒に滑り台から何度も降りていた。三笠や陸奥が早速馴染んでいるのに対し、ずっと入口で立ったままの長門が如月は気になって仕方が無かったのだ。
「……余も、いいのか?」
「うん……長門さまといっしょにあそびたい」
「そうか……」
この時、三笠の言いたいことの意味を長門は心から理解できたような気がした。こんな日常を守るのも、艦隊の旗艦として求められることの一つなのだと。
「わかった。余も一緒に遊ぶぞ!」
「わぁい!」
無垢なる子供たちの笑顔。長門は改めて自分が戦う理由を見つけられた。
閣下! 非番を貰いたい! えっ、理由? それはもちろん重桜に名高き饅頭幼稚園をへ……な、何故ダメなのだ!! 艦船と言えども労働基準法が適用されるべきだと思うのだが!?