荒ぶる神な戦艦水鬼さん   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。一応後編ですが、最早キグルミでも何でもないので全部のタイトル変えるかも知れません。


博士とキグルミ 後

 

 

 

 

「いやぁ! 実に興味深い!」

 

 サカキ博士はテスカトリポカの結合破壊出来る兜の上に付いている排熱器官の上に立ちながらそんなことを高らかに言っていた。

 

 見ればサカキ博士に乗られているテスカトリポカは、猫の香箱座りのようにへにゃりとキャタピラをとんでもない方向に曲げながら屈んで座っている。

 

「クアドリガってああやって休むんだ……」

 

「アヤメちゃんアヤメちゃん、カナちゃんのテスカトリポカをクアドリガに含めるのは早計よ」

 

「そっか、フォウ姉ちゃんのだものね」

 

『遠回シニ私貶サレテナイ?』

 

 三人でそんな会話を繰り広げていると、テスカトリポカによじ登っていたサカキ博士は満足したのか、旅を共にしたオボツカグラを呼び、それに反応したオボツカグラは一度跳ぶことで博士の居る場所に立つと、博士を抱えて三人の目の前まで戻った。

 

「いやぁ、堪能した」

 

 サカキ博士はこれから50代に入ろうとする張りとツヤとは思えない程、来る前より肌をツヤツヤさせながらそんな言葉を呟いた。

 

 まず、廃工場に来たサカキ博士は流葉アヤメと対話を終え、ケイト・ロウリーとの対話に移り、それも終わった後はニライカナイに支配されているラーヴァナと、三体のテスカトリポカの見学に移ったのである。

 

 ラーヴァナにはと言えば、結合破壊出来る頭・前足・胴体をペシペシと叩いてみる事から始まり、絶対に閉じるなとニライカナイに命令されたラーヴァナの口に手を突っ込んだり、背中によじ登って太陽核に木の枝を差し込んでみたり、発射寸前のキャノンを覗き込んでみたり等をして、ゴッドイーターのケイトですらかなり引く程に色々なことをしていた。

 

 次にニライカナイのテスカトリポカは、やはり結合破壊出来る前面装甲・ミサイルポッド・兜をペシペシと叩いてみることから始まり、開いたミサイルポッドにオボツカグラに頼んで岩を乗せて閉じた時に閉まる力で岩が破砕される様子を見たり、開いた前面装甲の中に人が入れるぐらいのスペースがあるためサカキ博士が実際に入ってみたり、転移トマホークミサイルを何度も発射させてその原理を調べてみたり、排熱器官の上で焼き肉は出来るのかとニライカナイに聞いてみたり等をして、排熱器官の上に立ってから今に至る。

 

「奇人変人とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ……」

 

「研究職につくと同時に探求者である私にとってそれは誉め言葉だよケイト君!」

 

 テスカトリポカが用意してくれた5段のピラミッド状に重ねたトマホークミサイルを興味深く見つめ、触れながらそのように答えるサカキ博士。確かにこれを瞬時にオラクル細胞で幾らでも形成し、果てはアラガミバレットからもコレが発射されることはあまりに奇っ怪と言えよう。

 

 その上、テスカトリポカはトマホークミサイルをオラクル細胞によって転移させて飛ばすこともいとも容易くしてくるのである。もう、オラクル細胞というものがまるでわからない。

 

「さて……」

 

 サカキ博士はトマホークミサイルから身を引き上げ、オボツカグラの目の前に立った。オボツカグラは相変わらず、無表情で無機質な瞳をしていた。

 

 周りの人間と一体のアラガミが首を傾げていると、サカキ博士は手を後ろに回しながら顔をオボツカグラに近づける。

 

「………………」

 

『………………』

 

 顔を近づける。

 

「………………」

 

『………………』

 

 まだ、迫り顔が近づく。

 

「………………」

 

『………………』

 

 まだまだ、迫り顔が近づく。

 

 すると、ここでこれまで動きを見せなかったオボツカグラが身をやや引き、サカキ博士から離れた。

 

「…………ふむ」

 

 それを見たサカキ博士は前傾姿勢を正した。

 

「では……」

 

 そして、次にサカキ博士はオボツカグラの一枚しか着ていないニライカナイと似たデザインの黒いドレス状の裾を両側から押さえ、上に捲り上げようと力を加えた。

 

「ちょっと……博士!?」

 

「サカキおじちゃん……?」

 

 要は前から大胆にスカート捲りをしたのである。ここまであからさまな事はケイトですらした事がなかった。

 

 しかし、ここでまたオボツカグラが動いた。

 

『………………!』

 

 捲られるスカートを押さえたのである。無論、第一種接触禁忌種のアラガミの力にサカキ博士が勝てるわけもなくスカートを捲る行為は失敗に終わる。

 

「ほほう……」

 

 サカキ博士はそれだけ呟くとドレスから手を離し、オボツカグラから離れた。二人の人間が非難の目を向ける中、それまで特に行動を見せなかったニライカナイがポツリと呟く。

 

『博士、見学ハ終ワリダ』

 

「おっと、済まないね。気がついたらやり過ぎてしまったかい?」

 

 ニライカナイの大変妥当な言葉に目を向ける二人。更にニライカナイは瞳をやや冷ややかなものに変え、言葉を吐いた。

 

 

 

『イヤ、ソウジャナイ。"ヴァジュラ種ガ20体以上"コチラニ来テイルノヲ屋上ニ配置シタ"ラーヴァナ"ガ確認シタ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアウス・ピター率いる4体のプリティヴィ・マータと19体のヴァジュラの群れがこの廃工場に来ることを察知したため、それを撃退するというニライカナイについてサカキ博士は廃工場の屋上に向かった。

 

「とんでもない数だね……最近はここまでのアラガミの群れは余り現れなかったのだが……」

 

 サカキ博士はこれらをゴッドイーターだけで対応したのならば、如何に極東支部と言えども死傷者が出てしまうかもしれないと危惧した。それと同時に最大の疑問をぶつける。

 

「君は戦わないのかい……?」

 

『コレダケ戦力ガアレバ十分ダワ。面白イモノヲ見セテアゲル』

 

 どうやら極東支部でも総力戦になるような戦力をニライカナイは30体のラーヴァナと3体のテスカトリポカのみで片付ける気らしい。

 

 後、1分程でディアウス・ピターらが殺到するという状況。 ニライカナイは廃工場の屋上で敷地内を全て見渡せる場所に立つと、指揮者のように両手を掲げた。

 

 そして、彼女の踊るように動かされた指の動きに合わせ、ラーヴァナとテスカトリポカが軍隊のように規則的に移動し、テスカトリポカ1体ごとに、10体のラーヴァナがそれぞれ付いた。

 

 その直後、ディアウス・ピターらが廃工場の敷地内に侵入し、機械のアラガミ達と交戦を開始した。

 

 こちらのラーヴァナは2体で1体のヴァジュラと交戦に当たり、15体のヴァジュラと戦闘を繰り広げる。そして、残りの4体のヴァジュラと、ディアウス・ピターと、4体のプリティヴィ・マータは3体のテスカトリポカが交戦した。

 

「なんと凄まじい……」

 

 炎、雷、氷が戦場で入り交じり、機械のアラガミ達と、ヴァジュラ達との戦いは戦争というより、まるで神話の再現のようであった。いや、アラガミ同士の戦いは神々の戦いと言えるのかもしれない。

 

 2体で1体を相手にしているラーヴァナ達とは違い、1体で3倍の数を相手にしているテスカトリポカ達は、自身の弱点でもある前面装甲を開く攻撃を一切行わず、ミサイルポッドによる攻撃と、背に乗られた場合に垂直に跳んで振り払うことを繰り返し、千日手の状況を作り出していた。

 

『サア、仕上ゲト行キマショウ』

 

 ニライカナイの呟きの直後、一体のヴァジュラがラーヴァナによって地に叩き伏せられたまま動かなくなった。

 

 それから均衡が崩れ、次々とヴァジュラが脱落し、2度と動くことがなくなる。その数は9体に上った。

 

 しかし、こちらのラーヴァナも無事というわけではなく、5体のラーヴァナが地に身体を横たえたまま事切れている。

 

 そして、その直後からラーヴァナは2体で1体から1体で1体のヴァジュラとプリティヴィ・マータと交戦する戦法に切り替わる。

 

(これは……)

 

 残った10体のヴァジュラと4体のプリティヴィ・マータは14体のラーヴァナがそれぞれ相手取り、その間、フリーになった11体のラーヴァナが1体のディアウス・ピターを交戦しているテスカトリポカごと取り囲んだのである。

 

 流石に状況が悪いと判断したディアウス・ピターはこの場から移動しようとしていたが、その直前にテスカトリポカの前面装甲が初めて開き――。

 

 

 ディアウス・ピターの片前腕を挟み込んだ。

 

 

 機械のハッチに挟まるという想像絶する激痛に身を捩りながらも、ディアウス・ピターの強靭な前足は千切れる事はなかった。そう、千切れる事はなかったのである。

 

『オシマイヨ、王サマ』

 

 その直後、ニライカナイから可視出来る程の感応波が放たれ、戦場にいる全ての機械系アラガミが活性化する。

 

 そして活性化したことにより、11体のラーヴァナが砲身をディアウス・ピターとテスカトリポカに向け、サンライズブリンガーの発射準備に入った。通常よりも遥かに溜めが長いため、渾身の一撃を放とうとしていると思われる。

 

 交戦していたラーヴァナを噛み殺し、発射形態のラーヴァナに狙いを定めた1体のプリティヴィ・マータに攻撃され、発射形態に入った1体のラーヴァナは破壊されて動かなくなった。しかし、その隙を突かれたプリティヴィ・マータは、別のテスカトリポカからのトマホークミサイルを脇腹に受け、脇腹ごと臓器を抉られて地面に沈んだ。

 

 そして、残った10体のラーヴァナ達からのサンライズブリンカーがディアウス・ピターとテスカトリポカに向けて放たれる。

 

 テスカトリポカは機械の身体であり、ニライカナイの力を得ているため、耐久面も強化されているが、ディアウス・ピターはそうではない。

 

 10のサンライズブリンカーの直撃を受けたテスカトリポカは前面装甲とミサイルポッドが結合破壊するだけに留まったが、ディアウス・ピターは殺し切るには至らないまでも想像を絶するダメージを受けて地に伏せる。

 

 しかし、その隙はこのテスカトリポカに見せるには余りに大き過ぎる隙であった。

 

 テスカトリポカはディアウス・ピターの前足を離し、ディアウス・ピターの頭部を前面装甲で挟んだ。

 

 当然ながら頭部を挟まれているディアウス・ピターはもがき、何度も何度も前面装甲を前足で引っ掻く。しかし、それで何が起きるわけでもない。

 

『詰ミヨ』

 

 ニライカナイの呟きの直後、テスカトリポカは前面装甲でディアウス・ピターの頭部を挟んだまま、内部でトマホークミサイルを射出した。

 

 トマホークミサイルは爆発せずにディアウス・ピターの顔面に突き刺さり、その老王のような顔を凹ませる。

 

 そして、左右のハッチと正面のトマホークミサイルに潰されたディアウス・ピターの頭部は――。

 

 

 

 ぐしゃりと、音を立てて潰れた。

 

 

 

 頭部が無くなったため、一度大きく跳ねた後、だらりと身体を投げ出したまま二度と動くことの無くなったディアウス・ピター。

 

 それを見たプリティヴィ・マータとヴァジュラ達の残党は恐れ慄いたのか、蜘蛛の子を散らすようにその場から撤退して行った。

 

 戦場を見渡すと2体のラーヴァナが倒れ伏しており、こちらの被害は合計9体のラーヴァナを失い、1体のテスカトリポカが損傷するだけに留まった。それに比べてヴァジュラ達はディアウス・ピターとプリティヴィ・マータを1体づつ失い、10体のヴァジュラを失うという大損害を被っている。いや、数だけならばそう変わりはないが、その差は歴然であろう。

 

 ここまで群れを散らして貰ったため、後は極東支部のゴッドイーターで対応することを提案しようと、ニライカナイの顔を見ると、侮蔑に歪んだ表情をしている事に気がついた。

 

「そんな顔も出来るんだね……」

 

 ニライカナイの優しい側面しか見ていなかったサカキ博士はそう呟いた。

 ニライカナイはその言葉には答えず、嘲笑気味に口を開く。

 

『ハッ……』

 

 次の瞬間、ニライカナイの背に何処からか跳んで来た男性体が現れ、その砲身を撤退するプリティヴィ・マータとヴァジュラ達に向けた。

 

『逃ゲルナラ…………始メカラ歯向カウナ!』

 

 凄まじい轟音と大気を震わせる振動と共にニライカナイの男性体から主砲が発射された。

 

 真横にいたサカキ博士は何故かその衝撃をダメージとしては一切感じなかった。オラクル細胞で攻撃対象の認識識別でもしているのだろうか。

 

 そして、一体のプリティヴィ・マータの足元に着弾した瞬間――。

 

 

 

 "周囲にいた数体のヴァジュラごと"塵すら残さずに消し飛んだ。

 

 

 

 砲撃は着弾点の何もかもを吹き飛ばし、大地を抉った上で巨大なキノコ雲を作った。その破壊力はひとつの区画を丸々破砕して尚余りある。

 

 ニライカナイはそれを逃げていったプリティヴィ・マータとヴァジュラ達が全て消し飛ぶまで行う。といってもそれまでに掛かった砲撃回数はたったの3発であった。

 

 サカキ博士は今までアラガミ同士で行われていた戦いが、まるで子供の遊びに思えるような光景を作ったニライカナイを呆然と眺める。

 

(なるほど……ヴァジュラ種と言われているラーヴァナ達が従うわけだ)

 

 種族が同じなわけではないにも関わらず、機械系のアラガミが従う理由は、本能的にニライカナイの戦闘力を理解できるからということも、少なからずあるのではないかとサカキ博士は考えた。それならば機械系のアラガミどころか誰だって歯向かいたくはないだろう。寧ろ、付き従う方が利口だとも考える。

 

『ネエ博士……』

 

 ニライカナイはそっと呟き、サカキ博士の方へと身体を向けた。

 

『コレデモ私ハ人間……?』

 

 自嘲気味に呟かれたその言葉に対してサカキ博士が返す言葉は既に決まっていた。

 

「そんな言葉を、他者に投げ掛けられる者は人間だけだよ」

 

 そう言うとニライカナイは口を噤み、戦場の跡を眺めた。そこでは破損したテスカトリポカやラーヴァナが、死んだヴァジュラ達を補食して身体を治しており、ありふれた弱肉強食の風景があった。

 それを横目にサカキ博士は口を開く。

 

「今日は本当に興味深い1日だった。今日ほど素晴らしい日を私は決して忘れることはないだろう」

 

 それは紛れもなく賛辞の言葉であった。人として研究者としてあらゆる意味で衝撃的な日であったと言える。

 

「それで――」

 

 サカキ博士は言葉を区切ると、細目を開き、ニライカナイへとある質問を投げ掛けた。

 

 

 

「"マユリ君の手帳"について黙っていたのは何故だい?」

 

 

 

 それを聞いたニライカナイは表情を歪めて驚いた様子で目を見開いた。

 

 それを見たサカキ博士はまた目を細めてから口を開く。

 

「やはり黙っていたのか。いや、その事を咎めるつもりはないが、君は少し顔に出やすいかもしれないね」

 

『鎌ヲ掛ケタノネ……』

 

「それは謝るが、理由はあるよ。彼はいつも肌身離さず持ち歩いていたからね。言っても見せてはくれなかった。多分、最期に託すならアヤメ君に渡していると思ったんだ」

 

『勝テナイワネ……』

 

 ニライカナイは黒いドレスの内側から一冊の手帳を取り出した。黒いドレスもオラクル細胞で出来ているため、何処かに収納スペースを作っていたのだろう。

 

 そして、ニライカナイは手帳をサカキ博士に渡し、博士はそれを読んだ。

 

 

 

「マユリ君……」

 

 暫くしてからサカキ博士の口からその名前が漏れる。

 

「君は優しいアラガミだね」

 

 また、サカキ博士はニライカナイの優しさを肯定する。

 

「だからこそ私はこう考えた」

 

 そして、更に言葉を続けた。

 

「何故、君ほど強く優しいアラガミがこの手帳を私に隠したのかを。尤もこれは私の個人的な推測だ。否定してくれても答えてくれなくても構わない」

 

 ニライカナイは観念した様子で黙って聞いてる。

 

「フェンリル極致化技術開発局、副開発室長"ラケル・クラウディウス"。勿論、知った名前だ。だが、その肩書きが私にこの手帳を隠すだけの理由にはなり得ない。何故なら私はフェンリル創設者のひとり。発言権もそれなりにはある。少なくともクラウディウス家以上にだ。君はそれを頼って私の元に来たというのも理由のひとつのため、周知している」

 

 ニライカナイは否定しなかった。その通りなのだろう。

 

「ならば君が誰かに脅されているのか? それはあり得ない。君には家族はおらず、守るべきものはあの二人とその子ぐらいのものだ。ならば世界最強クラスのアラガミでもある君を恫喝出来る者など存在する筈がない」

 

 サカキ博士は言葉を止めずに話続ける。

 

「だとすれば肩書きが理由ではない。それならば――」

 

 サカキ博士は言葉を区切り、また口を開いた。

 

 

 

「"アヤメ君は知らず、これを読んだ者にもわからない、君だけが知り得るラケル・クラウディウスの性質"そのものが理由なのではないか?」

 

 

 

『………………!』

 

 その言葉にニライカナイはこれまでで一番、驚愕した表情を浮かべる。その様子はあまりに人間らしかった。

 

「どこで知ったのかはわからないが、君はラケル・クラウディウスの何らかの異常性を認識した。それこそ私ひとりでは手に負えないと君に思わせる程のだ。私が手帳を知り、彼女を糾弾すれば私自身が著しい危険に晒される恐れがある。君はそれを危惧した」

 

 ニライカナイはサカキ博士から目線をずらして目を背けた。その様子から答えは想像出来よう。

 

「そして、そう考えるともうひとつ疑問が上がる」

 

『何カシラ……?』

 

 ここに来て初めてニライカナイから声が上がる。

 

「どうして君自身がラケル・クラウディウスを殺さないのかだ」

 

『………………』

 

 ニライカナイは答えなかった。しかし、ばつが悪そうにしており、ニライカナイが聞かれたくなかった事であるように感じられた。

 

「君はアヤメ君を愛している。それは明白だった。だからこそ手帳を読んだ君が何も行動を起こさない事が不思議だと私は感じた。君には人間をどうにでも出来てしまうだけの力があり、それを適切に行使出来るだけの意思や自制心もある。己だけで解決したいのか、アヤメ君に復讐させたいのか、アヤメ君には全てを忘れて生きて欲しいのか。それは私の預かり知らぬところだ」

 

 ニライカナイは全てを諦めたかのような表情で話を聞いていた。まるで推理ミステリーで追い詰められた犯人のような様子である。

 

「他に幾つも疑問点はある。しかし、その全てを君から聞くことは止めよう。そして、何れにしても――」

 

 サカキ博士は言葉を区切る。そして次に吐かれた言葉にニライカナイは目を見開いた。

 

「出来ることならこの件は君が望む形になるように君に協力したい。安心して欲しい。こう見えても水面下で動く事は大得意だ」

 

 それだけ言ってサカキ博士は口を噤んだ。それ以上は何も言うことはないとばかりにニライカナイの側にいるだけだ。

 

 

 

『博士』

 

 そして、暫く時間が経った後、ニライカナイから言葉を投げ掛けられた。

 

 サカキ博士は向かい合うニライカナイの様子が何処か変わっているように感じられた。

 

『私ガアナタニ隠シテイタ理由ハフタツアル』

 

 ニライカナイは指を二本立てる。そして、一本の指を折り畳んだ。

 

『ヒトツハ博士ノ言ウ通リ、アナタヲ危険ニ晒スカラダ。"アレ"ハ私ガ知リ得タソノママノ存在ナラバ、アナタダケノ手ニハ負エナイ。キット殺サレル』

 

 ニライカナイは確信しているように更に言葉を続ける。

 

『狂人ガ本当ニ怒リヲ露ニスル事ハ、"玩具ヲ取リ上ゲラレル事"ダ。仮ニソンナコトヲスレバドウナルカ目ニ見エテイル。"人間"ガ挑ムニハ余リニ危険ダ』

 

 サカキ博士はニライカナイの口調が変わっている事に気づいていたが、特に言及することはなかった。

 

『モウヒトツハ――』

 

 ニライカナイは残りの指を折り畳み、手を下ろした。そして、胸に手を当てながら口を開く。

 

『アレガ、本当ニ可哀想ナ"人間"ダカラダ』

 

 それは極めて感情的で、人間的な想いであった。

 

『博士ノ言ウトオリ、アレヲ殺スダケナラバ、私ニハ簡単ナ事ダ。フェンリル極致化技術開発局(フライヤ)ヲ喰イ破リ、アレノ研究室マデ侵入シテ至近距離カラ砲弾ヲ叩キ込メバソレデ全テガ終ワルダロウ。ダガ、ソレハキット誰モ救ワナイ、救ワレナイ選択ダ』

 

「君は……救いたいのか? アヤメ君も彼女も」

 

 その言葉にニライカナイは真っ直ぐにサカキ博士を見つめて言葉を紡ぐ。

 

『可能ナラナ』

 

 そして、優しい笑みを浮かべながら、また言葉を吐いた。

 

『私モ……"ロマンチスト"ナンダ』

 

「そうか……」

 

 それ以上サカキ博士は何も言わなかった。彼にしては非常に珍しい光景である。

 

『何故私ニソコマデスル……?』

 

 また、ニライカナイからサカキ博士に声が掛かる。それは純粋な疑問であった。

 

 その問いにサカキ博士は研究者ではなく、ひとりの人間として答えを返した。

 

「君の友人になりたいから……ではいけないかい?」

 

『フフッ……』

 

 ニライカナイは小さく笑う。それはどこかぎこちない笑みであったが、それが自然な様子に見え、サカキ博士は一番いい顔をしているのではないかと感じた。

 

『ジャア、不束者ダガ、コレカラヨロシク頼ム。"私ノ友人サン"』

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。何分、アラガミと友達関係になるのは初めてでね」

 

 その後、二人は夕陽が沈み掛けることを認識するまで屋上で話していた。

 

 

 

 

 








ー屋上での話が終わった後の話ー



「そうだ、カナ君。"あの"オボツカグラ君をここに寄越してくれないか?」

 あのとは世界半周を共に行い、さっきサカキ博士にセクハラ紛いの何かをされていたオボツカグラの事であった。

『ン? イイゾ、コノ距離ナラケイトハ私ノ範囲内ダシナ』

 するとすぐに屋上に跳び込んでくる形でオボツカグラがやって来た。それを確認してサカキ博士はニライカナイに耳打ちをする。

『……何故ソンナコトヲ?』

「いいからやってくれ」

 疑問符を浮かべたままニライカナイは手を水平に掲げて指を鳴らす準備をし、こう言った。

『コレマデゴ苦労様。アナタハ解体スルワ』

 そう言って指を鳴らそうと振り上げた次の瞬間――。



『イ、イヤッ! 止メテ! 私ヲ殺サナイデ!?』



 自身の肩を抱きしめながら声を荒げ、そう懇願して恐怖に慄きながら泣きそうに顔を歪めているオボツカグラの姿があった。

『エ……?』

「ああ、やっぱりか。一目見て思ったよ」

 サカキ博士は嬉しそうに呟いた。

「その娘、自我があるんじゃないかなってね」

『………………オウフ』




――――――――――――――――――――――

この小説の努力目標
・ラケルてんてーを救う←New!


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