荒ぶる神な戦艦水鬼さん   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。

母と娘の癒し回でございます。


母と娘

 

 

 

 

 時は流れ、廃工場からサカキ博士の研究室に場所を移した。

 

『………………』

 

 そして、ソファーに座らされ、俺とケイトさんに両サイドをガッチリと押さえられたオボツカグラは、居心地が悪そうに目線を下げてテーブルの染みをずっと眺めていた。その表情は不安げであり、紅い瞳には確かな理性の色があった。

 

 オボツカグラの男性体は、俺と同じような30cm程のさるぼぼみたいなぬいぐるみのようになっており、逃げないように俺の隣のアヤメちゃんが抱っこしている。

 

『……ァゥ……!』

 

「おお?」

 

 ケイトさんがひっそりと尻を撫でるとオボツカグラの肩が跳ね、恥ずかしそうに頬を染め、俺に助けを求めるようにチラチラと目配せしてくる。なんだこの可愛い生き物。

 

「いやぁ、実に興味深いね。カナ君の能力で造られた能力の産物でしかない、不完全なコアを持つオボツカグラが自我を持つとは。いやはや、まるで意味がわからない」

 

 そうは言うが、サカキ博士はとても嬉しそうな様子だ。調べることが増えて楽しいんだろうな。

 

「ではオボツカグラ君……ふむ、長いな。では"カグラ"君と呼ぼう。カグラ君が自我を持った時期と過程について説明してくれないかい?」

 

『ハ、ハイ……』

 

 そうして、カグラちゃんは恐る恐る口を開いた。

 

 

 

 カグラちゃんによれば、最初に自我に目覚めたのは生成されてから2ヶ月程経ってから。とは言っても単純に木を見た、石を見たといったように見た物や触れた物の認識を始めたらしい。

 

 この辺りは感覚期から運動期に当たるだろうか。感覚期は感覚、運動期は運動によって、自分の周囲に広がる世界を把握し、認識する時期である。人間の発達段階では生後0歳から生後2歳までと言われている。

 

 ではそれまではどうだったかと言えば、カグラちゃん自身よくわからず、その頃も命じられたことは自動で出来たらしい。

 

 生成されてから3ヶ月経った頃には、人間ではケイトさんはケイトさん、アヤメちゃんはアヤメちゃん等と個別に認識出来るようになり、言われずとも先にしていることが出来るようになったそうだ。

 

 人間の発達段階ならば前操作期ぐらいであろうか。前操作期とは外界の認識が感覚と運動から操作へ発達していく準備段階の時期で、 対象の永続性が獲得され、言語やイメージによる象徴化――もとい目の前にはない活動が出来る、ある役割になりきって行動することができるようになったのだろう。生後2歳から6歳程がこれに当たる。

そして、生成されてから4ヶ月で、文章の内容理解から推察まで可能となり、自分や相手がどんな存在なのか認識出来るようになり、また自己で考えることが出来るようになったそうだ。

 

 発達段階で言えば、かなり段階を飛ばして抽象的操作期だろうか。抽象的操作期とは、現実の具体的なことだけでなく、現実を一つの可能性と位置づけて抽象的なことも論理的に考えられるようになる時期。人間で言えば11歳程からこの時期が始まると言われている。

 

 そして、考えられるようになった結果――。

 

 

 自身が"即席(インスタント)"であり、俺の意思で感情すら向けられずに簡単に消されてしまうと理解してしまったのである。

 

 それに気づいた彼女は絶望した。自我が目覚めたばかりの彼女には、余りに酷な現実だったのだろう。

 

 するとケイトさんが立ち上がり、俺を呼び指した。

 

「酷いわカナちゃん! あなたの子よ!?」

 

『ソレガ言イタカッタダケダロウ?』

 

「うん、次はハルに絶対言うわ」

 

 なんなんだろうかこの人は本当に……。

 

 とりあえず言いたかったことは言い終えたであろうケイトさんは放っておき、カグラちゃんに声を掛けた。

 

『何故ズット偽ッテイタノ?』

 

『他ト違ウト気持チ悪イッテ……不良品ダカラ破棄サレル……ソウ思ッテ……』

 

 それを聞いて俺は頭を抱えた。この娘は俺から発生したにも関わらず、俺をなんだと思っているのだろうか。はてさて……どうしたものか。

 

「ふむ……」

 

 サカキ博士が顎に手を当てながらそう呟き、言葉を続けた。

 

「カナ君。カグラ君の事は私に任せてくれないかい? 勿論、悪いようにはしない。保証しよう」

 

 その言葉に少し驚く。俺としてはそこまでサカキ博士がカグラちゃんに肩入れしてくれている事に驚きだった。まあ、拒否する理由もないので、カグラちゃんについては任せる事にした。

 

「うむ、ありがとう。では、今日はここでお開きにしようか。時間も遅くなっている」

 

 研究室にある時計を見ると22時を指していた。確かに今日は色々あったので、そろそろ寝てしまいたいところだ。

 

 

 

 

 そういう訳で、とりあえずアヤメちゃんとケイトさんは居住区画の一室で睡眠を取り、俺とカグラちゃんはサカキ博士の研究室の奥にあるベッドを使って眠ることになった。

 

 サカキ博士は今日の事をまとめたいそうなので邪魔をするのも悪いため、早く寝てしまおう。

 

『………………』

 

 下を向いて黙っているカグラちゃんを引き連れながらベッドの置いてある部屋に入ると、簡素な一人用ベッドが2つ離れて壁際に置いてあった。

 

 ふむ……。

 

『エ……?』

 

 とりあえず片方のベッドを持ち上げ、もう片方の壁際に設置されたベッドの隣にくっつけてタブルベッドにしてしまった。ついでに枕も繋げておく。ふむ、俺とカグラの男性体は枕元に置いておこう。

 

『オイデ』

 

 先に手前のベッドに俺が座り、ベッドメイキングに目を丸くしているカグラを招くと恐る恐るといった様子でカグラは前まで来る。

 

 そこで棒立ちになったままどうしたらいいのかわからないといった様子をしていたため、俺はカグラちゃんの手を引き、腰を抱えると、奥のベッドに軽く投げた。

 

『サテ、寝マショウカ』

 

 カグラがいる方は壁際のベッドのため、カグラは逃げることが出来ない。

 

『…………ハイ……』

 

 女の子座りでベッドにいるカグラは、やはり表情も動きも固いままであった。それを見て俺は小さく溜め息を吐き、俺もカグラと同じように女の子座りでベッドに上がり、向かい合ってから行動に移した。

 

『ェ……ァ……?』

 

 とりあえず未だ不安げな顔をしているカグラを両手で抱き寄せ、その後に背中へ回した片手で規則的に片手で背中を軽く叩き続けた。外見年齢はほとんど変わらないので端から見れば不思議な光景だろう。

 

 カグラは目を白黒させている。しかし、俺から離れるようなことはなかったため、そのまま抱き締めつつ言葉を吐いた。 

 

『馬鹿ネエ、アナタハ私ガソンナニ器ガ小サイト思ッタノ?』

 

『ァゥ……』

 

 そう言われたカグラは縮こまる。しかし、互いの胸が密着し、俺の大きなお腹にカグラのお腹が触れる状態では意味を成さない。

 

 そのまま俺はカグラと共にゆっくりベッドに倒れ込み、正面からカグラの顔を見た。

 

『私ヲ見テ?』

 

『ハイ……』

 

 恐る恐るといった様子で目線を上げて目を合わせるカグラ。

 

 彼女にとって俺は恐怖の象徴でもあったのだろう。こちらにそんなつもりは一切なかったのだがな。こうなってはこちらも腹を括るというものだ。

 

『マズ、アナタハ……私ヲ"母親"ダト思イナサイ』

 

『母……親……?』

 

『サア、好キニ私ヲ呼ンデ?』

 

『…………オ……母様……』

 

 カグラは小さな声で絞り出すようにそう呟いた。ふむ、やはりこれだけではダメだな。

 

『ヤッパリ止メ、アナタハ産マレテ間モナインダカラ――"ママ"ト呼ビナサイ』

 

『エ……?』

 

『サア、呼ンデミテ?』

 

『…………ママ……』

 

『エエ、私ガアナタノママヨ』

 

 そう言うとカグラから肩の力が抜けているように感じた。

 

『……ママ……』

 

『エエ、私ハアナタノオ母サン。オ腹ノ子ト同ジヨ』

 

『ママ……』

 

『エエ、私ガカグラノ母親ヨ。娘ヲ消スナンテシナイワ』

 

 カグラは少しずつ俺を呼ぶ声が明るくなり、その瞳に涙を溜め始める。

 

 俺はカグラの涙を指で掬い上げてから言葉を吐いた。

 

『ママノ前デ我慢ナンテシナイデ。何デモ言ッテ、一杯泣イテ、笑ッテ、怒ッテ、フザケタッテイイノ。ダッテアナタハ私ノ娘ナンダカラ』

 

『ママァ……!』

 

 カグラは決壊したようにさめざめと泣き、自分から俺に抱き着く。

 

『ママ……ママ……!』

 

 俺はそれを黙って背中を撫でながら受け止め、カグラの好きなようにさせておいた。

 

 

 

『ネエ……ママ?』

 

『何?』

 

 暫くしてカグラから問いがあったために答える。カグラは泣き腫らした顔に少しだけ笑みを浮かべながら呟いた。

 

『オ腹……触ッテイイ?』

 

『好キニシテ』

 

 俺がそう言うとカグラは俺の膨らんだ腹に手を伸ばした。

 

『ン……』

 

 すっかり出べそになってしまった臍を撫でられ、ぞわぞわと何とも言えない感覚が駆け巡り、声を上げてしまった。やはり慣れないな……。

 

 暫くするとカグラは手を引っ込めたので、そろそろ寝ようと思い、こちらから話し掛けた。

 

『チョット、動カナイデネ?』

 

『……?』

 

 俺は疑問符を浮かべているカグラに近づき、そのオデコに口付けをした。

 

『オヤスミナサイノキスヨ。カグラモ私ニシテクレル?』

 

『ア…………ウン……』

 

 カグラは恥ずかしいのか頬を朱に染めながら口付けを返した。

 

『ン……』

 

 俺の唇に。

 

 まあ、初めてだし、こうこともあるだろうと考え、カグラを撫でる。カグラはなついた猫のように目を細めていた。

 

『オヤスミカグラ、モウ寝マショウ?』

 

 そう言って枕元で男性体が抱えている照明用リモコンに手を伸ばそうとすると――。

 

『アノ……ママ……』

 

 カグラに声を掛けられたために止まる。カグラはそのまま言葉を続けた。

 

『ママト……モット話シタイ……』

 

 その言葉を聞き、俺はリモコンを求めた手を引っ込め、カグラに確りと向き合ったまま笑い掛けた。

 

『ジャア、ソウシマショウ。コレマデ話セナカッタ分、沢山ネ?』

 

『ウン!』

 

 その日、カグラが眠気に負けて眠りに落ちるまで、他愛もない話をずっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリル極東支部に来てから1ヶ月程経った頃。俺はサカキ博士の研究室の奥でベッドに寝そべりながら旧時代の記録媒体にある映像(アニメ)を垂れ流しながら何をするわけでもなくぼーっとしていた。

 

『フワァ……』

 

 あくびをしたところで何が起こるわけでもない。ねむけをさそう相手もいない。

 

 少しこれまでの事を話すと、まず俺とカグラは極東支部の方々にはまだ伝えず、サカキ博士の研究室に匿われる事になった。赤子にいらぬストレスになる可能性があるので、少なくとも出産まではそうしておくことになったのだ。

 

 アヤメちゃんは"瑞木アヤメ"という名のサカキ博士の親戚という設定で、フェンリル極東支部のお手伝いをしている。まあ、ゴッドイーターらの手伝いが主で、最近はオペレーターもしてみているらしい。かなり筋がいいそうだ。とは言っても希望はゴッドイーターであり、現在進行形で細かく神機の適正を検査している最中である。

 

[みんな下がれ! 早く! コンボイ司令官が爆発する!]

 

『ヤッパリ、トランスフォーマーハ不朽ノ名作ネェ……』

 

[ホアアアアアッ!!]

 

 ケイトさんはと言えば、ある程度オラクル細胞が安定し、腕輪の修理も出来たので、研究室に引き籠っている俺の代わりに"キグルミの中身"として、ゴッドイーター活動している。なんだかんだ彼女もワーカーホリックなのだろう。ちなみに、いつの間にかキグルミを着たまま飲み物を飲んだり、ご飯を食べたりする技術を身に付け、ゲームのキグルミと大差無い謎の物体と化している。神機はロングブレード・アサルト・バックラーだけどな。

 

 カグラはサカキ博士に預けたところ、博士の助手のようなことをしている。カグラはカグラで大変筋がいいらしい。美人助手を侍らせる奴は爆発すればいいと思う。

 

『ヨッコラセックス』

 

 どうでもいい掛け声を上げながらベッドから身体を起こして座り、リモコンを操作して別の奴に切り替えた。

 

 チラリと隣に置いてある姿鏡を見ると、黒のドレスの上に"白衣"を着て、"眼鏡"を掛けた暇そうな表情の戦艦水鬼ちゃんがいた。

 

 なんだか、こう色々服を着てみたりもしたのだが、最終的にコレに落ち着いたのである。この服装が非常にしっくり来るという奴だろうか。

 

 何故かコレを最初に見たサカキ博士が絶句しながら"やはり君は……"等と呟いていたが、今の俺にとってはどうでもいいことだな。

 

 ちなみに廃工場に残った21体のラーヴァナ達は、元々極東支部周辺に居たラーヴァナだし、野に放してやった。

 

 俺が支配を止めると、特別製のテスカトリポカ達とは違い、各ラーヴァナは俺に向かってひと鳴きした後、すぐに俺の下から去って行った。俺の近くにいた人間達を攻撃も反応もせずに去ったのは、王への畏怖や敬意の現れなのかも知れないな。

 

 更に蛇足で、これは後に知ったことなのだが、極東支部のラーヴァナは、俺が放したすぐ後からゴッドイーター1人に対して必ず2体で当たるような生態に変わったそうな。また、クアドリガ種とよく行動を共にしている姿が確認されるようになったという。結果的にサカキ博士に白い目で見られた事を記しておこう。

 

 ペットは最後まで責任を持とうという教訓を思い知ったニライカナイさんなのであった。

 

[あ! 貴様、俺のエビチャーハンを!]

 

 そして、一番問題などう考えても隠せない巨体を持つ俺のテスカトリポカ達なんだが……結論から言おう――。

 

 

 

 とりあえず"隠せた"。

 

 

 

 どうやってかと問われれば実に単純明解。

 

 フェンリル極東支部にサカキ博士の試作対アラガミ用武装特殊車両と称して置いてある戦車みたいな三台の大型トレーラー。

 

 それらがテスカトリポカ達なのである。

 

 俺やオボツカグラが、ちょっとしたオラクル細胞の応用で男性体を小さく出来るので、テスカトリポカも子犬ぐらいまで小さくなれるのではないかと思ったのでやれと言ったが、全員同時に全力で勢いよく首を振られたので、出来るだけ小さくてフェンリル支部にそぐうような格好に成れないかと考え、やらせてみた結果がソレである。

 

 大して小さくならず、見た目はやたらずんぐりむっくりしたタイヤがキャタピラの4人乗り大型サイロトレーラーのような外見なのだが、頭可笑しいレベルの頑丈さ、サイロ上部がスライドして鬼のように追尾するオラクルトマホークミサイルが放てる機能、トレーラーの周囲だけをアサルトアーマー並みに爆発させれる機能、走行中だろうとマリオよろしくジャンプして悪路や断層も何のそのな機能、ラーヴァナやクアドリガがトレーラーを目にすると何故か一目散に向こうが逃走する機能等がある。

 

 最初、皆に見せた時、サカキ博士は絶句してヒクヒクと顔をひきつらせ、ケイトさんは腹を抱えて爆笑し、アヤメちゃんは絶句した様子でそれらを眺めていた。

 

 しかし、トレーラー型テスカトリポカ達のスペック据え置きの頭可笑しい性能と、制御されたアラガミのため、普通の人間が乗り込める事にサカキ博士が気づくと、そのままサカキ博士を運転手にちょっと4人で外出し、その辺に居た4体ぐらいのコンゴウの群れをトマホークミサイルで爆撃し、コンゴウが近づけば周囲を爆発させて迎撃するという事を繰り返して簡単に倒せてしまい大興奮。ケイトさんはいつの間にか持っていた缶ビール片手に大爆笑。

 

 最後に残ったのは、後部座席で死んだ魚のような目をしている体力1のアヤメちゃんだけであった。宇宙の心は彼女だったんですね。

 

 ちなみに流石にフェンリル極東支部の職員にこれらの機能が全てバレるのはマズいと考えで、機能を制限し、異常に頑丈でオラクルトマホークミサイルを撃てるトレーラーとして貸し出している。それだけでも偵察隊の生存率が跳ね上がったらしく好評である。

 

 また、当のテスカトリポカ達は、黙ってれば純度の高いオイルや、オラクルトマホークミサイルの原料という名目で爆発物の原料を腹一杯に貰え、毎日洗車もされるため、かなり気に入っているようである。純度の高いオイルや、爆発物の原料の味を知っている俺としては、逆にちょっと羨ましく感じたりもした。

 

 蛇足として、極東支部の方々からはサカキ博士がクアドリガでも捕まえてそのままトレーラーにしてしまったんじゃないか等と言われ、謂われの無い悪名が増え、サカキ博士にまた白い目で見られたりもした。

 

『暇ダワ……』

 

 これまで動き続けてたからだろうか。最早、ここにいるのが若干苦痛に感じるようになってきた。ビーストウォーズが楽しめないのだから重症かもしれない。

 

 とりあえず、たまには気晴らしにアナグラの外に出てみる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "愚者の空母"

 

 かつてアラガミの出現の混乱に乗じて、空母を拠点として略奪行為を行う一派が存在し、略奪者と抵抗する者達との間で無益な争いが繰り返された。そんな争いの最中、突如出現したアラガミの大群によって両陣営は瓦解し、人間同士の戦いは皮肉にもアラガミによって終結を迎えたという。

 

 争いの中で湾岸に衝突してしまった空母はそのままの形で残っており、今は(アラガミ)の散歩場所になっている。

 

『暇ネェ……』

 

 甲板の上で潮風に当たっていたが、同じ感想を漏らしてしまった。ケイトさんのことをワーカーホリック等と言っていたが、これでは自分も他人の事を言えないなあ……。

 

『ン……』

 

 丁度、胎児に蹴られて声を出す。ひょっとしたら元気付けてくれているのではないかと考え、少しだけ前向きな気分になった。

 

『空母カ……』

 

 意識を愚者の空母自体に向けてそう呟く。そう言えば深海棲艦は空母のキャラも沢山居た事を思い出した。

 

『フゥン……』

 

 物は試しに戦艦棲姫を造る感応能力を発動し、手元に作り出した赤黒いオラクル細胞の塊を、愚者の空母の甲板に空いた大穴に落としてみた。

 

 一球が愚者の空母の底に触れ、吸収されたのは見えたが、特に何も起こる様子はない。

 

『足リナイノカシラ……?』

 

 そう考えて次々と赤黒い塊を落とし、何も起こらないまま、"愚者の空母に吸収される"光景だけが繰り返された。

 

『………………何シテルンダロウ?』

 

 丁度、"十球"を落としたところで我に返り、それ以上は止めた。

 

『本当ニ何ヲシテイルンダ……』

 

 溜め息を吐き、愚者の空母を眺めるが幸か不幸かまるで変わった様子はない。

 

 俺はアヤメちゃんやカグラちゃんが心配するため、フェンリル極東支部に帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愚者の空母にニライカナイが現れた日の夜中。

 

 満月の月光に照らされた愚者の空母は薄く輝いているように見えた。

 

 いや、見えたのではなく、実際に愚者の空母全体が妖しく発光していた。まるでそれは心臓の鼓動のように規則的に繰り返され、愚者の空母全体が小刻みに揺れていた。

 

 それが暫く続いた後、愚者の空母をよくみれば、甲板に空いた大穴が白い膜のようなもので覆われており、そこを中心に胎動するように揺れが起こっていることがわかる。

 

 

 

 

 

 そして――白い膜を破り、巨大なアラガミが這い出て来た。

 

 

 

 

 

 それは第一種接触禁忌種アラガミの"アマテラス"に非常に酷似した姿をしていたが、アマテラスの優に倍以上の体躯を持ち、全体的に病的な白さと形容出来るであろう色と、旧時代の銃火器のように冷たい黒い色の二色で配色がなされていた。また、アマテラスやウロヴォロスよりも遥かに触手の本数が多く白っぽい色も相まって"海月(クラゲ)"にも見えた。

 

 アマテラスならば女神像のある場所には、成人女性と同じ程の大きさのニライカナイの女性体に似たようなモノが、手足を埋め込まれているように付けられている。

 

 また、その女性体は白い肌をしているのだが、顔や身体が焼け爛れたように所々真っ黒になっており、その様は原型を残しながらあらゆる箇所を損失している愚者の空母を思わせた。

 

 そして、長い白髪に包まれた顔で、爛れていない方の瞳がゆっくりと開かれ、それは青白く発光するような瞳をしていた。

 

 

 

『オカアサン……?』

 

 

 

 そのアラガミの女性体が最初に呟いた言葉はそれである。そして、辺りを見回して誰もいない事に気づくと、女性体は口角を上げ、目を細目ながら笑うとまた口を開いた。

 

 

 

『サガサナキャ……ウフ、フフフ……アハハハ!』

 

 

 

 アラガミは月に吼えるように巨大な咆哮を上げ、女性体は心底嬉しそうに笑い声を上げる。その瞳はどこまでも冷たく、誰かを想うようには見えなかった。

 

 満月の白い月。それはどこか"海月"の傘に似ている。

 

 

 

 

 









これがマタニティブルーですか





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