現在、フェンリル極東支部、第一部隊隊長、藤木コウタは自動車を運転しながらフェンリルに帰投する道中であった。オトタチバナがヘリコプターを超遠距離攻撃で叩き落とす可能性があったため、陸路で偵察に来ていたためである。
「うーん……」
コウタは珍しく深刻そうな様子で唸っている。
何気無く向けられた視線は、助手席にいる存在に向けられていた。
それは異様に白い肌をし、同じく白い長髪をした女性であった。しかし、顔や身体の所々が火傷で焦げ落ちたかのようであり、その箇所は黒く染まっている。
大火傷を負った儚げな美女。その女性の印象はそれであった。
そんな彼女は現在――。
『
何やら明るげで内容の物騒な歌を非常に楽しそうに歌っていた。機械と人間の中間のような声であり、コウタとしては中々美声だと感じた。
助席に座る彼女――"オトタチバナの女性体"は確りとシートベルトを締めており、非常にお行儀よくしている。
「これからどうしようかな……」
コウタは少し前の事を思い出した。
◇◆◇◆◇◆
『ゴハンゴハンー!』
コウタの所持品から奪ったレーションとOアンプルを持ち、ご満悦な様子である。
その光景は無垢で無邪気であり、コウタにかつて極東支部にいた"アラガミの少女"の姿を重ねさせるには十分過ぎた。
「俺を殺さないのか……?」
コウタはオトタチバナにそう問い掛けた。するとオトタチバナの女性体はキョトンとした表情になり、大きく首を傾げる。それに合わせてオトタチバナ全体もやや傾き、触手の上でずり落ちそうになりながらもコウタは耐えた。
『……………………ナンデ……?』
それはオトタチバナの口から溢れた明確な疑問提起であった。言葉が通じるハズがないと考えていたコウタは驚いたが、会話が出来るならばとコウタは言葉を返す。
「いや、ほら! 君はアラガミだし――」
『ヒトゴロシハハンザイダヨ……?』
「………………え? ああ、そうだな」
至極真っ当で人間的な反応を挟まれ、コウタは閉口する。無垢で無邪気ではあったが、何故か常識はあるようで、アラガミの少女とは違うとコウタに思わせた。
そうしているうちにオトタチバナの女性体はコウタのレーションを包装ごと食べ、Oアンプルを瓶ごと噛み砕いていた。その様は紛れもなくアラガミである。
するとコウタを持ち上げていた触手がゆっくりと地面に下ろされ、コウタは地面に立った。
『ジャアネ……』
それを確認するとオトタチバナは巨体をぐるりと180度旋回させ、ノシノシとコウタから離れて行った。その足取りはコウタを追っていた時からは考えられない程ゆっくりである。
「お、おーい! 待てよ!」
状況が全く呑み込めなかったため、ついコウタはオトタチバナを引き止めてしまった。
するとオトタチバナは再び180度旋回し、コウタに向き合うと、自身の膝を地に突け、触手をコウタの左右に伸ばし、身体を前に倒す事で女性体をコウタと同じ高さにした。
さながら蟻の行列を伏せて眺める子供のような光景である。
『ナーニー……?』
「お、おう……」
まさか、普通に戻って来た上、女性体が間近に迫るとは思っていなかったコウタは少し怯む。
「お前、これからどうするんだ? 何か行くところがあるのか?」
『"オカアサン"ヲサガシテル……オカアサンノトコロイク……』
「"お母さん"……? お母さんがいるのか?」
母親に会いたいと言ったオトタチバナに、自身と母親の姿を重ねたコウタはオトタチバナの事を放っては置けなくなっていた。
そして、自然と口を開く。
「ならさ、俺も探すの何か手伝えないか?」
『…………ホントウ?』
するとオトタチバナはそう返した。ならばと考えたコウタは母親について聞く事にした。
「ならお母さんについて教えてくれないか? 特徴とか何でもいいからさ!」
『………………シラナイ……オカアサンイル……デモミタコトナイ……』
「え……見たこと無いのか?」
『ミタコトナイケドシッテル……"ウマレルマエカラシッテル"……』
知りはしないが確かにいるらしい。アラガミの母親って薄情だなと考えながら、どうしたら母親を探せるかとコウタは考えた。
「うーん……」
オトタチバナは図体が大き過ぎる。それ故にすぐにゴッドイーターに見つかってしまい、本人は人は殺さない様子にも関わらず、いらぬ争いになるのは確実だろう。
せめてサカキ博士に相談できればいいが、やはり何をするにしてもオトタチバナは巨大過ぎた。
「お前が小さくなれればなぁ……」
『ドレグライ……?』
「人間ぐらい……ん? ん"!?」
するとオトタチバナから質問が入ったことに答えてから気付き、そちらに意識を戻すと、オトタチバナの女性体の後方、アマテラスに似た部分がほどけるように輪郭が崩れ、無数の触手になっている光景が広がっていた。
コウタが唖然としていると、更にオトタチバナの女性体の背中に向けて触手が吸い込まれる。それは濁流のようであり、異常極まりなかった。
『ン……ン…………ァ……』
そして、触手が全て吸い込まれ、オトタチバナの女性体だけが残る。オトタチバナは艶のある声を上げ、身体をほぐすように動かしていた。
『コレデイイ……?』
「お、おう……」
そこにはコウタを見つめるただの女性のようなオトタチバナの姿があった。
◆◇◆◇◆◇
そうして、オトタチバナと共に来たときに使った車両に戻り、現在に至る。
「うーん……」
コウタは唸りながら助手席のオトタチバナをどうやってサカキ博士の研究室まで連れていくのか頭を悩ませた。
かつてアラガミの少女と実際に接したのは、コウタの大切な友人が隊長をしていた時代の第一部隊の人員がほとんどだ。そのため、他の職員の目に触れては混乱を招く可能性があるだろう。
また、今回はそれよりも更に状況が悪い。
オトタチバナはその姿と巨体故に現極東支部で最重要ターゲットになっており、更に女性体の姿も記録媒体に記録されているため、フェンリルの職員なら誰でも知っている状態なのである。
「
そう言いながら最初にコウタの言う元第一部隊で思い浮かんだ存在は、コウタの大切な友人の姿であった。
そのゴッドイーターならば一目で状況を理解し、二つ返事で協力してくれたことだろうとコウタは考えた。しかし、無い物ねだりをしても仕方ないため、考えを振り払う。
「せめてもう少し人間っぽければなぁ……」
『ニンゲン……?』
(あれ……? この流れさっきも……)
そうコウタが思うと、助席のオトタチバナに変化があった。
オトタチバナの髪が頭皮に吸い込まれるようにやや短くなり、赤茶色を帯びる。更に死人よりも白い肌は、人間らしい色白の肌色に変わる。そして、鈍く光り輝く青い目は薄いエメラルドの瞳になった。
『コンナカンジ……?』
「な、な、な……」
コウタは人間と呼んでも遜色無くなったオトタチバナに絶句し――。
「"服"は!?」
何故か一糸纏わぬ姿のオトタチバナに驚愕の声を上げた。裸シートベルトというニッチな光景である。
『………………?』
オトタチバナはコウタが動揺している理由がわからないようで小首を傾げていた。
ちなみにアラガミが付けているパーツのようなものや、羽衣のようなものは無論全てオラクル細胞で構成されているため、身体の一部である。オトタチバナが着ていた白い服もそうだったと考えるのが自然な事であろう。
「ちょ……!? なんか隠すもの!? 流石にダメだってそんな――」
『"コータ"』
オトタチバナがコウタの声を遮って名前を呼んで来たため、そちらに意識を向ける。
「な、な、なんだよ……?」
オトタチバナは一切前を隠していないため、コウタからすると完全に見えている。また、コウタも見ないようにはしているが、横目でチラチラと見てしまうのは年齢的にも仕方のない事であろう。
そんなコウタにオトタチバナはフロントガラスを指差しながら呟いた。
『マエミロ……』
「え……? うおッ!?」
『――――――!?』
鈍い音と共に車体に震動が走る。見ればオウガテイルを轢いていた。
オウガテイルはきりもみ回転しながら後方へ跳んでいき、地面を2~3度バウンドしてからむくりと立ち上がり、こちらを威嚇するような行動をしていた姿がバックミラーに映った。
『ニンゲンナラシンデタ……ワキミウンテンアブナイ……スマホウンテンダメゼッタイ……』
「ご、ごめん……」
オトタチバナの言っていることは3分の1がよくわからなかったが、とりあえず自分が悪い事は確かなのでコウタは謝った。
(あれ……コイツに俺、自己紹介したっけな?)
ふと、コータと自分を呼んだオトタチバナに対してそんな疑問が浮かんだが、コウタは気のせいだと考えを止める。
それから極東支部に着くまで、コウタはゴッドイーターの女性制服を思い出し、どうにかオトタチバナに服を再生成させる時間が続いた。
◆◇◆◇◆◇
「いいか? 絶対に喋っちゃダメだからな?」
『ン……』
コウタの隣にいるオトタチバナはお利口に頷く。
現在、コウタとオトタチバナは
コウタがうろ覚えのゴッドイーターの女性制服を教えた結果。オトタチバナは白いノースリーブのワンピースタイプであり、両胸にポケットの付いたゴッドイーターの女性制服のような何かを着ていた。また、首にはスカーフを巻き、腰には赤いベルトを装着し、足には黒のガーターベルトと共に長い赤ソックスを着用している。
更にいつの間にか髪型が整えられており、後ろでポニーテール状に結ばれていた。そして、何故か軍艦の煙突に似た髪飾りが頭に乗っており、その中を少し髪が通っていたりもする。
どこからどう見てもファッションの奇抜さだけなら女性ゴッドイーターである。寧ろ落ち着いている方にすら思えた。
ちなみに話してはいけない理由はオトタチバナの声が変わっていないからである。どうやら本当に見た目だけの擬態らしい。
(しかし、なんで――)
『~♪』
(こ、こんなにくっついて来るんだ……?)
オトタチバナはコウタの腕に腕を絡めて密着していた。コウタからするとオトタチバナの胸の感触が常に伝わり、青年の健全な精神には大変よろしくない。
「コウタさん……?」
そんなことを考えながらエントランスに通じる廊下を歩いていると、後ろから声が掛けられ、そちらに振り返る。
そこには全体的に赤を基調とした服装をした元第一部隊のゴッドイーター、"アリサ・イリーニチナ・アミエーラ"が立っていた。
「お! アリサいいところに――」
「何を呑気なことを言ってるんですか!?
「MIA……? いやそんな大層な――」
コウタはそう言えばインカムを落としてから一度もフェンリルに通信を入れていなかった事に気付いた。
「あー、悪い……」
「悪いじゃないですよ! そもそもあなたは――」
アリサの説教が始まった。
長くなりそうだなと考えながら、ふと片手の感覚がない事に気付き、辺りに目を向けるとアリサの少し後ろで、壁に沿うように設置された置き台のひとつの前にオトタチバナがいた。置き台にはラムネ瓶程の大きさの花瓶があり、花が活けてあった。
(アイツ何をし……て……)
するとオトタチバナが花瓶に活けてある花をモシャモシャと食べ始めたため、コウタは絶句する。幸いにも今のところアリサはこちらを向いているので気付いてはいない。
「ちょっと! 聞いてますか!?」
「あ、うん……」
(何やってんだよアイツ!?)
そのままどうする事も出来ず、アリサの説教を聞き流しながらオトタチバナを見ていると、お花を食べ終えたオトタチバナは花瓶をムシャムシャと食べ始めた。
(早く食え! 早く!)
花瓶と中身の水をちょっとずつ交互に食べているオトタチバナの食事は中々終わらない。
「……? 後ろに誰かいるんですか?」
「あっ……待っ――」
無情にもコウタの視線を辿り、アリサは振り返った。
『……?』
するとそこには残りの花瓶を全て口に含み、頬をモグモグと膨らませたオトタチバナがいた。何故見られているのかわからないと言った様子で首を傾げている。
花瓶を食べ終えたからか、アリサに見られたからか、オトタチバナはコウタの元まで戻るとまた腕を絡めて来た。
「……お知り合いですか?」
(危ねぇ……! ギリギリバレてない!)
内心でガッツポーズをしたコウタであったが、アリサの問いに対する答えを用意していなかった事に気付いて口ごもる。
「あ、いや、こいつは……その――」
そして、苦し紛れにこう呟いた。
「俺の……"カノジョ"だよっ!」
「…………………………え?」
アリサはまるで幽霊でも見たかのように呆然と立ち尽くし、コウタとオトタチバナを交互に見る事を繰り返す。
そして、否定しないオトタチバナの様子を見てかそれを事実だと辛うじて納得したようだ。アリサは神妙な顔付きで口を開く。
「コウタさん……最後のチャンスかも知れないので放してはいけませんよ……?」
「待て待て、それどういう意味だよ!?」
苦し紛れの嘘だとしてもあんまりな切り返しにコウタは声を荒げた。
するとまたオトタチバナがコウタから離れ、アリサの目の前に立つ。
「……な、なんでしょうか?」
『………………』
オトタチバナはアリサの頭から爪先までじっと眺めた後、身体をぺたぺたと軽く触れ始めたのでアリサは少し身を固くする。
そして、最後にアリサの頬っぺたをぷにぷにした後、満足したのかコウタの隣に戻った。
『………………――!』
そこでオトタチバナが難しそうな顔で少し考え込んだ後、何か思い付いたのかポンと手を叩く。
そして、笑顔でアリサを指差しながら口を開いた――。
『"
空気が凍った。その時の様はコウタはそう形容した。
「コ ウ タ さ ん……?」
「は、はいぃっ!?」
一瞬にして能面のような表情で凍り付いたアリサは矛先をオトタチバナではなく、コウタに向ける。原因はそちらと判断したのであろう。
「自分の彼女にいったい何を吹き込んでいるんですか……? ドン引きです……」
「ご、ごめんなさいッッ!!」
コウタはオトタチバナをお姫様抱っこする形で抱え、その場から逃走した。
抱えたオトタチバナは自身の神機よりもずっと軽く柔らかかったという。
◇◆◇◆◇◆
「ぜぇ……ぜぇ……」
『~♪』
ようやくサカキ博士の研究室の前まで来たコウタとオトタチバナ。コウタは息が上がっているが、オトタチバナはどこ吹く風である。
「よしっ……ここまで来れば……」
コウタが研究室の扉を開け、オトタチバナと共に中に入ると、そこにサカキ博士の姿は無かった。
「今居ないのか……」
仕方ないのでここで待たせて貰おうと考えていると、隣のオトタチバナがコウタから離れ、研究室内の扉に立った。
『オカアサン……?』
そして、ポツリとそう呟く。
すると奥の研究室の扉が開き、そこに立っていたのは"眼鏡を掛けて黒いドレスの上に白衣を羽織っているお腹の大きなアラガミの女性"であった。
「え……?」
それに対してコウタが唖然としていると、目の前の人間に擬態しているオトタチバナを見て、コウタと同じようにアラガミの女性は絶句し、ポツリと呟いた。
『何デ"サラトガ"チャン居ルン……?』
それはオトタチバナと同じように機械と人間の中間のような声であった。
『オカアサン!』
オトタチバナは擬態を解き、服ごと元の白い姿へと戻り、アラガミの女性に抱き着いた。アラガミの女性は混乱しながらもオトタチバナを抱き締めながら頭を撫でている。
「えっと……その娘のお母さんでいいんですか?」
『ア……ソウネ私ガオ母サンニナルワ』
「そうですか……」
『………………』
「………………」
互いにどうしたらいいのかわからず、会話が途切れた。
そんな中、オトタチバナはアラガミの女性から離れると、コウタの目の前に立った。
その火傷顔には心からの笑みが浮かんでおり、両目が開かれ、真っ直ぐにコウタを見つめていた。
「な、なんだよ……?」
『アリガトウ! コータダイスキ!』
「――――!?」
そう言ってオトタチバナはコウタの正面から抱き着いてき、自身の唇でコウタの唇を塞いだ。更に舌をコウタの口に入れ、舌と舌が絡まった。
『ン……』
オトタチバナは固まるコウタから口を離す。その際、二人の間に細い橋が掛かった。
「な、な、な、なな!? 何をして……!」
遅れて茹で蛸のように赤くなるコウタ。そんな様子を見てオトタチバナは小首を傾げた。
『ダッテワタシコータノ"カノジョ"デショ?』
コウタは完全に思考停止し、オトタチバナは正面から抱き着いたまま更に密着しようと身体を寄せる。
そんな二人の様子をアラガミの女性は微笑ましいモノを見るような目付きで眺めていた。
だいたい大元のオラクル細胞の記憶が原因→つまりカナちゃんが全部悪い(迫真)
ちなみにアリサちゃんではなく、ジーナさんに出会っていた場合はゲームオーバーになります(嘆きの平原)
>サラトガ
艦これでは深海海月姫の中身。この小説ではただ人間に擬態した容姿なので、容姿を見たければググるとよろしい。
Q:なんでサラトガやねん?
A:あの娘海月ちゃんの中身とか以前に、女性ゴッドイーターみたいな服装と装備してるんだもん。絶対スナイパーの旧式神機使いダゾ(決め付け)