とりあえずこれで深海海月姫ちゃん編は終了となります。
『"メロンソーダ"カ"初恋ジュース"シカナイケドドッチガイイカシラ?』
「ああ! 全然お構いな…………いや、メロンソーダでお願いします」
コウタは途中でとんでもない二択を迫られていた事に気付いて修正する。
コウタは現在、オトタチバナの母親だというアラガミの女性に研究室の奥に通され、妙に生活感のある研究室に設置された3人掛けのソファーに座っていた。
『ウッウーウッウー♪イェエー♪ ウッウーウッウー♪イェエー♪』
コウタの隣にはアラガミの姿のままのオトタチバナが座り、コウタにもたれ掛かりながら何やら
『ハイ、先にドウゾ』
そう言って微笑みながらニライカナイは、オトタチバナの前に初恋ジュースの缶を置いた。
(………………ひょっとしてギャグ?)
あの清涼飲料を名乗る何かの破壊力はコウタもよく知っていた。それを何の躊躇もなく娘に与えようというのである。
『イタダキマス!』
「あっ……」
コウタが考えているうちに、オトタチバナは初恋ジュースのプルトップを倒して開け、中身を呷った。
『………………』
それを飲んだオトタチバナは缶を傾けたまま固まる。その様子にコウタは内心"そりゃそうだろう"等と考えていた。
『オイシイー!』
「マジでッ!?」
そして、オトタチバナから驚愕の言葉が飛び出した事で、コウタは顔色を伺った。オトタチバナは本当に美味しそうな表情で初恋ジュースを飲んでおり、それが事実だとわかる。
『ノム……?』
オトタチバナに初恋ジュースを持たされ、コウタはもしかしたらこの初恋ジュースは特別に美味しいのかも知れないという淡い期待を抱き、缶に口を付けた。間接キスとか考えている余裕はない。
(あ、甘――)
と、感じたのは最初の一瞬だけ。まるで、激辛料理の辛さのように苦いような甘酸っぱいような何とも言えない味覚が出現する。そして、その更に奥にある味覚と形容したくない何かにより、じたばたしたくなるような味が襲ってきた。
期待と理想は打ち砕かれる為にあり、夢は届かないから夢なのである。
要するに相も変わらずクソ不味かった。
『オイシイ……?』
「………………」
いつもなら缶を投げ捨てない程度に全身で不味い感覚を表現していただろう。しかし、こんな顔をされては無下にすることなどコウタには出来なかった。
要するに優しい嘘と、ただの男の痩せ我慢である。
「お、おお……美味しいよ!」
コウタは気合いで感性をねじ曲げながら、初恋ジュースをそっとオトタチバナの手の中に戻した。今はこれが精一杯。
『エヘー』
嬉しそうにニコニコしているオトタチバナ。それだけでコウタは何か偉業をやり遂げたような気分になった。男はいつだって女の前ではいい顔をしたいのである、ただの馬鹿なのである。
『我慢シナクテイイノニ面白イワァ……』
「え……?」
『メロンソーダ作ルワネ』
何かを小さく呟いたアラガミの女性は何かを取りに席を立った。コウタには呟きの内容は聞き取れなかったが、聞き返すよりも口の中の初恋ジュースの味から逃げたかったため、オトタチバナに話し掛ける事にした。
ちなみに作るという単語にハテナが出たが、既にアラガミの女性は机から離れた場所にいるため、些細な事として気にしなかった。
「なあ?」
『ナニー……?』
「その……どうして俺の彼女だなんて言っているんだ?」
『…………? コータジブンデイッタヨ?』
「あ、いや……そうじゃなくて、えーと……」
コウタは一度頭を掻いてから照れ臭そうに更に言葉を続けた。
「そっちはそれでいいのか……?」
『イイヨ』
即答だった。オトタチバナはそのまま続ける。
『オカアサンサガセタ……コータノオカゲ……モウワタシノシタイコトナニモナクナッタ……』
オトタチバナはそっとコウタの膝に乗り、首に手を掛けて座り、ぎゅっと抱き着いた。流れるような動作でそれをされたため、コウタはオトタチバナを見つめたまま強張る。
『ワタシハオカアサンノ……キマグレデウマレタ……ハジメカラ……ナニモナイノ……』
オトタチバナの瞳は儚げながら真っ直ぐにコウタを射ぬいている。
『ダカラ――』
オトタチバナはコウタの胸板に顔を押しつけ、目を閉じながらそのまま続けた。
『ワタシニ"ハジメテ"ヤサシクシテクレタ……オレイニアナタヲアイシタイ……』
「………………」
あんまりにも無垢で真っ直ぐで単純な好意にコウタは言葉が出なかった。
しかし、それを否定と考えたのか、オトタチバナは顔を上げ、不安げな瞳でコウタを見つめる。
『イヤ……?』
「いやいやいや! 全然嫌じゃないぞ! ただその――」
『オ待タセ、メロンソーダシカ無カッタンダケドイイカナ?』
「うぉぉぉ!?」
意識の外から生えてきたアラガミの女性にコウタは軽く飛び上がるように驚く。
アラガミの女性はそれを気にせず、空のペットボトルと、クエン酸とラベルの貼られた白いプラスチック瓶と、炭酸水素ナトリウムと書かれた粉洗剤が入っているような紙箱をどこからともなく取り出して机に置いた。
『マズ、ペットボトルニ"クエン酸"ト"重曹"ヲ入レルワ』
そう言いながらプラスチック瓶と紙箱から小さじで白い粉を掬い取り、それをペットボトルに入れた。
『次ニ水ヲ入レテ蓋ヲシテカラ振ルワ』
アラガミの女性は水をペットボトルに注ぎ、素早くフタをしめてから、よく振って混ぜた。
『炭酸水ノ完成ヨ』
「そ、そうですか……?」
メロンソーダでも何でもないモノを目の前で作られ、困惑するコウタ。それを構いもせず、アラガミの女性は作業を続ける。
『モチロン、味ノ決メ手ハコレネ。"人工甘味料"ヨ』
アラガミの女性は炭酸水を氷の入ったグラスに注いでから、白い薬包紙を取り出し、その中にある白い粉を注いだ。
『サーッ!』
『ハクシン』
何故か人工甘味料を注いでいる時にアラガミの女性は効果音を呟き、それにオトタチバナも言葉を添える。
人工甘味料を入れた炭酸水は相変わらず透明なままである。
『最後ニ色ヲ付ケマショウ』
緑色3号とラベルの貼られた茶色い小瓶を取り出し、ほんの少しだけグラスに入れる。それをマドラーでかき混ぜると、どこからどう見ても普通のメロンソーダが出来上がっていた。
『ハイ、ドウゾ』
それがコウタの前に置かれる。コウタは色と匂いを見てみるが普通のメロンソーダである。
「あっ、ウマい……」
飲むとよく冷えた普通のメロンソーダであった。少なくとも初恋ジュースよりは遥かに清涼飲料である。
しかし、ねるねるねるね並みの製作工程を見せられると素直には楽しめない気分になっていた。
『メロンソーダハ水以外全テ化学物質デ作レル最強ノ清涼飲料ヨ』
何やらやや誇らしげに語るアラガミの女性。どうやらお気に入りの飲み物らしい。
『チナミニ、簡単ニ美味シク作リタイナラ、炭酸水ニ"カキ氷リノメロンシロップ"ヲ入レルヨリ、"スプライト"ニメロンシロップヲ入レルトイイワ。メニューモ増ヤセルカラオ得ネ。喫茶店経営ノ知恵ヨ』
何故アラガミの口から喫茶店経営の知恵が出て来るのかわからないが、そんなことは些細な事だと感じ、追及はしなかった。
『サテ……ソロソロ話シマショウカ――』
アラガミの女性はにっこりと微笑むといつの間にか机の上に置いてあった双頭のさるぼぼのようなぬいぐるみを自身の肩に乗せ、その言葉を言い放った。
『私ハ怖イ怖イ"アラガミ"サン、"ニライカナイ"ヨ』
◇◆◇◆◇◆
『マア、コンナトコロネ』
自身がここに至るまでの経緯とここに来てからの事を俺はコータくんに話した。無論、お腹の子供の事や、オトタチバナについても含めてである。
話していない事と言えば、アヤメの過去や、キグルミの正体、現在のテスカトリポカの居場所等だろうか。
ちなみに深海海月姫ちゃん――オトタチバナは最初から聞く気もあまり無く理解も出来ないようで、暇そうにしていたが、いつの間にかコータくんの膝を枕にして眠っている。
『他ニ何カアレバ答エ――』
「うぅ……!」
『………………』
そして、話していたコータくんは何故か途中から泣き出しており、俺は何とも言えない気分になった。
確かにそこそこの美談ではあるが、泣くほどだろ――ああ、サカキ博士も泣いてたなそう言えば……。
「感動しました……ッ!」
『オ、オウ……』
純粋なのはコイツもなのではないか、と思いつつ口には出さない。詐欺とか大丈――こんな世紀末にゴッドイーターに対してやるアホもいないか。
とりあえずコータくんと対話になるぐらい精神状態が落ち着いてから、お膝でぐっすりな深海海月姫ちゃんを見つつ口を開く。
『ソレデ、ソノ娘ドウスル? 私トシテハアナタニ貰ッテ欲シインダケド』
「そ、そんなペットみたいに――」
『嫁ニ貰ッテッテ意味ヨ』
「………………」
俺としてはその娘が幸せならどちらでもよかったが、最高の形で否定されたため、回避からの
『良イノヨ、ソンナニ幸セソウナ顔シテ寝レルンデスモノ。拒ム理由ナンテナイワ』
「い、いや……あの……」
『ホラ、丁度部屋ノ隅ニ"ウエディングドレス"アルジャナイ? 作ッテ置イテ良カッタワ』
「ま、まだ早過ぎるというか……突然過ぎて……」
『オ赤飯炊カナキャ……イヤ、サカキ博士ニ相談シテ式場ヲ準備シテ貰オウカシラ?』
「ちょ……ちょっと待っ――」
『"オ義母サン"ッテ呼ンデ良イノヨ?』
「時間をください……! せめて"カノジョ"からでお願いします……ッ!」
お膝で海月姫ちゃんが寝ていなければコータくんは土下座しそうな勢いで頭を下げた。目の端にさっきとは違う意味の涙がほんの少し見える気がするが、そこにツッコミする程野暮ではない。男の子にだってプライドはあるのです。
俺は内心でそのための右手を掲げた。ごめん、海月姫ちゃん。暇潰しに君を作っちゃったママに出来る罪滅ぼしはこれぐらいなの。
後、出来る事はアラガミは器官は必要に応じてオラクル細胞が変化するので、海月姫ちゃんが孕もうと思わない限りは絶対に子供が出来る事はないということ等も教えておこうと考え、サカキ博士が戻るのを待つのだった。
◇◆◇◆◇◆
藤木コウタとオトタチバナの関係が始まってから3週間程経過した。コウタの毎日は一変したと言ってもいい。
まず、居住区画にあるコウタの部屋にオトタチバナが住み、同棲するようになった。これはニライカナイがサカキ博士に話しに行き、決まった事である。ニライカナイやオボツカグラとは違い、何故か擬態能力のある彼女だからこそであろう。
無論、サカキ博士の指示である。
そして、いつの間にか人間の姿のオトタチバナがゴッドイーターとして登録されていた。登録名は"シスター・サラ"となっており、命名はニライカナイである。最近新たにゴッドイーターになり、第一部隊に配属された空母の甲板風の奇妙な神機を扱うスナイパーの旧世代神機使いとなっている。
勿論、サカキ博士の権力である。
ちなみに付けられている赤い腕輪の方は本物を使用しているため、キチンと正式に登録されており、極東でゴッドイーターになったという記録まで付くという徹底振りだ。
考えるまでもなく、サカキ博士の職権乱用である。
ちなみに人間に擬態したオトタチバナが持つ神機のようなものは当然ながら彼女の身体の一部で、コウタが聞いてみたところ、旧世代神機にした理由は"コウタと同じがいいから"であり、アサルトではなくスナイパーの理由は"結合阻害弾が撃てるから"とのことである。後者の理由はコウタにはよく解らなかった。
また、意外にもシスター・サラというゴッドイーターとしてのオトタチバナは、コウタのカノジョである普通の女性といった認識を周囲からされている。理由としては彼女が生まれつき声を出せないという事になっており、筆談のみで会話し、極東で使われる言語が覚えたてのため覚束無いということになっているからである。
そして、私生活では基本的に食事以外はコウタの部屋におり、バガラリーを何度観せても非常に面白そうに観ているため、趣味も合う女性であり、コウタにとって理想のカノジョであったと言える。また、コウタはニライカナイの助言により、オトタチバナに"ハナ"という愛称を付けて、部屋ではそう呼んでいた。
ただ、唯一の問題があるとすれば――。
『オ休ミコータ……』
「お、お休み……"ハナ"」
オトタチバナの大変豊満な身体をこれでもかと密着させて抱き合って眠る事である。更にオトタチバナはいつもコウタの隣におり、トイレでは外で待ち、風呂では可能ならば入ってこようとする。
一体この何が問題なのかと言えば至極単純。
"思春期の青年が性処理をする"タイミングがまるでないのである。
そもそも男性にとってのそういった行為は、女性からしたら生理用品のようなもの。少々印象は良くはないが、それは汚いといった偏った倫理観の話で、基本的に問題がある行動では全く無い。むしろ正常発達をしていると言える。
それが全く出来ず、3週間も極上の女性と肉体的にも精神的にも接する事は、ある意味地獄のようなものである。コウタの優しさという名の鋼の自制心が成せる業であろう。
そんなこんなで悶々としながら寝ようとするコウタであったが、今日は少し違った。
『コータ……』
「ん……?」
『私ノコトキライ……?』
「………………え?」
コウタは全く思い当たる節のない言葉に呆けた声を上げる。コウタにとってオトタチバナは紛れもなく理想のカノジョであり、嫌うところなど何処にもなかった。その上、彼女はコウタでもわかる程の速度で日に日に精神的に成長している。
『何デ私ヲ……"ダイテ"クレナイノ……?』
「そ、それは……」
考えてすら居なかったオトタチバナの言葉に口ごもる。
『産マレル前カラ知ッテル……愛スル二人ガ愛ヲタシカメルタメニスルコト……"キス"ト同ジ……』
オトタチバナは知識が異様な程に豊富だが、精神的にはまだ幼い。それはコウタから見てもわかる事であった。だからこそコウタは全身全霊で自制していたのである。
『デモシテクレナイ……私ガンバッタ……アプローチモイッパイシタ……デモ……コータカラ私ニサワルコトモアンマリ無イ……』
しかし、それは入らぬ優しさであった事に今初めて気付く。
『何ガキライ……? ヤケド……? カラダ……? ソレトモ――』
ベッドで向かい合いながらコウタを真っ直ぐ見つめるオトタチバナは、不安で今にも泣きそうな顔をしており、そんな顔をさせてしまった自分をコウタは責めた。
『心……?』
「違う! それは絶対に無い!」
『ァ……』
コウタからオトタチバナを強く抱き締めた。それに彼女は嬉しそうに身を震わせる。
「ハナは俺の大切な人だから……ッ!」
『ウン……』
互いにそれ以上の言葉はなく、暫く抱き合っていた。そして、そのままコウタはポツリと呟いた。
「あのさ……」
『ウン……』
「こういうのって男から言うもの……かな?」
『ワカンナイ……』
「そっか、ハナにもわかんないか……」
『ウン……』
「ハナ」
『ハイ……』
コウタは意を決してオトタチバナに言葉を投げ掛けた。
「俺……ハナと"シたい"よ」
『ウン、私モ……』
オトタチバナは本当に嬉しそうな笑顔を泣き張らした顔に浮かべ、コウタは生まれた時から彼女が着ていた衣服に手を掛けた。
◇◆◇◆◇◆
『コータ……コレ』
いつものように身体を密着させず、手だけコウタと繋いでいるオトタチバナは1枚の三つ折りに畳まれたメモを渡した。
「ん? 何だこれ?」
『オ母サンニ……ハジメテノ後ニワタセッテ言ワレタ……』
そう言われたのでメモを開くと一言こう書いてあった。
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その言葉は、てへぺろをしているデフォルメのニライカナイから吹き出しが伸ばされている。字は信じられない程達筆であり、絵は無駄に可愛く書かれていた。しかし、この内容である。
「あ、あの人は……全く……」
『エヘヘ……オ母サンラシイネ……デモ内容ハ本当』
「そうなのか?」
『ウン……ダカラ――』
オトタチバナは両手でコウタの手を握り、柔らかい笑みを浮かべるとそっと囁くように言葉を吐いた。
『マタ……シテネ……?』
そう言うオトタチバナはコウタにとって幼げで妖艶、可愛らしく美しいと感じ、惚れた弱みだと思いつつも、この世で自分が一番の幸せ者なのではないかと考えていた。
18-R版は有料(旅館のポルノチャンネル並みの感想)