とりあえずGE3の設定で何か変えなければならなかったり、しなければならないような設定は無かったので安心しております。
赤いカリギュラとの戦闘後。
真壁ハルオミとケイト・ロウリーが裏口を使って、極東支部のラボラトリ区画にあるサカキ博士の研究室から向かって右側の部屋にニライカナイが運び込まれてから一時間程経った頃。
サカキ博士の研究室のソファーに座りながらひとり佇む男がいた。
「いったい……何がどうなっているんだ……」
それはギルバート・マクレインその人である。ハルオミとケイトは研究室に入ってから未だ戻って来ない。
若干、冷静さを取り戻した彼は再び状況の整理を試みる。
ハルオミがギルバートに会わせたい女とはニライカナイの事だった。すると赤いカリギュラが乱入してきた。ギルバートはニライカナイに守られた。ケイト・ロウリーは生きていた。四人掛かりで赤いカリギュラは倒した。ニライカナイとハルオミとケイトはとても親しげである。ニライカナイは妊婦であり、ハルオミとケイトの子を孕んでいたという。そして、産気付いてサカキ博士の研究室に運び込まれた。
「意味が……ッ! まるでわからない……!」
ギルバートは顔を手で覆いながら至極真っ当な感想を抱いた。
そもそもこの内容を即座に理解できる者は人間ではないと思われる。
「あのー……」
そんな最中、前から少女の声が響き、ギルバートは顔を上げた。
そこには茶髪を片方で纏めた髪型をした18歳程に見える少女が居た。少女は吸い込まれそうな程に澄んだ瞳でギルバートを見つめながら口を開く。
「一応聞きますが、ここにいるということはハルオミさんの縁の方でしょうか? それともフォウ姉ちゃ――ニライカナイさんの知り合いですか?」
「ああ……まあ、そんなところだ」
ギルバートは自分でも最早よくわからないが、そう返事をした。その様子は明らかに疲れ切っている。
「えーと……何かお教えしましょうか? 私のわかる範囲ですけど……」
その様子に何かを察した茶髪の少女はそう提案した。
「頼む……」
ギルバートは普段なら知りもしない相手の提案を軽々しく受けることはなかっただろう。しかし、今の彼は藁にもすがる思いだったのである。
そして、彼は聞くことになった。
茶髪の少女――瑞木アヤメから見たニライカナイという優し過ぎるアラガミと、その軌跡を。
◆◇◆◇◆◇
人間の50%が体験する可能性があるため、出産について例えられたものは多々ある。
鼻からスイカを産むとか、下腹部を焼けた火掻き棒でグリグリと攪拌されるとか、想像絶する凶悪なお腹を下した便意だとか、腸を直接手で握られる感じだとか、子宮を潰されて握られる感じ等々兎に角様々であり、激痛ということ以外はあまり要領を得ないと言ってもいいのかも知れない。
その全てを、俺は一蹴する。
『アァァァアァァ……嫌ダァ……!』
痛過ぎた。こんなもの言葉で形容なんて出来るわけがない。
泣き叫びながら分娩台の隣にいるしかなかった。
周りに俺から発生したためか俺と同等の助産の知識を持ち合わせているカグラやハナもおり、少し離れた機器の前でサカキ博士とハルオミさんも足繁く動いているが、そんなことを気にする余裕なんてもうどこにもない。
心なんてとっくの昔に折れていた。けれども産まない限りは終わることはない。
産む前の決意なんてどこへやら、俺は母性でも子供のためでもなく、この痛みが早く終わることだけが
こんな痛みを経て子は産まれるのかと、知りもしないし、知る必要もなかった体験を受け、吐きそうな程思い知らされる女としての感覚に果てしない生理的な悪寒を覚えた。
何時間経ったのかわからない。その間に何度、子供も普通に腹から取り出せばよかったと考えたかもわからない。それでもそれをやらないのは、最後の良心か、ちっぽけなプライドか、そんな余裕すらないのかもわからなかった。
そして、遂にその時はやって来た。
◇◆◇◆◇◆
ふと、寝かせられた自室のベッドで時計を眺める。
そこには出産の前とあまり変わらない時刻が刻まれていた。
とすると最長で24時間程分娩台に乗っていたのかも知れないと考えたが、時計に意識が向くまでずっとぼーっとしていたので正確な時間はよく分からない。
長かったのか、短かったのかという感覚もあやふやだ。ひょっとしたら全て夢だったのではないかとも考えたが、
そうしてまたぼーっとして時間を過ごしていた。
「カナちゃん!」
聞き覚えのある声にそちらを見ると、ケイトさんが立っており、嬉しそうに産着を着せた赤子を抱えていた。
その様子に少しだけ意識を取り戻した俺は声を掛ける。
『子供ハ……大丈夫ダッタカ……?』
出産直後に見たハズなのにまるで記憶がない。その呼び掛けを言ってから恥ずかしさに気づいた。
「大丈夫よ。見て」
そう言いながらケイトは椅子を持ってきて俺の隣に座り、赤子を見せて来る。
『アア……ァ……』
その瞬間、俺は驚愕と共に絶望に塗り潰された。
その赤子は髪すら生えていないため、まだ性別も見た目では判断すら出来なかったが、ひとつだけハッキリしていることがあったからだ。
"死人よりも白い肌"と"血よりも赤い瞳"。
それは紛れもなく、その子が深海棲艦である証だったからだ。
『ゴメンナサイ……"ケイトサン"……"俺"……』
わかっていた。何よりも誰よりもわかっていたんだ。
考えないようにしていた俺が一番恐れていたことは、きっとこれだ。あんな方法で子供が無事で済むわけがないとわかっていた。なのに俺は先のことを深く考えず、その時の感情でやってしまった。
けれどそれを必死に考えないようにして、今の今まで恐れていたのかも知れない。
なんて卑怯なんだ俺は……俺は――。
「ありがとう、カナ」
俺はその言葉に意識を引き戻されてケイトさんの方を見た。
するとそこに映り込んできたのは目一杯俺に近付いて赤子を抱くケイトの姿だった。その表情には屈託の無い笑みが浮かんでいる。
「ねえ、カナ。そもそもあなたがいなければ私はハルにまた会えることも、この子が産まれることも何もなかったのよ? 私は感謝はしてもあなたを責めることなんてひとつもないわ」
『デモ……』
「この子を抱いてあげて」
ケイトはそういうと赤子を俺に抱かせた。無下にするわけにはいかないので俺はそっと赤子を抱き止めた。
赤子は生まれたて相応の反応を見せており、まだ首が座っていないため、確りと抱いてあげなければならない。
そんな中、ふと赤子と目が合う。
無垢な瞳はそのまま俺をじっと見つめ、思わずそれを眺め返す。
時間にすればほんの数秒だったが、確かにその出来事に俺は愛しさと安心感を覚え、気付けば赤子を抱き締める手を少しだけ強めていた。
「ふふ、カナちゃん。今、スゴいお母さんの顔してるよ?」
その言葉にハッとし、羞恥心でその場から逃げ出したい衝動に駆られる。
いったい俺はケイトさんとハルさんの赤子に対して何を考えているんだ……こんな風にしてしまったのに……。
「やっぱり思った通り。カナちゃんは私とハルと違って心の中ではその子のこと……私とハルの子で、自分の子ではないと思ってるんでしょ? きっと私たちに遠慮してるから」
その言葉に心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚える。
「私ね。赤ちゃんがカナちゃんと同じ肌と目の色をしてて嬉しかったのよ? なんでだと思う?」
『………………ケイトガ優シイカラ?』
俺の中には未だ申し訳なさで一杯で、他に答えなんて思い付かなかった。
「違うわ。カナちゃんとも家族になれるかなって思ったからよ」
予想もしていなかった言葉に目を見開く。
「そういうことだ」
そして、見計らったかのようにハルさんが部屋に入って来てケイトさんの隣に座った。
「実はね。ハルと二人で考えてたのよ。カナちゃんはきっと子供が産まれたら遠慮してあんまり関わろうとはしないんじゃないかと思ってね。でもその子は紛れもなく、私とハルとカナの子よ。だから――」
ケイトさんとハルさんは笑顔で顔を見合わせる。そして、二人は同時に同じ言葉を言い放った。
「私たちと家族にならない?」
「俺たちと家族にならないか?」
その言葉に俺は固まってしまった。
『………………エ?』
言っている意味はわかった。けれどそれが何故俺へ向けて言われているかがわからなかったからだ。
「だってカナちゃん。こうでもしないと負い目を感じちゃうでしょ?」
『ズルイナァ……』
俺は腕の中で眠り始めた赤子の感触を確かめながらそう呟いた。
そんなの今さら断れるわけがないじゃないか。こんなに可愛い子と、素晴らしい友人と家族になれるなんて……。
「これからよろしくね。カナちゃん」
『………………ウン』
俺はただそう返すことだけで精一杯だった。
その日から俺は心の中で二人に"さん"を付けて呼ぶのを止めた。
◆◇◆◇◆◇
「それでハルと一番話し合ったことなんだけどね」
俺が落ち着いてからハルもいなくなり、ケイトはそう話始めた。
「カナちゃんの名前をどうするかってことよ」
『私ノ名前?』
そう言えばニライカナイ等と呼ばれているが、俺から名乗った名前は瑞木フォウぐらいしかないことを思い出した。
ふむ、確かに何かちゃんとした呼び名があっても――。
「真壁カナか、カナ・ロウリーかでハルと結構揉めたわ」
この夫婦の感覚はズレていたことを思い知らされた。
二人にとって俺は既にカナちゃんなんですか、そうなんですか。
「最終的に"真壁・
『ドッチモ引イテナイジャナイ』
そう呟きながら俺が抱き締めている赤ちゃんを少しケイトから離す。こんな大人になっちゃいけません。
「ところでカナちゃん、そろそろあげたら?」
『アゲル?』
そう言われて首を傾げていると、ケイトは指で俺の胸を指差した。
『ケイト……』
ケイトが出産した後にも説明したのだが、もう一度話すとしよう。
そもそも母乳は妊娠中にエストロゲンやプロゲステロン等のホルモンの働きによって乳腺が発達し、出産するとプロラクチンやオキシトシン等のホルモンが多く分泌される。また、出産後は、赤ちゃんにおっぱいを吸ってもらうことでプロラクチンが分泌され、更に母乳を作る指示が出されるのである。
そのため、母乳が出始める時期については個人差があり、一般的には産後二日から数日程であるといわれ、中には産後数週間程経ってから出始める場合もあれば、妊娠中から分泌液が出ていたという場合もある。
要はドラマやアニメでたまにある出産直後に授乳をしているシーンは基本的に創作物的な表現だということを――。
『ンン――!?』
話している最中に胸に軽い衝撃のような何かを感じて驚く。
何が起こったのかと見れば、ただでさえ大きくなっていた俺の胸が一回り大きくなったことが見て取れた。更に胸が腫れたような奇妙な感覚があり、胸に触れてみると中に石があるような固さを感じる。
『…………マサカ』
確信にも近いが、一応確認のため、ケイトに赤ちゃんを抱いて貰い。胸の状態を確認した。
『………………出ル』
「よかったねカナちゃん!」
思っただけで進化しやがったアラガミボディに顔を引きつらせていると、ケイトは赤ちゃんを差し出してきた。
『モウ……』
とりあえず赤ちゃんを受け取り、観念して服をはだけさせた。
下を向くと赤ちゃんのクリクリしたお目目がこちらを眺めており、期待しているように感じるのは既に親バカになってしまっているのだろうか。
『ン――』
恐る恐る赤ちゃんに乳首を吸い付かせると、赤ちゃんは小さな口で吸う。始めての経験に少し声を上げてしまった。
生まれつき備わっている原始反射のひとつで、口に触れたものを吸う吸啜反射だということはわかっているが、どうしてそれでもこんなに愛しく思えるのだろうか。微かに聞こえる喉の鳴る音すら愛しくて堪らない。
………………吸われててもこう……全然気持ちよかったりしないし……出ている感じもわからないんだなぁ。
そんなことを考えて時間を潰そうとするが、赤ちゃんはまだまだ元気に飲んでいる。
隣を横目で見ればニコニコしているケイトに見られるので、なんだかとても恥ずかしい。
意識を反らすためにこれまで恐れてしなかった。赤ちゃんの肉体の様子を確認してみることにした。
『コッチモ飲ンデネ』
と、その前に飲んでる胸を逆に変えるとしよう。片方だけ飲まれると後で張って痛そうだ。
ゆっくりとゆりかごのように身体を揺らしながら分析を始めた。
まず、なんと言っても外せないのが、この子は心臓がアラガミの"コア"になっているということ。この時点で純粋な人間では確実にない。
だが、身体の作りやデータを見る限り、人間とそこまで大きな違いは見られなかった。コア以外は至って普通の人間の内臓、筋、神経をしており、確りと血が通っている。
更に不思議なことに身体の方は
"アラガミ人"。そんなワードが思い浮かんだ。当たり前と言うべきか、女の子である。
そこまで考えたところで赤ちゃんが母乳を飲まなくなってきたので授乳を止めた。
『ヨシヨシ……』
それからミルクを吐いてしまうのでゲップをさせるため、赤ちゃんの背中をさする。
「わぁ……私があげた時はミルク吐かせたのになぁ」
『何シテルノヨ。オ母サン……』
「もう一人のお母さんが頼り甲斐あるから安心ね」
赤ちゃんはお腹が一杯になったのか俺の腕の中ですやすやと眠り始めた。その様子は小さい天使のようで見ているとこちらまで心が暖まるようだ。
………………もう一人ぐらいなら産んでもいいかな……。
その後はケイトと他愛もない会話をしながら時間は過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆
「………………」
赤いカリギュラを退け、ケイト・ロウリーの生存を知ったあの日から数日後。ギルバート・マクレインはサカキ博士の研究室にある扉の前に立っていた。
そこには"カナ君の部屋"と書かれた表札が掛けられており、知らぬ者が見ればなんのことだか意味がわからないだろう。
しかし、瑞木アヤメから"ニライカナイ"の知りうる全てを聞かされたギルバートはここの中にニライカナイが住んでいるということも理解していた。
話によればニライカナイは人間にとって善良なアラガミだった。
エイジス島で生まれ、極東地域でアヤメを拾い、旅をしている最中にグラスゴーでアラガミ化寸前のケイトを拾った。そして、ケイトが妊娠していることに気付き、ケイトを治療しながら医療施設があり、一番アラガミ絡みの面倒事に関わりがあり、そもそもニライカナイのモデルを作った友人であり、アヤメとも関わりがあったサカキ博士の元へ向かう。その途中でケイトが急変し、赤子を殺さないために自身の子宮に赤子を移した。
更に極東に来てから隠れて過ごし、その間にも自身のアラガミ細胞をサカキ博士に提供することだけでなく、感応種を殺すためのアラガミを産み出す等人類に対する多大な貢献をしていた。
極め付けに、フェンリルの記録でもニライカナイは死傷者を誰も出してはいない。理由は神機として生まれる筈だった己が人間を殺しては本末転倒だからだという。
(恩人どころか聖人じゃないか……ッ!)
ギルバートは己が怨みを向けていたことを何よりも恥じた。
そうしていつかキチンと話さなければいけないと思っているうちに数日経ち、今に至ったのである。
意を決して彼は目の前の扉を開けた。
《使い魔を出せ!! 体を変化させろ!!
足を再構築して立ち上がれ!! 銃をひろって反撃しろ!!
さあ夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!!
『ヤッパリHELLSINGノOVAハ最高ネ……』
「あうー」
そこにはケイトの赤子を腕に抱えながら丸椅子に座って楽しそうにモニターに向かっているニライカナイがいた。何故か黒い授乳服の上に白衣を着ており、眼鏡を掛けている。
『…………アッ……!』
ギルバートが呆然としながら眺めているとニライカナイはこちらに気付いて声を上げた。
『………………』
ニライカナイは立ち上がるとシャカシャカと足を動かし、ギルバートの前に立つ。更に彼は彼女の手で優しく部屋の外に押し出され、扉を閉められる。
『入ッテイイワヨ』
何かわからずギルバートが困惑していると中からそう声を掛けられたため入室した。
『オ久シブリネ』
そこには優しげな目をしながらベッド上で身体を起こしているニライカナイがいた。眼鏡は掛けられておらず、授乳服の上にはカーディガンを羽織っている。腕にはケイトの赤子が抱かれており、ひとつの絵画のような美しさがそこにはあった。
「いや……無理だろう」
『私ノイメージ……』
この瞬間からギルバートの中で、ニライカナイのイメージは"聖人だが変なアラガミ"になった。
ホモは聖人(台無し)
絶ミ美ゾ(畳み掛ける)
ギルくんとのお話は次回です。
ちなみに赤ちゃんの名前……決めてないんだよなぁ……(オイ)
ですが、赤ちゃんが成長するとどの深海棲艦になるのかは既に決めてあるので楽しみにしていてください。ちゃんと親になんとなく似てます。
ああ、先に言っておきますと――。
Q:GE3までやるの?
A:当初からGE2の本編で全てを終わらせる予定なのでGE2バーストまでも行きません。まあ、多分GE3の世界線まで主人公普通に生きていますけどそれはそれでございます。
(ボソッ)まあ、逆にこの赤ちゃんが成長してカナちゃんの次の主人公に据えてGE3で書くのは普通にありかもしれませんね。