そっと更新すればバレないバレない……。
『ン……』
起きた
そんなどうでもいいことよりも、こんなに清々しい目覚めはあまり経験したことはない。昔、人間の限界を目指して最終的にK2を単独登頂したとき、山頂に座って達成感と疲労感でぼーっとし、気が付いたら10分ほど眠っていた後の目覚めに匹敵するかもしれない。
あれはまだまだ私が若く己を不死身のように無意識に思ってブイブイ言わせていた頃の――。
「…………おい、起きたんだよな?」
『ソーマァ!!』
「だから抱き着くな……」
うぇ、ヘヘヘ……ソーマ! 私のソーマだぁ……。しゅきしゅき大しゅき……。お母さん今度はあなたの為にいるから……ね。
◆◇◆◇◆◇
『ウェヘヘヘ……』
(なんなんだコイツ……)
現在、ソーマは自身の母親を名乗り、勝手に気絶したと思ったらすぐに起き上がり、彼の腕にそっとしがみついて幸せ一杯な表情で頬を緩ませている人型アラガミ――ニライカナイにたじろいでいた。ちなみに一連の動作は3分以内に起こった事柄である。
ソーマは助けを求めようとサカキ博士を見ても、ニマニマと生暖かい視線を返して来るばかりで動かず、彼自身も何故かここで突き放してしまうのは良くはないと彼女の好きなようにさせていた。
場所は研究室から隣接された彼女の自室に移っており、そこには見事な女性モノの服の山、立て掛けられた十数畳の畳、DVDの山、卓袱台、パソコン、ベッドにベビーベッドなど妙かつ歪な生活感に溢れており、人型アラガミの意味のわからなさが滲み出ていると言える。
「お前はなんなんだ?」
ソーマがそう聞くと、ニライカナイは顔を上げて少しだけ考え込む。
『私……私ハ……』
そして、絞り出すように言葉を集め、彼の手には片腕で触れたまま、もう片方の手を自身の胸に当てる。その様子は人間的でありながら、それ故に酷く不安げにも見えた。
『最初ハ"アルダノーヴァ試作4号機"、次ハ第一種接触禁忌種アラガミ"ニライカナイ"ト"瑞木フォウ"、ソシテ今ハ"真壁・L・カナ"。ソレカラタッタ今、私自身ガ"アイーシャ・ゴーシュの残滓"……ダト思ウ』
「俺の産みの母親の……いや……"ノヴァの残滓"なのか?」
そう言われてみればニライカナイの顔立ちは、ノヴァの母体やアルダノーヴァの女神やアリウスノーヴァの頭部に良く似ているように思えた。
しかし、それらに比べればアラガミらしさはほとんどなく、かつての人型アラガミの少女かそれ以上に人間に近いような感覚さえソーマは覚える。
「アリウスノーヴァか……」
そう呟きながらソーマは思い返す。
アリウスノーヴァとは、"第二のノヴァ"になろうとしたアラガミのこと。アイーシャ・ゴーシュ博士の面影を残す長髪の人面が象られていたが、その表情は牙を剥き出して醜く歪んでおり、理性なき獣の様相を呈している。また、白色の体躯はヴァジュラ神属ディアウス・ピターに類似していた。
エイジス事件の顛末で人工ノヴァが月へと飛び立った際、母体から引き千切られた莫大な量のオラクル細胞群が地球上に残留した。これら"ノヴァの残滓"は変質して新たなアラガミと化すことが懸念されたため、極東支部により順次回収、厳重に管理されながら沈静化作業が進められていた。しかし、ある時に保管施設から残滓の流失が発生。貯蔵庫は内側から喰い破られており、恐れていた事態が現実となったことを意味している。"ノヴァの残滓"より誕生したこの個体を、極東支部は"第二のノヴァ"すなわち終末捕喰の後継者であると仮定、後に断定された。
無論、少し前にオリジナルのアリウスノーヴァは極東支部の総力を上げて討伐されており、現在では稀に極東支部の周囲で異常性のないアリウスノーヴァの似姿を持つアラガミが出現するのみである。
しかし、"第二のノヴァ"が居たのならば"第三のノヴァ"が居たとしても別段不思議ではない話だろう。
その事に思い当たったソーマはサカキ博士を眺め――彼がこれまで見て来た中でも飛び切りの良い笑みを浮かべている博士の様子によって、面倒臭いことに巻き込まれたことを悟る。
「その事だがね」
そして、それまで静観していたサカキ博士が遂に口を開いた。
「検査分析の結果、結論から言うとだ。カナくんはノヴァあるいはその残滓と99.7%同様のアラガミ細胞を持つ。そして、アリウスノーヴァのアラガミ細胞とは92.8%同様。アルダノーヴァとは74.2%同様なんだ」
『エッソレ知ラナイ……』
その事に最も驚いた様子なのは当のニライカナイであり、赤い瞳を白黒とさせている。
「知らないのか……」
『自分自身ガ何者カトイウ事ハ、数多ノ哲学者ガ挑ミ続ケ、終ゾ答エガ出ル事ノ無カッタ命題ヨ』
「………………」
"ソレヲ紐解クナラ、人間ハ
「まあ、アリウスノーヴァは明らかにディアウス・ピターがベースのようではあったけれど、ノヴァよりアラガミ細胞学的に近いのかと問われればそうではないと言えるのと同じことだね。あくまでも強靭な似姿を借りているに過ぎないんだ」
「じゃあ、コイツは……」
「どちらかと言えばアリウスノーヴァの近似種……もとい姉妹に当たるかもしれないね」
『私ハ"アルダノーヴァ"擬キダッタノネ……』
「まあ、仮に単純なアルダノーヴァの人型アラガミというだけなら、カナくんから生まれたオトタチバナが、アマテラスベースな事や、他の既存アラガミを強化したり、生み出せたりする事の説明がつかないさ。その異様なほどの頑強さもだ」
相変わらず、ソーマの隣で彼の手を握りながら、サカキ博士の説明を聞きつつ目に見えて
それを見ているだけでも少し居たたまれない気分に彼が無意識になってしまうのは、人型アラガミだからか、それとも母を名乗るからであろうか。
「でもカナくんは間違いなくアルダノーヴァ試作4号機だよ。恐らく彼女の発生経緯は、我々が気付かなかったエイジス島の区画に安置されていたアルダノーヴァ試作4号機が、ノヴァの月への終末捕食に伴って消滅したことで発生した"ノヴァの残滓"が偶々、その区画に濃く滞留し、ゆっくりと晒されて"第二のノヴァ"になる筈だったんだ」
「やはりアリウスノーヴァか……」
「あれは我々が恐れる余りに一ヶ所に"ノヴァの残滓"を保管したことで、起こるべくして起きてしまった。言わば人為的なノヴァと言えるだろう。それに引き換えカナくんは、幾つかの偶然という奇跡が重なり偶々生まれたノヴァだということだ」
「要するに――」
『"第三
ソーマの言葉を遮り、ニライカナイはポツリと呟いた。その表情は薄笑いを浮かべており、笑みではあるが、どこか自嘲気味にも見える。
(――ッ!? なんでアイツみたいに……! 人型アラガミはいつもいつも……!)
また、その無理に笑うような表情には、既にやり遂げて諦めた人間の既に終わったかのようにも思えるだろう。未練との離別先にある柔らかな笑み。ソーマはそれをよく知っていた。
「おい」
そして、そんな表情を見て来たソーマは、気付けばニライカナイの肩を掴み上げ、自身に引き寄せる。
「お前、今何を考えた?」
『……………………』
そう問うと、ニライカナイは表情こそほとんど変化はないが、確かにソーマから目を反らす。一目で、少なくとも彼にとってはろくでもないことを考えているのは明白であろう。
そして、観念したのか目を細めて溜め息を漏らした彼女はポツリと呟く。
『少シダケ考エタダケヨ。ヤリタイコトハ沢山ヤレタ上ニ、理由ガ出来テシマッタカラ、ソウ遠クナイ内ニ死ノウトネ……。私ガ自分自身ノ終了ヲ選ベナクナル前ニ』
「……そんなことだろうな」
それを聞いたソーマはニライカナイを解放する。しかし、彼女は相変わらずさっきと変わりない表情をしており、彼への親愛が入り雑じったそれは何故か無性に怒りの感情を沸き立たせた。
そして、彼は自身でも驚くほどすんなりと心の底から想いを吐き出す。
「そうやって……そうやって……! もう……一度死んだんだろ! 俺を置いて逝ったんだろ!」
『………………ァ――』
酷く狼狽して目を見開いたニライカナイを眺めつつ、ソーマは自分自身でもそんなことを内に秘めていたということを、吐き出してから自覚する。
そして、困惑と共に感情が追い付いて来た彼は、彼女から少し身を引き、目を伏せて黙り込んでしまった。
『私ハ――』
「うん、死んでしまわれると非常に困るんだ。友人としても、研究者としてもね」
するとそんな二人の間に割って入るようにずいっと身体を伸ばしたサカキ博士がそんなことを言う。それにソーマは怪訝な表情を浮かべ、ニライカナイは博士らしいと言わんばかりに自然な様子に思える。
「私の目標は昔からこの瞬間、そして未来まで終ぞ変わらない。"アラガミとの共存"。ただそれだけだ。そして、私は……私の全てをカナくんに賭けることにした」
『過大評価ガ過ギル……』
「過大評価なものか。やっと見つけた夢への糸口だ。今度はそう易々とは諦めないよ。だからカナくんには生きて貰わないと困るんだ」
そう言うサカキ博士は相変わらず、猫のように目を細めて笑っていたが、よく見れば薄目を開けており、現在の博士は一切笑っていないことにニライカナイだけは気付き、背中に薄ら寒いモノを感じた。
彼は基本的には善人であるが、夢――ロマンに火を着けたのは紛れもなく彼女自身だ。故に今の彼は形振り構わず、邁進し続ける他ない。
普段の笑みに戻した博士は眼鏡を手で直しつつ、やや声のトーンを上げる。
「まあ、"第三のノヴァ"ではあるけれど、カナくんはまだ幼生体だからね。アリウスノーヴァを例にしても、最低限、超弩級アラガミのコアでも捕食しない限りは、特異点として覚醒することはまず無いさ」
『変身ヲアト2回モ私ハ残シテイタ……?』
「うん、多分そんな感じじゃないかな。聞いたところ、カナくんってこれまでに一度もアラガミのコアを捕食したことはないらしいしね」
『ソウ言エバソウネェ……』
自我を持った頃のニライカナイは、何と無く捕食衝動に呑まれてしまいそうだと感じたため、小型アラガミですら捕食せず、主に鉱物をおやつとしていた。しかし、それは捕食衝動などではなく、終末捕食への渇望だったのかも知れない。
それからの彼女は幸か不幸か、
ちなみにオトタチバナの言う旨いラーメン屋とは、ニライカナイが作るラーメンのことを指す。
『"横濱家系"ト"二郎系"ハソコソコ再現出来タ……次ハ"大勝軒系"ヨ』
「カナくんの"支那そば"は名作だったねぇ」
『昔、全テノ拉麺ヲ食ベ尽クソウトシタダケヨ』
"どんなアラガミだよ"とソーマは声を荒げたかったが、それより先にニライカナイが神妙な顔立ちで彼の前に来た事で閉口する。
『アノネ……私ノ本心……我ガ儘ヲ聞イテクレル?』
それに対してソーマは何も答えなかったが、それをニライカナイは肯定と捉えた。
そして、彼女は決心したように拳を握り締めた後、ソーマに向かって正面から抱き着くと、その腕で割れ物を扱うようでありながらも力強くぎゅっと抱き締める。
彼とは体格に差があるため、少し不格好であるがそれを気にする人間はこの場に居ないであろう。
『今度ハ死ナナイ……チャント貴方ノ母親ニナリタイ! ダカラモウ一度チャンスヲ――』
「今さら何言ってんだ……」
ニライカナイの言葉をソーマは遮る。そして、言葉に詰まる彼女に対して小さく溜め息を吐くと、彼は彼女の背に手を回す。
「最初からあんたは俺の母親だろ? ……おかえり」
『――ウン……タダイマ……』
ソーマはそのまま暫く、さめざめと涙を流しながら晴れやかな笑みを浮かべているニライカナイを抱き締めていた。
◇◇◇
『ウェヘヘ……ソーマー』
「なんだよ……?」
『エヘヘー、呼ンダダケヨー』
(居心地がわりぃ……)
数分後、溢れんばかりの幸せを振り撒くように嬉しげな様子になったニライカナイの相手をソーマはしていた。また、自身が母親と認識していることで気恥ずかしさからの居心地も悪さを感じ始めてもいる。
それを無心で振り払って時計の針を眺めていると、ちょうど1分ほど経過したところでニライカナイの部屋の扉が開いた。
「カナちゃんこれ美味しいから一緒に食べ――」
『ウェヘへ――アッ、ケイト……』
そこには茶髪のゴッドイーター――ケイト・ロウリーが出来立てのフライの盛り合わせと、ビールを数缶持って立っており、ニライカナイとその傍に立つソーマを見つめたまま絶句し、ニライカナイも浮気現場を押さえられた夫のような絶妙な表情をしている。
そして、流れるような動作で卓袱台にフライの盛り合わせとビールを置いてから、そそくさと元の位置に戻ったケイトは、思い出したように手を目に当てて踵をかえす。
「うわぁぁぁ!? ハルー! また、カナちゃんを寝盗られたわぁぁぁ!!」
『違ウノ!? 違ウノヨケイト!? コレハタダノ家族愛デ――』
「尚酷いッ! 私たちとの家族愛は遊びだったのね!?」
『違……ソ、ソンナ……私ハケイトノコト大好キデ……』
「――――! 私もよカナちゃん……!!」
『ケイト……!!』
(なんだこれ……)
何故か口論のようなものの末に互いに抱き着くニライカナイとケイト。コントと言われた方がまだマシな光景であるが、互いにそれぞれベクトルの違う美女なのだから、無駄に絵になり、否が応でも目に入るため始末が悪い。
しばらく抱き合っていたかしましい二人のうち、ケイトがそのままの姿勢でソーマに目を向ける。
「ところでカナちゃんこの人だれ?」
『私ノ息子ヨ』
「息子? へー、そっかぁ」
そのまま、数秒の時間が流れ、ケイトはソーマから目を離し――。
「納得するな!?」
遂に堪え切れなくなったソーマが声を荒げたことで再びケイトとニライカナイはそちらに意識を向けた。抱き合うのを止めた二人は彼の回りに集まる。
「だってカナちゃんなら息子の一人や二人ぐらい居ても驚かないし。というか随分、おっきいわねぇ」
「突っ込まないぞ……突っ込まないからな……?」
ソーマがそう言うと、何故かケイトは猫のように目を細めてニィと少し歯を見せて微笑んで見せる。それを見たニライカナイは、ケイトが新しい弄り甲斐のある
「ふむ、そろそろだね……」
しばらく口を挟まずに大人しくしてきたサカキ博士が時計を見つつポツリと呟く。
するとその直後、ニライカナイの自室の扉が開いた。
『サカキ博士、時間通リニ集合シマシタ』
『博士ー、来タヨー』
「な……」
そこにいたのは、ニライカナイに良く似ているがより人間に近い人型アラガミ――オボツカグラ、焼けたような黒い肌が所々に見られる天女のような人型アラガミ――オトタチバナである。
ニライカナイ、オボツカグラ、オトタチバナ。それらは現在、世界最凶最悪の第一種接触禁忌種アラガミの系譜そのものであり、極東で発生したアリウスノーヴァに次ぐほどの悪魔たち――などとサカキ博士から事前知識を与えられていなければソーマは考えたことであろう。
しかし、サカキ博士から"あの人型"に良く似た存在たちであることを知らされていたため、どちらかと言えばあまりにも普通かつ自然に極東支の研究区画内を闊歩していることに驚いていた。
『ア……!』
『アッ!』
彼女らは部屋に入って来るなり、それぞれ少し驚いた表情を浮かべつつ口を開く。
『オ兄様……!』
『オニイチャン!』
「は――?」
その言葉にソーマは固まり、ニライカナイはあからさまに目を泳がせる。そんな彼女を彼はしばらく見つめていると、指で頬を掻きながら重い口を開いた。
『ソノ……オ母サンノ娘達ダカラ、逆説的ニ"ソーマ"ガ長男ニナルノカシラ……?』
「なんで疑問系なんだ……」
『アア、イヤソノ……ソレヲ考エルト――私モ"ソーマ"ノ妹ニナルンジャナイカト思ッテ』
「――――――」
「そっかぁ」
「大家族だね」
母親を名乗るアラガミだけでもギリギリのキャパシティであったにも関わらず、次々と繰り出される後出しジャンケンのような言葉の暴力によって、遂には完全に固まるソーマ。完全に順応しており、当然のような感想を漏らすケイトとサカキ博士が酷く印象的だった。
確かにニライカナイが目を覚ましたのは、ごく最近の話のため、どんなに早く見積もってもアルダノーヴァ4号機が建造された瞬間であり、少なくともノヴァのアラガミ細胞が用いられていることからソーマよりも歳上であることは絶対にあり得ない。
つまりは"妹"である。そして、ニライカナイはアイーシャ・ゴーシュの人間性のほぼ全てを引き継いだと言っても過言ではないため、同時に"母"である。研究者として重要な論理的には何も間違ってはいないのだが、人間として必要な感情的には間違い過ぎていたのであった。
「あーうぅぅぅー!!」
するとベビーベッドに寝かされているケイトらとニライカナイの娘が大声で泣き始める。否が応でも赤ん坊に目が行き、そこに集まったオボツカグラとオトタチバナに少し身構える。
『アア、"姉サン"。ゴ飯ガ欲シイノネ……?』
『ナラ私ガ"オネエチャン"ノゴ飯アゲルー』
「…………なんだと?」
すると聞き捨てならない単語を二人のアラガミが放ち――その直後に何故かオトタチバナの胸部の白っぽい布地が全て消滅し、白く大きな双丘が露になった。
『ナラヨロシクネ……』
『ウン! カグラネエチャン!』
どう反応していいのかわからない怪奇現象にソーマが固まっていると、そのままオトタチバナが赤ん坊を抱き上げ、母親がするようにそっとベビーベッドから抱き上げる。
『ンッ……ァ…………フ……サア、オネエチャンゴ飯ダヨ?』
更にその直後、オトタチバナの胸はゆっくりと風船に息を吹き込んだように一回り大きくなり、乳首を赤ん坊に
すぐに赤ん坊は彼女からの授乳を受け、喉を鳴らして飲み始める。それを当のオトタチバナはへにゃりと顔を綻ばせて見つめ、ソーマを除きサカキ博士とケイトを含む室内全ての人間とアラガミは大なり小なり表情を和らげている。
(俺が可笑しいのか……?)
ソーマはひょっとすると暫く極東支部に顔を出さなかった内に、世界の方の価値観が変わってしまったのではないかという錯覚に陥りより一層困惑した。
そして、そんな様子の彼を察したのか目を丸くしたオトタチバナが赤ん坊を片方の乳房での授乳に切り替えつつポツリと呟く。
『ンー? 人間ノ価値観デイウノナラ私、イツモ全裸ダヨー?』
「……………………」
だから慎みが無いとかではないとでも言いたいのかも知れないが、それはソーマへの追撃以外の何物でもなかった。
「当然、カグラくんとハナくんの服は自前のアラガミ細胞だからね。むしろ、カナくんのようにきちんと人間の服を着ている方が少数派さ」
するとようやくサカキ博士が動く気になったのか、眼鏡を直して笑みを浮かべつつそんな補足説明をしてくる。誠に癪な話ではあるが、彼はまだ一応常識的であろう。
「その赤ん坊が姉というのは……?」
「ああ、アラガミは単細胞生物だろう? そうなると受精卵としてでも発生したタイミングが彼女らにとっての誕生日になるらしい。それで言うと彼女らはまだ産まれて数ヶ月しか経っておらず、チョビくんは既に1年近く経過しているわけだ。妥当な年功序列だね」
「……………………」
アラガミの生態を絡めて無駄に筋の通った言葉に知識的には納得しつつも、ソーマの頭が理解するのを拒否した。少なくともだからと言って妹が姉に授乳するのは可笑しいであろう。
「……? ああ、それはほら。彼女らはカナくんベースの人型アラガミなのだから、生態――失礼、文化や行動規範などが、それに準じるものになっても特に不思議はないだろう? シオくんの時も普通の衣服を着たがらなかったり、目新しい物品には何かれ構わず口に含もうとしたりと色々あったじゃないか」
「……………………」
既に彼女らをニライカナイから派生した人型アラガミの一種族という先見性のあり過ぎる解釈をしているサカキ博士に反論の余地すら潰され、ソーマは否応なしに受け入れる他無くなる。
その事に彼が頭を抱えていると、サカキ博士はニライカナイの自室の置時計の針を眺めつつポツリと言葉を紡ぐ。
「ふむ……そろそろ時間だね」
「サカキ極東支部支部長代理。独立支援部隊クレイドル所属、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ少尉、ただいま参上……しま……し――」
そこには全体的に赤と白を基調とした服装をし、フロントがざっくりと空いた士官服を着用しているゴッドイーター――アリサの姿がそこにあった。
時間に全く狂いなく現れたことに彼女の性格が現れているが、そんな生真面目な様子はどこにも見当たらないほど彼女は呆けた顔をして、三体の人型アラガミを眺めつつ完全に停止している。
そんなアリサをオボツカグラは見つつ、彼女の閉まり切っていない士官服に目を移しながら思い出したかのようにポツリと呟く。
『
空気が死んだ。
その時の光景を言葉に表すならそんな状況であったであろう。オボツカグラは"アッ……"と思わず声に出して失言に気づきつつ口を片手で覆うが、当然すでに後の祭りだ。
ブリキ人形のように鈍い音がなりそうな様子で、アリサは首ごと視線をサカキ博士へと向ける。そして、当の彼は心底愉しそうな笑みを浮かべており、この状況に対して否定も肯定もしてはいないが、アリサは理解する。
彼が黒幕だ――と。
「な、なな……なな……」
アリサはわなわなと徐々に全身を震わせ、目を瞑りつつ握り拳を握り締める。そして、これでもかと目蓋と拳を開け放ち、吠えるように叫んだ。
「なんなんですかこれは!? いい加減にしてください!! ドン引きです!!!」
そんな一部始終を見たソーマは、無意識に間違っているのは自身ではないと安堵の表情を浮かべ、同時に弄られているのは己だけではないという確かな仲間意識を感じていたという。
~QAコーナー~
Q:カナちゃんどうなっちゃったの?
A:ミーム汚染
Q:ソーマから見たカナちゃんたちって結局どうなの? わかり難く例えて
A:
ソーマ←アンジール兼クラウド
ニライカナイ←セフィロス
アリウスノーヴァ←ジェネシス
チョビちゃん←カタージュ
オトタチバナ←ヤズー
オボツカグラ←ロッズ