荒ぶる神な戦艦水鬼さん   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。前中後編となっております。



博士とキグルミ 中

 

 

 

 

『悪イワネ……』

 

 ニライカナイの衝撃の告白から少し経ち、やや冷静になったサカキ博士はニライカナイが妊婦だということを理解し、パイプ椅子からソファーへニライカナイを移し、自身はパイプ椅子に座って対面する形を取った。

 

 そもそも用途に応じてオラクル細胞で機能を賄うアラガミが妊娠など、望んでしない限り、絶対にあり得ない。

 

 だというのならば、ニライカナイはいったいどんなロマンスを経てここにいるのか。博士の中では興味深いなどという次元を既に幾つも飛び越えていた。

 

『ソウネ、ドコカラ話ソウカシラ――』

 

 ニライカナイはどこか遠くを見つめながら口を開いた。

 

 

 まず、ニライカナイが目を醒ました時、エイジス島の研究室におり、非常に不思議な感覚を味わったという。それは自分が何者かまるでわからないにも関わらず、頭の中には幾つもの知識が混在しており、整理することにかなりの時間を要したという。

 

 サカキ博士はそれはオラクル細胞の記憶だと関連付けた。アラガミはオラクル細胞を通してあらゆることを記憶しており、故にあのように生態系を分化させ、同種でも異なる行動や環境に適するのだ。尤もニライカナイの記憶――知識はもっと根底のものであり、まるで人間の記憶に眠る知識をそのまま転写したかのようにも思えた。

 

 そして、研究室に落ちていた資料と頭にある知識から自身はアルダノーヴァ プロトタイプ Ⅳ号機だということに気付いたという。

 

「待ってくれ……じゃあ君は()()知っているのかい? この極東支部やフェンリルのことも、アーク計画のことも、それから――」

 

アルダノーヴァ()ノオラクル細胞ノベースハ、"前支部長ヨハネス・フォン・シックザール"ノ妻ガアラガミ化シタ、アラガミダトイウコトカシラ?』

 

 それを聞いてサカキ博士は絶句した。ニライカナイは本当に全てを知った上でこれまで生きてきたのである。知識を整理する仮定でいったい何れ程彼女が思索し、自我を確立していったのだろうかと博士は慮る。

 

『フッ――』

 

 驚くサカキ博士の様子を見てか、ニライカナイは優しげに目を細め、小さく息を漏らした。

 

「ッ……!?」

 

 それを見てサカキ博士はニライカナイから懐かしさを覚え、そのこと自体に驚愕した。

 

 ニライカナイの容姿はかつて日本で語られた鬼のようであり、白過ぎる肌や紅い瞳や角などから人間ではないことは明らかだ。しかし、艶のある長い黒髪と顔に掛かる前髪や、端正な顔立ちに切れ長の目、そして何気ない一動作がサカキ博士に想起させたのだ。

 

 アイーシャ・ゴーシュという女性そのものを。

 

『話ヲ続ケテイイカシラ?』

 

「あ……ああ! 勿論だとも」

 

 呆けたサカキ博士に声を掛け、再びニライカナイは口を開いた。

 

 

 エイジス島を出た直後、自身の性能を確認するためにエイジス島のアラガミ装甲に試射したところとんでもない威力だった。

 

 次に本土に向かい、廃図書館から書物の知識を吸収することに暫く勤しんでいると、アラガミが闊歩する世界でひとり生きる少女を目にし、そのまま保護したとのことだった。

 

「子供を保護したのかい……?」

 

『今モズット、一緒ニ旅ヲシテイルワ。名前ハ――』

 

 言葉を区切り、ポツリと呟かれた名に、サカキ博士は目を大きく見開いた。

 

『"流葉(ながれば)アヤメ"、今年デ15歳ニナル少女ヨ』

 

「"マユリ"君の娘が生きていたのか!?」

 

 サカキ博士はパイプ椅子から立ち上がり、ニライカナイに詰め寄った。すると、ニライカナイはソファーからゆっくり立ち上がり、ウサギの着ぐるみが置いてあるところまで行き、着ぐるみの中から一本の第一世代神機を取り出し、博士の前に差し出した。

 

 それを一目見たサカキ博士は、何かに気がついた様子で小さく言葉を吐く。

 

「これは……マユリ君の……」

 

『3年間、極東ヲタッタ一人デ生キ抜イタ少女ガズット大事ニ持ッテイタモノヨ』

 

「そうか……やはり彼は私の元まで来ようと……アヤメちゃんはずっと生き抜いて……」

 

『"遺留品ハコレダケ"ヨ。彼女ノ事ハマタ後デ語ルワ。次ハコノ子ニツイテノ話ヲスルワ』

 

 サカキ博士を宥めながらニライカナイはソファーに戻ると再び口を開いた。

 

 

 男性体の操縦席にアヤメを乗せてイギリスに着いた後、そこでアラガミ化しかけている女性ゴッドイーター――ケイト・ロウリーを見つけ、アヤメと同様に保護した。

 

 ニライカナイは自身の感応能力を使い、女性のオラクル細胞を抑え込み、ほぼ無力化することでアラガミ化を止めた。そして、その状態で女性ゴッドイーターのオラクル細胞を少しずつニライカナイのオラクル細胞と入れ換えるという治療を行うことにしたのである。

 

 その矢先だった。女性ゴッドイーターが妊娠しているということに気がついたのは。

 

 治療も未だ開始したばかりで、アラガミ化寸前のゴッドイーターを止める手立てが通常のフェンリル支部にあるわけもなく、母体と胎児の安全を考えた時に真っ先に思い浮かんだ存在が、シオというアラガミの少女を匿っていたペイラー・榊博士であった。

 

 思い立ったら直ぐに行動し、ニライカナイの海上移動は母体と胎児に悪影響を及ぼす可能性が高いため、陸路でユーラシア大陸を横断して、極東支部へと向かったのだ。

 

「まさかその子は……」

 

『ソノマサカヨ』

 女性ゴッドイーターは途中で変調を来たして早産してしまった。未だ自立呼吸の出来ない胎児を医療環境がまるでない場所で救うには、ニライカナイはこの方法しかないと判断したのだ。

 

『コノ子ハケイトノ子。ソシテ生カスタメニ私ガ妊娠ヲ引キ継イダノ』

 

 つまりニライカナイは死に行く女性を憂い、助けた上で、自身の身体すら擲って子の命を助けているのだ。

 

「なんという……そんなことが……」

 

 かつて実験の事故からアラガミへと変貌したアイーシャ・ゴーシュ。そのアラガミを培養してヨハネス・フォン・シックザールにノヴァは造られ、アーク計画の過程で造られた人造アラガミにして神機に極めて近いアルダノーヴァ。

 

 命を擲って世界を救おうと考え、結果的に両方とも叶うことはなく、ひっそりと誰にも見向きされることなく遺産として残ったアルダノーヴァのプロトタイプが、まるで当初の夫妻の意思であった"滅びゆく世界を子供達に見せたくない"という想いを体現するかの如く、アラガミでありながら人間を憂い、子供を救うために己の意思で全身全霊を捧げる。

 

 いったい、ヨハネスが知ったら何を思うだろうかとサカキ博士は彼方を仰ぐ。

 

『マア、コンナ化ケ物ノ子宮ニ入ッタナンテコノ子ハキット喜バナイデショウネ……』

 

 ニライカナイは自嘲気味に笑い、下腹部を撫でる。その瞳はどこか悲しげに映る。

 

 サカキ博士は椅子から立ち上がり、ニライカナイの両肩に手をくと膝を折り、顔を伏せながら懇願するように口を開いた。

 

「何を言うんだ……! 君は立派な――」

 

 サカキ博士の瞳からは涙が溢れ落ちており、それを見たニライカナイは少し驚いた様子で目を丸くしながら博士を見つめた。

 

「本当に立派な……"人間"だよ」

 

 かくして、願いの果てに残った優き神は人間となった。

 

 そして、出来るならば()()()()は何があっても立ち会おう。

 

 ペイラー・榊は一人の人間としてそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォウ姉ちゃん帰ってこない……」

 

 かつて繊維工場として操業していた工場跡地でポツリと発色がよく艶のある茶髪をサイドポニーテールに結んだ中学生程の年齢に見える少女――アヤメは呟いた。

 

 その表情は不安げであり、行動も同じところを行ったり来たりと繰り返しており、彼女の内心が見て取れる。

 

 無論、フォウとはニライカナイのことだ。

 

「アヤメちゃんは心配性ねぇ」

 

 するとアヤメの背中から抱き締めるように栗毛に赤い眼鏡を掛けた女性――ケイト・ロウリーに抱き締められた。

 

「ケイトさん……でもフォウ姉ちゃんは正午には戻るって言ってからもう1時間は経つし……」

 

「たった1時間じゃない。待つのは女の甲斐性よ」

 

 そう言いながらケイトはカラカラと笑う。その表情には心配などというモノは欠片も含まれていないように見えた。心配をしない、というよりもニライカナイを信頼していると言った様子だろうか。

 

 ちなみにケイトの近くには1体のオボツカグラがおり、それは付かず離れずの距離でケイトに付いて回っていた。

 

 ケイトはニライカナイの感応能力で生き長らえているため、ニライカナイの側にいなければならないのだが、感応能力の産物であるオボツカグラからも感応波は出すことが可能なため、このようにオボツカグラをケイトに付かせているのである。

 

 ウェストミンスター寺院でケイトが眠っていた部屋の外にオボツカグラがいた一番の理由がそれである。ちなみにこのオボツカグラはそれからずっと同じ個体のオボツカグラであり、たまにケイトに付き合わされたり、セクハラされたり、着せ替えさせられたりしており、最近はその度にニライカナイの方を無言で見つめているが、ニライカナイが気付く様子はない。

 

「それにカナちゃんは捕まるぐらいだったらかなり抵抗するだろうから、今頃アナグラはバーベキュー会場よ」

 

「それはそれで問題!?」

 

 そんな会話を繰り広げていると、遠くから車のエンジン音が響くのを彼女らは耳にした。

 

 エンジン音は徐々に近付き、廃工場の回りを巡回しているユーラシア大陸を横断してきた3体のテスカトリポカと、極東支部の周辺でニライカナイが集めた半機械のアラガミ"ラーヴァナ"達の間を通り抜けて廃工場に入って来た。

 

 ちなみにラーヴァナはとても大量に集められており、30体を越える程の数が集まっていた。ニライカナイが直接進化させたテスカトリポカに比べれば、その性能は比べる事すら烏滸がましい程だが、これだけ数が居れば戦争さえ仕掛けられる戦力であろう。尤もこの世界に国はどこにも残っていないが。

 

 ニライカナイ曰く、"アラガミ動物園で召集を掛けたのが間違いだった"とのことである。

 

 廃工場内に入り、アヤメとケイトの前まで乗り付けて止まった車は、フェンリルの紋章が付いた軍用のバンであった。

 

 フェンリルの紋章を見たアヤメが身体をすくめ、それを見たケイトがアヤメの身体を抱いて宥める。

 

「大丈夫大丈夫。それに表の奴らが威嚇射撃すらしなかったっていうことはそういうことよ」

 

 ケイトの呟きの後、勢いよくバンの操縦席の扉が開かれ、それは姿を表した。

 

 

『悪イワネ、話ガ弾ミ過ギテ遅レタワ』

 

 

 バンから出てきた者は、黒いドレスのような衣装を身に纏い、お腹が大きく膨れたアラガミ――ニライカナイであった。

 

「ぁぁ……! フォウ姉ちゃん!」

 

『オー、ヨシヨシ』

 

 アヤメはニライカナイにお腹の子を傷つけない程度に抱き着き、帰還を祝福した。ニライカナイは黙ってそれを受けている。

 

「お帰り、何か進展あった? というかカナちゃん運転も出来るのね」

 

『エエ、ハワイデ親父ニ習ッタワ。ソレハソレトシテ中々面白イ事ニ――』

 

 

「そこから先は私が話そう」

 

 

 するとバンの助席側の扉が開閉する音の後に男性の声が響く。

 

 そして、着物の上にインバネスコートを羽織り、複数の眼鏡を鎖で首から下げた男性が2人の前に姿を現した。

 

 ケイトはその人物を見て目を丸くし、アヤメは少し不安げにニライカナイを見上げた。そんな様子を横目に、男性は口を開いた。

 

「こんにちは。二人の事は全てカナ君から聞いている。私は現極東支部長代理兼アラガミ技術開発統括責任者"ペイラー・榊"だ」

 

『話シタラ来チャッタ』

 

「来ちゃったってそんな…………ブフッ!」

 

 珍しくケイトからニライカナイへ突っ込みが入った。それもそのはずこのペイラー・榊という男。フェンリル創設者のひとりであり、アラガミが蔓延るこの時代で特にゴッドイーターらにとっては時の人と言えるような存在なのである。

 

 人命が著しく軽いこの世界において、真に必要といえる人材を簡素な車に乗せ、アナグラからここまで連れて来たという事であろう。ケイトはニライカナイの大胆不敵な行動に吹き出し掛けていた。

 

 サカキ博士は真っ先にアヤメの前に向かうと、口を開く。

 

「随分大きくなったね。私のこと……覚えているかい?」

 

「……………………サカキおじちゃん?」

 

 アヤメは暫く考えた後、ハッとしたような表情になり、ポツリと呟いた。

 

「そうだ! 君のお父さんの――」

 

「サカキおじちゃん!」

 

 アヤメが勢いよくサカキ博士に抱き着いたことで博士の言葉が遮られる。博士の手に抱かれたアヤメは目に涙を浮かべていた。

 

 そんな光景を見せられては他に言うことも無くなり、ケイトはニライカナイと共に暖かい目で二人を見つめていた。

 

 

 

 

 





ー車で移動する少し前の話ー



「ところで、その"ぬいぐるみ"はなんなんだい?」

『アア、コレ?』

 ニライカナイは肩に乗っている双頭のさるぼぼのようなものをサカキ博士に抱かせた。ぐったりした30cm程のぬいぐるみのようであり、大変軽い。また、触り心地も柔らかくふわふわしており、クッションのようであった。

『私ノ"男性体"ヨ』

「……何だって?」

『オラクル細胞ヲ圧縮シテ軽ク小サクシタ私ノ男性体ヨ』

「……………………実に興味深い」

 まだまだアラガミに対する研究が足りないなとサカキ博士は感じた。



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