「貴女が・・・・・私のマスターか?」
喫茶店ラビットハウスの屋根裏部屋に描かれた魔法陣の上に立つ少女の騎士。その少女は眼前にいるチノとココアに問いを投げつけるが、突然の邂逅に開いた口が塞がらない二人。
チノは目の前にいる人物の正体を知っているためその高潔さに目を奪われてしまっているに対してココアは単に訳が分かっていないからだ。
二人の返答が返ってこないためその少女は少しだけ困惑の顔を見せるがすぐに二人の手元を見た。そして、ココアの手にクローバーの形を模した朱い紋様が刻まれていることを知るとココアの方を向き、話し出した。
「そこの少女よ。名を聞こう」
「・・・えッ!?・・・えっと・・・保登心愛って言います。・・・ココアでいいよ。えっと・・・」
「"セイバー"・・・。サーヴァント・セイバー。貴女の召喚に応じ参上仕りました。この時より私は貴女の剣となることを誓いましょう"マスター"」
その少女、セイバーはココアの名前を聞き取ると、自らも名乗りを上げ、ココアに忠誠を誓った。
しかし、忠義を交わしたセイバーに当のココアは頭をひねっている。
「えっと・・・"セイバー"??"サーヴァント"??"マスター"??」
「なっ・・・!?まさかマスター、聖杯争奪戦のことを周知せずに私を召喚したのですか!?」
「"セイハイ・・・ソウダツセン"??ねぇチノちゃん?この人一体何言ってるの??」
聞いたことのない言葉・・・専門用語か何かかなと疑問に思うココアは驚いているセイバーを余所に呆然としているチノにセイバーが言っていた意味を聞こうと尋ねると、間髪入れずに自分の顔にチノの両手が触れる。
チノの両手がココアの頰にめり込み、唇が露出するほど強い力を出しているチノはココアを恨めしく見ながら目尻に涙を溜めていた。
「・・・な・・・んで。・・・・・なんでココアさんが"アーサー王"さんを引き当てるんですか!!?むううぅうぅぅ!」
「チ・・・チノひゃんどうしひゃの?」
ココアには何故チノが怒っているのか理解できなくて困惑し、チノのされるがままになっていた。セイバーはセイバーで話の流れが掴めず、茫然としている。
これでは埒があかないと思い、ティッピーはチノの頭から降りてどう声をかけたらいいか戸惑っているセイバーに語りかけた。
「セイバー・・・。ワシらも不測の事態が起こってしもうてのぉ。情報整理のために少し話し合いを設けたいのだが構わんか?」
「・・・えぇ、構いませんよ。私も一体どういう状況か確認したいので・・・場所は何処にしますか?」
「そうじゃのぉ。一階のワシの店にでもするかの。コーヒーは飲めるかセイバー?」
「はい。多少は・・・」
ティッピーはココアがサーヴァントを召喚したという不測の事態が発生したことでココアが何者かを改めて確認したいと考えているので、セイバーをも交えて対談する提案をすると彼女は何故只のうさぎが喋っているのかという事実を一旦は考えず、その提案を承諾し、床にいるティッピーを持ち上げ、話し合いを設ける場所へと向かった。
「ねぇ、チノちゃん。何でティッピーが喋ってるの?ねぇ何で?」
「もうそんなことはいいですので、早くお店に戻ってください・・・!」
コーヒーは飲めるか飲めないかというティッピーとセイバーの他愛もない会話を見ながらココアは後ろにいるチノに何故ティッピーが人間の言葉を使っているか聞くが、対するチノは何度も投げかけてくる質問を素っ気ない返しながら、ココアの背中を押してセイバーとティッピーが向かった場所へと向かった。
◇◆◇◆◇◆
「・・・・・で、私が留守にしている間にそういうことがあった訳だな、親父・・・」
「やけに嫌味ったらしく言うではないかタカヒロ」
陽は沈み、夜の帳が下りると本来ラビットハウスはバーに変わり、酒好きの大人達がバーテンダーが作ってくれる酒を飲みにやって来るのだが、本日は「閉店」の掛け看板を掛けて、店を閉めていた。
客のいない店内ではチノとセイバーが何も知らないココアに魔術とは、聖杯争奪戦とは何なのかを教えていた。その三人がテーブルを囲んで話しているのをキッチンから見ているチノの父、タカヒロとティッピー。タカヒロはバーで着る服装で三人に出すコーヒーを作っており、ティッピーはその側のカウンターの上にいる。
タカヒロは数十分も前まで聖杯争奪戦の為に必要な備えを買いに出ていたが、その間にココアがセイバー、アルトリア・ペンドラゴンを召喚し、マスターになった旨を聞かされると、父親であるティッピーをジト目で見る。
その目に軽蔑の念が込められていると感じたティッピーは多少怯むが、すぐに食い下がった。
「誰が予想できようか!!屋根裏部屋の存在を感づかれた挙句、サーヴァントを召喚するなんてのぉ!!!」
「全く・・・・・とうとうここまでボケが進行したか・・・。保登家は他の魔術師の家系と違い、積極的に魔術を探究する者達ではないが、魔道を歩んだ年数は冬木の始まりの御三家に匹敵するほどの一族だというのは魔術師なら知っていて当然のことだろう・・・」
「何をぉ・・・!!つまりあれか・・・お前は最初からココアが魔術師の一族と知っておったというのか!?」
「当たり前だろ・・・周知の事実なんだからな」
「ヌヌヌヌヌ・・・・・」
ティッピーは今回の失態について仕方がないと開き直るが、ココアが魔術師の家系であると知っていたタカヒロからすると単なる言い訳を言っているとしか見えなかった。
確かに言われてみると、保登という名の魔術師が古くからいることをティッピーは思い出し、そのことに今まで気づかなかったことに反省する気合いはあるが、ここで素直に認めればただでさえウサギになったことで自分の威厳が落ちているのにそれに拍車がかかるのを恐れて口を結ぶ。
「へぇ〜〜〜。そうなんだぁ。でも、お父さんやお母さんから『魔術』っていうのは教えてもらってないよ?」
「魔術は家督を継ぐ人しか教えないのが普通なんです。ココアさん家でいうならモカさんしか教えられていないはずですよ」
「そうなんだ。じゃあ、お姉ちゃんもその"セイハイソウダツセン"っていうのに参加するのかな?」
「機会があればきっと参加するでしょうね・・・。ですがココアさん。そうなればモカさんは『敵』になるということ・・・ちゃんと分かってるんですか?」
「うん!分かってるよ!!例え相手がお姉ちゃんでも、『聖杯』は渡さないよ!!」
「・・・・・ッ・・・」
チノとセイバーから教えられたことーー成り行きで香風家の全ての事情を含めてーーを粗方理解したココアはタカヒロとティッピーの会話を聞いて、自分がそれほどすごい魔術師の血筋を引いていることを自覚するも、両親からそんなものを教えられたことはないことに疑問に思う。
一部例外はあるが、元来最初に生まれた子しか魔術は習わないものである。これは魔術が起こす奇蹟の原因を知る者が増えるとその分だけその威力が失われてしまうので、それを防ぐべく最低限の人にしか教えないのだ。故に末っ子のココアが教えられるはずがない。
だとすれば、ココアの姉、モカは魔術を習っているため、今回の聖杯争奪戦に参加するかもしれないので張り切るココア。しかし、そんなココアを見てチノは何も分かっていないことに気づく。
今のココアは魔術世界の光の部分しか見ていない。「魔術師」という存在はそんな綺麗な人達ではない。そんな人達が覇を競い合う儀式が過酷であることを生まれた頃から教えられていて知っているチノはココアの為と思ってあえて酷なことを言う。
「ココアさん・・・本当にあなたは自分が何に挑もうとしているのか分かっているのですか!!?初心者向けなのは認めますが、魔術師達が鎬を削って殺し合う儀式の亜種。劣化版の聖杯戦争なんですよ!!!それなのにあなたのその心構えはまるで地域運動会に参加するようなもの・・・そんなものでは、開始早々敗退するか、最悪死ぬだけです!!!ですから・・・・・」
「・・・チノちゃん??」
「魔術師」という存在は目的を達成するために最善だと思えば殺人のような犯罪行為を躊躇いなく行う集団である。香風家のような道徳を重んじる魔術師は少なからずいるが、それでも典型的な骨の髄まで生粋の魔術師はごまんと存在している。
聖杯争奪戦ではルール上、マスターを殺すことをご法度としているため、経験の浅い魔術師もマスターとして参加できる。だが、マスターを死なせるような反則ギリギリなプレイングを行う魔術師も過去の争奪戦ではいたとチノは聞いている。そんな人達にココアが当たれば即座に殺されてしまうは目に見えている。
それにココアは姉のモカに対して家族の執着を捨てきれていない。このような儀式では例え家族だろうと、友人だろうと、一度敵になれば情けを捨てて殺し合うのが常識だ。モカだけでなくとも友人や同じ学校の生徒もマスターとして参加するだろう。その人たちと相対し、敵意を向けられたとき、果たしてココアは平常心を保つことが出来ようか?
「会って3秒で友達」をモットーにしているほど純粋で、友人思いのあるココアにはとても苦であろう。下手すると二度と立ち直ることのできないようなトラウマを抱えることも充分に考えられる。だからこそチノはうっかりマスターになってしまったココアに自分の右手を差し出す。チノが右手を差し出したことにココアは少し困惑するも、怖い顔をしながら令呪が刻まれた右手を取ろうと近づくチノに気圧されて後退りする。
「ココアさん。令呪を渡してください。元々あなたはこちら側には関わってはいけない人です。・・・ですから令呪を、セイバーさんを寄越しなさい・・・です!!」
「嫌ッ!!確かに私は訳もわからずセイバーちゃんを召喚したけど、これはれっきとした私のもの!!チノちゃんには渡さないよ!!それに、チノちゃんが言っていたことが本当ならチノちゃんももしかしたら死んじゃうかもしれないってことだよね!そんなところにチノちゃんを一人で行かせるなんて『お姉ちゃん』として許さないよ!めっ!」
「・・・・・ッ。ココアさん・・・言ってくれるじゃないですか・・・」
チノがやることはたった一つ。ココアの令呪を奪うことだ。令呪を奪えばココアが召喚したセイバーは実質的にチノのサーヴァントとなり、ココアはマスターでも何でもないただの一般人に逆戻りするわけだ。ただそのためにはココア自身が令呪をチノに授与することを許可しなければならない。
しかしココアは詰め寄るチノに令呪を譲渡することを断り、加えてそんな過酷な闘いにチノを向かわせることを許さなかった。
遅かれ早かれ言うであろうと思っていたココアの台詞を聞いたチノはぐうの音も出なかった。確かにチノでも友人と対峙した際、迷いが生じて一手遅れてしまうかもしれない。勿論殺し合いなぞ出来るはずもない。それでも無知なココアよりはマシな闘いができるとチノは自負しているため、そのようなココアの行動はよりチノの神経を逆撫でしまう。
『お姉ちゃん』という肩書きを盾にして拒絶の態度を示しているココアにチノは怒りで冷静さを失い、強行的に令呪を奪うことを考え始める。最悪令呪は刻まれている部分を切断すれば、容易に転写できる。つまりココアの右手を切り落とせばチノは令呪を移植できるということ。
チノにはそれを行える術はある。同時に切り取ったココアの右手を治すことも香風家の『秘術』を使えば可能だ。故にチノはそんな荒事をするべく彼女に近付き、右手に魔力を込める。だが魔力のこもった右手を振り出す前に邪魔が入った。ココアのサーヴァント、セイバーだ。
「止めていただこう・・・チノ。マスターに対するこれ以上の行為は、サーヴァントとして捨ておく訳にはいかない・・・」
「うっ・・・・・」
「チノちゃん・・・・・止めてセイバーちゃん!!」
今まで不動を決めていたセイバーは二人のやり取りに見かねて剣を取り、チノの首筋に当てて牽制させる。彼女の剣は風を纏っているため見えないが、間違いなくそこにあることがチノには理解できていたので、不用心に近づくことはできない。加えて相手はサーヴァント。特に魔術に耐性を持つセイバーでは太刀打ちできる訳がない。
ココアの令呪を奪おうとするチノ。それを止めるセイバー。その行為をやめさせようとするココア。ここに見事な三すくみができた訳だが、一触即発な場面なのには変わらず、このままではココアの令呪が発動するのも時間の問題だ。しかし、この歪な均衡状態はティッピーの一言で解かれることになった。
「やめんかチノ!!なってしまったもんは仕方ないじゃろう・・・。それにそんなに邪険に扱っては共同戦線は貼れんぞ!」
「共同戦線って・・・やっぱりそうなんじゃと思っていましたが・・・。本当にココアさんと組むんですか!?」
「そうじゃ。ココアは魔術の才能はあっても知識はない。それにひきかえ、チノは知識はあってもココアほどの才能はない。これほどまで相互関係を持つ者はいないじゃろう」
「それはあくまでおじいちゃんの考えなだけじゃないですか。その・・・・・アーサー王のセイバーさんがこんな見ず知らずの私達に協力してくれるとは・・・」
ティッピーの鶴の一声で一旦緊張状態が解かれて一同は一歩下がる。その後チノは祖父がココアと共闘する話を持ち上げた事で、香風家の秘密をココアに話したことへの真意を理解することができたが、同時に不満を募らせることになった。
確かにティッピーが提案する共闘は実に効率的だ。仮にチノが敗退すれば、父のタカヒロが代わりに聖杯を取りに行く手筈になっているが、それでも勝ち残れるかは五分五分だ。ならば勝率を上げるにはココアを自軍に引き入れ、チノと共に戦わせ、二人で聖杯を取りに行く。これ以上の得策はないだろう。
それにココアのサーヴァント、アルトリアはかの有名なイングランドの王アーサー。これほどの強いサーヴァントを敵に回すよりかは味方にする方が断然得する。更にココアは知識はない分、稀代の才能を持っている。それにチノが知る知識を合わせれば理論上では百人力だ。もっと言えば、ココアは魔術師として育っているわけではないため自らの家に箔をつける執念は皆無である。だから上手く言い包めれば、仮にココアが聖杯を手に入れたとしても、その聖杯を自分達に渡してくれるのではとティッピーは思っている。
しかし如何に効率の良い戦略だとしても、それは言わばココアを魔術師達の鎬を削る戦いの場に送るということ。命を落としかねない場所に素人同然のココアを送ることはチノにはできない。もっともこの思いはココアに聖杯争奪戦のことを話してしまった時点で意味をなさない。仮にココアの令呪を奪い、彼女からマスターの資格を剥奪したとしても、必ずチノが向かった戦場へ向かうだろう。その点においてはチノは飲み込み済みだ。
問題はココアではなくセイバーの方を考えていた。彼女は一時といえど国王だ。己が意思ならまだしも他人がホイホイと勝手に結んだ契約なぞ聞き入れる義理は別にない。殆どこちら側が得をして、セイバー側にはさほどメリットがないため、同盟は成立しないとチノは懸念していた。
「いえ・・・そんなに硬くならないでください、チノ。私は聖杯戦争を何度も経験している身。故に私は共闘に対する抵抗はありません・・・」
「えっ・・・そうですか・・・」
「・・・てことは私とチノちゃんは協力するってことだよね。よかった!このままチノちゃんとケンカ別れしちゃうところだったよ」
しかしチノの予想とは裏腹にセイバーはすんなりと徒党を組むことを承諾し、持っていた剣をしまった。王であるため腰が重いイメージを持っていたチノは意外にあっさりと賛同してくれて目を白黒させる。
以上までのことを聞き、チノと共に戦えることが決まってココアは険悪なままチノと離れ離れにならずに済むことをとても喜んだ。
やっと和やかな雰囲気になった三人にティッピーは一安心して一息つけているとタカヒロがブレンドした特製コーヒーを完成させ、皆に振る舞った。
「わぁ。とても香りが良い!ありがとうタカヒロさん」
「確かに・・・良い香りです。これほどまでに上品なコーヒーの香りを引き出しているということはかなりの修練を積んだという証ですね」
「お褒め頂き感謝します」
タカヒロの特製コーヒーの香りを楽しむココアとセイバー。セイバーはそのコーヒーの上品な薫香からタカヒロの腕の良さとそれを体得するまでに培った努力を評価する。己が力量に対して高い評価を騎士王セイバーから受けた事にタカヒロは一礼し、感謝を述べる。
そしてセイバーはコーヒーの薫香を十分に堪能した後、角砂糖を一つ入れ、気品に満ちた飲み方でコーヒーを飲み干す。
「へぇ〜〜〜。セイバーちゃんって昔のイギリスの国王なのにコーヒーなんてもの飲めるんだね。イギリスの人だから紅茶しか飲まないイメージなのに・・・」
「それは偏見ですよココアさん。昔ですがイギリスでもコーヒーはよく飲まれていたんですから・・・。でも言われてみればすごいですね。紅茶やコーヒーもセイバーさんが生きていた時代にはないものですから」
「確かに苦さが舌に沁みますが、それもまた風情があって私は嫌いではないですね」
セイバーがコーヒーをすぐに飲み干すのを見てあっけらかんとするココア。最近になって慣れ始めた彼女でも砂糖一つ入れただけではセイバーのようにゴクゴク飲めるまではいかない。イギリス人の偏見も相まって驚くココアにチノが訂正に入る。
イギリス人が紅茶を好んで飲むのはそれまで人気だったコーヒーの代理としての理由がある。17世紀から飲まれ始めたコーヒーだが、19世紀後半に原産地でさび病が流行したためコーヒー豆が輸入できなかっため、代わりのものとして紅茶を飲み始めたという歴史的背景がある。
しかしよくよく考え直すとセイバーは17世紀以前の時代の者。紅茶は勿論コーヒーなぞ飲んだことはないのだ。それを思うと未知の飲み物を易々と飲み干すセイバーにチノは賞賛を送る。褒められて少しこそばゆい感覚を覚えるセイバーは苦いなりにもそこに味わいがあることを伝えるとコーヒーカップをソーサーに置いて立ち上がった。
「さて、今後の方針も決まったことですし、ココア・・・。貴女の自室に案内してください」
「・・・ん?どうしたのセイバーちゃん?」
「私は貴女のサーヴァント。貴女は私のマスター。聖杯を勝ち取るためにはより良い関係を築く必要があります。ですので個別で話し合いをしましょう」
「あの・・・セイバーちゃん?もしかして怒ってる?」
ココアがコーヒーを飲み終えたタイミングでセイバーが自分の部屋へ案内するよう申し出たので疑問に思うココア。聖杯争奪戦で優勝するためにも必要となる信頼関係の構築を図っている旨を伝えるセイバーだが、どうしてもココアには『何か』が引っかかるのだ。というのもセイバーが怒っているとしか考えられないほど態度や言い方が硬いのだ。
「まさか・・・私は怒ってなどいませんよ。ただ『呆れて』いるだけです。チノも言っていたことですが貴女は争奪戦に対する姿勢が低過ぎます。このまま勝ちに行くのであればとても先が思いやられます・・・」
「やっぱり怒ってんじゃん、セイバーちゃん!?」
「黙らっしゃいッ!!!さあココア、その鈍な根性を叩き直して立派なマスターにしてあげましょう!!」
「いや〜〜〜ん。チノちゃん助けて〜〜〜!!」
案の定、口には出してはいなかったがセイバーもココアの争奪戦に対する意識が緩いことにご立腹らしく、ココアに見せる笑顔がえらく硬かった。そして、ココアの後ろの襟元を掴むと、彼女の悲痛の叫びを無視してズルズルと引きずりながら奥へと消えていった。
「まるで生徒と教師じゃな・・・」
「しかし案外面白そうじゃないか」
熱血スパルタ教師と手のかかるやんちゃな生徒を彷彿させるココアとセイバーのやり取りをジト目でティッピーは傍観する。対してタカヒロは彼女たちのやり取りから見ていて飽きないコンビになることを推測する。
彼がそう推測し、微笑む一方でチノは自分のサーヴァントを御せられないココアを見て心底溜め息をつく。
(こんなので大丈夫でしょうか・・・。『私達』の聖杯争奪戦は・・・・・)
◇◆◇◆◇◆
「木組みの家と石畳の街」。
1880年に日本の内陸部に作られた西洋文化をふんだんに取り入れた街だ。
明治時代に入り、日本全国で西洋化が進んでいる風潮に乗り、10年かけて作られたその街は西洋学問を広めようとしていた学者や研究者達をニーズとして開拓していた。しかしそれはあくまで表面上の建前なだけであり、本当の目的は別にあった。
その原因は冬木で行われていた聖杯戦争を始まりの御三家とは別の四人の魔術師を加えて催すことを公表したことから始まった。それにより万能の願望器、聖杯を手に入れるため当時の魔術師達は魔道を極める動きを活発にした。そのせいで秘術の漏洩を恐れ、肩身を狭くする魔術師達が他の魔術師達から干渉されぬ新天地を求めるようになった。
魔術協会はその要望に応えるのにうってつけな場所として文明開化したばかりの日本に注目した。霊脈に富んだ良質な手付かずの土地が溢れていたために木組みの街などの土地に多くの魔術師達を招き入れた。
しかし木組みの街はあまり人気がなかった。霊脈と自然に富み、人通りが少ないため悪くない土地であったが、いかんせん魅力に欠けており第二、第三候補の滑り止め扱いを受けていた。
だが奇蹟に思える転機が訪れた。完成してから10年後、この街の価値が飛躍的に上がり、移住しようと考える魔術師達でごった返しになった。何故彼等はそうするのか?何が彼等をそうさせるのか?答えは都市開発の為に付近の山々を調査していた魔術協会が『あるもの』を見つけたからだ。
冬木の地に眠るものと同質と思しき“聖杯”を・・・・・。
◇◆◇◆◇◆
そんな歴史的背景がある木組みの街のとある一帯には富裕層が住む地域がある。ある家は資産家の別荘だったり、ある家は落ちぶれて魔道から手を引いた裕福な元魔術師の住居。
そんな豪華な居住の中に他のものとは比べようもないほど一際大きな邸が一つ建てられている。その成り立ちがまるで神殿とも表現できる豪邸の周りには二メートル近い柵が設置され、入り口にはサングラスをかけた屈強なガードマン二人が配備されている。
ここは先の世界大戦の戦火で没落せず、前回の聖杯争奪戦にて頭角を現わした御三家が一家、前回の勝利者を輩出した由緒正しい魔術師の一族、天々座家の本拠地である。
ココアがセイバーを偶然召喚した翌日、その邸の一室で読書に耽る少女が一人。紫髪を左右に纏めて垂らしているモデル体型の少女。彼女がラビットハウスで普段アルバイトをしている天々座家の嫡子、リゼである。
ココアの一つ上であるため少々大人びた印象を受けるリゼはとても古ぼけた古本を読んでいた。ココアと違って勉強はできるため、その古本に書かれているラテン語を難なく読み進めている。勿論彼女が読んでいるのは魔術の古文書。幼少期からずっと読んでいるものだが、この度聖杯争奪戦に挑むにつれて再度魔術に関するノウハウを確認しているのだ。
「リゼ・・・入っていいか?」
「・・・あぁ。・・・入っていいぞ親父」
リゼが古文書を読み直している時、自室の扉がノックされる。その直後父の声が聞こえたので、リゼは読んでいた古文書を閉じて机に置く。
リゼが父を自室に入れる承諾をすると、リゼの父親、
「必要な物資がようやく届いた。お前の地下工房で少し話をしよう」
「分かった・・・・・すぐ行く」
用件を伝えられたリゼは机に置いた古文書を棚に戻し、父と共に地下へと向かった。
天々座家の邸には地下空間があり、そこに門外不出である御家の魔術の全てが存在する。隠し扉から地下へ入った父娘の二人はリゼの工房へと足を運んだ。
リゼの工房は六坪程度の広さがあり、多少家具にスペースを使っているものの一般的な魔術工房に相応しい空間である。余談だが雄男の工房は更に広い。
そんな工房に入ったリゼは机の上に普段見慣れていないものが置かれていることに気づいた。それは大きく頑丈にできているアタッシュケース。その造形から伝わる凄味でリゼにはその中身が何なのかを理解するには容易かった。
雄男がそのケースを開封すると、その中身が露わになった。その中身はすごく古ぼけた、博物館に展示されていてもおかしくないほど匠な造形のライフルだった。
「これが・・・『彼』の聖遺物・・・『モシン・ナガン』・・・・・か」
正確にはモシン・ナガンM28。ロシアで開発されたボルトアクション式ライフルのモシン・ナガンをフィンランドが改良したものだ。生前『彼』が愛用し、それで武勇を建てた狙撃銃を前にリゼは緊張で汗を流し、固唾を飲み込む。
リゼは今夜この銃の担い手をサーヴァントとして呼び出す手筈なのである。それは半年前から聞いていたことで、そのためにこの半年間『彼』と共に闘えるように調整したり、『彼』の伝承を勉強したりしてきたつもりだった。
天々座家の魔術は近代兵器を主武装とする戦闘スタイルである為、この100年間に活躍した英霊を召喚する必要がある。勿論サーヴァントは現界した時代の粗方を聖杯から知らされているが、所詮小学生が銃の存在を知っているだけでその使い方を知らないように、銃の概念がない時代の英霊では近代兵器を満足に活用できず、自軍の采配に支障をきたすという理由があるためである。
しかしいざ『彼』を呼び出す触媒を目の当たりにすると自分が『彼』を使役するに値するマスターかどうか不安になってくるからだ。
だからこそリゼは不安感を取り除くために呟いた訳だが、雄男が首を横に振ったことで更に不安感が押し寄せた。
「すまないがリゼ・・・。これは我々が召喚しようとしている『彼』の所持物ではなく、その同時期に使用されていた同種のものなんだ・・・本物ではない」
「なっ!?・・・それじゃあ『彼』を確実に呼び出せる保証はないってことじゃないか!!・・・何の為に彼のことを理解しようと思って・・・!!」
雄男が用意してくれた物は『彼』が使用していた現物ではなく、その同種のものだったことを伝えられて、リゼは積もりに積もった不安感が爆発した。
触媒は曖昧なものほど特定の英霊を呼び出しづらい。つまり、用意されたものでは『彼』を確実に呼び出す可能性が低くなったのだ。もし外れを引いた時、半年間のリゼの努力は水の泡、しかも開戦は明日のためたった一日で他のマスターと同様に万全を期さなければならないとなると難しい。
勿論リゼは父の尽力を理解している。此度の争奪戦の為に一年も前からハメーンリンナ砲兵博物館に交渉し続けていたのだから。父の努力を無駄にしたくない為、リゼは必ず『彼』を呼び出すことに責任感を感じている。その心がより彼女を不安にさせる。
不安感に押し潰されて今にも泣きそうになるリゼに雄男が頭を撫でて落ち着かせる。
「落ち着けリゼ。責任を自分にかけ過ぎだ。それがお前の悪い癖だ・・・。なに、例え『彼』でなくともお前の実力ならばそれ相応の英霊を呼び出せる。勝ちに急ぎは禁物だ」
「・・・・・グス。・・・あぁ。わかったよ親父・・・」
リゼはよく責任を全て背負いこむ癖がある。魔術師としてより軍人として育ってきた故に自身の責任を誰よりも重んじている。それでいて感情や要領の良さは年相応であるため、許容を超えると今回のようになってしまう。
雄男は娘の悪癖を優しく諌め終えると、それまでとは打って変わって歴戦の軍人の厳格さを醸し出して話し出す。その父の急激な態度の変化にリゼの目から流れる涙は自然と止まり、再び一人の魔術師としてその話を聞く。
「それはさておき・・・リゼ。確認しておくぞ。我々が召喚する英霊は真贋問わず確実に
リゼは父が何を言いたいかは分かっている。呼び出される英霊は狙撃手の為、基本的に奇襲を得意とする戦法を持つ者である。
つまりただ単に弓兵にするには割に合わないということ。だから奇襲に特化した、暗殺向きのクラスにしなければならない。
「・・・そう。『隠匿』の詠唱をな・・・」
◇◆◇◆◇◆
「千夜、わしの工房に来な。話がある」
「ちょっと待っておばあちゃん・・・!あとちょっとだから・・・」
一方ここは和風喫茶「甘兎庵」。『和』の要素を残して一昔前の甘味処を再現しているこの店は独特で奇抜な名を持つメニューがあることで有名である。そしてその店を経営している宇治松家は前回の争奪戦で頭角を現わし、香風家と天々座家とともに御三家として恐れられた一族である。
そのような家柄の下に生まれた少女、千夜は和服姿で休店日にもかかわらず店内を隅から隅まで掃除していた。せっせと店の手入れを行うその姿は宛ら大和撫子であり、和服姿も相俟ってお淑やかな感じがあった。
そんな彼女に店の奥から祖母、
「千夜・・・。店のことはもういいから早くこっちに来な・・・」
「もう〜〜〜。どうしてそうせっかちなの?」
しかし祖母の静は千夜がすぐに来ないことに苛立ち、催促しだす。このことに千夜は文句を垂れるつつ作業を切り上げ、祖母の後をついていく。祖母が何をするために自分を呼んだのかを理解している千夜はとても浮かない顔をする。しかし、断れるような言い訳もないので彼女の足は自然と静の工房へと向かわせた。
静の自室近くにある壁を外すことで入れる秘密の地下工房。千夜自身彼女の工房を訪れることは少ないため、未だにそこで何をしているかは実際分かっていない。というのも千夜には魔術師としての才能はからっきしであり、この歳になってもまだ魔術の一般的な基礎ができていない。尤も鍛練を積めばいいのではと思うが、千夜は生まれつきスタミナがないので魔術回路を『開く』だけで即ギブアップしてしまうのだ。
そのため魔術に関することを悉く避け続けて生きて来たのだが、今回ばかりは祖母の静が頑として千夜の意見を聞き入れてくれず、現在にまで至るのだ。
「おばあちゃん・・・本当に聖杯争奪戦に参加しなきゃダメ??私ってほら・・・魔術の才能のカケラもないのよ?参加したってすぐ負けちゃうわ・・・・・」
「確かに千夜・・・。お前は全くもって才能の『さ』の字もない木偶の坊じゃ・・・本当ならわしがやればいいのだが、如何せん歳じゃから若い時のように無茶ができん・・・」
静に考え直すために千夜はかなりの自虐に走った。静も千夜の菲才っぷりには呆れてものも言えないらしく、それを聞いた張本人は我ながらも苦笑いになった。
静も年老いたとはいえ、自分なんかと比べても余裕で優っているので、この調子のまま行けば自分が参加を辞退できると考える千夜だが、静は工房内にある貯蔵庫から大きな巾着を一つ取り出し、中央にある机の卓上に置くと鋭い眼光で睨んだ。
「・・・だからこそこいつの出番じゃ。こいつは宇治松一族の魔術『調合』により作られた秘伝の丸薬じゃ。一つ食べるだけで魔力補給するだけでなく、魔術回路を強制的に開かせ、生命力を魔力に効率よく変換できるようになる。・・・千夜!こいつはひ弱なお前のために、争奪戦で勝ち残るために改良に改良を重ねた逸品じゃ!!!」
静は取り出した秘伝の丸薬が入った巾着を説明すると、その一粒を千夜に渡した。団子サイズのその茶色い丸薬を見て千夜は生唾を飲み、恐る恐る食べてみた。
歯で噛み潰すと少々弾力があり、何らかの薬草が配合されているのか味としては苦いが、食べやすくするために中には餡子が入っていた。甘兎庵で出せば、人気メニューになれるのではと心中思っていると千夜の体に異変が起こった。運動したわけでもないのに体がポカポカし出し、とても元気になり始めた。更に体のあちこちに淡緑色に光る筋が浮かび上がった。これが魔術回路であると気づくにはそれほど時間はかからなかった。
これならば老弱した静でも全盛期に近い力を行使でき、サーヴァントを使役できる。否、弱輩の千夜を熟練した魔術師に擬似的に仕立て上げることができる。
「必ず勝ち残れよ・・・・・千夜」
「・・・・・はい」
この丸薬の性能を確認した千夜はもう自分には争奪戦を回避する退路が断たれたことを感じ取った。渡された丸薬は魔力補給を目的としているとしてはいささかその効能が強すぎる。いくら静が若かれし頃その名を轟かせた魔術師であろうとも下手すると魔術回路を焼き切りかねない。つまりこれはあくまで千夜のみを対象に作成されたものであるとしか推測できない。
自分専用の
(争奪戦に参加するってことはチノちゃんやリゼちゃん、ココアちゃん達と敵対しちゃうってことよね・・・。私・・・ちゃんと戦えるのかしら・・・・・)
千夜が思い悩んでいることは友達と敵対関係になることだ。一言で言うと千夜はとてもお人好しであり、ある意味ココアに近い心情だ。
聖杯争奪戦は苛烈を極めている。一瞬の判断ミスで軍配を左右してしまう場の中で友達と対峙した時、正常な判断ができるのか心配になってしまう千夜。開戦は翌日。本日中にサーヴァントを召喚し、最終調整を行わなければならないというスケジュールの中でこれから起き得る不安に駆られ、手の震えが止まらなくなる。
せめて祖母の静にはそれを悟らせまいと千夜は着ている和服の裾を強く握り、鬱屈した感情を心の中にしまい込んだ。
◇◆◇◆◇◆
この日、サーヴァントを召喚するためにココアの友人や知人、またはそれ以外の数ある魔術師たちが各々の思惑のために準備に取り組んでいた。
「いいか!必ず勝ち取れよ!分かったな!」
「はい!!父上!!」
ある者は家族の期待を背負い・・・。
「絶対にあの一族にだけは負けてたまるか!!私の家門の名の下に・・・!!」
ある者は一族の誇りを胸に・・・。
「我が一族の魔術がどこまで通用するか・・・。フフフ・・・」
ある者は魔道の力を証明するために・・・。
「金だッ!僕は莫大な金が欲しいッ!!それさえあれば没落した僕の家は復権できるんだッ!!!」
ある者は廃れた御家の復権のために・・・。
しかし時同じく、彼等もまた準備を進めていた。強い野心を持ち、血筋や家柄の格に沿って戦おうとする魔術師とは相反して己が欲のみを満たそうとする・・・そう・・・・・。
『
◇◆◇◆◇◆
「・・・とても綺麗ですね」
男がいる場所は木組みの街にある花屋。そこの売り物である花を一つ取ると綺麗な髪をした女性店員に声をかけた。
「お花・・・お好きなんですか?」
「・・・まぁ。好きか嫌いかと問われれば、好きかな。僕は美しいもの好きでね。眺めるのも好きだけど、枯れてしまって哀愁に浸るのも趣があって好きなんだ」
「・・・そ・・・そうなんですか。ハハ」
客が来たので応対する彼女。しかしその男の趣向が少し変わっていて何か不気味なものを感じながらもそれを悟られまいと作り笑いで何とか誤魔化そうとする。
対する男性は彼女の仕草には全くと言っていいほど興味を持っておらず、手に取った花の代金を支払う。
「ここは美しい花が沢山置かれていて良いですね。何だか好きになれそうな所ですね」
「そうなんですか。・・・ではまたのご来店お待ちしております」
「ああ。また来るさ・・・・・」
美しいもの好きの男性客が彼女の家の店を気に入ってくれて、リピーターになってくれるような発言をしたので彼女は嬉しくなった。
この店は中々客入りが悪いので定期的に花を購入してくれる人がいるととても心強いからだ。
その男性はまた来ることを告げるとそのまま店から去った。
「・・・・・そう。また・・・『来る』さ・・・クフフ」
その男性は購入した花をカバンに入れると、女性店員が感じ取った不気味さを全開に醸し出しながらあるものを取り出した。
それは英語で書かれたとても古い新聞の切り抜きが入った小さなパウチ。その切り抜かれた記事の大見出しに『MURDER』という物騒な単語が書かれているのが印象的である。
その記事を見てその男はこれからどうするかを仮の拠点に着くまで思案し続けた。
余談だが、彼が購入した花はパセリ。その花言葉の意味は・・・。
・・・・・『死の前兆』。
次回予告
「この『聖遺物』さえあれば俺は最強だ・・・」
「怖がらなくたっていいだろう・・・。リラックスしようぜ~~~」
「アニキの奴何やってんだろう?」
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!!」
「さて問おうか・・・あんたがオレのマスターか・・・?」
『英霊召喚』