聖杯争奪戦 in 木組みの街   作:パラレル。

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第三羽 英霊召喚

「やった・・・やったぞ!!フハハハハハハハハ・・・。これさえあればッ!!俺に怖い者はないッ!!」

 

 

今宵は聖杯争奪戦の前夜。不完全な満月が木組みの街を照らす中、とある男が何かを抱えたまま全力で走っていた。辺りの静寂さを壊すその男の名は外山小胤(そとやましょういん)。近付き難い容貌の彼は眼を血走らせ、息を切らしながら荷物である1メートル四方の木箱を運んでいた。

彼が何故その箱を手にしているか、安直に言えば盗んできたからである。偶々隣町の博物館に展示する予定の物が今の自分に一番必要なものだと判断し、作業員に扮して奪取したわけである。

 

 

「かの有名な『太閤』の兜ッ!・・・この聖遺物さえあれば俺は最強だ・・・フフフ、ハハハハハ!!」

 

 

不敵な笑いをこぼす小胤はこの聖遺物から喚べるであろう英霊の高い力量を想像し、その強大さに歓喜あまって感情のコントロールができなくなっていた。

かつて日本全土を手中に収めた男、農民から天下人へとのし上がった鬼才。その人物の圧倒的知名度と誰もが知る逸話の恩恵により、この木組みの街で無双することは目に見えていた。であるため、彼は気分が高揚し、鼓舞することを抑えきれていないのだ。

 

 

そして暫くしているうちに小胤は街から外れた林の中に入っていった。未舗装の凸凹とした一帯をジグザグと進み行くと、ブルーシートが敷かれた地点へと辿り着く。

其処は木々に囲まれている閉鎖された空間になっており、月光を飲み込み、闇一色に染め上げる雑木林の中でその場所は宛ら砂漠の中に存在するオアシスのように安らぎや希望を抱かせるものを彷彿させる。

それと同時に其処は人の手によって作られたのか、もしくは自然の変遷によって偶発的に生まれたのか判別がつかないためある種の異様さを孕んでいる場所でもあった。尤も、小胤にとってはどうでもいいことなので特別気に留めるつもりはないようだ。

いずれにせよ小胤は、手に持っていた木箱を粗雑に捨て置くと、矢庭に敷かれていたブルーシートを剥がし、その下にある召喚陣を露わにする。

 

 

「日ノ本を蹂躙せしめた鬼才の天下人よ!さあ、今宵より我が使い魔としてその身を捧げろ・・・!!」

 

 

願望を叶える聖杯を掌中に収めるため、外山小胤は参加条件である英霊を降霊させる。仇なす敵を滅ぼすために、何より勝利を得るために、彼は最も都合の良い、最高の使い魔をこの世に招き寄せる。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

開戦前夜、御三家の一家である香風家では、微かな照明に照らされた屋根裏部屋にてチノが昨日にココアが使用した水銀の魔法陣の前で作業を行っていた。手には金属棒を持っており、それを敷かれている水銀に付け、魔法陣の紋様に従ってなぞっていく。

側から見るとただ単に金属棒を水銀に付けてなぞっているだけの行為だが、思っている以上にこの作業はとても精緻である。棒をなぞると同時に体から魔力を流し、水銀に伝わらせる。サーヴァントを召喚する際、その召喚陣は魔力で満たさなければ儀式は失敗するので、チノは満遍なく魔法陣に必要な魔力を注いでいく。

 

 

「これを・・・こうして、それをそう。・・・・・できました。我ながら完璧です」

「よくできたね、チノちゃん。ご褒美にお姉ちゃんがもふもふしてあげる」

「やめてください。それと何を言っているんですか、ココアさん。元はと言えば私が準備した魔法陣であなたがセイバーさんを召喚したからこんな面倒なことをする羽目になったんですよ」

「うぅ・・・・・。ごめん、チノちゃん」

 

 

確かに偶然とはいえチノが折角用意した魔法陣でサーヴァントを召喚してしまったので不満気を漏らすチノにココアは何も言えず、身を縮こませる。

この場にはチノとココアしかおらず、ティッピーは一階で父のタカヒロとおり、セイバーはココアの部屋で待機していた。

そんな場でココアは身をかがめていると魔法陣の近くに小さな木製の欠片を見つけた。

 

 

「チノちゃん、これって何?」

「それは聖遺物です。特定の英霊を召喚するための触媒です」

「触媒!?こんな木片が・・・!?」

 

 

ココアが見つけた欠片の『触媒』はなんとも古めかしい木でできており、腐敗を防ぐためか樹脂加工されていた。

『触媒』に関しては聖杯争奪戦の説明の際に聞いていたのでどんなに高級感溢れるものだろうかとココアは想像していたが、実際に実物を見てみるとそれほど貴重なものには見えないのであけらかんとなる。

 

 

「ただの木片ではないですよ。それは円卓の欠片・・・アーサー王伝説に出てくる騎士達に所縁ある代物なんですよ。・・・現にココアさんはこの触媒という『縁』があってセイバーさんを召喚できたんですよ」

「へぇ〜〜〜。そうなんだ」

 

 

ココアは木片の聖遺物を見てあけらかんとしているが、彼女がセイバー・アルトリアを召喚できたのはそれのおかげであることをチノは補足する。

ココアが只の古い木片と思っていたものが、サーヴァント・アルトリアを結ぶ『縁』であることを理解した後、その木片を元の場所に置いてチノに這いながら近づいた。

 

 

 

「それで、チノちゃん!今からチノちゃんのサーヴァントを召喚するの?」

「いいえ、魔力は魔法陣の作成に大半を使いましたから時間を置かないといけません。何より、私の魔力の波長が最高になるのは午前零時ですから、より強いサーヴァントを引き当てるにはその時間帯じゃなきゃダメなんです」

「そうなんだ・・・」

 

 

魔法陣を描いたのですぐに召喚に移ると思っていたが、魔力を多く消費したためチノのサーヴァントを拝むのをお預けされて項垂れるココア。しかしすぐに下げた頭を上げ直すとココアは別の質問を投げかけた。

 

 

「・・・ところでチノちゃんは誰を召喚したいの?」

「・・・・・そうですね。やっぱり円卓の騎士最強と謳われるサー・ランスロットでしょうか。・・・ですが彼とアーサー王との間にはちょっとした問題がありますので良いコンビになれるかどうかは難しいですがね」

 

 

ココアは子供っぽくて愚直な会話しかしてこないので次問われた質問には無視しようとしていたチノだが、唐突に円卓の騎士の誰を召喚したいかの質問を仕掛けてきたため出鼻を挫かれる。しかしそれを悟らせまいとすぐ様チノは円卓最強の騎士の名を答える。

アーサー王の次に強いとされ、魔剣アロンダイトの担い手でもある彼ならばチノにとっては使い魔として申し分ないものだ。といってもランスロットは円卓の騎士が壊滅した原因の一つであるためセイバーと何かしらの確執があることは十中八九予想できるので本気で召喚するつもりはチノにはない。どの騎士を呼び出すことがベストなのだろうかと思いながらチノは消費した魔力を回復させ、英霊召喚の時まで待った。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜♬〜〜〜〜〜♪」

 

 

磯城蓮人(しきれんと)は上機嫌だった。何故ならもうすぐ万能の願望器である聖杯を手に入れるための争奪戦が開幕するからだ。

元来彼は催し物につまらないものはないと考えている節があるため、聖杯争奪戦という催しはきっと自分の心を満たしてくれるものであるととても期待していた。

現在彼は来る時に出遅れないように今にも暴走しそうな心の高鳴りを鎮めるために冷蔵庫から缶ビールを取り出し、鼻歌を歌いながらリビングを横断していた。

 

 

 

 

・・・・・血で汚れたリビングを・・・だ。

 

 

「〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜!!!」

 

 

ガムテープで体と口を縛られた女性、玲香は恐怖していた。

彼女は父が自営業している花屋を手伝っていた。閉店時間になったので閉店作業を行っていると昼間に花を買ってくれた蓮人なる男がやって来て、いきなり気絶させられた。そして、意識が戻ると自分はリビングの端で縛られていることを理解すると同時にリビングの惨状に絶句する。父と弟は惨殺されていて、壁や床には血が所々に飛び散っており、何より恐ろしいのはリビングの真ん中に殺された二人の血で書かれたと思わしき魔法陣のような模様があることだ。

こんなことをしでかした本人、蓮人を見ると家の冷蔵庫の中から缶ビールを1本取り出してきて、飛び乗るようにソファーに座って鼻歌を歌いながらビールを飲み始めた。玲香自身今にも吐きそうな程の惨たらしい状況下で蓮人が悠々自適に寛くところを見ると彼が頭のトチ狂った狂人であることは嫌が応にも理解できてしまう。

 

 

「おいおいおいおい。怖がらなくたっていいだろう〜〜〜。リラックスしようぜ。リラックスをよ〜〜〜〜〜」

 

 

缶ビールをガブ飲みしている蓮人はふと縛っている玲香を見ると、彼女は小刻みに体を震わせながら恐怖しているのが確認できた。

自分は寛いでいるだけだというのに怖がられるのは少し気が進まないので蓮人は彼女に話しかけた。それでも彼女はか細い声を漏らして部屋の隅っこで震えているが、幾分かはマシになったと判断して自己解決した。

 

 

(伝説の殺人鬼を喚び出せる環境も整ったし、とっとと始めるかな)

 

 

自分が施した惨劇の部屋を見渡しながら缶ビールを飲み干す蓮人。飲み終えた缶を適当に放り投げると立ち上がって、自分の足元に用意した古新聞の一片が入ったパウチを落とす。

今宵喚び出す者は世にも悍ましい血も涙もない殺人鬼。その伝説に相応しい膳立ても用意できた蓮人は消去の中に退去、退去の陣が四つ刻まれた召喚陣の前で冷たく、妖しく、薄ら影を差しながら微笑んだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

夜が更けたことで、木組みの街は森閑としている。この街には通行量の多い車道がないので不快となる雑音は存在せず、只々自然が奏でるノクターンだけが響いている。

だが、その演奏は単に美しいと言うだけでなく、夜半の闇黒と相まっておどろおどろしさも醸し出していた。そんな中で活動できるものは余程の豪傑か、影に生きるものしかいないだろう。

 

 

その風景は普段から夜中に活動しない千夜にはあまり見慣れたものではなく、それ故に彼女が内包する不安感を刺激させる結果となった。それでも彼女の情緒が平静を保っていられたのはこの街の澄み切った冷風が彼女の顔と髪を撫でてその刺激を抑制してくれたおかげだ。

 

 

(聖杯争奪戦・・・。冬木って場所で行われる聖杯戦争の亜種。古今東西の英雄を使い魔として喚び出し、聖杯なる何でも願いを叶えられるものを巡って戦い競い合う・・・)

 

 

夜遅い時間の街を眺めていた千夜はくるりと夜景が映る窓を背にして歩みだした。

自室を出て、階段を降り、祖母の工房へ向かう中、千夜はこの地で起きる争奪戦の概要を思い出していた。

 

 

(だけど本家と違ってマスターは魔術回路と召喚陣があり、召喚詠唱を覚えていれば誰でも参加できるみたい。現に前回は50人以上のマスターがいたらしいし・・・。だからおばあちゃんは用意してあるのよね・・・)

 

 

聖杯争奪戦に参加することは千夜にとっては気乗りしない故に足取りが重いわけだが、祖母を裏切れない手前、自然と足が動いてしまう。

そして工房に辿り着き、中に入ると内部は整理されていて、その中央には千夜には見たことがないものがあった。

 

 

(そう、召喚陣をね・・・・・)

 

 

消去の中に退去、退去の陣が四つ刻まれたのを召喚陣で囲んだ魔法陣。魔力を帯びた液体で描かれた模様を訪れた千夜は暫く眺めていたが、祖母の静が古めかしい壺を運んできたので視線をそちらに向ける。

 

 

「この壺が聖遺物なの?」

「いや、正確にはその中の物じゃ・・・」

 

 

古い年代から存在しているのが感じられる壺が聖遺物かと予測する千夜だが、残念ながらその予想は外れてしまった。

静は慎重に壺の蓋を開けると、その中には水がたまっているのが確認できた。更に覗き込んでみるとその底に錆びている大きな刃が沈んでいるのが判明した。

 

 

「・・・この錆びてるのが聖遺物なの?」

「そうじゃ。昔香風ん所のじじいとの賭け事で分捕った貴重な聖遺物じゃ。コイツを使用すればいくら貧弱なお前でもまともなサーヴァントを喚べるじゃろ」

 

 

千夜にはその錆びた刃がどんなものかは皆目理解できない。しかし静がこうも自信ありげに言うので、それなりの強さを持つ英霊に由縁ある物であろうことだけは察することができる。

千夜はそのことを把握すると、ポケットから静から渡された紙を取り出す。彼女の感性が擽られる魅惑的な呪文が綴られているその紙を広げると、同時に秘伝の丸薬を二つ食べて魔術回路を展開させる。

そして静は千夜の準備が整ったのを確認すると、普段から細めていた目を開き、老練された威圧力のある眼差しを以って捲し立てる。

 

 

「さて・・・始めろ千夜」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(あぁぁ〜〜〜〜〜。勉強やりたくねぇよぉぉぉ〜〜〜〜〜)

 

 

着々と魔術師達が準備を進める中、チノの友人であるマヤは自室の勉強机の前で頭を抱えていた。

彼女は今年受験生であるため高校受験の勉強を強いられている。しかし生来の飽き性が彼女のやる気次第に削いでいき、とうとう今この瞬間マヤのボルテージは最低値に達し、勉強に対して無気力になってしまった。

 

 

「ていうかまだ11月だぞッ!!そこまで本腰入れてやる時じゃねぇよ!!普通年明けぐらいからじゃあねぇかよ!!なのに皆して勉強しろっ勉強しろって・・・!!」

 

 

マヤの言葉通り、マヤの家族は彼女に勉強を強いさせ、部屋から一歩も出させないようにしていた。試しに食事や風呂以外で部屋から抜け出たところを見つかった時、自室へとつまみ戻されてしまった。

一日の殆どを自室で過ごしている現状に厭悪したマヤは勉強机に背を向けるとベッドに飛び乗り、そのまま自分の顔をシーツにめり込ませた。抑圧されたマヤの感情はシーツの感触、体の節々を伸ばす際の刺激、そして多量の酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことで和らいだ。

尤もそれが気休めであることはマヤも承知の上。今マヤは非常に飢えている。それは空腹という意味"飢え"でも口渇という意味の"飢え"でもない。

 

『娯楽』・・・。

 

その"飢え"が彼女の精神を侵し、無気力にさせている。しかもタチの悪いことにこの"飢え"は部屋にあるゲームでは全く満たせなくなっているのだ。

みずみずしい程に新鮮な『娯楽』を今マヤ自身は欲している。故にそれを探しに外へ行かなくてはならないが、家族によって部屋に留置されている。この二つの事情により拘束されたマヤは解決に至れず延々とエラーとトライを繰り返していた。

 

 

「ハァ・・・お茶飲みに行こ・・・・・」

 

 

彼女はベッドの上で現状打開のための思考を巡らせ続けていたが、勉強疲れがここに来て響いたのか脳の演算処理が思うようにいかなくなり、まともな思考ができなくなった。

これはいけないとマヤは思い、ベッドから飛び出て沸騰した頭を冷やすために水分補給をしようと部屋を出た。

こんなことで部屋に戻されることがあればそれこそボイコットしてやる、と心中思いながら台所へ向かっていると前方の扉が開いた。その開扉音につられてつい隠れてしまったマヤは恐る恐る覗き見ると、兄が欠伸をしながら部屋から出てきてそのまま何処かへと行ってしまった。

 

 

(アニキの奴何やってんだろう?)

 

 

兄が出てきた部屋は『開かずの部屋』と勝手に名付けて呼んでいる部屋だった。いつも鍵がかかっていてその部屋に入ることができるのは鍵を管理している両親だけなので、その部屋の中はマヤ本人も知らない。

そんな部屋を出入りしている兄を見てマヤは何故?っと疑問に思いつつ、彼女の中で燻っていた"飢え"が刺激されて居ても立っても居られない状態に陥った。

 

 

(鍵はかかってない・・・。誰も見てない・・・。良し!!大冒険にレッツ・ゴー!!)

 

 

先程までの気怠さは嘘のように感じなくなり、脳の機能も正常に戻っていた。

これより先は未開の間。マヤの飽くなき探究心は今までの抑圧によって過去最高にまで高ぶり、早く満たされたいとする欲求が自分を急かしてくる。

アドレナリンが洪水の如く流れ出ている今なら微かな物音でも感知できると胸中自負している彼女は施錠してないこと、監視がいないことを確認した後、ドアノブに手を伸ばしてゆっくりと未知へと続く扉を開いた。

 

 

 

 

初めて足を運んだ部屋は一般的な1LDKと同じぐらいの広さを有しており、壁際にはマヤの身長の倍はある本棚が並び立っていた。難点はこの部屋には厚い本が乱雑に置いてあるため、歩きにくいことこの上ない点だ。

マヤはゆっくりと扉を閉めた後、無秩序に置かれた本を足で退かしながら奥へと進むと、それまでの混沌とした散らかり具合が嘘のように思える程に整頓された場所を見つけた。

 

 

「ほぇ〜〜〜!これって、魔法陣か?魔法陣なのか?間違いない、魔法陣だッ!!スゲェーーーッ!!」

 

 

先程までとは打って変わって煩わしく思えるような小物や雑貨はなく、あるのは血のような赤いもので書かれた魔法陣のみであった。

マヤはそれを見て興奮状態となり、待ち望んだ愉悦を存分に味わう。何故魔法陣がこの場所に描かれているのか、それと兄との関係は何か、という疑問がここで生じる訳だが、今の彼女にはそんなことを熟考するだけの思慮深さはその未知の発見への喜悦により喪失していた。

 

 

そしてそうこうする内に、マヤは自らの昂揚感に歯止めが効かなくなり、歓喜を通り越して狂喜していた。抑圧されていた彼女の好奇心は正しく爆竹のように跳ね、メントスコーラの如く吹き出していた。

彼女のテンションの沸騰に段々収拾がつかなくなり始めているが、その沸騰は彼女が思い掛けず何か硬いものを蹴飛ばしたことで沈静化した。

 

 

「イテッ!・・・何だよ、一体?」

 

 

足の指に鈍痛が走り、自然と体を屈めたマヤは痛みがする指を押さえながら自分が蹴飛ばしたものを確かめる。

その物体は戦闘機に備え付けられているようなプロペラだった。古い時代のものなのか殆どが錆びだらけで薄汚い褐色の鉄塊とも見えなくもない。

そんなものを発見したのも束の間、更にマヤは新たな物を見つけた。さっきまで気にも止めていなかったけれども、床の上に転がっているプロペラの近くに小さな机があり、その卓上にページが開いた書典が置かれていた。

 

 

「スゲェーーーッ!ウチにこんな本があったなんてな!驚きの発見だよ!何でこの存在を教えてくれなかったんだよ!」

 

 

元々開いていたページに栞代わりに指を差し入れたまま何百ものページを流し読んでいくマヤ。彼女の肘から先を全て覆う大きさの書典1ページ1ページに書かれている文字の列記や図式が実に魅力的に写っていて、この存在を知らないまま生きてきた事に口惜しさを感じるとともにその存在を隠してきた親に対して歯痒い気分を味わう。

魔術の知識を知らずに育ったマヤに魔術師達が敷いた暗黙のルールなぞ当然知るはずもない。もちろん無知故の見解の相違だ。

そんなことを知覚できるはずもなくマヤは腹に一物抱えながらも床に描かれた魔法陣を背に、最初から開いていたページの部分を手始めに読み始めた。

 

 

「素に銀と鉄。い・・・いしずえ?に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至るさん・・・さろ?みしゃろ?は循環せよ・・・・・何これ、チョーかっこいいじゃん!!」

 

 

そのページに意味ありげに綴られた文を読んで神秘的なものを感じるマヤ。その全文が何を意味し、何を起こすものなのかを把握していない彼女は考えなしに更に読み進める。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する・・・」

 

 

詠唱文は日本語で書き記されている為、マヤは難しい漢字が混ざった言葉を最初こそつまづくも後は難なく読解できている。

しかし意識を全て読解に回しているのが原因なのか、部屋中が電球の橙光で十二分に照らされていることが災いしてなのか、その言葉を読み上げるにつれて彼女の背後にある魔法陣に光が満ちつつあることに一ミリも気が付く様子はない。それどころか更に読み上げようとする始末・・・。

否、本来なら有り得ない。詠唱を行えば魔力を消費する。魔力を消費することは謂わば、魔術回路を展開することと同意だ。体内の魔術回路が展開すれば、それが蠕動する悪寒と苦痛で否が応でも気付く。けれどもマヤにはそんな感覚を毛ほども感じることなく平然としていた。

そしてそんな彼女の左手の甲に薄っすらと紅い紋様が浮かびつつあった。“聖杯”を巡り争い競い合う闘いの参加権の・・・。

 

 

 

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ・・・」

 

 

同じくして召喚詠唱を現在進行形で行う蓮人。彼がこの争奪戦に参加をする事にしたのはほんの一ヶ月前だった。

彼の家系はとうの昔に没落しており、魔術のことは一切知らなかったが、偶々発見した聖杯争奪戦の記録から全てを悟った。

蓮人は信念もなければ矜持もない、空に浮かぶ雲のような浮世離れした安閑な生活をこれまで送ってきた。『娯楽』以外に興味を示さない本人にとってその記録に残っている事がどれほど素敵に、輝いて見えていたか、今では“誰も”知り得ないことだ。

従ってその『娯楽』が目と鼻の先にある事を実感すればするほど、より一層彼の気持ちを昂ぶらせて、例え今までに感じたことのない悪寒と苦痛が体中を這いずり回っても、気にならない。寧ろ、快感に変わっている。

一ヶ月前と比べて、明らかに人間としての倫理観が壊れ始めている磯城蓮人。本人もその事に気付いてはいるが、今はパートナーとなる英霊を呼び出す事に専念している為、そんな矮小なことは後回しにした。

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・誓いを此処に。ハァ・・・我は常世総ての善と成る者、・・・我は常世総ての悪を敷く者・・・」

 

 

召喚詠唱の半分近くを紡いだ千夜はここに来て限界が近づいてきた。今回に備えて魔術回路を展開する特訓をやらされたので、展開時に生じる不快には慣れていたが、維持力の無さその一点が彼女を追い詰めていく。

千夜は今にも血反吐を吐いちゃうんじゃないかと思い、内心今すぐにでも中断したい気持ちがあるが、祖母の存在がそれを拒ませる。

叱られたくない。幻滅されたくない。仮に止めてもまた最初からやらされる。そんな脅迫概念じみた思考が彼女に背水の陣を引かせる。意識が失ってもおかしくないほど疲弊する千夜は残る力の全てを振り絞って次の詠唱を唱える。

 

 

 

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者・・・」

 

 

一人森の中で詠唱する小胤。彼はそこで殆どのマスターならやらない追加詠唱を唱えた。それが“狂化”の詠唱。

一クラス一騎しか喚ぶことができない聖杯戦争ならいざ知らず、その制限がない聖杯争奪戦において狂戦士(バーサーカー)を喚ぶことを選択する魔術師はそういない。魔力消費が他クラスと較べて遥かに高いバーサーカーは総じて理性を失う代償としてパワーアップする正に弱い英霊を他クラスの英霊と渡り合えるようにするクラスと言える。しかし狂化度合いが高すぎるとそのコントロールが非常に難しくなり、かといって度合いが低すぎると得られる恩恵がそこまでない為に只の燃費の悪いサーヴァントに成り下がってしまう。

だが、小胤が喚び出す使い魔を狂戦士に限定させる理由は“理性を失わせる”こと、この一点に限るのだ。

使役するサーヴァントに感情は不要。自らの命令にのみ行動する単純な兵器、道具としての役割だけを全うすればそれで良い。それ以外の要素は全て否定する。例えどんなに高潔で、誇り高き英雄であろうとも躊躇なく狂気の呪いで人の身でありながら精霊の域にまで昇華したその魂を穢し、破壊しか生まぬ幽鬼へと貶めることだろう。

 

 

 

 

「されど汝はその身を夢々陽に当てること無し。汝、冥闇の地に掩蔽せし者。我はその陰を作る(ひかり)なり・・・」

 

 

リゼは父である雄男の工房で英霊召喚を行っていた。三節詠唱の魔術までしか経験を積んでいない為、優秀な部類のリゼでも肉体と精神を消耗している。けれども彼女は臆することなく、召喚詠唱に追加して“隠匿”の詠唱を挟んだ。

本来暗殺者(アサシン)のクラスはその語源でもある“山の翁”が召喚されるのが基本であるが、この二節と隠密行動や暗殺の逸話を持つ英霊の聖遺物を用いれば、その英霊を暗殺者の座で喚び出せる。しかし、それによりマスターである自分は――それこそ詠唱文に記述されている通りの――サーヴァントが活動ないし活躍できる機会や環境を作り上げる立役者にならなければならない。

つまりは、その追加詠唱は隠密活動と奇襲を特化させる代わりに、それ以外の取り柄を全て削り落とす事を意味する。リゼはその事を承知の上でそのクラスにすることを決意し、その決意を自分の胸に深く刻み込むと共に闘う相棒的存在である英雄、もといサーヴァントをこの地に喚び込む。

 

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 

 

午前零時を過ぎ、日付が変わって間もない時にチノは背後にいるココアに見守られながら詠唱を紡ぎ出す。

魔術回路を奔流する魔力、それを更に加速させて人の身でありながら人の域を超えた者を抑止の御座から招く。対象はブリテンに仕えた円卓の騎士。その中からチノと合い口が最適である人物が選ばれる。

逆巻く風と稲光、そして詠唱を紡ぐチノを吹き飛ばしかねない風圧が屋根裏部屋を駆け巡る中、魔法陣は燦然と輝きだす。

魔法陣がこの世ならざる場所に繋がるまであとほんの一踏ん張り。そう自覚するとチノは魔力の奔流を限界まで加速させた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「うわっ!!?何ッ!?何ッ!?」

 

 

召喚陣と英霊達が集う異界が完全に繋がったことにより発生した閃光に驚くマヤ。何が起こったのか分かりかねていない彼女はあたふたしながら召喚陣の方へと向かう。

そこには余剰の閃光と旋風が微かに残っていて、彼女の肌へと流れていく。だが、それだけではない。閑静とした一間の中に悠々と存在する魔法陣の上に独特な軍服を着用している大男が静黙と直立していた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ハァ・・・・・ハァ・・・・・もう無理死んじゃう」

 

 

召喚詠唱を終え、疲労で膝から崩れる千夜。身体中の筋肉が痙攣し、冷や汗が止まらない彼女は祖母の静を見る。

確認すると、普段の無愛想な顔は綺麗に崩れていて、驚きと慶びに満ちた顔をしていた。

 

 

「やったぞ・・・・・でかした千夜!!期待以上じゃ!!よもやこれ程までに有能な英霊をサーヴァントにするとは・・・!!」

 

 

祖母の驚嘆する言葉の意味に理解が追いついていない千夜は、血の滲むような努力でどんなサーヴァントを召喚したのか己が目で確かめることにする。

そこにいたのは白銀の軽鎧を所々に取り付けた白色の装いを着こなす金髪の好青年。そんな彼が召喚陣の上で直立不動の姿勢を取って待機していた。その姿は人の身を留めているものの、本質は人を軽々と超える力量を内包していることが、人の実力を見定める感を養っていない千夜でも感受できる。

その彼はギリシャ神話でいうゼウスのように神話で一番有名な人物は誰?っという質問にまず初めに思い当たるような人物なのか、静は湧き出る興奮を抑えることができずに子供のように燥ぐばかりだった。

 

 

「このお方がいるならば、わしらは敵無しじゃ!!」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「・・・やったのか親父。成功したのか?」

 

 

御三家の一角、天々座家ではその嫡子リゼが召喚に成功した。その証として右手の甲に令呪が刻まれていることが確認できる。只唯一の心配は目当ての英霊を引き当てることができたのか、その一点を何より知りたいリゼ。

しかし彼女の呼び掛けに父勇男は答えなかった。リゼの英霊召喚を温かく見守っていた彼がリゼの声を聞き取られない筈がない。

 

 

「おい!!!聞こえてるのか親父!!」

 

 

父の無返答に不安が募り、つい声を荒げてしまうリゼ。焦りと苛立ちで心の余裕を失った彼女は勇男に詰め寄り、激しく彼を揺さぶった。

そしてその時、勇男の表情が鮮明に映った。その顔は歓びに心奪われている表情だった。

そんな父を見てリゼは魔法陣へと視界を移した。そこには聖遺物として使用した銃と同種のものを握った白色の小柄な男。自分より背の小さいサーヴァントを見てリゼは、その伝説の死神に畏怖し、腰が抜けてしまう。

 

 

「成功だ・・・リゼ。この争奪戦、我々の勝利だ」

 

 

死神の姿に酔いしれ、沈黙を保っていた勇男はここで封を切り、自分たちが嘆願した最強の手札が舞い降りた事実を噛み締め、自分たちの勝利を確信した。

 

 

 

 

この日、木組みの街の至る所で抑止の輪より招かれた英霊たちが降臨した。ある者は誉れ高い武勲を携えて、ある者は陰惨な伝説を振りかざし、理非曲直混じりし強者どもは己が願望を夢想し、仮初めの主従を結ぶ。

全ては万能の願望器、“聖杯”を手中に収めるため・・・。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ケホケホ・・・ケホ」

「チノちゃん大丈夫!?」

 

 

全詠唱を唱え終えたチノ。全身全霊を込めて取り行った為、呼吸するのがやっとであるほどに疲労している。見兼ねたココアが介抱しに来たが、チノは大いに満足していた。何故なら自身の左手の甲に令呪を宿しているからだ。

川の漢字の元となった象形文字の形をした令呪を授かったチノは息を切らし、ココアに支えられながら召喚したサーヴァントを確認する。チノが喚び出したサーヴァントは招き主であるチノのことなぞ目もくれず辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

 

「・・・んだ、ここは?書房か?・・・まぁ墓地みたいな薄ら寂しい所よりかはマシか・・・」

 

 

全身鎧を着込んだそのサーヴァントは荒い口調で不満を漏らす。埃被った本棚や乱雑に置かれた書籍の数々に埋め尽くされている部屋で召喚されたのが少々不服なのか、軽く悪態を吐く。

それでも多少は納得してくれたようで、そのサーヴァントはチノとココアの二人の姿を捉えるとそちらへ向き、武装を解除した。

全身を覆う白の鎧が解かれ、露わになるその姿。翠の瞳に、金の髪。赤を基調とした露出の高い礼装を纏う“彼女”は粗暴な眼差しを二人に向ける。

 

 

「我はアーサー王の唯一無二の後継者、モードレッド。貴殿の嘆願の招きに応じ招致した次第だ」

 

 

威圧的な眼光を向けるモードレッドだが、主との社交辞令は丁寧に済ませる。尤も何処か慇懃無礼な節がありそうなので二人は警戒を続けることとなる。

ココアは思った。どうして円卓の騎士に由縁ある欠片からこんな柄の悪そうな人物が喚び出されるのか、と。

アーサー王伝説を微塵も知らないココアには理解の外だが、彼女は歴とした円卓の騎士の一人で、アーサー王であるアルトリアと深い繋がりを持つ人物だ。

 

 

「さて問おうか・・・あんたがオレのマスターか・・・?」

 

 

円卓の騎士モードレッド。またの名を“反逆の騎士”。

 

 

 

 

次回予告

 

「ほぉ・・・これはこれは・・・誰かと思えば我が愛しき父上ではございませんか」

 

「如何ですかな・・・我が宝具は・・・」

 

「あなたでは吾らを使いこなすことはできないのですよ」

 

「ココアさん・・・日が沈みますよ」

 

「行くぞチノ。開戦じゃ」

 

『開戦』

 

 




•聖杯争奪戦の概要

・従来の聖杯戦争と違って魔術師の家系を持つ者は誰でも参加できる自由参加型の聖杯戦争。
・開催日時は霜月の満月の夜から。
・参加者一人につきサーヴァント一騎のみ召喚可能。マスターを失ったサーヴァントとの再契約は何度でもできる。
・原則としてこの争奪戦ではマスターは殺してはならない。但し、争奪戦自体が破綻するサーヴァントが現れた場合のみそのマスターを殺害しても良い。
・マスターとサーヴァントは必要以上に一般人を巻き込んではいけない且つ、一般人を襲わない。
・上記の事を過剰に犯せば監督役であるルーラーからペナルティーを受ける。
・サーヴァントはいつでも召喚可能だが、参加数の半分以上が脱落している時に召喚すると、令呪一画を消費した状態で召喚され、四分の一以下の場合、令呪二画消費した状態で召喚される。
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