薄幸魔法使いの末路   作:難民180301

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第2話

 求人広告を見た翌日。私は冒険者になるため、面接会場にやってきていた。

 

 場所は大手企業がひしめく摩天楼の一角。天をつくビルのテナントフロアの一室が、冒険者企業の事務所の一つだ。

 

「へぇー大学では魔法の研究をしてたのね」

 

「は、はい、主に現代術式の非論理性と改善案などをけんきゅしておりました」

 

「すごいわねー、頭がいいのねーあなた」

 

「いやぁ、えへへ」

 

 面接は実に和やかな雰囲気だった。

 

 面接官の女の人は終始ニコニコして私の話を聞いてくれる。まっすぐに私のことを見てくれる。履歴書がいらないといっても一応用意して持ってきた私のことを「まあ真面目な人ね。助かるわ」とほめてくれた。魔法に打ち込んでいたことを話すと絶妙なところで相槌を打ち、持ち上げてくれる。ろれつがおかしくなっても鼻で笑わない。

 

 いい人だなぁ。こういう人がいるところで働きたいなぁ。こっちをあざ笑いながら粗を指摘してくる邪悪なおっさん連中とは大違いだ。

 

 そうか、だから面接がうまくいかなかったんだ。あんな面接官のいる企業で働きたくないから、無意識に能力を抑えていたんだ。きっと私は、本当はやればできる子なんだ。

 

 話しているうちに妙な自信をつけた私は、面接官さんに聞かれるままに口を動かしていった。面接官さんはずっとニコニコ笑っていた。

 

「なるほど、なるほど。あなたのことはよく分かったわ。ぜひウチで働いてもらいたいわね」

 

「ホントですか!?」

 

「ええ。あなたはウチが求めてる人材そのものよ。上の人もきっと賛成するわ」

 

「うう……」

 

「泣かないの。よしよし」

 

 やっと誰かが私を必要としてくれた。私は生きていてよかったんだ。生まれてきてよかったんだ。

 

 そう実感したとたん視界がにじみ、涙があふれ出た。面接官さんが優しく頭を撫でてくれる。よく見えないけど、彼女は慈愛に満ちた表情をしているんだろうな。

 

 数分間涙を流した後、赤面しつつ向き直る。

 

「落ち着いた?」

 

「はい。大変失礼いたしました」

 

「ふふ、構わないのよ。じゃあ具体的なお仕事の内容について説明したいのだけど、いいかしら?」

 

 はい、と鼻声で返事すると、彼女はスラスラ冒険者のお仕事を語った。

 

 まずはどのようにモンスターが生まれるか。世界中に満ちている魔法の源、魔素。これが不自然にたまる箇所を魔素だまりと呼ぶ。滞留した魔素は意思と形を得、モンスターに変じる。モンスターは無制限に増え続けるためある程度駆除しなければ生態系が崩れてしまう。

 

 これを防ぐため、冒険者は世界中の魔素だまりを監視し、モンスターを駆除することで調和を保つ。時に新しい魔素だまりの調査と特定も行う。

 

「ここまではいいわね? 一日の流れはこう。まずモンスターの数が多い魔素だまりに行ってもらいます。そこでモンスターをある程度駆除してもらって、事務所に帰ってくる。報告書を仕上げて終了。どう?」

 

「……その、現場がめちゃくちゃ遠いところばかり、なんてことは」

 

「ないわ。事務所から電車で一時間前後のところが多いわね」

 

「じゃあ、モンスターってどんなものですか? すごく怖かったり、強かったりしないですか?」

 

「全然。モンスターなんてこんなのばかりよ」

 

 こんなの、と言って面接官さんが資料をめくると、モンスターの写真が目に入った。

 

 青い球体のような、いかにも弱そうな見た目のモンスター。

 

「これはスライム。人のヒザくらいの高さしかないし、殺傷能力は皆無。上からぽこっと叩くだけで退治できるわ」

 

「な、なるほど。よくわかりました」

 

 ニュースでたまにモンスターのことは聞くけど、しょせんはそんなものか。ゲームや小説みたいに、大きなドラゴンとかゾンビとかいるのかと思っちゃった。そんなのが日常的に生まれるなら最初から自衛隊に仕事が行くよね。

 

「ま、これだけじゃないけど」

 

「え? すみません、今なんて?」

 

「なんでもないわ。それよりどう? お仕事のこと理解できた?」

 

 面接官さんのつぶやきが気になったけど、私は大きくうなずいた。

 

「はい。よくわかりましたし、興味が湧きました。ぜひ御社の業務に貢献したいと思います」

 

「それは良かった。じゃあ就業規則についても説明をするわね。ハンコは持ってる?」

 

「はい!」

 

 その後、分厚い就業規則の冊子を30分かけて早口で説明され、雇用契約書にサインして面接は終了した。

 

 ビルを出た私の背はしゃんと伸び、自然と胸を張っていた。

 

 真夏の太陽がまぶしい。でも今の私は太陽より熱く興奮している。やっと私を必要としてくれるところに出会えたんだから。

 

 明日から始まる社会人生活に集中したい。過去の未練はさっさと清算しておくべきだろう。

 

 私はスマホを取り出し、無料のチャットアプリを半年ぶりに立ち上げた。新着メッセージの通知は「99+」になっている。

 

「先輩、今どこですか?」

 

「みんな心配してます」

 

「なんでもいいから返事をください」

 

「ウチに来てください。みんな先輩の味方です」

 

「あんなことの後に、誰かを信じるなんて難しいかもしれません」

 

「でも世界中が敵に回ったって、私たちだけは先輩を裏切りません」

 

「力になりたいんです」

 

「お願い」

 

 めちゃくちゃ心配をかけていたようだ。いつまでもいじけてないでもっと早くメッセージを読んでおくべきだったかも。

 

 後輩ちゃんのいうあんなこととは、私の親友が私の卒業論文をまるっと親友名義で論文コンペに提出したことだ。その親友はコンペの賞金と名声を得、大手企業の開発部にスカウトされたらしい。おかげで卒論は一から作り直しになって苦労した。親友とは連絡がつかなくなった。

 

 卒業後、私は嫉妬と失望のダブルパンチで軽い人間不信になり、誰にも告げず地元を去った。そのせいで仲のいい後輩ちゃんたちに心配をかけてしまったらしい。

 

 申し訳なさで歯噛みしながら、どんどん下へスクロール。日付が新しくなっていく。

 

「今度みんなで集まろうって話になったんですよ」

 

「先輩も来てください。みんな会いたがってます」

 

「先輩は今どこで、何をしてますか? つらいことはないですか?」

 

「またいろんなこと話しましょうよ」

 

「ねえ先輩」

 

「いつまでも待ってますから」

 

 うれしいことを言ってくれる。

 

 傷心だったころの私がこれを見ていれば、すぐに後輩ちゃんの家へ押しかけて慰めてもらっていただろう。あの頃はすっかり拗ねていたからなぁ。

 

 でも今は違う。私には内定がある。就活中の内定とは、この世の何よりもうれしいものだ。十年来の親友に裏切られ深く傷ついた心を癒すくらいは訳ない。

 

 私は素早く返信のメッセージをタップする。

 

「心配かけてごめん。今は大阪で就活中」

 

「さっきようやくひと段落ついた」

 

 送信した瞬間に「既読」がつき、スマホが振動する。後輩ちゃんからの着信だ。

 

「先輩! 大丈夫ですか!? 生きてますか!?」

 

「あー、うん。生きてるよ。心配かけて悪かった」

 

 懐かしい声だ。

 

 二つ年下の後輩ちゃん。高校のころ部活がきっかけで知り合ったんだ。魔法の成績が悪くてよく勉強を見てたけど、大学で再会したときは対等に魔法談義ができるくらい賢くなってた。メガネの似合う長身美女だ。

 

「ホントですよ……もう」

 

「な、泣くことないじゃん」

 

「泣きますよ! 卒業式にも出ないで、アパートはもぬけのカラで、ご両親は何も知らないの一点張りで……! どれだけ心配したと思ってるんですか!?」

 

「ごめん……」

 

 まさかこんなに言われるとは思ってなかった。慟哭に近い後輩ちゃんのお叱りを甘んじて受ける。

 

「あっ、ごめんなさい、一番辛いのは先輩なのに……」

 

「ううん、全然だよ。もうすっかり平気だから」

 

「先輩……」

 

「それよりさ、聞いてよ。明日から会社員になるんだ。あんだけ研究者、研究者って言ってた私が社会人だよ。すごいでしょ?」

 

「社会人!?」

 

 耳がキーンとした。すさまじい驚きっぷりである。

 

「そんなに驚く?」

 

「いやだって……だ、大丈夫ですか? ブラック企業とかじゃないですよね?」

 

「ちがうよー、面接官の人優しかったし、福利厚生もすごくしっかりしてるんだよ」

 

「はあ。いえすみません、先輩、ちょっと世間知らずなところがあるから心配で」

 

「ふふん、先輩をなめちゃいけないよ。って、だーれが世間知らずだって~?」

 

「ふふ、すみません……」

 

 その後、大学の思い出や後輩ちゃんの近況報告をネタに、小一時間盛り上がった。

 

 後輩ちゃんとのおしゃべりは楽しく、終わり際に贈られた「お仕事、がんばってください」という言葉は、社会人生活の門出を祝うには十分すぎるほどのお祝いとなったのだった。

 

---

 

 同日、夜。面接官さんから電話がかかってきた。

 

「こんばんは。今、時間大丈夫?」

 

「はいっ、大丈夫です!」

 

「じゃ、明日の流れを説明しとくわね。さっき渡した書類にある事務所に、朝五時に行ってください。後は行けば分かるから」

 

「はいっ、朝の五時……えっ!? 実働は八時からなんじゃ……」

 

「実働はね。現場への移動に結構かかるのよ。一時間『前後』くらい。ほら、初めてだから打ち合わせもあるでしょ?」

 

「は、はあ」

 

「遅刻厳禁ね。じゃ、そういうことで」

 

 ブツっと切られた。なんだか口調も投げやりだったし声色も冷たかったような……いや、きっと一日中働いて疲れてたんだ。

 

 朝早いのはたぶん、入念に打ち合わせ? とかいうのをやるためだ。新人の間だけの辛抱だ。

 

 明日はがんばろう。

 

---

 

 仕事辞めたい。

 

 翌日の朝五時、早くも私の心はくじけた。

 

 事務所は駅前の雑居ビルの狭苦しい一室にあった。昨日の面接会場と比べると天と地の差だけど、そこまでは別によかった。事務所の所長さんも恰幅のいい柔和なおじさんだ。貸し出された作業服も、デザインはともかくスーツより動きやすくていい感じ。

 

 私の心をくじいたのは研修の間お世話になる先輩だった。

 

「なんやガキ、じろじろ見おってからに」

 

「な、なんでもないです、すみません!」

 

 その先輩は、二メートル近い長身のハゲたおっさんだった。一五〇センチの私が近くにいると威圧感でつぶれそうになる。その上人相もすさまじい。東大寺の南大門とかに飾られてそうな、修羅めいた人相をしている。低い声も相まってめっちゃ怖い。

 

「チッ、何が研修じゃアホくさい……」

 

「あ、ま、待ってください!」

 

 私を無視して出て行ってしまった。現場の場所さえ知らされてないのではぐれたら終わりだ。慌てて追いかける。

 

 横に並んで歩いても、歩幅の違いからついていくのが辛い。もうちょっと気を使ってくれてもいいのに。でも仕事をもらえるだけでありがたいし、文句は言えないか。

 

「これやるわ」

 

 おもむろに渡されたのは今日行く現場への地図だった。電車で一時間十分、バスで二十分、徒歩で三十分。計二時間の片道。……二時間!?

 

「と、遠くないですか?」

 

「どこがや。普通やろ」

 

「だって二時間って。しかも場所だってこれ、山の中ですよ?」

 

「当たり前やろ。街中にモンスターは出えへん。人が魔素を吹き散らすからな。せやから魔素だまりは人のほとんどおらん山に出るんや。面接で聞いたやろが」

 

「初めて聞きました……」

 

「……はぁ。応募する前に調べへんかったんか? ろくに調べもせんと、高給と正社員の待遇に釣られたクチか?」

 

「はい……」

 

「頭わっるいなぁ自分。もう黙ってついこいや。はぐれたら知らんからな」

 

 それきり私たちは無言で現場へ向かった。先輩のおっさんが電車の中で爆睡している間、私はスマホで冒険者のことを調べた。

 

 キツイ仕事ランキング十年連続一位。需要に対して供給が足りず、若い人材を甘い宣伝文句で釣って使い捨てにする、恒常的にブラックな業界らしい。

 

 使い捨てとは文字通りの意味で、モンスター駆除の際の事故で多くの新人が死ぬという。しかし人事は意図的にモンスター駆除の危険性を隠す。そんなことを伝えては誰も応募しないからだ。肉体労働であることを誤魔化すため、職種は管理系事務職とされることが多いらしい。管理は分かるけど事務はどこから……報告書作成とか?

 

「そんな……!? これ法律とかどうなってるの? 厚生労働省? とかは何もしないの?」

 

 死亡事故が前提の職業なんてあまりにもブラックすぎる。そう思って調べてみると、冒険者がいなければ生態系が無茶苦茶になるのは確実なため、法律のスキマを縫ってギリギリ合法として認められているらしい。

 

 ……。

 

 いやいや、前向きに考えよう。死亡事故多発の危険な仕事といっても、みんな死んじゃうわけじゃないはず。現に私の隣でいびきをかいてる先輩だって、四十は超えてそうなベテランだ。うまいこと立ち回れば死ぬことはない、と思う。

 

 それに、どっちにしろこのまま就職活動を続けても、仕事が見つかる前に貯蓄が尽きてホームレスになるだけだ。家無し、金なしになるくらいなら死んだ方がマシ。

 

 どうにかなるさ。ならなくっても死ぬだけさ。

 

 私はすっかり開き直った。

 

---

 

 バスを降り、雑草と亀裂だらけの酷道を通って、「この先魔素だまり」の看板を通過し道なき道を行くこと三十分。ようやく現場に到着した。

 

 人っ子一人いない山間の原っぱだ。パッと見小学校のグラウンド程度の面積はあるだろうそこに、今回の標的であるモンスターがたむろしていた。

 

 でもなんだかおかしい。話と違う。

 

「な、何ですかあの恐ろしい泥人形みたいなの」

 

「モンスターに決まっとるやろ。アメーバとヒト型の」

 

「嘘ォ!? 資料で見たのと全然違うんですけど!?」

 

「自分ほんま、なんも知らへんねんな」

 

 先輩は腕まくりしつつ、嘆息して教えてくれた。

 

「あんなおどろおどろしいもん新人に見せたら応募激減するやん。写真は加工、言葉は濁して契約結ばせるんが、人事のねーちゃんの仕事や。ちなみにゲームのスライムみたいなんはアメーバ型いうんやで」

 

 そういうことか。あの面接官さんは私のことなんか見てなかった。とにかく契約を結んで使い捨ての人材にするのが目的だった。私じゃない、かけがえのある安い人間としか見られてなかったんだ。

 

 それなのに私は、この企業さんだけが私を本当に必要としてくれると勘違いして。とんだ間抜けじゃないか。かけがえのない人材として自分を売り込むのが就活だ。その就活に嫌気がさして、広告の甘い言葉にコロっとだまされ契約してしまった。よりにもよって死ぬ可能性すらあるブラックな職場に。辛い就活から逃げた罰なんだろう。

 

 目の前の原っぱには、ヘドロのような色合いのアメーバと重油を固めたような見た目の人型が無数にうごめいている。ゲームのモンスターのような優れたデザイン性なんて欠片もない、ただただ醜いだけの化け物だ。

 

「おい、死人みたいな目ェしとるとこ悪いけど、お前は何ができるんや」

 

「え?」

 

「モンスターを殴るくらいはできるんかって聞いとる」

 

 ハッと我に返る。

 

 自分の浅はかさに絶望している暇はない。一度引き受けた以上きちんとやらなきゃ。

 

 先輩はスポーツバッグの中から古びた金属バットを取り出し、構えている。モンスターは基本的に脆い。殴って駆除するのが彼のやり方なんだろう。

 

 私もリュックから愛用の杖を取り出した。伸ばした折り畳み傘程度のこれは、中学から使い続けている相棒だ。

 

「魔法が使えます!」

 

「マホウ? なんやそれ? 強いんか?」

 

「た、たぶん、強いと思います、はい」

 

 魔法は様々な産業、娯楽の面で利用されているが、みんながみんな知っているわけじゃない。それは分かっていたけど、本当に知らない人に出会ったのは初めてだった。

 

 先輩は怪訝な顔をしつつ、こちらへ徐々に接近しているモンスターたちを指さした。

 

「なんか使ってみい」

 

「はい! ○○、××、▽▽、火矢!」

 

 呪文とともに杖を振るう。すると――原っぱが爆発した。

 

 正確には、爆発と見紛うほどの強烈な閃光と爆風が吹き荒れた。先輩が「おお!?」と驚きの声をあげている。私は「ひゃああ!?」と情けない悲鳴を上げて尻もちをついた。なんじゃこれ。

 

 火矢はもっとも初級の魔法だ。その名の通り火の矢を飛ばす。矢といっても殺傷力はなく、人肌にあたってもチクリとする程度の威力だ。私が使ったのは独自の術式で威力を底上げした改良版だったが、爆発はしないはす。この威力はどういうことか?

 

 爆風と煙が収まった後の原っぱからは、モンスターが一匹残らず消滅していた。

 

「ただのアホなガキか思ったけど、めっちゃ使えるやん自分! かなり楽やぞ!」

 

「……いえいえ。まだ残党もいるみたいですし」

 

「新人としちゃ十二分やわ! よっしゃ、残りは俺がやっとくからここで休んどき。あんだけデカイことしたら疲れたやろ」

 

「すみません、そうさせてもらいます」

 

 朝の態度はどこへやら、一転上機嫌になった先輩に言われるがまま、私は休むことにした。先輩は金属バット片手に鼻歌を歌いながらモンスターの残党に駆け寄っていく。そうして人型のモンスターをなぎ倒し始めた。

 

 この間に考えよう。さっきの爆発は何か?

 

 術式には問題なかった。何万回と繰り返してきた改良型の術式だ。杖の補助もある中で間違えるはずがない。第一、間違えたなら発動さえしないはずだ。であれば呪文の詠唱に問題があった? 初めての仕事で緊張しすぎて変な抑揚がついて、それが偶然威力向上につながった? いやいや、そんなご都合主義あるわけが――

 

 不意に体が重くなった。

 

「えっ、何々?」

 

「新入り! 後ろや!」

 

 何かにのしかかられているようだ。手足が生暖かいものに抑えられ身動きできない。

 

 先輩の言葉を聞いてどうにか首を後ろに向けると――真黒なアメーバが私の体を呑み込んでいるのが見えた。

 

「きゃあああ!?」

 

 叫んだとたん、呑み込まれた右手の杖から閃光が瞬く。次の瞬間にはアメーバは消滅していた。

 

 何が起こった?

 

「おおー、やるやん」

 

「え、え?」

 

「普通、アメーバにあんだけ呑まれたらもう助からんねんけど。ほんまに期待の新人や」

 

 どうやらまた意図せず魔法が発動したらしい。ていうか何気に今死にかけた――ん、呑まれた? そういえばやけに背中がスースーしてるような。

 

「もうやだ……」

 

 アメーバに乗られていた部分の作業着が下着ごとばっさりなくなっていた。背中からお尻まで丸見えだ。なんでこんな恥ずかしい恰好しなきゃいけないんだ。作業着は貸出だから弁償じゃないか。

 

「泣くことないやろ。ほら、これ貸すわ」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 投げ渡された先輩の上着が温かい。涙もちょっとは引っ込んだ。

 

 案外使える新人と思ったからか、それとも醜態をさらしたことへの哀れみか、帰りの道中での先輩は歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれた。

 

---

 

 いい話風に区切っても、世の中そんなに甘くなくて。

 

「初日お疲れさま。作業服代は今日のお給料から天引きしておくね」

 

「あっ、はい、すみません」

 

 事務所に戻ったとたん、所長からそう告げられたのだった。

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