「あんだけのこと言ったんだからわかってるよな?」
「さぁ?食中毒おばさんとうんこおじさんの考えることなんてわかりたくもありませんね」
「もういいわ!こんなガキ早くやっちゃってよ!」
「え?ヤる?ヤるって何をです?俺ホモじゃないんで男同士はちょっと・・・」
「ふざけたことばかり言いやがって。もういい、ぶっ殺してやる。俺に舐めたクチきいたこと後悔させながら死ねや」
ふむ、大層お怒りである。
「いやー殺すはマズいですよ?もう警察に通報も行ってるでしょうし」
「デカイ口叩いて結局は警察頼りか?情けないガキめ!」
「ねえ、ブーメランって知ってますか?」
「あ?」
「ブーメラン投げたら自分のところに返ってくるあれです。あんた、うんこだけじゃなくてブーメランの擬人化でもあったんですね。こいつは驚きだ」
「意味不明なことばっか言いやがって!死ね!!・・・ってなんだと!?」
ただ単にイノシシのように直進しストレートで殴ってくるだけ。
俺はあまりに単調な動きに少しガッカリしていた。
俺はその腕を掴み、力いっぱい締め付け、相手が動けないようにする。
「あのさあ・・・ブーメランなんですよ、全部」
「う、腕が動かな・・離しやがれ!」
「話は最後まで聞きましょうよ。さっき俺のこと情けないだのいってくれましたけどね。自分はどうなんですか?自分より弱い店を狙って、店主や高校生の娘さんを恫喝して金品を奪い取る。それこそ情けないじゃないですか。やるんだったらヤバい筋の人を襲うくらいの気概は見せてくださいよ」
「うるせえ!人の金の稼ぎ方にケチをつけるんじゃねえ!!」
「金の稼ぎ方・・・?金を稼ぐってのは労働が伴うんですよ。会社に勤める人もいればあの人達みたいに、あの子みたいに小さい自分の城を守って必死にアイデアを絞り出して、何度も何度も失敗して、そして認められて初めて売り物になる。それが金を稼ぐってことだ」
「なんでテメエみたいなカギに説教されなきゃならんのだ?この世は弱肉強食。よえーヤツが強い奴に搾取されるのはこの世のシステムなんだよ!」
「あきれてものもいえねえよ」
俺はこのやり取りで結構怒りを感じていた。いやまあ最初からだったわけだけど、山吹さんが自分が考えたパンが初めて店頭に並んだことやそれを嬉しそうに話していたこと、そして実際に食べたパンのおいしさを思い出してしまったからだ。
「俺は友達が搾取されるのも、傷つけられるのも絶対に許さない。お前みたいなクズにあの子の苦労や喜びを絶対に踏みにじられせはしねーよ。あの子だけじゃない。俺が関わる人はできる限り俺が守る」
それが今の俺だ。かつていろんなものを巻き込んでいろんなものを壊し、情けないことに清田美緒に殺されかけた俺。もう同じ過ちは繰り返さない。そのためにキツイリハビリに耐え、キツイトレーニングに耐えて強くなって戻ってきたのだから。
「カッコいいね~でもこれを見ても余裕でいられるかな?」
かろうじて俺の手から逃れた男は懐からナイフを取り出す。
武器を手にした男は余裕綽々といった顔だ。
「それでどうするつもりだ?」
「んなもん決まってんだろ!テメーをぶっ殺す。死ねやクソガキ!」
あーあー後先考えず来ちゃって。仮にここで俺が死んだら確実につかまるというのにどうやら頭の出来があまりよくないようだ。
ここは裏路地。お約束といえばお約束であるが、俺は近くにある棒切れを手に取る。
「あーあ。殺すって言いながら刃物で襲い掛かって来ちゃいましたね。殺人未遂成立っと」
「なんだと・・・うごぁ!?」
刃物を持っているだけで動きはイノシシのまま。
俺はすぐさま突きをぶち込み、ひるんだところをナイフを持つ手に向けて棒切れを振り下ろした。
その一連の動きで男はナイフを落とし、突きが炸裂したことでその場に跪いてせき込んでしまった。
「ゴホッゴホッ・・・てめ・・・」
「お前さん、もちろん覚悟を持って刃を振るったんだよな?」
「覚悟だと・・・?」
「ああ。殺すなら自分も殺されるという覚悟だ」
「ま、まさかお前俺を・・・?」
「やめてええええ、その人を殺さないで!!!」
そこでずっと傍観を決め込んでいた女が突然叫びだし、俺は深くも少し驚いてしまった。
「バカ野郎。そんなことしたらお前と同類になるだろうが。少年院送りになる気はねーよ」
その言葉を聞いた瞬間、二人は少しほっとした雰囲気を醸し出す。
「ただ警察が到着するまで抵抗できないようにはさせてもらうけどな」
「えっ・・・ちょ・・・やめ・・・来るな・・・・」
「そうだなー。俺の見た感じ、さっきの騒動でパンが10個くらいダメになってた気がするから10発で勘弁してやるか」
「じゅ、じゅう・・・?」
「はーい、んじゃあ歯を食いしばってくれるかなー?」
とまあそんな感じで俺はすごーくニコニコしながら腰が抜けて動けない女とうずくまる男に向けて歩みを進める。
「ぎゃああああああああああああ」
※
「すごいもの見ちゃったね」
「お、おう・・・」
「いやーなんつーか・・・想像以上にすげー奴だった・・・」
「う、うん。それしか感想が出てこない」
あのあとやっぱり心配になってあとを追った私と有咲。
裏路地の物陰からずっと様子を見ていたわけだけれど、その光景はものすごいものだった。
「お客さんが連れ込まれた裏路地というのはこちらですか!?」
そんなことをしていたらいつの間にか警察官の人たちがたくさん来ていた。
「あ、はいこっちです!あそこに倒れて伸びてる人が犯人です!」
「え・・・?」
「あ、お巡りさんやっときましたか。刃物持って襲い掛かってきたんで近くの棒切れで反撃しちゃいましたけど大丈夫ですよね?」
「私たちも見てました!!間違いなく正当防衛です!!」
「ひとまず容疑者を連行します。後程詳しいことを署で聞かせてもらってよろしいでしょうか」
そういって連行されていった二人。
私たち3人は店の方へ戻るべく歩き出した。
「俗くん・・・ほんとありがとね」
「俺が気に入らなかったから勝手に暴れただけだよ。むしろみてたんなら怖い思いさせちゃってごめん」
「いや、結局俗くんが介入してくれなかったら店がどうなってたかわかんないし結果オーライじゃね?」
「うんうん。それに怖いだなんて思わなかったよ。俗くんが私たちのために頑張ってくれたの、凄く伝わったから」
「そっか、それならよかった」
お店につくと現場検証や警察の人が目撃証言やお父さんから聞き取りをしていた。
どうやら私たちは後日日を改めてということになったらしく、帰宅するように言い渡された(私はここが家だけど)
「あ、そうだ。帰る前にパンを何個か買ってもいいかな?」
「あ、うんいいよ。どれにしようか?」
「うーん、それ。山吹さんの新作の奴。それなんか気に入っちゃったんだよね。なんていうかすごく安心する味がして」
「そ、そんな!でもありがとね!今日はたくさん助けてもらったしサービスしとく」
「そいつは嬉しい。んじゃ、俺は帰るね。また明日学校で」
「うん!」
「市ヶ谷さんも」
「あいよー。またなー」
そういって背を見せ歩いていく俗くん。
なんていうかすごい人だったなー。
それにあの言葉。
”お前みたいなクズにあの子の苦労や喜びを絶対に踏みにじられせはしねーよ”
本当に嬉しかった。あのパンや私との話を通じてしっかりと私のパンに込めた思いや嬉しかったことを見ていてくれてたってわかったから。
「さーて私も帰るかなー。っておい沙綾。顔真っ赤だぞ」
「え!?」
「あー・・・沙綾もしかしてアレか?うん、まああれだけのもの見せられたら気持ちはわかるわ、うん」
「あ、有咲~~~~」
「まあみんなには黙っててやるから。・・・二人の時はいじるけど」
「もう~~~~~!!!」
「やべ、香澄たちからめっちゃ着信はいってる!?私は蔵に戻って事情説明してくるから沙綾はゆっくり休めよな。じゃあな~!」
私、これからどうなっちゃうんだろ?
この胸に宿ったほのかな想いについて思案しながら、この後香澄たちからひっきりなしに来た心配の連絡にレスポンスを返すのであった。
※
「あなたって結構ムチャするのね」
「そういえば千聖、警察とか色々助かったわ」
「それはいいのだけれど、あまりムチャするのはダメよ?一応病み上がりなんだし」
「すまんすまん」
私、千聖は芽音と歩きながら帰路につく。
「しかしほんとこのパン美味いなあ。つぐみちゃんの店といい山吹さんの店といいここの商店街はあたりが多すぎる」
「それに関しては同感ね」
でもあの後の沙綾ちゃんの表情。
あれは間違いなく・・・・
でも気持ちはわかる。私もきっかけはあんな風に助けてもらったことだったから。
「ライバル登場ね」
「千聖?なんか言ったか?」
「いいえ、難聴系主人公には関係ないわ」
「難聴系?誰のことだ?」
「はぁ・・・・」
思わずため息が出てしまう。でもこれが芽音だものね、わかっていたわ。
「それじゃ、俺はこっちなので」
「ええ、今日はお疲れ様」
「じゃあな」
やがて私たちは別れそれぞれの帰路につく。
「私も頑張らなきゃ」
私は少し性格が変わってしまった、いや本来の性格を隠す必要のなくなった友人の晴れ晴れとした顔と後ろ姿を見ながら。
思わぬライバルの出現に緊張を覚えながら、その日を終えたのであった。
山吹沙綾編チュートリアル終了です!
冒頭でも書きましたけどいったいどんなリハビリしたらこうなるんですかね・・・?
そしてお気に入り登録がついに600を超えました!
連載開始当初はこんなに伸びるなんて思っていなかったので大変嬉しいです。
次のサブヒロインも決まっていますので、よろしければ更新をお待ちいただけると嬉しいです。
引き続きよろしくお願いいたします!!