仮面と海月と白鷺と   作:光の甘酒

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一気に書き上げたので長くなりました。
その量なんと7話の3倍。
コンセプトが今までと少々異なり人間ドラマ風となっております。




第8話 上原ひまりⅡ

状況を整理しよう。

まず犯人は手に拳銃を持ち、ひまりちゃんを人質に取っている。

つぐみちゃんと俺は一緒の席に座らされており、つぐみちゃんは心配そうにひまりちゃんを見つめ、ひまりちゃんはボロ泣き状態で怯えている。

さてこの状況、一体どう切り出したものか。

こんな冷静に話してる俺ではあるが、内心は心臓がバクバク言っている。しかし最後の砦である俺が恐怖する事を二人に見せる訳にはいかないのだ。

俺は沈黙の中犯人を観察する。すると俺はある所に眼をつけた。

 

 

「あなた、ケガしていませんか?」

 

 

 

そう犯人の足からは血が流れ出ていた。

興奮してアドレナリンが分泌されているせいか痛みに鈍感になっているようで、出血量はかなりあるように見える。

このまま持久戦に持ち込み出血で意識を失うまで耐えるという手もあるが・・・

 

 

「その出血量は危険だ。手当させてください」

「なんだと?」

 

 

俺は手当てを申し出た。

理由は3つ。

ひとつ、このまま出血が続き意識が混濁することで予期せぬ行動に出る可能性があるのでそれを潰すため。

ふたつ、万が一出血多量で死にでもしたら羽沢珈琲店は一気に事故物件になってしまうのでそれを防ぐため。

そしてみっつ、手当てをすることで探りを入れ、少しでも相手の雰囲気や考えを読み、そして冷静にさせることで痛みを実感させて動きを鈍らせるためだ。

 

 

「そんな事言って何かするつもりじゃないだろうな?」

「人質がいるのにそんな事しませんって。それに俺は素手。銃に勝てる訳が無い事なんて分かります。あなたの為じゃない。この店をこれ以上血で汚さない為だと思って下さい」

「・・・・はやくやれ。妙な真似したらこの娘の頭ぶっ飛ばすぞ!」

「わかりましたからそう興奮しないでください。つぐみちゃん、救急箱はあるかな?」

 

 

そう言ってつぐみちゃんが持ってきた救急箱を開け、手当てを開始した。

 

 

「・・・ひどい出血ですね。一体どうしたらこんなになるんです?」

「・・・銃で撃たれたんだ。弾がかすっただけが」

「それにしてはこの出血量・・・多分血管に傷がついていますね。簡易的ですが止血します」

「うぐっ・・・!おい、もっと痛くないようにやれ」

「最大限配慮しているつもりですが多少は我慢してください」

 

 

 

俺は傷口に消毒液を塗り、包帯や布で力いっぱい止血をした。

 

 

「これでよし。応急処置ではありますがさっきよりはマシでしょう」

「・・・・」

 

 

犯人は黙ってしまう。さてここからどう切り出したもんか。

そう考えていると俺はあることに気が付いた。

 

 

「・・・もう逃げられない事が分かってるのではないですか?」

「なんだと・・・?」

 

 

 

そう俺は感じたのだ。興奮しているオーラはガンガン伝わってくるものの彼には殺気が無い。

つまり俺たちを殺す気など全く無いのだ。

これは・・・暴力や制圧に頼らずともいけるかもしれない。

 

 

「余りナメた口を利くんじゃねえ!」

「気に障ったならすみません。でもあなた、とても悲しそうに見えます。本当はこんな事をするのは本意では無いのではないですか?」

 

 

対話を試みる俺。しかし相手はそれがお気に召さなかったようで激高の声を上げる。

 

 

「お前に何が分かる!?」

「分かりません。なにも分かりませんよ。良かったら要求が通るまでの間、俺と雑談しませんか?」

「なんだと!?」

「俺にだって話を聞く事は出来ますし、何でこんな事に巻き込まれてしまったか聞いてもいいと思うんですけど」

 

 

なだめるように、相手に圧を与えないように俺は語り掛ける。

 

 

「・・・・!?おい貴様なにしている!?」

「!?」

 

 

しかしそれは中断された。彼が声を上げるとその先にはつぐみちゃんがいたのだ。

カウンターで何かをやっている。

 

 

「えっと・・・ケガしてるみたいですし、リラックスになるかなって思って・・・」

 

 

つぐみちゃんが手に持っていたのはコーヒーだった。

おそらくさっき俺たちの為に入れた物の残りだろう。

しかしつぐみちゃんの胆力が凄い。普通こんな状況だったら震え上がって動けなくなってもおかしくないのに少し目を離した隙に自分で考えて行動し、店を襲った相手をも思いやる心を持っている。

 

 

「そんな事言って変なもん入れてるんじゃないだろうな?」

「それは無いですよ。さっきまで同じ物飲んでましたし、なにより彼女はバリスタの端くれ。コーヒーに異物をいれるなんて天地がひっくり返っても有り得ないです」

「芽音さん・・・」

「それにあなたも水分をとった方がいい。脱水症状を起こしますよ」

「・・・こっちに持ってこい」

 

 

彼はつぐみちゃんからコーヒーを受け取ると熱いのをものともせずぐいっと飲み干す。

 

 

「・・・うまい」

 

 

そして彼は一言、そう呟いたのだ。

 

 

「でしょ?彼女が心を込めて淹れたんだ。当り前さ」

「・・・・・」

 

 

するとどうだろう、彼はひまりちゃんを押さえる力を緩め、解放したのだ。

 

 

「ひまりちゃん!」

「つぐ!芽音さん・・・!」

 

 

全力疾走で俺たちに抱き着くひまりちゃん。

彼は依然と銃を突き付けているが、雰囲気が少し和らいだようだ。

 

 

「自由にさせるだけだ。お前らが人質なのは変わりない」

「分かっていますよ」

「・・・俺にも娘がいたんだ」

 

 

 

彼は唐突に話し始めた。

彼は奥さんはすでに亡くしており、17歳の娘さんがいたらしい。

しかし、娘さんがたまたま起きていた暴力団の抗争に巻き込まれ、命を落としてしまったらしい。その抗争に関わていたのが暴力団・極道会だった。

ブチ切れた彼は単身で組に襲撃をかけたが失敗し、事務所にあった拳銃を奪って逃走。拳銃を手にしたまま逃亡したせいで大騒ぎになり、駆け付けた警察官にみつかった。拳銃を持った凶悪犯として追跡され、その際に放った威嚇射撃が足を掠ってたまたま準備中で人が少なそうな羽沢珈琲店に押し入り今に至るということだ。

 

 

「絶対許さねえ・・・!あいつらをこの手で消さない限り俺は死ぬ訳にも捕まる訳にもいかないんだ・・・!!」

 

 

俺たちは黙ってしまう。彼の壮絶な悲劇を聞いて何とも言えない気持ちになったのだ。

 

 

「妻を早くに亡くして苦労も多かった・・・でも娘は元気いっぱいの子で俺をお父さんと慕ってくれた。それをあいつらは・・・!」

 

 

一瞬だけ発せられた殺意。

間違いなく人を殺す気配だ。それほどに憎しみが深いのが分かる。

 

 

「でもそんなの、娘さんは望んでるの・・・?」

「ひまりちゃん・・・?」

 

 

そのとき、ひまりちゃんが突然言葉を発した。

 

 

「確かに悲しいかもしれません。でもそれだからって娘さんが人殺しを望んでいるだなんて思えません!」

 

 

ひまりちゃんやめろ、こいつは今殺意を纏っている。

刺激するのはやめるんだ・・・!

 

 

「黙れ・・・!」

「私がその娘さんだったら復讐なんて望みません!」

「黙れ・・・!」

「それにさっき私を捕まえているとき、苦しくないようにしてくれてたのわかります。きっとあなたは、本当は優しい人です!」

「黙れって言ってんだろ!!!」

 

 

バァン!

 

 

「きゃっ・・・・」

 

 

天井に向かって放たれる銃弾。

貫かれた天井の穴から石膏の粉がボロボロと落ちてくる。

 

 

「俺が優しいだと?戯言も大概にしろ・・・!俺はもう悪魔に魂を売ったんだ。どうせ2人以上殺せば死刑になるんだ。今さらひとりふたり増えたところで変わりはしない」

 

 

刹那、拳銃で殴るように腕を振り上げる犯人。

俺は咄嗟に飛び出し、ひまりちゃんの前に立ちふさがった。

 

 

「ぐぬっ・・・!」

「きゃああああああ!芽音さああああああん!」

 

 

鉄の塊で殴られたんだ。目ン玉が飛び出そうになる衝撃が俺を襲う。

しかし俺は踏ん張り、頭から流れる血を拭いながら犯人を睨みつける。

 

「少しは冷静になれたか・・・?それとひまりちゃん、ケガはないかい?」

「私は大丈夫です・・・芽音さん・・・頭から血が・・・!」

「俺も大丈夫だから」

 

 

そんな事を言って見せるがなんで俺意識保ってるのか分からんくらい視界が歪む。

でもここは倒れちゃいけない気がするので目をカッ開いて気を強く持つ。

 

 

「お前・・・なんで・・・・」

「分からねえ奴だなあ・・・ひまりちゃんが言った事、ちゃんと聞けよ」

「なんだと?」

「あんたが娘さんの為に復讐したい気持ちは分かる。だけどそれはあんたの娘さんの為にあんたが死刑になるって事だ。娘さんも亡くなってあんたも死ぬ。娘さんからしたら自分が死んだせいで最愛の父であるあんたも死ぬって事だ。そんな結末、本当に娘さんが喜ぶと思うか?」

「うるさい!黙れえええええ!」

 

 

銃口を俺に向ける犯人。だがその手は震えており、再び迷いがあることを窺わせる。

だが俺は怯む事無く続ける。

 

 

「撃てよ!撃ってみろよ!何発でも何発でも撃ち込んでみろよ!何発撃ち込まれようがひまりちゃんやつぐみちゃんには傷一つつけさせやしねえぞ!!!!!」

 

 

俺は後ろにいるひまりちゃんに抱き着き、覆いかぶさって庇うように背を向けた。

 

 

「ぐっ・・・・」

「それにアンタは自分の都合ばかりだ!アンタが憎む奴らにも家族がある。俺にも、ひまりちゃんにも、つぐみちゃんにもだ。悪魔に魂を売り渡しただと?笑わせんじゃねえよ。アンタが悪魔になって復讐してもまた新しい悪魔を生み出すだけだ。そんな悲しい連鎖を生み出す理由に、亡くなった娘さんの為という大義名分を持ち出して娘さんが本当に報われると思っているのか!?そんなの誰も幸せにならない事くらいアンタはもう分かってんだろ!?」

「やめろ・・・!もうやめろ!!」

「アンタは人を殺せるような人じゃない。最初から俺たちに危害を加えるつもりも無かったんだろう?」

「う・・・く・・・・」

「しっかりと罪を償って娘さんの分までちゃんと生きてくださいよ。お願いします」

 

 

俺は向けられた銃を掴み、セーフティをかける。

そしてそのまま彼は拳銃から手を放し、床に放り投げた。

 

 

 

「・・・・・・・・・すまなかった」

「分かってくれて安心したよ」

「お嬢ちゃんたちも本当にごめんよ・・・特にキミ」

「え?私ですか!?」

 

 

ひまりちゃんが指名されてびっくりする。

 

 

「実は君、死んだ娘によく似ていてね。娘に俺自身を否定された気になってしまった、正気を失ってしまった。本当に怖い思いをさせてしまった。そっちの子も。コーヒー、美味しかったよ。本当にゴメンよ・・・・」

 

 

ふぅー・・・・・・

あーこれで一安心だわ。寿命が114515年くらい縮んだわ。

 

 

「あ・・それとキミも。殴って済まない」

「俺は大丈夫。いいから外に出ましょ」

「そうだな・・・」

 

 

 

彼はシャッターを開ける。そして店のドアを開けると同時に両手を上げ、抵抗の意思がないことを警察官に見せつけた。

 

 

「俺が出所することにはキミも成人してるだろうし、そんときは酒でも酌み交わそう」

「ああ。待ってますよ。」

 

 

 

そのまま男は取り押さえられ、連行されていった。

 

 

「ふぅー・・・さてつぐみちゃん、ひまりちゃん。悪い、俺ちょっと限界っぽいんで寝るね」

「え・・・?」

「芽音さん・・・!?つぐさっきの救急箱!」

「分かった!後、警察の人に救急車呼んで貰ってくる!」

 

 

あー・・・

ちょーっと無理しすぎたかなー

そんな事を漠然と考えながら俺は眠りについた。

 

 

 

 

ふむ。白い天井、薬品の匂い。

 

 

「言われなくてもここは病院か」

「芽音!?目が覚めたのね!?」

「芽音くん!千聖ちゃん、お医者さん呼んでくるね!!」

 

 

あれ我が親友たちの声が聞こえる。

あーそっか。ついていてくれたんだな。

 

 

「手間をかけさせたな」

「いいから。とりあえず安静にして」

「そうだな。・・・心配かけたと思う。ごめん」

「ほんとよ。お願いだから余り無茶はしないで?」

「あれ?千聖泣いて・・・」

「そんなわけないでしょう?」

 

 

一瞬そう見えたのだが気のせいだったのだろうか?

 

 

「連れてきたよ!」

「俗さん、今がどういう状況かわかりますか?」

 

 

そんな感じで医者による検査が始まった。そうやら俺は1週間ほど眠って板らしく、後日もう一度精密検査を受けるということで検査は終了した。

 

 

「では、お大事にしてください」

「ありがとうございました」

 

 

医者が退室し、一息つく。そういえば花音にはまだ謝っていなかったな。

 

 

「花音も心配かけてごめ・・・ってうぉ!?」

「芽音くん!!!!!」

「ちょ、花音!?」

「良かった、本当に良かった!また目覚めなかったらどうしようって・・・ずっと不安で・・・」

 

 

遠慮する事なくタックルレベルで抱き着いてくる花音に驚く俺だが、逆の立場だったら同じ事をしていたかもしれないから咎める事は出来なかった。

 

 

「ごめんな」

「ううん、いいの。今こうしてちゃんと目を覚ましてくれたから」

「ほら花音、芽音は病み上がりなんだから」

「あっ///私ったらごめんねっ・・・・!」

私もこれくらい素直になれたら良かったのにな・・・

「千聖ちゃん?」

「いいえ何でもないわ。それにしても本当に目が覚めてよかったわ。一安心ね」

 

 

その後俺は学校や事務所のバイトについて少し話をし、二人は帰っていった。

そして少ししたら刑事さんが事情を聞かせてくれとやってきて、事件の事を話した。

ちなみにその刑事さんは俺を事情聴取するのは3回目だ。(うんこの擬人化したHENTAIが千聖襲った時、食中毒おばさんのやまぶきベーカリー襲撃事件、そして今回)

刑事さんには「俗くんって実は名探偵の孫だったり薬で体が小さくなった経験とかないよね?」といわれてしまった。

誰が金〇一少年や江戸川コ〇ンやねん。

ちなみに羽沢珈琲店は天井の穴以外は大きな被害はなく、警察の現場検証が終わりすぐ営業再開したそうだ。商店街や近所の人も心配してくれて再開後は沢山の人が来てくれたらしく、潰れたりという可能性は皆無のようだ。

 

そんなこんなで俺が・・・俺たちが巻き込まれた立てこもり事件は幕を閉じた。

その後俺は検査も異常はなく、無事退院する事が出来たのであった。

 

 

 

 

 

「な、なあつぐ。ひまりのやつ、さっきからずっとあんな感じじゃないか?」

「ひーちゃん、さっき電話かかってきてから目がとろ~んとしてますねえ~」

「なんか、ひまりがあんなんだと調子狂う」

 

 

Afterglowのみんなが来てくれたある日の午後。

そして芽音さんが眠っている間、不安で押しつぶされそうな私たちだったがその日は芽音さんが目を覚ましたという電話が芽音さんから直接入り、一安心した日でもあった。どうやらひまりちゃんにも入ったようで、その電話が終わってからひまりちゃんはあんな感じだ。

 

 

「はぁ~・・・・」

「おい、今度はでっかいため息をついたぞ」

「悩める年頃ですなあ~」

「モカ、茶化さない。ねえつぐみ、なんか心当たりある?」

「うーんあるにはあるんだけど・・・・」

 

 

これは言ってもいいものか。多分あの反応。ひまりちゃんはおそらく・・・

 

 

「ひまりちゃん」

「・・・あ、つぐ」

 

 

私は他の3人に聞こえないように、少しだけ探りを入れることにした。

 

 

「芽音さん、目を覚ましたみたいだね」

「そ、そうなのよ!ほんと良かったよね!あの時は怖かったけど芽音さんがいてくれなかったら・・・!それに私を庇ってくれた時の芽音さんが・・・」

 

 

うーん。やっぱりこれ、間違いないよね。

 

 

「ね、ねえつぐ」

「なあに?ひまりちゃん」

 

 

ひまりちゃんは他の三人に聞こえない声でこそっと聞いてくる。

 

 

「芽音さんって・・・彼女とかいるのかなあ・・・?」

 

 

そう、それはつまりそういう事だったのです。

 

 




今回は暴力に頼らない人間ドラマ風の仕上げにしてみました。
最近ご無沙汰だったメインヒロイン成分も忘れなく。
色んな表現を今後も試していきたいと思うので、引き続きよろしくお願いいたします!

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