それではお楽しみください。
「ねぇ、どうして僕をいじめるの?」
まず小さい時。何度目かは覚えてないけど砂場で泥を投げつけられて意を決して尋ねた。
「ウザいからに決まってんだろ!」
その一言を言い終えると僕はまた泥を投げられた。
「ねぇ、どうして僕なんだ。他にも気持ち悪いヤツとかいるだろ。」
人目のつかない校舎裏。どうすれば変わるのか、変わればいいのか、誰も教えてくれなかった。だから僕は他の人から教えてもらおうとした。
「ンなヤツよりテメェのほうが見てて苛つくんだよ!」
明確な理由は一言も返ってこないまま僕は素手で殴られた。
「俺のこと見て苛ついた?」
放課後の校門。変えられない日常だと、そう諦めた俺はある事をするための理由を得るために確認する。
「あぁ? 喧嘩売ってんのか!」
ついにはまともな言葉が返ってくる前に拳が飛んできた。だがこれでいい。周りが変わらないなら、俺が変えてみればいい。たとえそれが望んでなくても。
同じ風に殴り返すと一人また一人と向かってくるものの、何度か殴ると向かってこなくなった。また別のやつが来ても同じことを繰り返し、繰り返し。俺はいつしか悩むのをやめた。
「…………久々に昔の夢だったな、なんで転校初日にこんなん思い出すんだろ。」
目が覚めるとまだ見慣れない天井を眺めて、ため息混じりにつぶやく。自分自身気にしてないつもりだったけどあの人と出会って変わる決心をしたことでまた気にし始めたのかもしれない。
「でも風間くんとか初対面だったのに今までの奴らとは違かったしきっと大丈夫……大丈夫。」
登校するため支度を済ませて居間へ向かう。
「おはよう神衣くん。」
「おーす。」
昔のことを夢で見たせいか、予定よりも遅く起きてしまい既に二人は食事を始めていた。
「おはよう百代さん、一子さん。」
「ねぇ神衣くんさぁ、その、さん付けやめない?」
一子さ……ちゃん? は箸を口の端に咥えながらしゃべる。
「え、じゃあ一子ちゃん?」
「うーん、まだそのほうが良いかな。」
普段から言われ慣れていないのか、不服そうだ。
「ごめんね、全然女友達なんて居なかったからなんて呼べば良いかわかんなくって。」
男友達ですらいなかったんだ、呼び方なんて分かるはずも無い。そのくせ変に気を使っちゃうから呼び捨てもし辛い。
「そーだぞ。聞くところによるとこいつぼっちだったらしいからな。」
百代さんは気にせず直球で言う。
「だったって言うか、今もまだぼっちなんだけど。」
逆に思いっきり来たほうが俺も返しやすかったりするかもしれない。
「そ、そんなこと無いよ! だって私たち一緒に登校するんだし!」
一子ちゃんは作り笑いをしながら言う。
「え?」
百代さんは聞いていないぞといった表情で一子ちゃんの方へ顔を向ける。
「え?」
その表情を見て驚いた俺は百代さんの方を向いた。
「なんか気を使わせてごめん。」
朝ごはんを終え、通学路の河川敷を歩く。どうやら気を使って一子ちゃんが考えてくれたらしい。
「もういいって。」
「ありがと。それにしてもいつもこんなに注目されながら登校してるの?」
前を百代さんと一子ちゃんが歩いていると周りの学生から見られている。見ている学生は男子女子関係無い。
「姉さまは人気者だからね。」
「ハーレムだって作れるほどだぞ。」
「視線が痛い。」
二人の後ろでポツリと呟く。最初は隣に並んでいたのだが視線が強烈過ぎて逃げた結果、後ろに回ったのだ。
「大丈夫だって、最初はそうかも知れないけどそのうち慣れるさ。」
「あ、おはよう直江くん。」
直江くんは後ろから肩をポンっと叩いて横に並ぶ。
「おはよう。」
「良かったぁ、学校までこのままかと思ったよ。」
「ヘタしたら校内でも続くんじゃないか? 住んでる場所がバレたら。」
これ以上の視線を想像して身体が強ばる。
「き、気をつけないと。」
「多分気をつけてもすぐバレるから今のうちに心の準備をしといたほうが良い。」
「そ、そんなぁ。」
「ま、少なくとも俺たちが少しはバレないように時間稼ぎしてやるよ。」
「良かったぁ、そういえばファミリーのみんなって同じクラスなの?」
それを聞いて安堵し、ふとクラスのことを思い出す。ただでさえ人付き合いが苦手なんだし直江くんたちがいたら心強いし、気が楽になりそうだ。
「まゆっちは一年生でC、あとはみんなFだ。」
「私は三年生だけどな。」
クラスを聞いて立ち止まる。
「え、えふ?」
急に立ち止まった俺をみんなは不思議そうに見つめる。
「ああ、F。」
「神衣くんもFでしょ?」
二人の声を聞いて俺の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「………………。」
自分のクラスになる教室へ担任に誘導され黒板の前に立ちすくむ。恐る恐る生徒を見渡すと金色の服や着物を着ていたり、メイドがいたりする。明らかに普通のクラスでは無いと人目でわかった。そして当然のようにその中には昨日挨拶を交わした人は誰も居なかった。
「ここで唐突だが転校生の紹介だ。残念なことに男だが。」
「神衣輝です、これからよろしくお願いします。」
当たり障りないシンプルな紹介をした後、一礼する。
「庶民の紹介はそのあたりで良い。皆、窓ガラスの件。なにか知っている者はおらぬか?」
誰が喋ってるかはわからないけど他の声は上がらない。ちなみにこの間俺は頭を下げたままだ。上げてもいいのだろうが空気感がそうは言っていないと感じたのだ。
「誰もいないなら今日あたり声がかかるかもな。」
そのまま話は終わり、生徒は普段の会話をし始める。
「おいおい、転校生をいきなり蔑ろにするのはまずくないか。」
担任の先生、確か宇佐美だったかが背中を軽く叩く。
「なんか随分と我が強い人達みたいですね。」
頭を上げ、率直な感想を述べた。
「わかるか。」
「では私が校内の案内をしましょう。」
メガネをかけた少し色黒の男が立ち上がる。
「うん、うん、さすが葵だな。ちょうど近くに空いてる席あるし頼んだぜ。」
そのまま葵と呼ばれた男の近くに向かう。
「私は葵冬馬。」
ツルツルの男が女の子を連れて近寄ってきた。
「俺は井上準、んでこっちが――」
「僕は僕だよ~。」
「榊原小雪な。」
「葵くんに井上くんに……小雪、さん?」
まだちゃん付けするのが恥ずかしく、今朝みたいにさん付けで呼んでみた。
「だはっはっはっ、ユキにさん付けするヤツは同学年の男子では初めてかもな。」
「うーん、なんかしっくりこないけどそれで良いや。」
一子ちゃん同様、不服そうな表情だ。
「自己紹介も済みましたね。では学校案内は昼休みと放課後を使いましょう。神衣くんはなにか気になるところはありますか?」
「ううん。昼食はお弁当があるから別段すぐにってのは無いよ。」
「じゃあ早速昼休み賭博場に行きましょうか。」
「転校初日に連れてくとこじゃないでしょ、若。」
「そうでしょうか? S組に来たということはそれなりに成績が良いのですよね。」
賭博場ってのがよくわからないまま、聞かれたことに答える。
「それなりだとは思うけど。」
「ならこの学校の仕組みを知るにはいい機会でしょう。それに力量を知っておかないと今後のウィークポイントになってしまうかもしれませんし。」
特に説明されないまま時間は昼休みになり、賭博場に案内される。どうやらここでは麻雀やらで食券やらを賭けたりするらしい。するとここでようやく顔見知りに出会う。
「再戦希望なんだけど、なんで神衣がここに?」
「この学校の仕組みを知るにはいい機会って、葵くんが。」
周りを見ると師岡くんとかF組らしき人がいっぱいいる。そして視線と表情からS組を好意的に見ていないことがわかった。
「そうか、じゃあ気にすること無いな。悪いけどこっちの話に集中する。」
「ああ。」
「で、どうるする?」
「構いませんよ。」
「お前なんで直江と顔見知りなんだ?」
葵くんの邪魔にならないよう、小声で井上くんが聞いてくる。
「うーん、百代さんつながりで。」
「モモ先輩が繋がってくるのかよ。」
意外といった表情。俺も気になったことがあったので尋ねる。
「あのさ聞きたいんだけどF組とは仲悪いの?」
「まぁ、そんなとこだ。とりあえず今は黙って見とけ。」
そこでは直江くんと葵くんでトランプを使った勝負をした。原因は良くわからなかったけど結果は葵くんの負けだった。葵くんによるとプロ級の腕前でトランプを扱ったらしい。
「ちょっと良いかナ、神衣クン。」
部屋で明日の準備をしていると声をかけられ、すぐ扉を開く。
「えっとルーさんでしたっけ。なんでしょう。」
「今は百代と一子が少し出掛けていてネ、やるなら今だト。」
「わかりましたすぐ行きます。」
急いでタオルを持ってルーさんと道場へ向かう。
「話は師範から聞いていル。気はやり方さえ掴んでしまえば少し位扱えるようになるからネ。」
予定としては体力づくりは百代さんが、そして気に関してはルーさんとそれぞれ鍛錬するようにとのこと。
「基本的には自主練しつつ、時間が合う時だけ指導をしてもらうってことですよね。」
「うん、そういうこト。一応聞くけど気を感じたことハ?」
「無いですよ。」
気、というのがわからず率直に答える。
「なら、まずは感じ取る事からはじめよウ。精神を落ち着かせて集中するんダ。」
「ふー。」
目を閉じ、息を吐く。
「うン、精神は良く落ち着いているネ。これなら思いの外早く次の段階にいけそうダ。」
ルーさんから頼もしい言葉をもらったもののそれからなにもないまま1時間がたった。
「ふぅー。だめ、ですよね?」
動いてはいないが慣れていないことだからか薄っすらと額には汗が滲んできた。
「おかしイ。特に変なところは見当たらないんだガ。」
ルーさんは俺の身体を触りながら呟く。
「じゃあもう一回。」
「いヤ、今は体作りのほうが優先それくらいにしておこウ。一日一回は空いた時間に同じ事をやってみてくレ。」
持ってきたタオルで汗を拭う。
「流石に一発で出来るほど簡単じゃないですね。」
「もちろんだヨ。」
この気を強い人達は難なく使うらしい。そしてこれを会得しなければ条件を満たすことは厳しいと鉄心さんは言っていた。
「やるだけやってみるしか無いよなぁ。」
部屋に戻った俺は布団のなかでつぶやきながら目を閉じた。
「よぉ、直江たちと一緒じゃないのか?」
朝、登校の時間に河川敷を歩いていると井上くんが近寄っていくる。近くには葵くんも小雪さんも居る。
「用事があるとかで先に来たからね。」
風間ファミリーでの連絡事項のためらしい。
「そっかぁ、転校二日目にしてもうぼっちなんてかわいそー。ましゅまろ食べる?」
「コラユキっ、そういうホントのことは本人の前で言わないの!」
井上くんは小雪さんの頭をポンと叩く。
「聞こえてるんだけどなぁ。」
「神衣くん、この街のことはもう見て回りましたか?」
「ううん。とりあえず連休にしようかなって。」
「そういうことなら街も私達が案内しましょうか?」
「おっでかけ、おっでかけ?」
「若にしては珍しいな。」
小雪さんは葵くんの周りをぴょんぴょん跳ねながらこちらを見る。
「せっかくの休みだし悪いよ。部屋の片付けとかでいつ時間が空くかわからないしさ。」
「そっか。まぁなんだ、なんかわからないことがあったらメールくれ。」
「そうですね、メールならいつでもできますからね。」
葵くんと井上くんはそれぞれ携帯を取り出す。
「え、連絡先交換してくれるの?」
「しなきゃメール出来ないだろ。」
携帯を取り出し何回かボタンを押して見てから井上くんたちを見る。
「はじめての連絡先交換でやり方がわからないんだ、教えてくれる?」
「わーほんとにぼっちだったんだ! 僕がやってあげるよー。かーして。」
携帯を取ると小雪さんがポチポチと押し進めていく。その光景を後ろから井上くんが覗くと驚きの表情になった。
「おいおい、やり方わからない割には連絡先多いな。学長のもあるぞ。」
「川神院から持っておくようにって言われたやつだから登録しておいてくれたのかも。」
「なんで川神院からそんなこと言われるんだ?」
「え、ええと訳あって川神院に居候させてもらってるからで。」
「それ本当かよ。」
「一応情報だけはありましたけど本人が言うなら間違いないでしょうね。理由は私にもわかりませんが。」
「若はさすがに知ってたんだな。」
興味深そうに葵くんは俺の身体を眺める。
「まさか身体を鍛えていなさそうな君がとは意外ですね。」
それには同意見。正直今でもなんであの条件を俺に提案してきたかよくわからないし。
「自分で言っといてなんだけど出来ればあんまり言いふらさないでほしいんだ。バレると登校中の視線がキツくて。」
「慣れないうちは大変だろうな。そのへんは気にしといてやるよ、ユキも言うなよ。」
「んんー、今度ましゅまろ買ってくれたら考えとくー。」
「それはそうと堀の外の方では危ない人達が居るようなのでくれぐれも近寄らないよう気をつけてくださいね。」
「堀の外の方、ね。わかった、ありがと。」
昼休みになり弁当を準備しようとすると廊下に九鬼くんと直江くんの姿が。少し気になって俺はそのまま声をかけに行く。
「あれ、直江くんどうしたの?」
話し終えたのか、九鬼くんとは入れ違いになる。
「神衣か、ちょっとね。どう、Sのやつらは?」
「今までの学校とは違って個性的な人が多くてびっくりすることが多いよ。」
「他のとこと比べるとそうだろうな。」
「聞きたいんだけどさSとFって仲悪いの?」
井上くんにこの前聞いたけどF組にいる当人はどうかと気になって尋ねる。
「あのときの賭場の事?」
「それもあるけど井上くんに説明されて気になってさ。」
「見てわかるように良い関係じゃ無いけど、思いっきり悪いって訳でも今の所は無いかな。」
「今のところはって。」
確かにそういう直江くんのことを良くない目で見ている生徒が教室の中にチラホラ居るのがわかる。
「色々価値観が違いすぎてケンカになることが良くあってね、そのたびに決闘とかで決着をつけてるんだ。」
「決闘って……ケンカ?」
昨日やっと資料を見た中に確かあったっけ。何かで競い、結果をつけるとか。
「ケンカ……とは違うかな、ちょっと説明しづらいけど正々堂々勝負するんだ。」
「そうなんだ。」
「それよりなんで転校初日に賭場なんかに?」
直江くんも気になってたらしい。
「葵くんたちが学校を案内してくれることになったんだけど色々判断したいことがあるとかで。」
「ふぅん。確かにSに入ったってことは成績も良いわけだしそう考えるのは当然か。」
「鉄心さんに聞いたらそこまで良い結果じゃなかったんだけどね。」
一応入学試験を受けた時、特別にどのくらいの順位あたりか聞くことが出来たのだ。それによると今のまま勉強を続けていれば問題無い程度らしい。
「じゃあちゃんと勉強して成績維持しないとな。」
「え、どういうこと?」
「知らないのか? Sに見合う成績を取れないとクラスが変わるんだよ。」
「ええぇ、知らなかった……退学とかは?」
「そこまでは流石に。なってもFに移動するくらいじゃないかな。」
「そ、それならまだ安心出来る。」
「じゃあそろそろ自分の教室に戻るわ、勉強頑張れよ。」
直江くんは軽く手を振ってFクラスの方へ歩いていった。
「はぁはぁはぁはぁはぁっ。」
夕焼けの中、ジャージ姿で息を切らしながら河川敷を走る。百代さんと一子ちゃんで走り込みをするから鍛錬としてついてこいと言われたのだ。
「遅いぞ神衣ー。」
「ふ、ふ、二人が早すぎるんですよ。」
膝と両手を地面に付き、呼吸を整える。二人は俺と違い息を切らしていない。
「普段身体を鍛えてなかったんなら結構きついかも、私も最初そうだったし。」
一子ちゃんは近くに来て膝をついて視線を合わせてくれる。
「じ、じゃあやってれば俺も……?」
「どうだろうな。少なくとも私に鍛えられてやめずに続けていくならなるんじゃないか?」
「そういうことなら私も頑張らなくちゃ、神衣くんも。ね。」
「はぁ、はぁ、そう……だね。」
「そうだ、風間ファミリーで旅行に行くんだが神衣も来るか? キャップが来たいって言うなら構わないって。」
「連休の間、だよね。」
「ええ、そうよ。」
行けば楽しいだろう。でも、まだ出会ってばかりで何ならクラスだって違う。それもよりにもよって険悪なSとF。おそらく川神院で居候し、百代さんたちと関わらなければ誘われる事もなかったしつまるところ社交辞令だろう。そうなると俺が行くことでみんなに気を使わせてることになりせっかくの旅行が台無しになってしまう。
「……誘ってくれたのは嬉しいけどやめとくよ。」
「そう、残念ね。」
「お前、風間ファミリーの事気にしてるんだろ。大和たちともクラス違うし。」
「そうなの?」
気にしてることをズバリと言い当てられ、地面にあぐらをかく。
「気にはしちゃうよ、やっぱり。」
「だろうな。だけど言っとくぞ、来たばっかなんだからおまえなんてどうとも思われてない。今は気にするだけ無駄だ。嫌われたりしてから考えろ。」
「……そうだね。」
「ま、そんなことになったら大和たちにでも相談するんだな。」
「そうそう、クラスは違うけど協力はするからね。」
「ありがとう、ふたりとも。」
「さ、帰って組手、組手。神衣くんもやる?」
一子ちゃんは立ち上がり軽く屈伸すると手を差し伸べてきた。
「組手はちょっと……。」
嬉しい申し出だが断りながら一子ちゃんの手を借りる。これが初めて百代さんの指示でついていったトレーニングだった。
いかがでしたでしょうか?
個人的にクラスはどうしようかすごく悩みました。Fも楽しいだろうし、Sも楽しそうだし。ただこの作品の主人公ではFに行ってもあまり変化は無いだろうと考えてSにしました。そして話的には百代ルートを軸に進む予定です。
読者の方々、ご観覧ありがとうございました。
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