今回の件から俺が得るべき教訓は、千反田えるは危険だということだ。 作:江波界司
駄文ですがご了承ください。
結論から言えば、いや、そもそも何の結論なのかは知らないが。
ともかく注釈を省いて言えば、古典部はそう居心地の悪い場所ではない。
静かで平穏で、何のトラブルも起きない時間は落ち着ける。まぁそれでも、何もない故の退屈さはあるのだが、そんなものを今さら気にする俺でもない。
むしろ、こうして何の拘束力もない空間にのらりくらりと立ち寄るのはまさしく俺らしい。俺らしい定義はないがな。
唯一俺らしくない行動があるとすれば、誰かから金をせしめるようなことをしていないことくらいか。だがそれも仕方ない。一介の高校生にできる事、取れる額など高が知れている。それに、下手に動けば地獄耳の姉貴がイスタンブールから帰って来そうだ。
実の姉だが、あいつは苦手なので出来れば会いたくない。暴力を行使できることもそうだが、何より気に食わないのは俺が知る性格の悪い先輩に似ているからだ。これで、「私は何でも知っている」なんて言ってきた日にはどうか縁を切らせて欲しい。俺なら大丈夫だ。この年でも生きていける。詐欺師だからな、元だが。
そういう意味では、この千反田えるという人物は全くどうして都合がいい。
好奇心に制限がなく、純粋で騙されるとも思っていない。どこかの女子中学生は誰も信じないからこそ疑わないが、彼女は信じ過ぎるが故に疑わない。ついでに、名家の生まれなら金もあるだろう。
千反田えるというコミニティは、いずれはATMくらいの利用価値ができそうだ。
と、まぁ、俺が何故こんな全く生産性のない部活にいるのかを論理的に解いてはみたが、その行動にこそ生産性がないな。はっきり言って無駄だ。
そんな無駄なことはしないと、俺は新たな教訓を得た。
今日も今日とて、何も起きない部室に何の不満も零すことなく、俺はただ書物の文字を追う。
✕✕✕
「不毛です」
「……」
無視した。
別に悪意があった訳ではない。純粋に、千反田に関わりたくなかった。
「折木さん」
「なんだ」
「不毛です!」
「知らん」
これで会話が終わり、話題も終わり、さて今日の部活動も少し早いが終了。と行けばどれだけ楽か。
俺は既に学んでいる。こういった場合、千反田えるは好奇心やあるいは向上心に逆らうことなく動く。故に、そこには一切の邪念がない。邪念がなければ、当然打算もない。
これが何を意味するかといえば、無駄な事ということだ。
無駄、つまりは損だ。そんなことを俺が進んでする筈がない。というかしない。しようとも思わない。
だが、そんな行動を迫って来るからこそ、彼女は危険なのだ。俺はまたこいつの好奇心に付き合わされるのは避けたい。
「折木さんは不毛だと思わないんですか?」
だが、どうやら千反田はそれを許さないらしい。
「何がだ」
「この部活動が、です。目的無き日々は生産的ではありません」
否定はしない。この部活動に、この時間に意味があるとは思えない。
まぁそれでもだ。そもそも部活動という労働不徳収入活動に得るものを求めるのはお門違いだろう。あるいは普通に間違いだ。
そうなると何故俺がこんな所でこんな時間を過ごしているのかと疑問も持つ者がいるかもしれないが、初めから目立たないための、つまりは擬態のための入部なので疑問に思うことはない。この学校では部活動に入ることが普通なのだ。
「言いたいことは分かるが、しかし千反田よ。この部活動に何か求めるものがあるのか?」
「あります」
「ほう」
「でも、それは一身上の都合です」
暗に言えない、か。まぁそこまで気になることでも、気にすることでもない。
そうかとだけ、俺は視線を手元の本に戻す。
「ですが折木さん。部活動である以上、活動しなくてはなりません」
「するとして、何をだ。そもそもすることがないなら活動しなくてならない理由はない」
「あります。古典部で文化祭に向けて文集を出します」
文化祭。そんなものもあったか。それに、文集……。
「それは伝統的にしていることなのか?」
「はい。顧問の先生も途絶えさせたくないそうです」
となれば動く理由ができた。古典部が伝統的に文化祭で文集を売っているなら、当然バックナンバーもあるだろう。あとはそれに則って適当なものを上げ作ろえば金が入る。
流石に数万単位では無理だろうが、それでも部活動という小さな、社会から見たら本当に小さな規模の活動で収入があるなら問題ない。
「つかぬ事を聞くが」
「なんですか?」
「例えば模擬店とかで得た収入は学校への寄付、みたいな規則はあるのか?」
「いえ。そもそも神山高校文化祭では模擬店禁止なんだそうです」
「そうなのか」
ならば部活動出あげた売上も手元に入ってくるか。詳しい規約は総務委員でありデータベースを自称するところの里志にでも聞くとして。
差し当っては文集だ。
「千反田。早速取り掛かろう」
「はい」
「バックナンバーは預かっているか?」
「いえ。すみません。これから調べるつもりだったので」
「気にするな」
そうか。顧問と話していたとなればその件も片付いたと思っていたが、どうやら違うらしい。千反田が言うには、文集は部活内で管理していて、顧問はそこまで深くは関与していないと。大分適当な教師だな。
まぁ部活動として保管しているなら、置いてある候補はそこまで多くない。差し当ってはこの部室のどこか。あるいは図書館か。
「千反田、俺はここを探す。お前は図書館に行って文集があるか聞いて来てくれ」
「分かりました」
素直というのは話が早くて助かる。これではどちらが部長なのか分からないが。
それから、ブツがありそうな所を一式荒らしてみたが、見つからない。少なくともここには無いようだ。
一人でやったのだから、時間はそれなりに掛かったな。千反田が帰って来ない所を見ると、まだ探しているのか。
しかし、わざわざ分担したのだ。もしも一人で運べない量なら、その時こそ俺を呼びに来るだろう。今はここで千反田の帰還を待つとしよう。
「折木さん!」
……思いの外、早かったな。俺はまだ本のページを開いてもいない。
「どうした」
何かあったのか。文集が見つかったにしてはやけに興奮しているように見える。
走って来たのだろう。千反田は深呼吸で息を整えると、見覚えのある大きな瞳で告げた。
「私、気になります!」
だから、何があった。
これは千反田から、図書館への移動中に聞いた話だ。
古典部の文集を探して図書館に行ったところ、そこには里志がいたらしい。そこで文集探しの件を伝えられ、里志は図書委員に助けを求めた。
そいつが、
それで、伊原は文集については分からないが、書庫の先生が来れば何かしらのヒントがあるかもしれないと伝え、千反田は図書館で待つことを選択した。
問題はその空白の時間である。
待つとなれば当然暇だ。千反田も、里志がいるとはいえ初対面の伊原と長時間何もないままいるのは楽ではないかもしれん。
その暇を埋めるべく里志が提案したのは、ある不思議な現象についてだったらしい。
里志曰く、愛なき愛読書。
伊原は毎週金曜が当番の為、ある日その異様さに気が付いた。
毎週金曜、ある本を生徒が昼休みに借り、放課後に返しに来るという。別に変なところは見当たらないが、確か図書館の貸出期間は二週間だ。わざわざその日の内に返す必要はない。
更にいえば、その借りる生徒は毎週変わっている。それが誰かの代わりなのか、あるいは無作為に変わっているのかは定かではないが、それを不思議だというには十分な状況だな。
当然、千反田が気になり出すのも頷ける。
そんな話を千反田から聞きながら俺達は図書館へと足を踏み入れる。
「やぁホータロー」
「あぁ」
自分の居場所を簡単に伝える為に、里志は手を振りながらこちらを向いていた。里志のいるテーブルまでいくと、まぁ順当に伊原も隣に座っている。
「よう」
「久しぶりね、会いたくなかったわ」
「そうか。なら、席を外したらどうだ?」
舌打ちを堪えて顔を背ける伊原を無視し、千反田に押されながら、俺は椅子に座る。逃がす気はないようだ。
「どうですか?折木さん」
何がだ、とは聞かない。流れを読めば千反田が何を聞いているのかは分かるからな。
しかし、何故俺がこんな所でこんなことをしているのか。いや、していないのだから、させられようとしているのか、か。
「千反田」
「はい」
「気になるなら自分で調べろ。案外、すぐに分かるかもしれないぞ」
「折木さんはもう分かったんですか!?」
何故そうなる。ニュアンス的にそうだったか?いや、単に千反田の中で俺の評価がおかしいだけだ。
「福ちゃん。折木って頭良かったっけ?」
「中の上って所かな。でも、自分の得の為の行動には凄まじいものがあるよ」
「あー何となく分かるわ」
こいつら言いたい放題だな。否定はしないが。
となれば分かってくれ千反田よ。このつまらない話を終わらせる理由が俺にはないのだ。
「折木さん、ぜひ教えて下さい」
だれも答えが分かったとは言ってないのだが。
「断る」
「どうしてですか?」
理由か。これは少々重要だ。なにせ、これで納得しなければ千反田が諦めることはない。
「例えば、伊原」
「何よ」
「俺がこの不可思議な現象の答えを教えてやるとして、いくらで買う?」
「お金取るの?払わないわよ」
「つまりそういうことだ」
「よく分かりません」
小首を傾げる千反田。なぜわからんのか。
というか、こいつ本当に成績優秀なのか?天然にしか見えん。天然を装う方にも見えん以上、彼女は本物だろう。
「つまりホータローは、わざわざ教えてやる理由がないって言いたいんだよ」
「上からね」
「里志の表現に文句を言うつもりはない。実際その通りだからな」
「理由、ですか……」
何かを深く考えるように、千反田は顎に手を添えて視線を下げる。目では何も見ていない。彼女が今集中しているのは、如何にして俺を動かすかだ。
「折木さん」
「なんだ」
「私が答えを買うとしたら、売って頂けますか?」
「ち、千反田さんっ!?」
ほう、金か。悪くない答えだ。
伊原が止めようとやや強めに立ち上がったが、今は無視しよう。
「いくら出す?話はそこからだ」
「折木、あんた本気で言ってないでしょうね」
「俺がジョークを言うメリットがないだろう」
伊原の表情は険しい。何をそんなに怒るのか。これは俺とクライアントの問題であり、今は部外者である伊原にとやかく言われる筋合いはない。
俺は視線を千反田に戻し、彼女もそれに応えた。
「今財布には三千円が入っています」
「その金額では、考え方を教えてやるのが精々だな」
「足りませんか?」
「足りんな」
伊原は依然として鬼のような形相をしている。襲ってこないのは図書館だからだろうか。ならこいつと会う時は図書館を選ぼう。殴られるのは嫌いだ。
「……分かりました」
対して、千反田は迷うことなく財布を取り出すべくスカートのポケット部分へと手を伸ばした。
「千反田さん、落ち着いて。こんなことすることないわよ」
「でも、私、気になります。それに……」
そこまで気になるのか。程度はとっくに病気の域ではないかと思い始めているぞ、俺は。
「それに、何かな?」
千反田が気まずそうに弱めた言葉を、里志が追求した。こいつはこいつで何がしたいのか。まぁ、言いかけて止められるのが気になるのは分かる。里志もそれだけの質問だろう。
「あ、いえ……。ただ、折木さんは鍵の時や幽霊部員の時も簡単に謎を解いてしまったので、きっと答えを知っているんだと思っただけです」
「何?それ」
「ホータローの探偵譚。いや、興味深い一面についての出来事、かな?」
「ごめん福ちゃん。よく分かんない」
千反田が言う幽霊部員の件というのは大した話ではない。ただ千反田のクラスで出回った噂が本当にあったのか、あったならなぜそうなったのかを解いただけだ。
もっとも、俺がしたのは解くではなく、説くだが。本当に合っていたのかは知らん。ただそれらしい事を、つまり音楽室にいた幽霊部員は実態の部員で、聞こえた引き手のないピアノはアラームだったと嘯いたのだ。千反田がそれで納得したのだから、もはや真実はどうでもいい。
「折木。もう一回聞いておくけど、本気で千反田さんからお金を取る気?」
「もう一度同じ答えが聞きたいなら随分と損な性格だな」
「折木さん!」
「なんだ」
近い。それはもう近い。パーソナルスペースという単語を辞書で引いて欲しいくらいに近いのだ、こいつは。
鼻先寸前まで近付きながら、千反田は俺の目から背けることなく続ける。
「今の手持ちはこれだけですが、後日なら折木の要求する金額を用意できると思います」
「俺は前払いしか受け取らん」
場合によるが、そんな注釈は省いても嘘にはならんだろう。なっても気にはしないが。
「それなら、倍額を払うというのはどうでしょうか」
「そこまでするなら、いっそ明日聞けばいいだろう」
「気になるんです!」
今、ここで聞かなければ気が済まないのか。やれやれとしか言えないな。言わないが。
しかし、このまま意固地に拒み続けてもいずれは千反田から物理的に拘束されてしまう可能性が高い。書庫の教師が来るまでの暇潰しのはずなのだが、一度好奇心を働かせた千反田にとっては今がメインイベントだろう。
ふむ。どうするか。
先に言ってしまえば、俺は真実など知らない。だから、俺が言えるのは証拠のない推論にも満たないただの作り話だ。
というか、どうしても知りたければ借りたヤツらに話を聞けば良いと言うのに。何とも非効率だ。まぁそいつらが今学校内にいるかが分からないからこうしている、というのもあるだろうが。
仕方ない。
「本来なら0があと一つは足りないだろうという所なのだが――」
俺の前置きに、千反田だけでなく伊原も里志も口を紡いで耳を澄ます。
「端金だ。今回は特別に誤差の分には目を瞑って、ヒントだけくれてやる」
一見様サービスというやつだ。俺にしては良心的過ぎるだろう。なんなら良い行いが転じて天から
さて……では、どうして、どうやって
前後編ということで、次回、解決編(?)です。