今回の件から俺が得るべき教訓は、千反田えるは危険だということだ。 作:江波界司
問があるなら答えもあると、そんな固定観念にも似た教育を施すことを、人は綺麗事を並べて最適解のように語る。
だが、待て。それは本当に正解なのか。
例えばそんな根拠もない言葉を真に受けて、全ての事柄に、貪欲に答えを欲する者が現れたとして。それが本当に理想の形なのか。
まぁここで日本の、人類の教育についてあれこれと語るつもりはない。
俺が語るのはいつも嘯いた、ただの嘘だ。あるいは本当のことを、さも騙したかのように語る。
俺にとって語った語りは、口から出た災いは、たとえ嘘から出た誠であってもその価値に最たる差はない。
だからではないが、俺が今から語る解決編は、そしてこれから語られるかもしれない探偵譚は、全てフィクションである。と、今更になって注釈しておこう。
真実はどうでもいい。あるのは、語られた物語だけだ。
目の前には大きな本。俺はこれにまつわる不思議を、形の上では解決しなければならない。
さてどうしたものか。
一切千反田の言い分を否定せずに話を進めてしまったからな。今、この場では、俺がすべてを知った上で黙ったいると思われている。
俺は詐欺師であって探偵じゃない。偽物であって本物ではない。
当然のことながら、俺が持ち得るものはただの偽物の何かだ。それでいい、十分だ。
俺が偽物であることも、偽物しか持っていないことも、何ら問題死することではない。
偽物の価値を決めるのは、常に人の認識だからだ。
今目の前にある謎の真相がなんであれ、俺が語る話は完成した一つの推論であり、あとは聞いた千反田がどう解釈するか、つまりどう評価するかの問題だ。極論、真実である必要はない。
真に重要なのは千反田が納得することなのだ。
「千反田」
「はい」
ウキウキという擬音が似合いそうな顔をしているな。
一応言っておくが、俺がするのはあくまでもヒントを出すところまでだ。それ以上は請け負っていないし別料金だ。
「この本を見て、あるいは話を聞いて、何か感じたことはないか?」
「そう、ですね⋯⋯。そういえば、本から臭いがします。シンナーのような、刺激臭です」
全く感じないが、こいつ一体どんな嗅覚をしている。犬か何かなのか。
それに、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「じゃあもっと根源的に、何が不思議だと思った」
「何故、この本を借りた人たちはその日の内に返すのか、でしょうか」
「そうだな、受ける印象はそれでいい。だが、見るべきところは間違えている」
「どういうことよ?」
なぜか伊原に聞かれた。お前の気になるなら金を払えよ。
「今重要なのは、何故返すかではなく何故借りるのか、だからだ」
見方が違うから、答えも違うのだ。
「……どう違うのよ?」
どうやら伊原には、というかこいつらには少し難しかったらしい。
「簡単なことだ」
そう切り出して、俺は言葉を選びながら紡ぐ。
「人が何かをする時、そこには必ず何かしらの理由がある。思い付き、義務、現実逃避に欲求と様々ではあるが」
「それは分かります。ですが、それと今回の件がどう関わるのでしょうか?」
「お前らは何故本を借りたものがその日の内に返すかを考えている。だが重きを置くのはそこではない、というか順序が逆だ」
「逆?」
首を傾げる正面の伊原と、隣の千反田。ここまで聞いたなら分かってもいいと思うのだが、仕方ない。ヒントを出すと言ったのは俺だ。
「相手の行動を順番に、逆算すれば答えが出る、ということだ」
ここでようやく、里志が何かを掴んだようだ。説明は任せるか。
「つまり、何がきっかけかを知ればその後の出来事、今回で言う『何故本を返すのか』が分かるってことだね」
「あぁ」
「なるほどです!」
「そっか。……でも待って?そのきっかけを知るっていうのがそもそも難題じゃない?手掛かりも少ないわけだし」
手掛かり、という表現がなんとも探偵譚を思わせる。何度も言うが、俺は探偵じゃない。
そもそも、手掛かりというならここにある。
「そうでもない。貸し出した相手は分かるんだろう?」
「えぇ。ここに書いてあるわ」
「全員が二年で女子、クラスは違う。さて、では彼女らの目的はなにか」
「それが分からないから困ってるんでしょ」
別に答えは期待していない。前説というか前振りと言うやつだ、気にするな。
「なら次だ。何故が分からないなら『いつ』から考えればいい」
「いつ、ですか?」
「そうだ。昼に借りて放課後に返すのでは、どう考えても休み時間で使うには短い。となれば」
「授業ってこと?」
「あぁ!なるほどね」
どうやら里志は勘づいたらしい。まぁデータベースならこれくらいできるか。
「どういうこと?福ちゃん」
「芸術科目だよ。2年なら五限目に入ってるんだ」
「芸術科目は学年で行いますから、クラスが違っても共通しますからね。以前私が折木さんと会った時みたいに」
「なるほどね。ということは、この人達はグループで借りに来てたってことになるわね」
ここまで来れば分かるだろう。俺はそういう事だとだけ言って目を閉じる。あとは勝手にやれ。
「ですが、芸術科目で本を使うでしょうか」
「あ、美術じゃない?ほら、絵のモチーフに」
「それなら千反田さんが言ってた刺激臭の正体も分かるね」
「なるほどです!」
「ねぇ千反田さん、美術室に行ってこない?折木の推理が当たってるか気になるし」
「いいですね!私も気になります」
「そういうことで福ちゃん。留守番お願い」
「え、えぇ?」
「だって受付を開ける訳にはいかないでしょ?折木に頼むとお金せがんで来そうだし」
「はぁ〜。分かったよ、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
千反田と伊原が出ていくのを見届けてから、俺は頬杖をついてもう一度目を閉じる。あいつらが帰ってくるまでは、休めそうだな。
✕✕✕
どうやら俺の推測は間違っていた。いや、間違っていたのは本の件に関するあれこれではなく、今ここに安寧がないという一点についてだ。
「ホータロー、さっきの話ってさ」
ニヤニヤと、また俺を試すように、あるいは嘲笑うように里志は気味の悪い笑みを浮かべている。この場合気味が悪いではなく気持ち悪いなのかもしれんが、俺が良い感情を向けていないならば同じことだ。
「なんだ」
「さっきの話、どこまでが本当で、いつから分かってたんだい?」
やはり聞くだろうな。好奇心とは別の部分でこいつはよく踏み込む。俺と付き合いが長いからこそそういった遠慮がないのもあるだろう。そう考えると、千反田のパーソナルスペースはどうかしているとしか言いようがない。
「里志よ。一体俺は、いつ、どこで、『分かっている』なんて言ったんだ?」
「ははっ、確かに。ホータローは一度も分かったとは言っていないね」
ということは、と勝手な推測を続ける里志。別に止める気はない。むしろ変に止めるよりさっさとあいつの中で解決させてやった方が早く終わる。経験則だ。
「さっきのは全て作り話ってところかな。どのタイミングで思い付いたのかは分からないけど」
「嘘は即興に限る。もっとも、本気で騙すなら別だがな」
俺の返答に、里志は無駄に上機嫌だ。こいつはこういう類が好きだからな。
ジョークは即興に限る、禍根を残せば嘘になる、と普段から言っている奴に意趣返しのように言うのは、里志からすれば面白い展開だと笑うしかないだろう。
「しかし、解せないねぇ」
「なにがだ」
「あそこで料金を取らなかったことさ。もし摩耶花が止めても、千反田さんなら払ったと思うよ?」
確かに、金額を下げたりそもそも取らないというのは俺の理念に反しているようにも見えるだろう。だが、そうでもないのだ。
千反田える。あいつは何かしら抱えているものがある。それがなんであれ、奴1人で解決できないものなのは確かだ。
ならば、そこに付け入るのがベストな選択と言えよう。
だから、まぁ、今回はお試しというか、俺がどんな方法でどうするかをあいつに知らせておくだけでいいのだ。
「俺は人の良心とか、生まれ持った優しさなんてものは信用していない」
「答えになってないよ、ホータロー?」
答える義理はない。もし答えて欲しければ金を払え。まぁ本当のことを語るかは分からないが。
そして今回も、俺が語った嘘はそのまま嘘なのか、はたまた現実に即したのか。分からんが、どうでもいい。
真に重要なのは真実でなく、語られた事実と、聞き手の心象なのだ。
千反田は俺を欺かないだろうと信じ、俺は信じるだろうと信じて欺いた。それは俺が真実を語っても嘘を語っても変わらぬ事実だ。
まぁしかし、たとえお試しで騙したとしても売上がないのでは少々割に合わないか。実際、三千円という小遣いのような小金分は損をしているわけだしな。次からは試す間もなく騙してやろう。
今回の件から俺が得るべき教訓は、やるなら徹底的にすべきだと言うことだ。
✕✕✕
後日談。
いや、後日ですらないことで後日談を語るのは少々嘘も行き過ぎか。
結局のところ、図書館に古典部の文集は存在しなかった。文化祭に出す為に始めたバックナンバー探しは振り出しに戻ったことになる。
千反田と伊原が言うには、どうやら美術室に例の本をモデルにした絵が置いてあったという。俺の嘘は嘘ではなくなったというわけらしい。
前にも言ったが、別に嘘が真実であることも嘘のままであることも言及するだけの意味はない。
俺は千反田を騙した。その意思と事実があれば、詐欺は成立するのだ。ついた嘘の先の話など、どこかのお人好しな半人前の半人類にでも任せておけばいい。俺は任せるまでもなく切り捨てるが。
まだ続きます。
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