今回の件から俺が得るべき教訓は、千反田えるは危険だということだ。 作:江波界司
今回、あの方が登場!
俺の行動理念に従えば、休日はどこかの馬鹿でも適当に騙して適当にその日を過ごすのが俺らしい。
だが、まぁそんなことは諸事情で不可能だ。
理由はいくつかあるが、やはりあの不敵で無敵な姉の存在が大きい。一体どうやって仕入れるのか定かではないが、俺が誰かに詐欺を仕掛けたと知れば即刻帰国して問い詰めに追い詰めてくるだろう。
そんな訳もあり、俺は最低でも高校卒業までは真に自由とは言えない。この日本に生まれて、生まれ直している以上真の自由なんてものが手に入るとは思えないが、今より不自由にはならないはずだ。俺がヘマさえしなければだが。
まぁ、なにが言いたいのかといえば、俺の休日は予定も未定の定休日だということだ。つまりは暇だ。
別に暇であることに不満はない。すべきこともすることもない自由は一切の制限がなく、そこには損さえ存在しえない。こういった休みという退屈な日常は、平和と安寧の象徴だ。
そんな折、家内電話が鳴り響く。
どうやら安寧とは幻か、はたまた偶像らしい。
✕✕✕
「もしもし。そちら、折木奉太郎さんのお宅で宜しかったでしょうか?」
「いえ、私は貝木と言います。貝塚の貝に枯れ木の木で貝木です」
「あ、すみません。間違えました」
取った受話器からは通信の切れたプーという音だけが耳に届く。本当にきったか。
別に嘘は言っていない。俺は折木奉太郎である以前に貝木泥舟だ。もっとも、この世界では有り得ない嘘だが。
数秒の後、また電話が慌ただしく鳴る。再度掛けて来たところを見ると、それなりの要件らしいな。わざわざ土曜である必要があるのかは、聞けば分かるか。
「もしもし。そちら、折木奉太郎さんのお宅で宜しかったでしょうか?」
「千反田か」
「はい。……よかったぁ……」
何やら安堵が零れているが、まぁいいか。
既に分かっていたことだが、俺の休日の休息を邪魔しようとしているのはあの千反田えるだ。本人にその自覚はないだろうがな。
「わざわざ休日に何の用だ」
「実はその……折木さんに手伝って頂きたいことがありまして」
手伝いか……。思っていたものとは大分違うようだが、千反田の方にも事情があるやもしれん。
まぁもしも割に合わないことなら直ぐに断ろう。あいつなら余程の事でもない限り拘束はしないはずだ。
今回の件がただの好奇心から来ていないことを祈るばかりだな。
……俺は神など信じないが。
千反田が待ち合わせに指名したのは荒楠神社。ここら一帯では有名な神社で、俺も直接行ったことはないが場所くらいは知っている。
電話越しに聞いた話には、どうやらそこの娘と千反田は知り合いらしく、昔からの付き合いもあるらしい。それで、何かしらの困り事のようなものが起きた。と、これは俺の推測だ。千反田が詳しくはそこで話すと言っていたからな。言及もできなかった。
四月後半とはいえ季節的にも暖かな為、俺はなかなかの軽装で石造りの階段を登る。それなりの段数がある様で、神社本館があるであろう頂上はもう少し先だ。
神社の階段。そこから神社の怪談、神の社の怪談と、くだらない連想をしながら暇を潰す。
もとよりそういった類は俺の専門ではない。そもそも専門家ではない俺だから、神や神社に纏わる面倒ごとは遠慮したい。だが、こうして赴いている時点で神社に関わることは決定しているのだから、全てはあとの祭りか。
「こんにちは」
「……どうも」
登り切った階段の先。本館へと続くであろう一本道の中央には一人、巫女なる存在がほうきを持っている。
巫女、か。なんともまぁ、実際に会ってみればなんてことない少女だな。大人びて見えるが、年齢的には今の俺とそうは変わらんだろう。
「折木くん、ね?えるから聞いているわ。手伝いに来てくれたのよね?」
「まだ決まっていない。俺は取り敢えず話は聞くと言っただけだ」
「そう。じゃあ着いて来て。えるの所まで案内するわ」
巫女姿の少女の後ろを着いて歩き、俺は千反田がいるという建物に足を踏み入れる。
通された部屋には千反田が静かに座っていて、あとは何もない。正確にはお茶や茶菓子やテーブルがあるが、そんなものは語るまでもない程どうでもいいことだ。
「折木さん。こんにちは。お呼び立てして、申し訳ありません」
「気にするな。それで、話はなんだ」
「それは、かほさんが来てからでもいいでしょうか?」
かほ……恐らく千反田の知り合いのことだろう。
それにしても、千反田らしくないな。なんというか、いつもとは違う。厳密に何がと言えないのが物苦しいが、とにかく違和感のようなものがあるのだ。
「構わんが、そいつはいつ頃来るんだ?出ているのか?」
「会わなかったんですか?」
「いや、会っていたとしても、名前も顔も知らない相手と会ったと自覚はできないだろう」
俺の言葉が千反田へと伝わり、彼女が何かしらの文言を返すよりもいっしゅん早く、俺の背後の戸が開かれた。
「お茶とお茶菓子、持って来たわ」
そう言いながら入って来たのは、先程俺を案内した巫女姿の少女。一度千反田の方へ視線を送ると、なるほど、彼女がそうらしい。
かほが持って来た茶筅をテーブルに置き、俺達は話を切り出すべく座り直した。
「折木さん。こちら十文字かほさん。ここ荒楠神社の巫女さんです」
まぁ、だろうな。
「かほさん。こちら折木奉太郎さん。前にも話しましたが、私と同じ古典部です」
「よろしく」
「あぁ、こちらこそ、よろしく」
小さく頭を下げた十文字に応えるように俺も所作を真似る。
十文字と聞けば里志の言っていた桁上がりの四名家を浮かべるが、そんなものは今ここで何の役にも立たないな。役に立たないな、里志。
にしても、なんだこの構図は。いや、システマティックな観点からすればなんてことのない配置ではあるが。
テーブルを挟んで向かい合うのは俺と十文字。それぞれの共通の知り合いということで千反田は俺達の間に入るようにテーブルの端に位置している。なんだこれは、お見合いか。
一応、千反田も十文字も容姿は整っている。一介の高校生であれば何かしらの感情を持つのだろうが、心だけが大人の俺に初々しい高一の反応は期待しないで欲しいものだ。
「まぁとにかく、話というのを聞こうか」
俺は十文字がいれたであろう茶を舐めてから、掻いた胡座を直さずに問うた。千反田と十文字は姿勢のいい正座をしているが、畳の上でどう座ろうかなどまで言うほどここは厳しい修行寺ではない。というか神社だ。
「私から話すわね。この神社はそれなりに大きけど、まぁ町の神社って感じだから。地域の人達とも繋がりが強いの」
やはり話とは神社本体に関わるのか。予想通りとはいえ、憂鬱だな。
「それで?」
「繋がりがあるから付き合いもあって、家の両親とか神社で働いてる人達もよくご近所さんと話すことが多いの。それで聞いた話なんだけど。ここ最近、この辺りで神隠しが起こってるらしいの」
「……」
神社に、神に纏わる話にいい思い出はない。そもそも俺にいい思い出と言えるほどの思い入れは神社に限ることなくないが、中でもこういった話は良くない。
「噂や都市伝説の類いか?」
「いえ、それが本当らしいんです」
十文字に聞いたはずだが、答えは千反田から帰ってきた。なんだ、いつものあれか。
「というと?」
「うん、本来に聞く神隠しとはちょっと違うみたいなんだけどね。人攫いなんてことはないけど、この辺りでよく物が無くなるらしいの。最初は皆偶然だと思ってたみたいだけど、立て続けに起こってるのはおかしいって」
神隠しが実際に存在するのかといえば、あるかもしれないし、無いかもしれない。つまり五分五分だ。それが俺の知る、というより俺の知る者達の知るものの法則に則っていればだが。
十文字は最近と言っていた。ならばこの神隠し、もしくはそれに準ずる現象が起きているのは最近だ。
「その物が無くなるという話が持ち上がったのはいつ頃からだ?」
「増え始めたのは本当に最近だけど、遡れば先月くらいから」
仮にこれらを怪談のような都市伝説と区別するなら、それはつい最近になって出来た作りたての作りかけ。一ヶ月半でできるものなら大した影響力も浸透力もない、放っておけばいずれ消える風の噂だ。
「まぁ話は大体分かった。それで、俺は何を手伝わされるんだ?」
「折木さん」
あぁ、もう分かった。というか話し始めた時点で察しは着いている。
千反田える、噂、すなわち謎。それらを繋げるならば、こうだろう。
「私、気になります」
俺の祈りは届かず、今回もまた、ことの発端は千反田えるの好奇心である。やはり神なんてものはいないな。だから俺は信じない。
ミステリー、になってるんですかね。
考えながら書いているのでどうしても更新に時間が空いてしまいますね。すみません。