今回の件から俺が得るべき教訓は、千反田えるは危険だということだ。   作:江波界司

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前回の続き、解決編(?)です。


詐欺師と神隠し 002

 俺が出会った当初千反田に抱いた印象は概ね正しかった。

 やはりこいつは危険だなと、改めて教訓にしなければならないと思えるほどに、面倒な相手だ。

「……なぁ十文字」

「なに?」

 いつの間にか鼻先が触れる寸前まで近付いている千反田から離れるように、俺は話す対象を変える。

「仮にこの神隠しなる騒動、いや騒動にはなっていないが。ともかくこの件を片付けるとして、一体何のメリットがある?」

「私は巫女だから、そういう立場で言わせてもらうと。神隠しっていうと神社に仕えてる者からすれば悪い噂、に近いものだから。真相があるならどうにかして欲しいっていうのはあるわね」

「違う。俺が得られるメリットの話だ」

 荒楠神社の周辺で起きた物の消失。それらを掛け合わせれば神隠しなどという大袈裟な呼び名に発展してしまうのは想像にかたくない。逆にいえば神社側の望まぬ結果であることも、そういう意味では理解しやすいだろう。

 だが、それらと俺が動く理由は一切関係がない。というか、一寸たりとも存在しない。メリットがないものを、わざわざ休日にするのでは割に合わなすぎる。

「そうね、確かにメリットはないわ。でも、デメリットはあるかもね」

「ほう」

「実は折木くんに出したお茶とお茶菓子、結構値の張るものなの。出した身からすれば、えるみたいに手伝ってくれない人にタダであげるには惜しいわ」

 やってくれるな、つまりは買収か。

 茶菓子はともかく、お茶の方は既に手を付けている。あるいは口を付けている。

 手伝う気がないなら料金を払って帰れ、か。巫女や神職の割に、中々黒いことをするものだ。

「ちなみにいくらだ?今手持ちはそこまで多くないんだが」

「それはえると私の相談を断るってことでいいのかしら?」

 やれやれだ。千反田が本能で動くなら、十文字は知性で動いている。千反田の口車にまんまと踊らされた俺の負けか。いや、負けた気も負ける気も全くないが。

「そうか。なら、千反田よ。お前の分の茶菓子も貰っていいか?」

「えっと……、はい。どうぞ」

 千反田が差し出した皿の上にある羊羹に楊枝を刺し、ゆっくりと一口大に切っては口に運んで咀嚼する。用意された茶も飲みながら茶菓子を食べ切ると、最後に湯呑の中の湯を飲み干して味わう。

「いいだろう。受けてやる」

 さて、では仕事に取り掛かるか。

 

 

 

 

 今回の依頼、千反田えると十文字かほから請け負った仕事は極めて単純だ。

 すなわち、自分たちを含む町民全員を騙して欲しいということ。俺には朝飯前だ。茶は貰ったが。

 とはいっても、荒楠神社周辺の全ての人間を騙すのはそれなりに面倒な話だ。本来俺が動くのに必要な額を請求すれば、たとえ高い茶や茶菓子でも足りんだろう。

 だが、まぁ、今回はツケといてやる。俺を欺くまではいかなくとも陥れた十文字。あいつには借りができたので、かならず数倍にして返してやろう。いや、返してもらおうか。

 では仕事の話だ。

 まずは情報収集からだが、今から階段を降りて町内を巡るのは非効率だし不都合だ。なので今ある最も信頼できる情報源に活躍してもらう事にしよう。

「十文字、いくつか聞きたい」

「えぇ、どうぞ」

「物が無くなるといったが、具体的にはどんなものが無くなっているんだ?さすがに車が消えたと言われたら驚くが」

「そこまではないわ。あくまでも小物とかね。シャープペンシルやボールペン。他にも文房具は無くなってるみたい。あとはハンガーとか、ネックレスみたいな装飾品。あ、財布なんかもあったわね」

「財布ですか。無くなった人は大変でしょうね」

「かもね。でも、たまに道で落としたってこともあるみたいだから、全部が全部神隠しと関係があるってわけでもなさそう」

「なるほどな」

 小さいものだと指輪なんか、大きくても財布か。

 実は連続空き巣が発生しているという方が神隠しなんかより余程説得力があるのだが、なぜそういった話が挙がらないのか。

 いや、そうか。財布や装飾品はともかく、ハンガーや文房具を取るほど(こす)い泥棒もいるまい。カモフラージュにしてもおざなりだし、するならするで、もっと上手くできるはずだ。

「というか、ここまで噂が立っていて警察は動かないのか」

「いくら警察でも明確に犯人がいると断定できていなければ捜査の仕様がないと思います」

「うん、そうね。それに聞いた話だけど、一応この辺りでの巡回は増やしてるみたい。でも、そもそも空き巣犯がいる可能性は低いらしいわ」

 まぁ、だろうな。いくら宝石類や財布を盗んでも得られるのは端金だ。どうせ犯罪に染める手があるならもっと高価な物に手を出すだろう。

 人為的な理由でない、とするなら自然災害か。物が無くなる自然災害なんてものが存在する気はしないが。

 あるいは本当に神隠しなる現象が起きている。……分からん。もしおきているのだとして、それを裏付ける証拠もなければ根拠もない。それらこそ神にでも隠されているのか。笑えぬ冗談だ。

「もしも一日二つや三つ、物が無くなり場所を移動しているとして……」

 何故かそんな独り言にもならない言葉に千反田が食いつく。どれだけ気になればそんな風に動けるのか。

「一ヶ月続けば六十やそこら。それだけの物が無くなって一つも見つからないなんてことが有り得るのか」

「あぁ、それ。言い忘れてたというか言いそびれてたけど。厳密には返ってこないわけじゃないの。それこそ道端に落ちてて、いつの間にか落としてたんだって事もあるらしくて」

「ふむ……」

 つまり神隠しではなく偶然の連鎖か。しかし偶然で片付けるには少々難題だ。まず千反田が認めないだろうし、これだけの規模で起きているものを偶然で貫くのは人の心とか感情とかいった部分が邪魔をする。

 午後から来ていることもあって、ふと見上げた空には日がない。日が差していないのではなく視界にないというだけだ。いくら夏への季節が流れているとはいえ、日もまた規則的に動く。真上にあった太陽の代わりに、今はまばらな鳴き声を響かせる小鳥がぽつぽつと雲を縫っている。

 物が無くなるのは人の手にあらず、されど自然なものではない、か。

 ここまでくれば、もういいだろう。

「千反田。少し頼みがあるんだが」

 俺はそう切り出して、十文字を含む二人の注意を向けさせた。

 

 

 

 

 

「折木さん!分かったんですか?」

「まぁ、一通りの説明はつくだろう」

「へぇ、是非聞かせて」

 千反田だけでなく、十文字も面白そうなものを見る目をしている。案外根のところは似ているのか。ないな、恐らく。

 しかし、どこから話そうか。俺は解決編を語れるほど雄弁ではない。なにせ、口から出るのはでまかせのデタラメだけだからな。

「そうだな、取り敢えず。十文字、今回の件は先月くらいから起きていると言ったな」

「えぇ」

「先月くらい、つまり三月くらいからだ。三月から四月に掛けてあるものはなんだ?」

 あまりにも抽象的すぎる問いだが、二人は存外真剣に考えているようだ。

 少しの間が空いた後、千反田から声が上がる。

「新学期や進学など社会的に見れば年度の始まり、でしょうか?」

「まぁそうだな。ある意味、準備や初めての始めで忙しいとも言える」

「あとは、そうね。季節が春ってことかしら?気温が上がるとか」

「否定はしない。事実ではあるからな」

 知識がある者らしい答えだな。であるならもう少し絞った目線で答えてもいいが、範囲を決めていない俺が言うことではないか。

「十文字が聞いた話だと、無くなる物は小さいものがほとんどで、一番大きくてもハンガーだ。中にはアクセサリーなどの光り物もあったと」

「折木さんは空き巣の可能性を考えていましたが、それも無いとかほさんが言っていましたね」

「そうだ。つまり人為的な理由ではなく、同時に大規模な消失でもない。起こった範囲はそれなりだが、消えるものは普段の生活でも無くしかねないものだからな」

「けれど、それがどうしたの?」

「簡単な話だ。人でも自然災害でもなければ、残るは……動物による被害くらいなものだろう」

「あっ!」

 千反田が思わずといった風に声を上げる。いくつか分かりやすくヒントらしきものを散らして話したからな。

「カラス、ですね?」

「える、どういうこと?」

「三月から四月はカラスが巣を作る期間なんです。カラスは他の鳥と違って巣の材料に統一性がありませんから、よく人の使う物も奪っていくそうです」

「それに、カラスは光り物が好きだなんて言うしな」

「でも、だからカラスの所為って決め付けるのは早いと思うけど」

 確かに。十文字の言う通り、カラスはどこにでも居るからこそ、こうして被害がある地域に集中するのは不自然のように思える。

 が、今回の場合、この地域の場合はそうでもない。

「千反田。カラスが巣を作るのに選ぶ場所はどんなところだ?」

「人があまりいない所ですね。大きな木や、高い電柱なんかによく見かけます」

「そうだ。そしてこの地域、もっと言えば荒楠神社周辺で最も人が来ない場所といえば、ここ(・・)だ」

 十文字が少しばかり怪訝な表情を浮かべる。俺が間接的に人が神社を訪れないと言っているような言い回しだったからな、無理もない。

「十文字、他意はない。店や町中と比べれば、高台である神社は人が少ないだろう」

「それは、確かにそうね」

「それにここは木も多い。カラスが巣を作るには絶好の環境だ。そうなれば」

「荒楠神社の周辺から巣の材料を集めるから、ここ一帯で物が無くなるんですね?」

「まぁ、そういうことだ」

 千反田は満足そうな表情を見せ、十文字の方も落ち着いたようにこちらを向いている。一段落か。

「そう言えば、折木さん。私に頼みたいことがあると言っていましたよね?」

「ん、あぁ。千反田、出来ればでいいが外に出て見て来てくれないか?俺の推論通りなら、カラスの巣があると思うんだが」

「なるほど」

 千反田は納得すると立ち上がり、戸の持ち手に手を添える。開ける寸前で振り返ると、こちらへ笑顔で一緒に行かないかと問うた。

 俺は頭を使って疲れたと言い訳をし、直ぐに向かいにいる十文字を見る。彼女もこちらを伺っていたのか、一瞬目が合った。

 お互い不自然にならないように目線を逸らすと、十文字もお茶をいれなおすと柔らかく断った。

「では、行ってきます」

 千反田が優しく閉めた戸の音を最後に、部屋には静寂が訪れた。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 なんてことはない。今回もまた、俺が語った言葉は根拠すら捏造した戯言だった。

 千反田を納得させるなど簡単なことで、こうして積み上げた正解のないピースを隙間なく見せれば、神隠しなんていう大仰な呼び名は呆気なく現実的な事象に変わる。

 だが、今回騙せたのは恐らく千反田だけだろう。つまり、十文字かほを、俺は騙せていない。

 俺が騙せない人間などいないが、そもそも十文字かほを騙すのは今回に限っては不可能だ。

 なぜかと言えば、彼女が既に嘘をついている。あまりに大胆に、そして身の程知らずに、俺に対して。

「十文字」

「なに?」

「お前は、千反田と親しいんだっな」

「えぇ、そうね。入須程じゃないけれど、昔からの付き合いよ」

「そうか、なら――」

 別に彼女の嘘を暴く必要などない。だが、負けてすらない俺を負かしたように思われるのは心外だ。

 よって、今からどちらが勝ったかを教えよう。本当に勝ち負けが存在するかはどうでもいい。

「今回俺を騙そうとしたのは、あいつの頼みか?」

「……」

 沈黙もまた答え、などと言うつもりはないが、答えられないのは堪えられないだろう。

 ついでに一つ教えておくと、今の反応が最後の決め手だ。

「神隠しの話、よく作り込まれているな。千反田にはできない。出来るとすれば、お前くらいなものだろう」

「何が言いたいの?」

 まだポットにお湯が入っているのだろう。テーブルの隅にあるそれからお湯を注ぎ、茶筅の中から茶葉の香りが香る。

「なに、単純なことだ。そしてつまらないことだ。今日の件、全ては千反田と十文字が作った芝居、というか話だな。千反田は芝居には向いていない」

 恐らく千反田は十文字に俺のことを話したのだろう。それがどんな内容だったのかを詳しく知ることは今のところできないが、十文字はその話を聞いてあることを思いついた。

「神社から神隠し。安直だが、だからこそバレにくい。噂とは存外そういうものだ。中身についても抜かりはないな。仮に民家へ出向いたとしても、一度や二度無くした事のあるであろう候補を上げている。あるいは、本当にそういう話があって、お前が上手く編集したのかもしれない」

 知性があり、考える力がある。千反田とはまた別のところで彼女も優秀なのだろう。

 だが、知らずとも騙し合いで詐欺師と相対すには、やはり力不足だ。致命傷ではないにしろ、彼女はミスをしている。

「しかし甘かったな。お前は最後まで、自分も神隠しに会ったとは言わなかった」

 その一言があれば、俺の考えも少しは軌道を変えていただろう。

 何故その一言が重要で、そして十文字がそれでも言えなかったのかと言えば、単に証拠がないからだ。

 もちろんこの話自体、聞いた話の統合ではあるが、自分自身あるいは自分の家族の事を差し込めば調べられるリスクがある。神職でもある両親を巻き込むのは、流石に躊躇われたのだろう。

「俺は千反田にカラスが原因だと嘘をついたが、それをお前が責めるのはお門違いだろう。お前もまた、俺を騙している。告げて千反田に叱られるのは、お互い様だ」

「……」

 さて、どうくるか。一見して、そして一貫して冷静な彼女だが、こうして正面から何かしらの負けを告げられるのは多少なりとも感情が動くと思うが。

「……面白い推理だ、君は小説家に向いているんじゃないかな?」

「そうだな、俺が書いた本なら爆発的に売れるだろう。その時は日本中に詐欺師が現れるだろうが」

 努めて清楚な趣の少女は、僅かな間を開けて破面した。その笑顔は控えるように大人しいが、受ける印象は歳相応の少女だった。

 

 

「ところで……」

 熱いお茶の入った湯呑みを渡しながら、十文字は俺に問う。

「私がついた嘘、なんで分かったの?」

 確かにそうだな。俺は暴きこそすれ、その道筋を語っていない。まぁ語る必要もないんだが。

「実は俺は甘党でな」

「へぇ、それで?」

「和菓子にはうるさいんだ」

 あまりにも、それこそ十文字がついた以上に大胆な嘘を、俺は何とも思わず口に出す。勿論動揺なんてする筈もなく、ごく自然に茶を口に運ぶ。

 十文字はそれだけで察したらしく、それ以上追求はしてこない。ふむ、静かな休日とはこうあるべきだろう。まぁ、俺にそんなこだわりはないのだが。

「でも、貴方らしくないんじゃない?」

「何がだ」

「えるから聞いた折木奉太郎は、お金の為に動くって言ってたけど」

 俺は十文字が出した茶と茶菓子を決して高くはない物だと評価した。十文字自身が何とも言っていないため、俺の評価は覆ることは無い。

 故に、今回の仕事は赤字だと言いたいのだろう。

「そうか。なら千反田の分まで払って貰おう」

「お金は出さないわよ」

「いや、今回に限り、一つだけ質問に答えてくれればいい」

「どんな?」

 十文字は本当の事を答えるだろうか。分からんが、仮に嘘でもそれが価値のある言葉になる場合もある。

 嘘であれ真実であれ、今から聞く言葉には価値があるはずだ。

「お前から見て、千反田えるはどういう奴だ?」

「……」

 まぁ聞かれるとは思っていなかっただろう。

 十文字は一度目を見開いたが、すぐに見慣れた表情のまま黙考した。そして、十秒程置いてから顔を上げる。

「素直で実直で、真面目で優しい。少し頑固だけど好奇心の強い子、かしら」

 頑固で好奇心旺盛。矛盾しているようで、していない。目移りはするが、見つめた先は一直線、といったところか。

 十文字は俺が解決編のような語りを始めた時のように、また試すような笑みを見せる。さて、今のどこに嘘があったか、と言いた気だ。

 悪いがそこまで付き合うほど俺はサービス精神を持ち合わせていない。勝負したければ追加の料金を請求するぞ。

 今回の件から俺が得るべき教訓は、十文字かほは負けず嫌いだという事だ。

 

 

 

 

 

 




作者に推しキャラはいません。ですから十文字さんがやけに千反田より扱いがいいとかはありません。本当です。嘘じゃないです。
ネタバレ防止ではないですが、メインキャラは話が進む度にタグに入れよう考えています。
一応、文化祭編くらいまでやろうとは思っています。
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