赫炎と蒼氷   作:bear大総統

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第1話

 伐刀者──そう呼ばれる存在がこの世界にはいる。

 彼らは古来は魔法使い、魔女などと呼ばれていた存在であり、見た目はごく普通の人間となんら変わりない。唯一違う点とすれば魔力と呼ばれるエネルギーを自在に操ることができるということだ。

 

 その魔力の特性は千差万別、時間操作といった神の御技にも匹敵するような能力を持った者や重力を自在に操るもの、最低でも身体能力を超人レベルにまで向上させることができたりと、この世界はもはや彼らなしには回らず、国防の要を担う存在になっている。

 

 中にはたった一人でひとつの国家勢力と同等の力を持つ者もいる、と言えば彼らの強大さが伝わってくれるだろうか。

 

 そんな彼らを育成し、《魔導騎士》という社会的立場を与える専門学校のひとつであるここ──破軍学園の模擬戦場に彼はやって来た。

 

「……ん、なんだ、この空気?」

 

 ドーム型の空間に彼の間抜けた声が響き、この模擬戦場にいたすべての人間──おおよそ30人くらいだろうか──の視線が彼の身体に集中する。それは彼が特別容姿が優れていただとか、人の目を引き付ける圧倒的なカリスマがあったわけでもないことは、他ならぬ彼が自覚した。

 

 身長はごく平凡、170センチをわずかに上回るほどだろうか。しなやかな肉食獣のような筋肉を、破軍学園の制服に身を包んでいる。赤のメッシュが入った黒の短髪、その奥から覗くのはメッシュと同じ紅蓮の瞳。

 

 あくびを噛み殺しながら彼は言うが、それはそうだろう。なにせ彼は約1時間もの遅刻をしてこの場にやって来たのだから。

 

「えっと、とりあえず名前を聞かせてもらえるかな?」

 

「あぁ、すみません。緋宮、緋宮獅童(あけみやしどう)です。黒鉄厳支部長の推薦で編入試験を受けに来たんですけど……俺、なんかやらかしましたか?」

 

 周りの空気が死んでいる事を察したのだろう、彼は恐る恐るといった様子で訪ねるが、前述の通り彼は試験開始時間を一時間もオーバーしてこの場所に現れた。そんなことをすれば問答無用で追い返されるのが当たり前──当たり前ではあるのだが、彼に話しかけた試験官である折木有理は思い悩む。

 

 それは彼が告げた『黒鉄厳』という名前が原因である。

 日本では知らぬものはいないだろうというビッグネーム、黒鉄厳は国際魔導騎士連盟日本支部長という字面からもわかる通り、日本の魔導騎士を統括する立場にある重鎮中の重鎮だ。

 

 それこそ、彼の名前を告げるだけで昨年ならばパスできた──それどころか特別待遇で迎えられていたことだろうが、今年から理事長に就任した新宮寺黒乃は完璧な実力主義を敷く女傑。ただの書類一枚ではパスできない試験になっていることは、試験内容からも伺い知れようものである。

 

 しかし黒鉄厳の推薦でやってきた彼に対して門前払いすることも問題ではあり、一教師の彼女では判断できない案件である。

 

「……よし。あのね、緋宮君。その、君は……試験開始から一時間遅れてここに来たんだよ」

 

 とりあえずは正直に今置かれている彼の立場を説明しようと、嘘偽りなく獅童に告げると彼は「うっそだろ!?」と驚愕しながら、私物であろう腕時計を見ると頭を抱えた。

 

「しまった、昨日まで中国にいたからその分の時差が……!!」

 

 中華人民共和国と日本の時差はジャスト一時間。普通なら飛行機の中などで時計を日本の標準時間に会わせなければいけないのだが、彼はそれを失念していたらしい。

 現在は10時50分であり、試験開始時間が10時からであるため彼の時計が正しかったのならば10分前の到着になっていた筈だったのだ。

 しかし現実は非情であり、彼が遅刻したことには代わりがない。

 本来ならば新入生候補も編入生候補も平等に扱うべきなのだが──彼女の心底からの優しさと黒鉄厳の名が彼女から妥協案を引き出した。

 

「──緋宮君。流石に一時間も遅刻をしておいて、ただで君の試験をこれから始めるねって訳にはいかないの。人々を守る立場にある騎士である私達は、遅刻はどんな理由があろうと言語道断だしね」

 

「ですよねすみません」

 

「……でも、国際魔導騎士連盟日本支部長ともあろう方の推薦を無下にするわけにもいかない。だからそれなりペナルティを背負って試験を受けるというのなら、君の受験を認めます」

 

「マジっすか!?」

 

 そこで彼の顔色が一気の明るくなった。なにせ編入試験を受けられるかどうかも怪しかった──というか彼女の言葉からすれば普通は受けられなかっただろう──ところからの折木の言葉は正しく渡りに船である。

 

「でもペナルティかぁ……自分で言ってみたけどこれといって思い付かないなぁ」

 

 そもそも入学試験というものがある騎士学校など破軍学園くらいのものである。その他の学園は伐刀者の素質さえあればすべての者を出迎えるが、破軍学園は違う。

 他の学園にはない全寮制に加えて支援金による衣食住の保証、加えて学費の全額免除を全学生に対して行っているため、ある程度の選定が必要なのだ。

 そして試験の内容も『自分の好きなように試験官にアピールする』といったアバウトなものであり、明確な合格基準があるわけでもないので、基準を引き上げるといった分かりやすいペナルティを課すこともできないのである。

 

「なら先生。こんなのはどうですかね?」

 

 そこで彼は折木どころか、この場所にいた入学試験を受験しに来た学生ですら目を剥く事を言い放った。

 

 ──現在入学試験を行っている試験官全員との真っ向勝負。

 それに勝利することができたら自分を破軍学園に編入させてくれ。

 

 そんな馬鹿げたことを。

 

◼️ ◼️ ◼️

 

(そんなことできるわけが……!!)

 

 獅童がいる模擬戦場で警備をしていた人間が、他の試験会場の警備員に連絡を取りあっている。

 そんななか銀髪碧眼の小柄な少女であり、彼の推薦者である黒鉄厳の娘──黒鉄珠雫(くろがねしずく)は彼の言葉を無謀であると下した。

 

 様々な角度から襲ってくる攻撃に連携まで合わさるそれに対して、回避なり迎撃なりを行うためには、自分を囲む全員に対して警戒をしなければならず、それをすれば一人一人に倒する注意力は散漫になり付け入る隙を生む。非伐刀者の戦いですら常識とも言えるそれは伐刀者の戦いとなれば、その難易度はさらに羽上がる。

 

 霊装と呼ばれる自身の超高密度の魔力で構成された武装は剣や槍など千差万別であり、そこに伐刀者を魔法使いたらしめる伐刀絶技と呼称される超常の力まで加わるのだ。それら全てに対処するのは至難の技である。

 

 そして自分達はまだ騎士ですらない身、対して相手はプロの魔導騎士である。当然踏んできた場数も比肩することはなく、技術も遥かに上。そんな相手を複数人相手取るなど無謀を通り越して愚行と言わずなんと言おうか。

 

 だというのにそう宣った彼は口笛を吹くなど、動揺しているお前達の方が馬鹿なのだと言わんばかりの態度だ。

 

「ねぇ、緋宮君。一つ聞いて良い?」

 

「なんでしょう?」

 

 そんな余裕綽々の態度の彼に折木が彼に言う。

 

「なんで君はこんな無茶をするのかな? 実力を証明するだけだったら私に勝つ、でも充分だったんだよ?」

 

「勿論知っていますよ。黒鉄支部長から聞きましたので。それでもそれじゃ、駄目でしょう」

 

「駄目?」

 

「──この学校を卒業し、誰からも守られることがなくなったらいつの日にか必ず出会う。自分よりも強い奴、それも命を奪うことになんら躊躇することのないろくでなしと。そいつと戦うとき、もしかしたら自分が圧倒的に不利な状況から戦闘が始まるかもしれない。そんな時、これは無理です。諦めまーす、なんて許されないでしょう?」

 

 だから命の保証がされているうちに自分よりも強い奴と戦っておいた方がいいのだと彼は言う。たとえ負けることになったとしても、諦め癖はつかないからと。

 

「それにそれは誰かがやったことでしょう? なら俺は上を超えなきゃならない。誰かの下にいるってのは癪ですから」

 

「負けず嫌いなんだね」

 

「誰かに負けることが好きだなんて奴いないでしょう?」

 

「それは確かに」

 

 折木は小さく笑う。教職に就いてからというものの戦いの場からは基本離れている彼女ではあったが、彼の勝利への渇望はまさしく自分も学生の頃に抱いていたそれだったから。

 

 そこで他の会場で試験を行ってきていた試験官達が姿を見せる。

 その後ろには他の会場で試験を受けていたのであろう、まだ幼さが残る少年少女達も共に入場してきた。

 

「あれが試験官相手に勝つとか言った奴か」

 

 少し侮蔑の入った声が彼の耳に入るが、そんなものはなんのその。それどころかちゃんと見ていろ、と挑発でもするようにそういった男子生徒相手に中指を立てる始末。

 

「てめぇ……!」

 

「まぁまぁ、終わったらちゃんと相手してやるよ。そんじゃ、黒鉄の。なんか適当に合図でも出してくれないか?」

 

 そこで珠雫は何故自分がいることを知っているんだと考えたが、よくよく考えてみれば彼を推薦したのは──彼の言が正しければの話であるが──彼女の父親なのだ。ならば自分が試験を受けにいくのを知っていてもおかしくはなかった。

 

「……構いませんが」

 

 そう彼女はぶっきらぼうに返すが彼は気にすることなくありがとう、と告げるのを聞いてから一般形式に乗っ取った形で号令をする。

 

「それでは模擬戦を開始します。双方、霊装を幻想形態で展開してください」

 

 幻想形態というのは肉体ダメージを精神ダメージにして攻撃を行うなどと仰々しい説明もあるのだが、簡単に言えば相手に傷を負わせないための模擬戦にぴったりな霊装のひとつの形であるとさえわかってくれていればいい。

 

 六人の試験官達がカトラスや槍、弓矢に刀など次々に自身の魂の具現である霊装を展開するが獅童はそんな素振りを一切見せずにただ相対する敵に向かって拳を構えるだけである。

 

「……展開しないんですか?」

 

「あぁ、別に良いからそのまま続けて」

 

「そうですか」

 

 伐刀者同士の戦いにおいて霊装を顕現しないというのは相手を侮辱するような行いであり、それもまた愚行とされている。というか実際にリングの端の方で「あいつ馬鹿なんじゃねぇのか」なんて声が彼女の耳には入っている。

 

 それは彼女も同じなのだが、本人が構わないと言っている以上咎めはしなかった。

 

(それにしても……)

 

 彼女は彼に改めて視線を向けた。

 

(……平凡ね)

 

 彼から感じられる魔力は自分以下であった。それは伐刀者の全体平均とされるDランクほど、贔屓目に見てもCランクほどだ。彼の構えから相当武術を嗜んでいるのだろうが、超常の力に対抗できるだけの腕なのかは不明である。それは彼女自身が魔法戦に重きを置く伐刀者であり、武術は本当に嗜み程度しか修めていない。

 試験官達の気もお世辞にも引き締められているとは言い難い。自分達がプロの魔導騎士であること、そして数の有利から、勝利を確信して疑っていないのだろうことは見て明らかだ。

 

「それでは──始め!」

 

 試験官全員が武装を構え終わり、珠雫が戦闘開始の合図を放った瞬間に爆発音のようなものが響き、気がつけば──一人の試験官が吹き飛ばされていた。

 

「……まず、一人」

 

 弓を持った女の試験官、彼女に何が起こったのかを戦闘を行っている人間は勿論、下がった位置で見ている珠雫ですら理解することはできなかったが、決闘には参加していないがゆえに吹き飛ばされた試験官を見ることができた。

 

 リング外にまで吹き飛ばされ、背中を壁に叩きつけられた彼女の顔は鼻がへし折られていた。鼻血が溢れ、やや俯いている彼女の顔面はやや拳状に陥没してしまっている。そこで彼が思いっきり試験官の顔面を殴り飛ばしたのだと理解することができた。

 

 ──《赫灼の拳(ファウスト・ヴァルム)》と彼が名付けた伐刀絶技である。

 

 試験官を殴り飛ばした彼の右腕は紅く発光し、次なる獲物を求めて振りかぶられる。

 

 そこでやっと彼らの意識が現実に追い付いた。

 折木を除く試験官達が全員跳ねるようにしてバックステップをすると水の槍を、炎の斬撃を、雷の矢を自身の魔力をもって創造し──射出。

 超常の力を束ねた魔力による攻撃が彼に殺到するが、彼はそんなもの意に介さない。なぜならそんなものは──自身の障害には決してなり得ないからである。

 

「──《三頭炎狼(ケルベロス)》」

 

 彼の身体に紅蓮の炎が纏う。紅蓮と形容したが、それは比喩ではない。

 炎は温度が高くなるごとに赤から次第に青色へと変化していく。ゆえに実際には真紅の炎など存在しない。しないのだが──彼の炎はまさしく原色の赤そのものだった。

 

 その異様な炎は次第に狼の頭部を象り、放たれた魔法攻撃のすべてを喰らい尽くし、主である獅童を守る。

 

「喰ってこい」

 

 主人の命令を受け、炎の獣が首を伸ばす。それは突風のごとき速度で迫り、その顎を開き折木を喰らおうとする。

 

「くっ!」

 

 しかしそこは破軍学園教師にして、今回集まった試験官達の中でも随一の実力者。彼女は自身の魔力を回避に合わせ放出。通常の回避とは比べ物にならない速度で横に跳躍し、炎の獣から逃れる。

 それを狼は意に介すことなく直進。背後にいる四人にその顎を向けた。

 

「全員俺の後ろに!」

 

 鉄色に反射する甲冑を纏い、左手には大盾を持った重装備の試験官が三人を庇うようにして前に立ちはだかる。彼は能力の都合上から遠距離攻撃を行えなかった──折木は周囲を巻き込むという理由でしなかった──者である。

 

「《反射の大盾(リフレクト・シールド)》!」

 

 その能力は《反射》

 ありとあらゆるものを跳ね返すという防御と攻撃をどちらともにこなせる力。されどそれは自分から能動的に動くことはできない力。しかし彼の強力な炎を防ぐには充分すぎる力だ。

 

 ──尤もそれは彼の炎が()()()()()()()()の話であるが。

 

 彼の前に出現した何もかもを反射する盾、それを《三頭炎狼》は喰い破った。

 

「なっ!?」

 

 彼らの顔は驚きに染まる。

 それはそうだろう。彼の盾は許容量範囲内ならばどんな攻撃でも跳ね返すことができるのだ。そして彼の伐刀絶技は明らかに限界値を下回っている一撃であった。だというのに彼の盾はその役目を果たすことなく破壊され──四人は紅蓮の炎に飲まれた。

 

「さて、これであなただけですね」

 

「くっ」

 

 彼は折木に向き直り、笑みを浮かべる。

 それは先程まで『自分よりも強い奴はいる』などと語っていたとは思えないもの。

 

 ──俺こそが世界の頂点であり、他の全ては等しく弱者である。

 

 そう宣わんばかりのひどく傲慢で残虐な、すべてを蹂躙する絶対強者たるがゆえのそれであった。

 

 そこで珠雫は理解した。

 あれは決して彼の本心などではなく、自分達に言い聞かせていたのだと。

 

 俺のような絶対強者と相対しようとも決して諦めるなと。命の限り足掻き続けろと。そして俺の心臓を穿いてみせろと。

 

 そしてそれは彼と向き合っている折木もまた理解していた。

 

 身体能力、魔力制御技術、魔力量なにを比べても彼に軍配が上がる。それだけ彼のその強さは圧倒的だった。

 それこそ昨年の七星剣舞祭昨年優勝者にして、学園最強の名を欲しいがままにする少女に匹敵すると思わされるほどに。

 

 彼女は改めて獅童に向き直る。

 

(──彼の炎は普通の炎じゃない)

 

 原理はさっぱりわからないが彼の炎に触れた魔術はすべて、魔力反応が消失している。故に何もかもを反射する盾が意味をなさなかったのだ。触れた瞬間に消えてしまっていたから。

 

 ここからわかる事実は彼がただの自然干渉系の炎使いではないということ。そして彼の炎の前では魔力を用いた防御の術が一切役に立たないことである。

 

 それに加えて戦闘が始まる前はDランク程度の魔力量しか感知できなかったというのに、今やAランク級にまで跳ね上がっているため、魔力切れを狙った持久戦は自分の首を絞めるだけ。それ以前に彼の最初の一撃のように瞬間的に距離を詰められ、自分が殴り飛ばされる未来が容易に想像できる。

 

 だが、諦めるようなことは決してしない。勝てる可能性は九分九厘ないが、一厘あるのなら挑む価値はある。

 せめてやれることはすべてやろう。それが相手に対する最低限の礼儀であるのだから。

 

「──《血染めの海原(ヴァイオレットペイン)》」

 

 彼女が自身の伐刀絶技を発動させた瞬間、僅かではあるが彼の表情が歪んだ。

 

「……大して効かないかぁ」

 

「いや、まさか。随分久しぶりに『痛い』って思いましたよ。それがあなたの能力なんですね」

 

「そう。『痛みの共有』それが私の能力だよ」

 

 それが彼女──《死の宣告(ジョリーロジャー)》折木有理の能力であった。

 かかっている病魔の方が少ないとまで言われる彼女の痛みを一定範囲内にいる人間すべてに強要し、コンディションを絶不調にまで追い込む。

 それが彼女の伐刀絶技《血染めの海原》である。

 

 しかしその技は確かに獅童に対して効いている。それは即ち自分の能力は彼に通用するのだという証左に他ならない。

 

(彼の炎は私の能力を無効化できていない!)

 

 ならば勝てる。

 確実に彼のことを仕留めることができる。

 

「もういいですか?」

 

「うん。いつでもいいよ」

 

 瞬間、彼は膨大な魔力放出と足の裏で爆発を起こす。しかし最初の一撃と比べればその速度は落ちている。自分の呼吸をする度に肺がひび割れそうになるこの痛みは、確かに彼の身体を蝕んでいるのだ。

 しかしそれでもようやっと残像をとらえられる程度。それほどまでに彼の一挙手一投足は疾い。

 しかし彼の拳を迎撃することはぎりぎり間に合えど、威力は明らかに彼の方が重い。もしかしたら迎撃しようとした右腕ごとへし折られ、がら空きになったボディーに左拳を叩き込まれるリスクもある。

 

 故に迎撃などという不確定要素が多い真似はしない。確実に仕留められる方法で、彼に勝利する。

 

 折木のカトラスが振るわれる。

 それごとぶち抜いてやると、彼が更に腕を加速させるエンジンに魔力を注ぎ込んだ瞬間、彼女は──自身の心臓に刃を突き立てた。

 

「なっ!?」

 

 それは実際に外傷を負わず、極度の疲労という形でダメージが累積される幻想形態であるからこそ可能な暴挙。実像形態──幻想形態と対をなす霊装の展開方法だ──ではまず不可能な方法に、彼はろくに幻想形態で霊装を使用してこなかったがゆえに気が付かなかった。

 

 彼の心臓に焼けるような痛みが走る。擬似的ではあるが、心臓を穿たれる痛みを不意に味わった彼の動きは一瞬鈍り──それは彼女が刃を彼の身体に突き立てるのには充分すぎる時間であった。

 

 どう、という音が空間にやけに響いた。

 

「──悪いが、俺の炎は特別製でな」

 

 倒れたのは折木有理。

 自身の心臓に刃を突き立てるという、実戦ではまず不可能な一撃に加えて彼の首を切り裂かんとするなど圧倒的優位に立っていたにも関わらず、彼女は倒れていて。

 意識のない彼女を睥睨するのは、先程まで勝利することは絶望的な立場に立たされていた緋宮獅童。彼は全身から赤光を放っていたが、戦闘が終了したことでその猛る魔力は鳴りを潜めた。

 

 こうして六対一で行われた、まだ学生にも満たない青年と教師達の前代未聞の戦いは学生──緋宮獅童の勝利で終わったのだった。

 

■ ■ ■

 

「……これがお前のルームメイトとなる男だ」

 

 未だに処理していない書類が無数に机の上に存在している理事長室。

 その部屋に置かれた接待用のソファーに腰かけているスーツ姿の麗人──破軍学園新理事長である新宮寺黒乃は、先程までノートパソコンで再生されていた模擬戦の映像を停止させた。

 

 その表情には疲労が浮かんでおり、化粧で誤魔化してはいるが目元には隈も張り付いている。ここ数日睡眠をとっていないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「黒乃さん、大丈夫ですか? ご主人からも心配されているのでは……?」

 

「あぁ。琢海に体調は気遣われるわ、家事も育児もすべて任せっきりだわで、妻として情けない限りだ。しかしこれもあと少しで多少はマシになると思えば頑張れるさ、心配はいらんよ。それで折木先生、奴と戦ってみてどうでした?」

 

 そこで理事長室にいた三人目──獅童と実際に刃を交わした折木有理に対して黒乃が意見を求める。

 

「そうですね……まず言うまでもないでしょうが、彼の強さは圧倒的です。私達は彼の魔力を消失させる炎に対して一切抵抗ができませんでした。最後でなんとか辛勝に見せかけられるまでは近づけましたが、結果だけ見れば私達の惨敗ですしね。それに彼はほぼ間違いなくAランクです。その気になれば戦場の全てを焼き払うこともできたでしょうし……私達は彼と戦っていたのではなく、遊ばれていたと言った方が正しいでしょう」

 

 無論、折木達が弱いのではない。

 それよりも彼の方が強かった。それこそ歯牙にかけないほどに。

 

「では雪霞はどう見る?」

 

「私ですか?」

 

「あぁ。お前のルームメイトになる男なのだし、破軍学園……否、日本屈指の騎士の意見は聞いておきたいさ。なぁ? 雪霞家歴代最強の伐刀者──雪霞蒼歌(ゆきがすみあおか)

 

 そう黒乃が悪戯めいた笑みを浮かべながら言うと、彼女──雪霞蒼歌は小さく溜め息を吐いた。

 

「黒乃さんまでそのようなお戯れをなさらないでください。歴代最強、などお婆様が仰っているだけで、私はまだまだ修身の足らぬ不肖の身でございますよ」

 

「嘘をつけ。お前は確かに自分が未だに自身の最果てには至っていないと思っているだろうが、歴代最強であるという自負は持っているだろう」

 

「あら、気付かれてしまいましたか?」

 

 非常に整った顏を綻ばせ、囀ずるように笑う蒼歌。

 しかしパソコンを見ている時の彼女の笑みは、ようやっと喰い堪えのある敵を見つけることができたという獣のそれであった。

 ──尤もそのときの彼女も気品に溢れ、事前に彼女とある程度の付き合いがあった黒乃でなくては気付けないほど微妙な変化ではあったが。

 

「真の強者が持つべきは謙遜ではなく、己こそが最強であるというある種の傲慢さ。それが両親には欠けていました。それゆえ母も父も人の領域を越えられぬ半端者なのでしょう。……私達雪霞家は国を守護する最強の刃たれと教えられ、またそうあり続けねばならないというのに。情けない限りです」

 

 やれやれ、とでも言うように肩を控えめに肩を竦める蒼歌。

 それに折木と黒乃は複雑な表情を浮かべた。折木は彼女の家庭事情を考えての事であったが、黒乃はそうではなかった。

 

(全く……そう軽々しく《魔人(デスペラード)》の存在を仄めかす事は言わないでほしいものだが)

 

 ──《魔人》

 それは約1000分の1の確率で生まれてくる伐刀者、その中でも更に特異な存在だ。否、より正確に表現するのであれば伐刀者の上位存在と言った方が適切だろう。

 一般的な伐刀者は保有する総魔力量がゲームのレベルアップよろしく増加することなど起こり得ない。それは総魔力量はその者が持つ運命の重さに比例していると言われているためである。

 その証拠に総魔力量が多いもの──その中でも伐刀者をランク別に分けた場合のトップに来るような人間は、善と悪の差はあれど必ず歴史に名前を刻んでいる。

 総魔力量が増加するということは即ち、自身の『運命力』とでも呼称するべきものが増加することと同義なのだ。

 

 だが《魔人(かれら)》はそんな世界の当たり前や道理を軽々と蹂躙していく。自身の運命の重さである総魔力量は鍛練次第によっては増加するという、一般に発表されていることとは真逆の現象を引き起こすことすら可能なのだ。

 そんな上位存在になるためには自身の運命を踏破し、それでもなお前に進もうとする本人の意思が絶対条件。

 彼女は実の両親が前に進もうという意思を一切示さなかったがゆえに、彼らを侮蔑──とはいかないまでもある程度思うところがあるのだろう。尤も彼女の身内は彼女の両親のことを『雪霞の恥さらし』だと思っているのでかなりましな方ではあるのだが。

 

 そして『雪霞』とは古来より『黒鉄』と共に幾人もの伐刀者を輩出してきた名門中の名門である。しかし、規律によって国内の伐刀者を統率することに重きを置いた黒鉄家と異なり、雪霞家はその圧倒的な戦力で国に仇なす者の悉くを打ち倒すことで国の安寧に貢献してきた家。

 

 その都合上雪霞家には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 《魔人》は非伐刀者は勿論、伐刀者に対して絶対的な有利に立てる。そして日本を脅かす存在が《魔人》であるならば、同様に《魔人》でなくてはまず戦うことすらできないからだ。

 そんなこともあって幼少期から彼女は《魔人》に囲まれて過ごしてきたし、自身も国を守護するために《魔人》なるべく育てられてきた。そのため彼女にとっては《魔人》が特別な存在ではない。むしろ破軍学園に来るまでは《魔人》ではない存在の方が特異なものであるという認識であった。

 

 一応、彼女は祖母から自身の方が特異な存在であることや、これを徒に吹聴してはならぬと教えられてきたが人が少なくなれば核心的なことは言わないが、こうしてぽろっと出てしまうのだ。尤もこの場で唯一《魔人》の存在を知らない折木は、彼女の言葉を比喩表現だと思ってくれたためさしたる問題はないが。

 

「それで彼──緋宮くんについてでしたね。……それでも現段階で言えることは非常に少ないですよ。わかるのは彼が私とほぼ同等の実力を持っていること。そして彼の『炎』はまず間違いなく私の『氷』と同じ類いのものである、という事くらいでしょうか」

 

 彼女は手慣れた手つきで、映像の巻き戻しを行っていた過程で撮ったスクリーンショットを複数のデスクトップで画面で表示する。

 

「まずはここの先生方が一斉に魔術を放った際に、その全てを炎の狼で迎撃したところ。ここだけでは判断がつき難いですが、次の《反射》に対してなんの抵抗もなくそれを喰い破ったところ。前者では炎の圧倒的威力で魔術が掻き消えたとも判断できますが、《反射》の能力や先生の実力を鑑みるにほぼ不可能です」

 

 《反射》は相手の攻撃力が大きければ大きいほどに牙を剥く、攻防一対の能力。それも彼の炎を反射しようとした試験官は非常に優秀で、炎や雷などの魔術的攻撃の一切を跳ね返す事ができた。それが通用しないということは実力の差が大幅に開いているか、それがただの炎ではないか。

 無論、獅童の実力はあらゆる面において学生の域を超越していることは見れば分かることのため核心的とは言い難い。そこで最後のスクリーンショット──折木が倒れる場面に全員の視線が向かう。

 

「ここの折木先生の霊装ですが、刀身がなくなっています。そこですべて合点がいきました」

 

 そう、折木対獅童の戦いの決まり手は彼女の霊装が破壊されたことによる意識の喪失。それはつまり魂の具現であり、術者の魔力を超高密度で集約させた霊装が破壊されるような何かがあったということ。

 それは赤く輝く緋宮獅童──つまりは彼の能力によるものに他ならない。

 

「彼の炎に飲まれた攻撃が掻き消えた、《反射》の盾が通用しなかった、そして霊装が破壊された──それは彼の炎が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他なりません。つまり彼の炎は伐刀絶技を『消失』させるのではなく『焼失』させている、と言った方が正しいでしょうね。……あ、これでは何を言っているのかわかりませんね。字で伝えた方が分かりやすかったでしょうか?」

 

「いや、言わんとしていることはわかるぞ。しかしこれは……」

 

「はい。私の『氷』と同じく普通の炎としての特性も持ち合わせているでしょうから、伐刀者か否か関係なく圧倒的優位に立てます」

 

 彼女が昨年戦った騎士の中に魔力を無効化する能力を持った騎士がいたが、それは魔力を無効化するだけで魔力そのものに攻撃力のあるタイプではなかったため、その者の戦闘スタイルは昨今珍しく体術に傾いていた。

 しかし彼の炎には攻撃力がある。それも森羅万象を燃やし尽くすほどの絶対的な攻撃力が。そしてそんな炎を相手に非伐刀者はただ死を受け入れるしかない。

 

「ゆえに勝利の道は、彼の能力と正反対の同等の能力で彼の能力を相殺しながら戦うか、彼が認識できない速度でその命を刈り取るかの二択しかありません。ですので大部分は後者に賭けるしかありませんね」

 

 彼女は自身の能力でほぼ互角の戦いができるだろうが、彼女の能力はふたつとない能力であるため、純粋な力で彼を打倒する他ないと彼女は語る。

 

「ともかくこれで黒乃さんが私を呼び出した理由がわかりました。これは確かに私の宿敵足り得る存在でしょう。心が躍りますね……」

 

 片や『すべてを燃やし尽くす炎』

 片や『すべてを凍てつかせる氷』

 なんとも乙な戦いになりそうではないか。

 

「……お互い今年の七星剣舞祭は楽しめそうですね。緋宮獅童くん」

 

 彼女は未だに会わぬ宿敵の名を呼びながら、頬を緩ませたのであった。




捏造設定1

 雪霞家

 オリヒロである蒼歌の実家でもある雪霞家。
 そこは原作主人公の一輝の実家である黒鉄家と並ぶ名家であり、黒鉄家とは違うやり方ながらも古来より日本という国家を守り続けてきた。
 その家の当主になるためには《魔人》になることが絶対条件であるためか、雪霞家には現在蒼歌も含めて五人の《魔人》がいる。なんてこった《魔人》のバーゲンセールじゃねぇか。
 え? 多すぎだって? ドラゴンボールだって伝説とか言われてたスーパーサイヤ人がぽんぽん出てきたんだからいいだろうが、いい加減にしろ!!
 そんな《連盟》陣営が魔強化されている状態であっても月影おじちゃんが見た未来(原作十巻参照)にはなんの影響もなかったので、《同盟》陣営も魔強化されているに違いありません。

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