それからしばらくして……
日が沈み始めて辺りが暗くなりだしている中、永遠亭の一室にて早苗達はただただその時が来るのを待っていた。
「……」
早苗は両手を組み、ただただ北斗が無事であるように祈りを捧げており、妹紅は野暮用でこの場には居らず、霊夢は座布団に座って永遠亭に住む因幡から出されたお茶を飲み、魔理沙は壁にもたれかかり、腕を組んで帽子を深く被っている。
すると三人が居る一室の襖が開けられて、永琳の姿が現れる。
「っ! 永琳さん!」
三人は襖が開けられる音に顔を向けると、永琳の姿を見るなり早苗が即座に立ち上がって彼女に問い掛ける。
「北斗さんは……北斗さんは、どうなったんですか?」
「……何とか一命は取り留めたわ」
永琳は間を置いてそう告げる。
「……よ、良かった」
それを聞き、早苗は安堵の息を吐き、力が抜けてかその場に座り込む。
「良かったじゃないか」
そんな早苗に魔理沙が傍に寄り、声を掛ける。
「……ただ」
「ただ、何?」
と、霊夢が目を細めて聞き返す。
「今の彼は決して楽観できる状態じゃないわ。むしろこれからどうなるかは見当が付かないわ」
「……どういうことなんですか?」
永琳の言葉に、早苗の顔に不安の色が浮かび上がり、その瞳が揺れる。
「百聞は一見にしかずよ。付いて来なさい」
彼女はそう言うと部屋を出て、その後を三人が付いて行く。
永琳は三人を連れて永遠亭にある病室へと入る。
そこではベッドに寝かされた北斗を鈴仙が看ていた。
「北斗さん……」
早苗は病室に入り北斗の姿を見るなり、すぐさま彼の元へと駆け寄る。
ベッドに寝かされた北斗は静かに寝息を立てて眠っており、左腕には少し赤黒く染まった箇所がある包帯が巻かれている。
「彼の体内に入った毒の解毒は出来たけど、出血が多かったようね。輸血はしてあるけど、しばらく目を覚ますことは無いわ」
「えっ……」
永琳の説明を聞き、早苗は思わず声を漏らす。
「ど、どういうことですか?」
「そのままの意味よ。彼が目を覚ますのはまだ先のことよ」
「……」
「北斗は、いつ目を覚ますんだ?」
「……」
魔理沙が問い掛けると、永琳は間を置いて口を開く。
「……正直なところ、目を覚ますかどうかも分からないわ」
彼女はそう答えると、眠っている北斗を見る。
「最悪、もう二度と目覚めないかもしれないわ」
「……え?」
それを聞き、早苗が目を見開いて永琳を見る。
「仮に目を覚ましたとしても、何かしらの後遺症が残るのは確実よ。それだけの血を流しているのだから」
「ど、どうにか出来ないんですか!?」
「残念だけど、こればかりはどうしようもないわ。どこに症状が現れるかは彼自身にしか分からない。でも目が覚めない以上、それも分からない。更に性質の悪い事にその間にも症状は進むの」
「そん、な……」
早苗は後ろに倒れそうになるも、鈴仙が後ろから支える。
「永琳にも出来ないこともあるんだな」
「場所が分かれば対処のしようがあったんだけど、さすがに場所が分からなければお手上げよ。下手に弄れば、余計悪化しかねないわ」
魔理沙がそう言うと、永琳は両手を挙げて降参のポーズをとる。
(尤も、必要な設備さえあれば何とかなったでしょうけど)
とは言えど、彼女とてこの程度を治すのは造作も無いのだが、それはあくまでも必要な物が揃っている場合であって、今の環境では設備が不足している。
「でも、最善は尽くすわ。少なくとも、まだ可能性がある内わね」
「……」
早苗はその場に両膝を付き、北斗を見つめる。
その様子から永琳は霊夢と魔理沙、鈴仙に目配せをして首を小さく振るい、その意図を察した三人は彼女と共に病室を出る。
病室に残されたのは眠っている北斗と、早苗の二人だけになった。
「……」
早苗は光を失い据わった目で北斗を見つめる。
「北斗……さん……」
彼女は力無い声を漏らし、右手を北斗の顔に添える。
顔に触れた瞬間、感じたのは冷たさであった。
とても生きているとは思えないぐらいに、北斗の身体は冷え切っていた。
(私のせいで……私のせいで……)
早苗は内心で何度も同じ事を呟き、脳裏に無縁塚で起きた一連の出来事が過ぎる。
自分のせいで北斗が傷つき、その上目覚めるかどうかも分からない状態になり、更に目覚めても後遺症が残ってしまう。
その事実が彼女の心を蝕む。
「……」
早苗は左腕に巻かれた包帯を見つめて、北斗の顔に添えている手を額へと移動させて頭を撫でるように動かす。
「北斗さん……」
彼女は目に涙を浮かべて北斗の頭を撫でながら声を漏らし、ただただ彼の姿を見つめる。
それから帰るまでの間、彼女は北斗の傍から離れなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「……」
永琳は部屋を出た後、霊夢と魔理沙の二人を待たせていた居間に戻し、その後診察室に戻る。
彼女は両手を組んで額を付け、静かにため息を付く、
「……」
その表情はどこか深刻そうなもので、自然と目つきが鋭くなっている。
「今日は騒がしいわね、永琳」
「……姫様」
と、後ろから声を掛けられて永琳は組んでいた両手を解き、後ろに振り向く。
診察室の出入り口に一人の少女が立っていた。
腰の位置よりも長い艶のある黒い髪をして、その顔つきは誰もが『美しい』という感想を抱く整ったものであり、服装は手が隠れるほどの長い袖を持つピンクの上衣に赤く裾の長いスカートを身に纏っている。
その容姿、その雰囲気から、美しき和の姫君ともいえる。
彼女の名前は『蓬莱山 輝夜』 この永遠亭の主であり、永琳が仕える主である。
「今日は妹紅とのお戯れはしなかったようですね」
「妹紅のやつ、今日はその気分じゃないって言って断ったのよ。今は外で待っているわ」
永琳が問い掛けると、輝夜は腕を組みながら不満げに呟く。
「まぁ、そんな状況じゃないのは確かなようね」
「……」
永琳の様子から察したのか、彼女は納得した様子で呟く。
「それで、急患の様子はどうだったの?」
「よろしくありません。状態が状態ですので、しばらくはこちらで看ることになりました」
「そう。まぁ私に気にすることは無いわ。関わることは無いだろうし」
「……お心遣いに感謝します」
「いいのよ」
と、輝夜はそう言うと踵を返す。
「……そうだ、永琳」
「何でしょうか?」
「何か
「……」
診察室を出る前に輝夜がそう問い掛け、永琳は表情を変えずに答える。
「いいえ。何もありません」
「そう。
と、意味深なことを口にして、彼女は診察室を出る。
「……」
永琳は少しして懐からある物を取り出す。
それは北斗を治療している間に採った、彼の血液が入った指先サイズの小瓶である。
(ありえないと分かっているけど……)
彼女は北斗の血液が入った小瓶を手に、席を立って隣の部屋へと入る。
―――――――――――――――――――――――――――――
所変わって某所
森の中に生々しく切り裂く音が響く。
首を切り裂かれた妖怪が後ろに倒れて、多くの血を流してやがて絶命する。
その周りには既に息絶えた妖怪達が地面に倒れており、その中央に切り裂いた妖怪は呆然と立ち尽くしていた。
その妖怪達はどれも北斗達を襲った妖怪であった。
一見すれば仲間割れの現場に見えるが、それは決して仲間割れではない。
「……」
最後に生き残った妖怪の傍には、静かに佇む一人の少女の姿があった。
その少女ことこいしは静かにその場を離れようとすると、妖怪が突然自身の爪で首に突き立て、そのまま深く突き刺した。
大量の血を吐き出しながらも妖怪はそのまま自身の首を切り裂き、前のめりに倒れてそのまま息絶えた。
「……仇は取ったよ、お兄さん」
こいしは立ち止まると、顔を上げて呟く。
その目は濁って据わり、その表情は薄ら笑みを浮かべた……狂気に満ちていた。
無意識の内にこいしはあの現場に居合わせており、そして北斗が傷つけられた光景を目の当たりにしていた。
その瞬間、彼女の無意識が解け、同時にどす黒い感情が彼女の中で渦巻いた。
その後こいしは感情の赴くままに、北斗に害を為した妖怪達を無意識にして、互いに殺し合いをさせ、最後に生き残った妖怪を自害させたのだ。
狂気に満ちた表情を浮かべたこいしだったが、やがて無表情になり、そのままゆっくりと歩き出し、やがてその姿が見えなくなる。
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