「……」
北斗は胸元に顔を埋めている早苗の頭を優しく撫でながら、気持ちは落ち込んでいた。
(早苗さん……こんなに心配していたんだ……)
さっきまで泣いていた早苗を見て、彼の中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(……俺、早苗さんに心配ばかりかけているな)
北斗はこれまでのことを思い出して、気が沈む。
夢月とエリスの二人を泊める事になった時、本気で心配していた時
紅魔館で簡単にフランに付いて行った事に本気で心配していた時
妖怪の山で妖怪に襲われないか心配していた時
地霊殿に連れて行かれた時、そこで本気で心配していた時
ふと脳裏に、無縁塚で早苗を助けた時のことが過ぎる。
(……あの時の判断は、正しかったんだろうか)
北斗は思わずそう考えてしまった。
こんな事になるのだったら、やるべきではなかったのではないか?
彼はそう思い始めてしまう。
(いや、俺が早苗さんを庇わなかったら、ここに居たのが早苗さんになっていたかもしれない)
北斗は思わず首を振るう。
本当に正しいのか、正しくないのか、それは分からない。
だが、北斗にとっては、それが正しいことであると、信じている……
「……?」
ふと、北斗はあることに気付く。
早苗の声が響いていたはずだったが、さっきから妙に病室が静かである。
「早苗さん?」
北斗は自分の胸元に顔を埋めたままの早苗に顔を向ける。
「……」
しかし彼女は一向に返事を返さない。
返事を返さない早苗に北斗は少し不安を抱く。
「……スゥ……スゥ……スゥ」
しかしよく耳を澄ませると、早苗は静かに寝息を立てて眠っていた。
「早苗さん……」
早苗が眠っているのを知り、北斗は安堵の息を吐く。
どうやら北斗が無事に目を覚ましたことで、緊張の糸が途切れてこれまで蓄積した疲労と眠気が一気に出て来たのだろう。緊張の糸が途切れた早苗に押し寄せる眠気と疲労に抗うことは出来ず、そのまま眠りについてしまった。
(というかどうしよう、これ)
しかしここに来て北斗はあることに悩むことになる。
早苗は北斗の身体を抱きしめたまま眠ってしまったので、彼女は全体重を彼の身体に乗せている状態になっている。
まぁつまり何が言いたいかというと、女性特有の柔らかさが伝わっているということである。
更に言うと、北斗の格好は薄手の服なので、より一層柔らかさが伝わっている状態なのだ。
とても恥ずかしいし、そして何より、このままでは身動きが取れない。
このままの状態で誰かに見られると、お互いの為にならない。
「……とりあえず、何とかしないと」
北斗は早苗を起こさないように、ゆっくり優しく彼女の腕を解いて自分の太ももに乗せるようにして早苗を寝かせる。
体勢が変わっても早苗は起きる気配が無かったので、北斗は安堵の息を吐く。
「……」
北斗は改めて早苗の様子を見ると、彼女はとても安心したように、静かに寝息を立て眠っている。
恐らくこの一週間で、最も彼女が眠っている瞬間だろう。
「あの、良いでしょうか?」
と、病室の入り口から声がして北斗は顔を向けると、茶碗とコップを載せたお盆を持っている鈴仙の姿があった。
「あっ、良いですよ」
北斗がそう言うと、鈴仙は頭を下げて彼の元へ向かう。
「それにしても、驚いたわね。まさかこんな朝早くから早苗が来るなんて」
「そうですね。というか、見ていたんですね」
「そりゃ、まぁあんな大きな音がありましたから。状況が状況でしたし、静観していました」
「そうですか」
北斗は少し恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。結局さっきまでの光景を見られてしまっていた。
「……ここ一週間毎日早苗はあなたのお見舞いに来ていたから、どれだけ北斗さんのことが大事なのか分かっていたけど、こうして見ると改めてそう認識させられるわね」
安心したように眠っている早苗を見て、鈴仙は呆れたように、しかしどこか羨ましそうな表情を浮かべる。
「あっ、ちょっとした騒ぎになったから出すのが遅れましたけど、朝食を持ってきました」
鈴仙は手にしているお盆に載せている茶碗を見せる。茶碗にはお粥が入っている。
「ありがとうございます……えぇと」
「? あっ、そうか。まだ名前言ってなかったですね」
鈴仙は一瞬首を傾げるも、理由を察して自己紹介をする。
「私は鈴仙 優曇華 イナバといいます。鈴仙でも、優曇華でもどちらで呼んでも大丈夫です」
「な、長いですね」
彼女のフルネームに北斗は思わず声を漏らす。
(そういえばあの人が呼んでいたな)
北斗は昨夜の事を思い出し、納得する。
「ところで、右手は動きますか?」
「そうですね。動くと思いますけど」
鈴仙はお盆を北斗に差し出しながら問い掛けると、彼は右腕を上げる。
怪我を負った左腕と違い、ちゃんと感覚があり、ちゃんと動かせている。
北斗はお盆に載せてあるレンゲを手にする。
「……」
しかしレンゲを手にしたはいいが、どうも細かい動きはまだしづらいようで、右手は震えており、上手く力が入らない。
「あの、大丈夫でしょうか?」
さすがにその状態を察してか、鈴仙が尋ねる。
「……一週間でこんなに鈍るんですね」
北斗は一旦レンゲを置き、彼女に正直に伝える。
どうやら一人で食べられない状態まで衰弱しているようでる。
(これじゃ食べることも出来ない……)
鈴仙は彼の状態から一考するも、昨夜に永琳から言われた事が脳裏に過ぎる。
『一週間の間あなたが彼の身の回りの世話をするのよ。特に最初の三日間はあなたの助力が必要だから』
「……」
永琳の言葉を思い出し、鈴仙はお粥を見る。
恥ずかしさがこみ上げてくるが、仕事を任された以上やらねばならないと、彼女は意を決する。
「あ、あの、北斗さん」
「は、はい?」
「その、一人で食べられないのなら、私が食べさせてあげますよ?」
「えっ?」
思わぬ提案に北斗は声を漏らす。
「いやでも、それは……」
「は、恥ずかしいのはこっちも同じです! でもちゃんと食べないと傷はおろか体力も回復しませんから、身体によくありません」
鈴仙は頬を赤くしながらも、ちゃんと食べないといけないことを彼に伝える。
「……」
北斗がどうするか悩んでいると、鈴仙はお盆をベッドの傍にある台に置いて茶碗とレンゲを手にする。
「……」
鈴仙は顔を赤くしながらもレンゲでお粥を掬い、それを北斗に突き出す。
「……」
「は、早くして欲しいんです。私もこの後仕事があるんですから」
お粥が盛られたレンゲを突き出されて一瞬迷うも、鈴仙が急いでいるのを伝えると、彼は覚悟を決めて、レンゲごとお粥を口にする。
「……」
お粥を口に含み、しっかりと噛んでから飲み込む。
「ど、どうですか?」
恥ずかしそうな様子で、鈴仙は北斗に問い掛ける。
「……お、おいしいです」
「っ! そうですか……」
鈴仙は安堵の息を吐くと、レンゲにお粥を掬って北斗に突き出し、彼はお粥を食べる。
北斗はそのまま鈴仙にお粥を食べさせてもらい、少しして茶碗一杯分のお粥を食べ終える。
「ご馳走様です」
お粥を食べ終えて、北斗はお礼を言いながら頭を下げる。
「食欲はちゃんとあるみたいで、良かったです」
鈴仙は北斗に食欲があるのを確認して安心し、茶碗をお盆に載せてから、コップを手にする。
「どうぞ。いくつかの果物をミックスしたジュースです」
「あぁ、どうも」
鈴仙からジュースが入ったコップを受け取る。
レンゲを持つのと違い、細かく指を動かすわけではないとあってか、コップは何とか持つことが出来ている。
北斗はゆっくりとした動作でコップを口元へ運んでジュースを飲む。
半分近く飲んだところで一旦コップを口から放す。
「どうでしょうか?」
「はい。甘みがあって、すっきりとした味わいで、とてもおいしいです」
「そうですか」
自分の作ったものをおいしく食べて飲んでいることに、鈴仙は満足げに頷く。
「それと、結構柑橘系が多いんですね。とても酸っぱかったです」
「うんうん……えっ? 酸っぱい?」
頷いていた彼女だったが、北斗が聞き捨てなら無いことを言ってギョッとする。
「あ、あの! 失礼します!」
すると鈴仙は慌てて北斗が手にしているコップを半ば奪う形で手にし、残ったジュースを飲む。
「――――ッ!?!?」
すると鈴仙は目を見開き、見る見る内に顔が青くなっていく。
彼女は口を押さえてとっさに頭を左右に動かして何かを探し、窓を見つけるとすぐさま駆け寄り、頭を窓から出し、口に含んだジュースを吐き出す。
「な、な゙に゙よ゙ごれ゙!? 酸っば!?!?」
咳き込みながら彼女は口を大きく開いていた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
あまりにも異様な姿に北斗は心配そうに尋ねる。
「ほ、北斗さん。本当に大丈夫なんですか?」
「は、はい。何ともありませんでしたが……」
「こ、こんなに酸っぱいのに!? でも何でこんなに―――」
鈴仙は北斗がなぜか酸っぱさを殆ど感じていないのを信じられないでいたが、そもそも何で自分が作ったはずのジュースがこんなに酸っぱいのかが疑問だった。
酸っぱくなるような物は使っていない。
が、ふとして彼女は何かに気付き、動きを止める。
「……フッフッフッ……そうよね。こんなことをするのは……」
と、鈴仙の目が据わり、静かに笑うとボソッと呟く。
「北斗さん。ちょぉっと、失礼しますね」
彼女はコップを台に置いてそう言い残すと、足早に病室を出て行く。
病室の外では何やら遠くで騒ぎが起きていた。
「……」
北斗は台の上に置かれた空のコップを見て、首を傾げる。
(そんなに酸っぱかったかな?)
内心呟きながら、彼は自身の太ももで寝ている早苗を見る。
どうやら騒ぎが聞こえないほどに、彼女の眠りは深いようである。
「……」
北斗は少し苦笑いを浮かべながらも、彼女の頭を優しく撫でる。
頭を撫でられて気持ち良いのか、早苗の表情が少し綻ぶ。
―――――――――――――――――――――――――――――
(全く! てゐったら! 悪戯にもほどがあるわよ!)
病室を後にして、悪戯の犯人であるてゐを見つけて追いかけたが、その後見失って彼女は内心愚痴りながらてゐを探している。
(あれで患者の容態が急変したら、私が師匠に殺されるわよ、もう!!)
患者を任されている以上、責任があるので、何かあったらシャレにならない。
内心で愚痴り、永遠亭の縁側を歩いていると、彼女は立ち止まってため息を付く。
「……まぁ、北斗さんには何とも無かったから良かったけど」
とは言えど、当のの北斗に何も無かったので、彼女としては安心している。
(でも、あんだけ酸っぱかったのに、北斗さん平然としていたけど……あとで師匠に言っておかないと)
しかし相当酸っぱいものだったので、それを飲んで平然としていた北斗に疑惑を覚える。
もしかしたら味覚に障害が発生している可能性がある。
「あぁもう。口の中がまだ酸っぱい。てゐったら何を入れたのよ」
鈴仙は未だに口の中が酸っぱく、口を開けて自分の唇に触れる。
(……そういえば、思い切って北斗さんの飲みかけ飲んじゃったけど)
と、彼女は突然動きを止める。
(あれ? そういえば私が口にした向きって……)
ふとした疑問が過ぎり、少し考えると突然彼女の顔が真っ赤になる。
(も、もも、もしかして、私、彼と間接的に接吻しちゃった!?)
鈴仙は真っ赤にした顔に両手を置き、その場にしゃがみ込む。
彼女の記憶違いでなければ、ジュースを飲んだ際、口を付けた箇所は北斗が口をつけてジュースを飲んだ位置と同じである。
つまり間接キスである。
「い、いいい、やや、べ、べべ、別に、何ともななな、無いんだから、ききき、気にすることは……」
こういったことに疎い鈴仙は完全に動揺し、声どころか身体が震えている。
「い、いや、そんなこと、そんな事は……」
彼女は頭を抱えて、そのまま固まる。
それからしばらく彼女は動揺を抑え切れず、薬の配達が大きく遅れたそうな。
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