所変わって、永遠亭
「……」
どてらを羽織り、杖を支えに永遠亭を歩く北斗は、縁側に出て雪の積もった中庭を眺めている。
「それにしても、よく降るなぁ」
彼はボソッと呟きながら、中庭を眺める。
すると遠くから汽笛の音が竹林に響く。
「五音室の汽笛か」
北斗は耳に届いた汽笛の音色を言い当てて、空を見つめる。
「あっ、北斗さん」
と、右から声を掛けられて北斗はその方向に振り向くと、そこには人里へ薬の配達に向かう際に着る服装を身に纏う鈴仙の姿があった。
特徴的である足元まで伸びている長い髪は後頭部に纏め上げ、兎の耳も大きな笠を被って隠しており、背中には大きな葛篭を背負っている。
「鈴仙さん。これから人里へ薬の配達ですか?」
「はい。行く前に一言掛けておきたくて」
「そうですか。しかし大変ですね。こんな中でも人里まで配達なんて」
北斗はそう言いながら積もっている雪を見る。
「そうですね。この時期は大変ですけど、薬を必要としている人は多いので、配達しないわけにはいかないんですよ」
「なるほど。ちなみにどんな薬なんですか?」
「風邪薬や頭痛薬、症状に合わせた薬もそうですけど、中には鬱な人向けの薬もありますね」
「鬱な人向け、ですか……」
ふと、北斗は良からぬ代物が脳裏に過ぎる。
「ち、違いますよ! 北斗さんが考えているような怪しいものじゃありません!」
北斗がどんなことを考えているのかを察してか、鈴仙は慌てて彼に伝える。
「あくまでも栄養剤みたいなもので、中毒性はありません。鬱が晴れるのも、所謂プラシーボ効果みたいなものですよ」
「あぁ、なるほど」
鈴仙の説明を聞き、北斗は納得する。
「……でも、薬の配達だけで、そんな大きな葛篭が必要なのですか?」
ふと北斗はある疑問が浮かび、鈴仙が背負っている葛篭を見つめる。
葛篭はとても大きく、薬の配達に使うには大きすぎる。
「あー、まぁこれはちょっとした事情があるんですよ」
と、鈴仙は視線を逸らしながら「ハハハ……」と苦笑いを浮かべる。
その様子に北斗は深入りしないことにした。
その後北斗は鈴仙を見送って、病室へ戻った。
「……」
北斗はベッドに腰掛けて、下半身に布団を被せて昨日の続きから小説を読んでいた。
「そろそろお昼か」
北斗は小説から顔を上げ、壁に掛けられている時計を見て時刻を確認する。時刻は正午を回ろうとしていた。
開いているページにしおりを挟んで本を閉じ、台に置いて両腕を上に上げて背伸びする。
コンコン……
すると扉からノックがして「入るわよ」との声と共に扉が開かれると、永琳が入ってくる。
「永琳さん」
「そろそろお昼だけど、あなたにお見舞い客よ」
と、彼女が入り口から横へと退くと―――
「北斗さん!」
と、元気な様子で早苗が昼食を載せたお盆を持って入り、その後に荷物を持った
あの後人里の駅を出発した臨時列車は博麗神社方面の路線を走り、分岐点で迷いの竹林前の路線へと走り、列車は竹林前で停車して、早苗達は妹紅の案内の元迷いの竹林を抜けて永遠亭に到着した。
ちなみに妹紅は永遠亭の居間でお茶を飲んで待っている。
「早苗さん。それに
「区長。元気そうで何よりだな」
「お久しぶりですね、区長」
二人はそう言うと、椅子を持ってベッドの傍に置いて座る。
「見舞いに来てくれたんだな」
「あぁ。だが、遅れてすまなかった。色々と立て込んでいたからな」
「構わないよ。そっちを優先すべきだからね」
「あぁ、これは区長の着替えだ。必要になるだろうと思ってな」
「そうか。すまないな」
北斗はお礼を言うと、お盆を台に置く早苗を見る。
「北斗さん」
「早苗さん」
二人は見つめ合い、気まずそうな空気が流れる。
「その、じっくりと会うのは、これが初めてですよね」
「あぁ、そういえば」
早苗は恥ずかしそうに顔を赤くして、北斗は頭の後ろを掻いて苦笑いを浮かべる。
まぁ何せ早苗は目を覚ました北斗と再会したは良いものも、安堵したことで張り詰めていた気が一気に緩んだことで、早苗はそのまま眠ってしまったのだ。
なので、早苗にとっては北斗とこうしてじっくりと話すのは、初めてになる。
「初々しいわね」
(何でしょうか。なんだかとっても甘酸っぱく感じます)
そんな様子の二人に、永琳は若干呆れた様子で呟いてため息を付き、妙な感覚を覚える小傘は首を傾げる。
「そういえば、どうして二人で見舞いに来たんだ? 他にも行きたい奴が居たんじゃないのか?」
北斗は昼食を食べながら
「他のみんなは機関区や線路の除雪作業に駆り出されているからな。比較的暇な者が行くことになったんだ」
「そうか。みんな自発的にやっていたんだな」
「あぁ」
「そうか……」と北斗は呟く。
「でも、比較的暇な者……」
と、北斗は
重油専焼機として改造されたC59 127号機の燃料である重油は、未だに手に入れられる算段が無く、今も尚機関区に留まったままである。
一応通常の火室に再改造を計画しているものも、そうなるとボイラーそのものを交換しなければならない。ボイラーの新造自体は河童に依頼すれば可能だが、現在C57形蒸気機関車の製造に加え、C63形蒸気機関車の製造計画を立てている最中である。
恐らく河童側にC59形蒸気機関車のボイラーの製造をする暇は無い。
「でも、小傘さんを連れて来たのは?」
北斗は
「彼女を連れて来たのは、区長の最終判断を仰ぎたいからだ」
「最終判断?」
「あぁ。彼女を機関区で働かせるかどうかの判断だ」
「……」
北斗は腕を組み、静かに唸る。
「俺はここ最近の小傘さんの動きを見ていないから、どうこう言えないぞ」
「まぁそうだろうから、整備員達からの評判を教える」
「……結構良かったりするんですか?」
と、早苗が怪訝な表情を浮かべて問い掛ける。
「あぁ。整備工場の妖精達は、小傘をすぐにでも現場に寄越して欲しいと多くの意見を貰っている」
「そうなのか?」
「それも、今全般検査を行っているC50 58号機とC54 17号機の整備に加わって欲しいとのことだ」
「そこまで凄いのか」
前から小傘の技量の高さは知っていたが、予想以上に彼女は成長していた。
「……あの、区長。わちきの結果はどうでしょうか?」
小傘は恐る恐るといった様子で北斗に問い掛ける。
「……」
北斗は目を瞑り、しばらく考え込む。
それから少しして、北斗は目を開ける。
「整備員からの評判からすれば、問題はなさそうですね」
「ってことは!」
「これからも、機関車の整備士としてよろしくお願いします」
「っ! はい! わちき、頑張ります!」
小傘は嬉しそうに笑顔を浮かべて、両手を握り締める。
その嬉しい姿に北斗は微笑みを浮かべる。
「……」
しかしそんな嬉しそうな小傘の姿を、早苗はどこか面白くなさそうな様子で、視線を細くする。
その後小傘の今後の動きについて北斗は
その為、病室に居るのは北斗と早苗の二人だけとなった。
「……」
「……」
しかしいざ二人っきりになると、何を話そうかと悩んで、気まずい雰囲気が漂い出す。
「……あ、あの、北斗さん」
「何でしょうか?」
「左腕の状態は、大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、はい。最初と比べて、大分動くようになりましたね」
北斗は包帯が巻かれている左腕を上げて、少しぎこちなく左手を動かして見せた。
「リハビリは必要ですが、永琳さんの診察次第で近い内に退院出来るそうです」
「そうですか。良かった……」
早苗は安堵して息を吐く。
「……早苗さん」
「な、何でしょうか?」
「……今回のことは、本当に申し訳ありませんでした」
「北斗さん?」
突然の北斗の謝罪に、早苗は戸惑う。
「自分が意識を失っている間、早苗さんに苦労を掛けていた様で……」
「……」
「諏訪子さんから、説教を受けました。さすがに今回は無鉄砲だと」
「それは……」
早苗は何か言おうとするも、諏訪子の名前を出されてそれ以上先は言えなかった。
「自分の判断が間違っているとは思っていませんが、諏訪子さんから早苗さんの事を聞かされたら、本当に正しかったのかどうか、思うところがあります」
「……」
「本当に、難しいですねよ」
北斗は力なくそう言うと、俯く。
「……」
すると早苗は椅子から立ち上がり、そのままベッドの方に腰掛けて、北斗を抱き寄せる。
「さ、早苗さん?」
彼女の突然の行動に、北斗は慌てる。
「私は、別に北斗さんが悪いとは思っていません。それと、北斗さんに怒ってはいません」
と、早苗は北斗の耳元で、そう声を漏らす。
「例えあの時、その後の結果どうなろうとも、私は北斗さんの行動が正しかったと思っています。そのお陰で、私は生きているんです」
「……」
「何より、今こうして、私の腕の中に北斗さんが生きているんです」
と、早苗は北斗を強く抱きしめる。
「それだけでも、私は嬉しいんです」
「……早苗さん」
震える声を漏らす早苗に、北斗は彼女の後頭部を優しく撫でる。
それからして二人は少し離れて、互いを見つめ合う。
「……」
「……」
目と鼻の先に互いの顔がある中、二人は頬を赤くしながら見つめ合い、やがて目を瞑って顔を近づけ、額をくっ付け合い、鼻先が触れ合う。
二人はそのまましばらく、二人しか居ない病室で、互いの温もりを感じ合うのだった。
感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。