東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第112駅 先の事よりも今の事

 

 

 

 次の日……

 

 

「はぁ……疲れたわねぇ……」

 

 鈴仙はため息を付きながら、肩に手を当てて左右に頭を揺らす。

 

 人里で薬の配達を終えた彼女は、寄り道せず真っ直ぐに永遠亭へと帰って来た。

 

 薬の配達時に来ていた服装からいつもの女子高生の制服みたいな服装に着替え終えた彼女は、永遠亭内の廊下を歩き、北斗が居るであろう病室に向かっていた。

 

 ほぼ回復したといっても、師匠である永琳よりお世話係を言い付けられている以上、最後まで責務を果たさないといけない。

 

(そういえば、明後日には北斗さん退院するのよね)

 

 ふと、鈴仙は昨日の夜に、永琳との会話を思い出し、内心呟く。

 

 北斗の体調が急変しない限り、明後日には退院する予定である。

 

(何だか、寂しくなるわね……)

 

 彼女はどこか寂しげな雰囲気を出し、再度ため息を付く。

 

 一ヶ月近く彼の身の回りの世話をしていれば、彼に対して情が移るであろうが、今まで同じように入院していた者も居たので、普段ならここまで気になりはしない。

 だが、北斗の他とは違う独特感が、彼女に大きく影響を与えているのだろう。

 

「……」

 

 しかし彼女の胸中には、もやもやとした、言い表せない感情があり、どこかスッキリとしなかった。

 

 

 

「あっ……」

 

 その後縁側へと出た彼女は、そこで思わず声を漏らす。

 

「鈴仙さん?」

 

 縁側には、北斗が床に座って雪が積もった中庭を眺めており、鈴仙が声を漏らしたことで北斗は彼女の存在に気付き、後ろを振り向く。

 

「北斗さん。どうしてここに?」

 

「それは、ずっと病室に篭りっぱなしなのは暇なので、気晴らしに外の景色を見に」

 

「あぁ、なるほど」

 

 納得したように鈴仙は頷く。彼女もたまには病室を利用することもあるので、その閉鎖的な空間の感覚が理解できた。

 

 えっ? なんで永遠亭の一員である彼女が病室を利用するのかって? まぁ、察して欲しい。

 

「鈴仙さんは配達が終わって帰ったところですか?」

 

「はい。さっき帰ったばかりで」

 

 鈴仙はそう答えながら北斗の傍に座り込む。

 

「そうですか。こんな中で、大変ですね」

 

 北斗は雪が積もった中庭を見る。

 

「確かに大変ですけど、まぁ仕事ですしね。……それにやらないと師匠に実験台にさせられる」

 

「?」

 

 鈴仙は苦笑いを浮かべつつそう言うも、最後だけ小さく呟き視線を逸らす。その様子に北斗は首を傾げる。

 

「……あれ?」

 

 ふと、彼女はあることに気付く。

 

「あ、あの、北斗さん?」

 

「何でしょうか?」

 

「えぇと、その……」

 

 鈴仙は気まずそうにしながら、北斗に問い掛ける。

 

「左頬、どうしたんですか?」

 

 彼女の視線の先には、左頬が赤く腫れ上がった北斗の姿があった。まるでぶたれた様に赤く腫れている。

 

「あぁ、これですか。少し前に霊夢さんがお見舞いに来て……」

 

「れ、霊夢が来ていたの?」

 

 鈴仙は二重の意味で驚いた。お見舞いに来なさそうな者であり、そんな彼女が北斗に何かしたという事実に驚いた。

 

「霊夢さんは見舞いに来てくれましたけど、実質説教をしに来た様なものでして、その時に……」

 

「説教? 霊夢が?」

 

 鈴仙はいまいち分からずに、首を傾げる。 

 

「自分がここに入院することになったのは、無縁塚での出来事がきっかけでして、その時に、自分は無理をしまして」

 

 北斗は包帯が取れた左腕を見る。今は服の袖に隠れているが、妖怪の爪で切り裂かれた傷跡が残っている。

 

「霊夢さんから言われました。『身の丈に合った事を自覚しなさい』と」

 

「身の丈に合った事……」

 

 鈴仙は話を聞きつつ呟く。

 

「鈴仙さんは、自分がここに運び込まれた理由は知っていますか?」

 

「は、はい。確か妖怪から早苗を庇って、その際に左腕に傷を負って、その上毒を盛られたと」

 

「はい。その通りです」

 

 北斗はそう呟くと、前を見る。

 

「霊夢さんの言うとおり、自分には戦う為の力なんてありません。あの時、無謀な行動に見えてもおかしく無かったです」

 

「……」

 

「でも、早苗さんを庇った事に、俺は後悔していません」

 

 北斗は一瞬悲しげな表情を浮かべるも、すぐに決意に満ちた表情を浮かべる。

 

「もちろん、今の状況を思えば、あの時の行動が正しかったのかどうかに、何も思わないことはありません。でも、あの時は先の事より、今を後悔したくなかった。ただそれだけでした」

 

「先の事より、今を後悔したくなかった……」

 

 北斗の言葉をオウム返しのように呟き、鈴仙は北斗を見る。

 

「やっぱり、おかしいでしょうか?」

 

「それは……」

 

 北斗から問われて、鈴仙は戸惑い、答えられなかった。

 

「……私は、正しいと思います」

 

 彼女は間を置いてから、言葉を発した。

 

「人生は一度きりですから、正しいと思うのなら、それで良いと思います」

 

「……そうですか」

 

「でも、霊夢の言う事も、一理あるかな。無理をして命を落としたら、元の子もありませんし」

 

「……」

 

「難しいですよね。その辺は」

 

「そうですね」

 

 二人はそのまま中庭へと視線を向ける。

 

 しばらく沈黙の間が続くも、北斗が口を開く。

 

「そういえば、この中庭は鈴仙さんが整えているのですか?」

 

「えっ? あっ、そうですね。てゐ以外の因幡の手伝いもあるけど、私がしています」

 

「そうですか。とても綺麗に整えられていますね」

 

「そうでもないですよ。妖夢に色々と教えてもらって、何とか出来ているぐらいですし」

 

「魂魄妖夢さんのことですか?」

 

「妖夢の事知っているの? って、そういえば昨日北斗さんに見舞いとして来ていたのよね」

 

 鈴仙は意外そうな表情を浮かべるも、すぐに納得して頷く。

 

「妖夢は庭師だから、色々と教えてもらったのよ」

 

「なるほど」

 

 北斗は納得して頷くと、中庭を隅々まで見る。

 

「……」

 

 そんな北斗の姿を、鈴仙は静かに見つめる。

 

 

(そういえば、北斗さんの波長って……)

 

 鈴仙は内心呟きつつ、目を細めて北斗を見つめて、彼から発するある物を見る。

 

 彼女には『波長を操る程度の能力』があり、音や光、電磁波、物質の波動、精神の波動など、ありとあらゆる波を操る能力であり、それにより相手に幻覚や幻聴を引き起こさせる事が出来る。

 その能力の一環として、相手の波長を読み取る事で、相手の性格を分析できる。

 

(どうして大きく変化が見られないのかしら?)

 

 北斗の波長を読み取り、鈴仙は不思議でならなかった。

 

 人妖にはそれぞれ波長に特徴があり、それは性格を表している。しかし北斗にはその波長に変化が無い。

 

 今まで北斗を見てきて、一見すれば物静かで、大人しい人物に見えた。だが、その割には波長が長くない。かといって短くもない。

 

 つまり、そこから導かれる答えは……

 

 

(北斗さんって……心が無いの?)

 

 鈴仙は自分で考えながらも、ゾッとする。

 

 心が無い。それならば波長に変化が見られない理由が付く。

 

 しかし心が無いなら、こうして普通に会話なんて出来ない。ましても、こうして起きているはずも無い。

 

 正に矛盾した存在だ。

 

 だが、逆に考えれば、波長に変化が見られないというより、何かしらの影響で北斗の波長を見れないとも考えられる。

 

 しかしその影響とは何か? 

 

「……」

 

 ふと、鈴仙の脳裏に北斗の背中に刻まれた傷跡が過ぎる。本人曰く、叔父の教育によって出来たものだと。

 

(……もしかして、北斗さんは)

 

 彼女はとある憶測が浮かび、息を呑む。 

 

 

「……っ」

 

 だがその瞬間、鈴仙は胸を締め付けられるような苦しみに襲われ、思わず胸元に手を当てる。

 

「ど、どうしましたか?」

 

 彼女の異様な様子に北斗は戸惑いながらも声を掛ける。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 北斗にそう伝えながら、鈴仙はとっさに上着のポケットに手を突っ込む。

 

「っ!?」

 

 しかし手に何も感じず、とっさにポケットの中を見るも、中には何も入っていない。

 

「そん、な……」

 

 鈴仙は思わず声を漏らし、歯噛みする。

 

 いつも持ち歩いている錠剤を入れたケースだが、人里へ薬の配達時着る服に入れたままにして着替えてしまった。

 

「っ! っ!」

 

 やがて鈴仙は呼吸困難に陥って、蹲る。

 

「鈴仙さん!?」

 

 突然蹲り、呼吸困難に陥った鈴仙に北斗は近づき声を掛ける。

 

「どうしたんです!? 大丈夫ですか!?」

 

 彼が声を掛けても、鈴仙は呼吸がままならず返事が出来ないでいた。

 

 北斗は動揺するも、すぐに気持ちを切り替えて彼女の身体を所謂お姫様抱っこのように抱き上げ、永琳が居るであろう診察室へ向かう。

 

 

 鈴仙を抱えて北斗は、診察室の前へとやって来て、大きな声を出す。

 

「永琳さん!! 永琳さん!!」

 

 彼の声が聞こえてか、診察室の扉が開かれる。

 

「一体どうしたの?」

 

 扉が開かれ、永琳が出てくると、北斗の抱えられて息苦しそうにしている鈴仙を見てハッとなる。

 

「突然苦しそうにし出して。一体何が……」

 

「……早く中へ」

 

 北斗は苦しそうにしている鈴仙を見ながら不安を口にすると、永琳は冷静に彼を中へと入れる。

 

 そのまま永琳は北斗に鈴仙をベッドに寝かせるように指示を出して、自身は棚から必要なものを取り出す。

 

「鈴仙さん……」

 

 胸を押さえて苦しむ鈴仙の姿を見て、北斗は思わず声を漏らす。

 

 その後に、白い布を手にした永琳が鈴仙の元へとやって来る。

 

「強引な手だけと、仕方ないわ」

 

 すると彼女はその白い布を鈴仙の鼻と口に当てて、身体をもう片方の手で押さえ込む。

 

 白い布を当てられて、鈴仙は一瞬目を見開くも、やがて意識が朦朧となり、そのまま目を閉じて静かになる。

 

「心配ないわ。睡眠薬で眠っただけよ」

 

 突然眠った鈴仙に不安な表情を浮かべるも、永琳は手袋をした手で持っている白い布を見せて彼に説明する。

 

「感謝するわ。優曇華を連れてきてくれて」

 

「いえ。お構いなく」

 

 北斗はそう言うと、眠った鈴仙を見る。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。一時的な発作みたいなものだから」

 

 と、北斗に説明しながら永琳は、睡眠薬を染み込ませた白い布を畳んで机に置いて手袋を取る。

 

「……鈴仙さんは、病気なんですか?」

 

「病気……とは少し事情が違うわね」

 

 と、永琳は水の入ったコップを手にしながら、間を置いて答える。

 

「……」

 

 北斗は永琳の答えを聞き、何となく察しが付く。

 

「そうね。鈴仙が発した症状は、精神的から来る発作よ」

 

 北斗の様子を察してか、永琳は水を飲んだ後、口元を拭いながらそう答える。

 

「一体何が……いえ、何でも無いです」

 

 北斗は事情を聞こうとするも、すぐに取り消した。余計な詮索をしないのが彼の性分である。それが相手の心を傷つけるようなものなら、尚更である。

 

「優しいのね」

 

 その様子に永琳は微笑みを浮かべる。

 

「そんな事は無いです。ただ、辛い記憶を思い出せるわけにはいきませんので。それに、安易な同情は嫌いですから」

 

「……そう」

 

 永琳は何か言いたげであったが、彼女は何も言わなかった。

 

「では、自分は病室に戻っています」

 

 北斗は頭を下げてから、診察室を出る。

 

 

「……」

 

 北斗が診察室を出た後、永琳は小さくため息を付いて道具箱から聴診器を取り出して首に掛け、眠っている鈴仙の首に巻かれているネクタイを緩めて、シャツのボタンをいくつか外す。

 その後聴診器を耳に付けて、鈴仙の胸に聴診器を当てて呼吸を確認する。

 

(似たもの同士、何となく分かるものなのね)

 

 鈴仙の呼吸を聴診器で聞きながら内心呟き、視線の先にあるものを見る。

 

 永琳の視線の先には、シャツの隙間から覗く鈴仙の身体に刻まれた傷跡である。それも細長い何かで強く叩きつけられたような傷跡である。

 

 その傷跡の存在が、彼女の過去を語っているのは明確である。

 

「……」

 

 永琳は静かに聴診器を取り、元の道具箱へと戻した後、鈴仙が起きるまで傍で待つのだった。

 

 

 

 

 




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