それからあっという間に二日が経過した。
「今日まで色々とお世話になりました」
永遠亭の門の前で、真新しいナッパ服を身に纏う北斗がお礼を言いつつ頭を下げる。
「今後何かあったら、いつでも受け入れるわ」
永琳はそう言うと、手にしている紙袋を差し出す。
「これは一週間分の薬よ。一日の朝と夜に飲むように。一週間後に優曇華が薬の配達に向かうから、その時は迎えをお願いするわ」
「分かりました」
薬が入った紙袋を受け取りながら、北斗は頷く。
「北斗。思い出した程度でいいから、たまには話をしに来て貰えるかしら? あなたとの会話は楽しいから」
「はい。暇が出来ましたら、その時は伺います」
輝夜はそう言うと、北斗は頷くも、彼の隣に立つ妹紅は鼻を鳴らす。
「この際引き篭もりを卒業する為に、お前から北斗の元に行けば良いんじゃないか?」
「何を言っているのかしら。彼は今後忙しくなるだろうから、彼の都合に合わせてお願いしているんじゃないの。そんな事も分からないのかしら?」
「ここまで来る苦労も分からねぇのか? これだから苦労の知らないやつは」
互いにディスり合い、次第に殺気が高まりつつある中、その気配に気付いた永琳は笑みを浮かべる。
「そこまでにしておきなさい。せっかくの場が台無しになるわ」
グッと彼女が握り拳を作ると、二人はピタリと黙り込む。
「ごめんなさいね。せっかくの退院の場なのに、ギスギスとして」
「いえ。自分は気にしていませんので」
北斗は気にしていないことを伝えると、永琳の隣に立つ鈴仙を見る。
「鈴仙さん」
「は、はい」
「その、今後も同じことが起こると思いますので、お身体には気をつけてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
鈴仙は少し戸惑いながらも、頭を下げてお礼を言う。
あの時、目を覚ましたその日の夜に、鈴仙は北斗の元へ赴き、呼吸困難に陥った自身を永琳の元へと運んでくれたお礼を言った。
北斗は当たり前のことをしただけだと告げて、彼女にはそれ以上の追求はしなかった。
「改めですが、本当にありがとうございます」
北斗は改めて御礼を言いつつ、頭を下げ、手を振って妹紅の後を付いて行く。
「……行ってしまったわね」
「えぇ」
妹紅の後を付いて行く北斗の姿を輝夜と永琳が見つめながら、短く言葉を交わす。
「……永琳」
「……」
「私はあの結果……信じないわよ」
「姫様……」
顔を前に向けたまま輝夜はそう言うと、永琳は何とも言えなかった。
「……ありえないとは言い難いけど、とても信じられないわ」
「……」
輝夜はそう言うと、踵を返して永遠亭へ戻っていく。
「……師匠。今の話は?」
「気にしないで頂戴。とても複雑な事だから」
「は、はい……」
鈴仙は輝夜の様子に永琳に問い掛けるも、彼女から睨まれる様に見られながらそう言われ、短く答えてそれ以上は聞けなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「……」
妹紅の後を付いて行きながら、北斗はどこか上の空だった。
「それにしても、北斗」
「は、はい?」
と、妹紅が口を開いて声を掛けると、北斗は少し驚いて反応する。
「いつから鈴仙といい雰囲気になっていたんだ?」
「い、いい雰囲気って……」
妹紅の問い掛けに北斗は戸惑う。
「あんな鈴仙の姿見たのは初めてだぞ」
「……」
「で、何があったんだ?」
「何がって……」
どこか楽しげな様子で聞く妹紅に、北斗はどう答えようか一考する。
鈴仙が突然呼吸困難な状態に陥り、永琳より精神的な発作と聞かされた北斗は、彼女が過去に何か辛い目に遭ったものだとすぐに察せた。
そんな過去を持つと思われる彼女のことを考えて、容易に他者に漏らすわけにはいかない。
「……一昨日に鈴仙さんが怪我をして、自分が永琳さんの所に運んだんです」
「……」
「ただ、それだけです」
「……そうか。まぁ、そういうことなんだろうな」
妹紅は何かに気付いた様子であったが、北斗を気にしてか納得した。
それからしばらく迷いの竹林を妹紅の案内の元進み、竹林の外へと出る。
「北斗さーん!!」
「区長!!」
竹林の前方にある線路には、スハ43一輌を連結したD51 241号機が停車しており、その前では早苗と
「早苗さん。
北斗はD51 241号機の前まで歩き、二人を見る。と、同時に久々に彼の鼻腔に蒸気機関車の煙突より漏れる煙の臭いが届き、安心感がこみ上げてくる。
「退院おめでとうございます、北斗さん」
「ありがとうございます、早苗さん」
早苗は北斗を見つめながら、微笑みを浮かべ、北斗も微笑みを浮かべて頷く。
(甘酸っぱいなぁ……)
そんな二人の様子に妹紅は温かい目で見守りながら内心呟く。
「区長。ご無事で何よりです」
「心配掛けたな。
「特に問題はありませんでした。でも、色々と報告することが多いです」
「そうか。なら、帰ったら忙しくなるな」
「そうですね。みんな区長が帰ってくるのを機関区で待っています」
「そうか。分かった」
その後に妖精達がスハ43の扉を閉める。
安全を確認した車掌が客車の窓から緑旗を出して振るいながら笛を吹く。
旗と笛を確認した
シリンダーへと蒸気が送り込まれてピストンが動き出し、連結棒を通して四軸の動輪が動き出し、D51 241号機はゆっくりとピストン付近の排気管からドレンを吐き出し、D51 241号機の特徴であるギースルエジェクターの煙突から灰色の煙を吐き出しながら前進する。
迷いの竹林前を出発したD51 241号機は、分岐点を通って人里へと向かって行き、煙突からドラフト音を奏でて灰色の煙を吐き出して走る。
「……」
スハ43に乗り込む北斗は、窓から覗く雪が積もり、白く染まった幻想郷の景色を、頬杖を付いて眺めていた。
(久々だな。車窓から景色を見るのは)
客車から覗く景色を見て、北斗は内心呟き、思わず口角が少し上がる。
客車の前では機関車が煙突から煙を吐き出しながら前進し、四つある動輪がピストンによって連結棒によって繋がれた動輪を回している。
この一連の動きが、蒸気機関車の醍醐味だろう。
「嬉しそうですね、北斗さん」
と、向かい側の座席に座る早苗が微笑みを浮かべて北斗に声を掛ける。
「そうですね。やはりこうして客車に乗って揺られるのは、心地良いです」
「はい。私もそう思います」
早苗は頷いて同意し、北斗と同じく窓から外の景色を眺める。
(こりゃ私、完全に蚊帳の外だな)
そんな二人の様子を隣の席から見ていた妹紅は、両手を頭の後ろで組んで座席の背もたれにもたれかかる。
―――――――――――――――――――――――――――――
それからしばらくして、D51 241号機は人里の駅へと到着し、速度を落としつつ駅へと入り、ブレーキが掛けられて停止する。
スハ43の出入り口の扉が開かれ、妹紅が駅のホームへと降りる。
「妹紅さん。今までお見舞い客を案内してくれて、ありがとうございます」
「気にするな。それが私の仕事だしな」
客車の入り口前で北斗が頭を下げて妹紅にお礼を言う。
「北斗。列車の再開……出来ると良いな」
「はい。可能な限り早く再開させます」
「楽しみにしているよ」
妹紅はそう言うと、一方後ろに下がり、北斗は頭を下げてからスハ43の扉を閉める。
その後車掌の出発合図を確認して、
ドレンを吐き出しながら前進するD51 241号機を妹紅は、その姿が見えなくなるまで見届ける。
沿線では久しぶりに蒸気機関車が走っているとあって、偶々居合わせた住人達がその姿を見ていた。中には手を振るう子供の姿があり、
D51 241号機はドラフト音を奏でながら幻想郷に張られた線路を走り、幻想機関区へと向かっていた。
「……」
北斗は静かに窓から外の景色を眺めつつ、二週間以上空けていた幻想機関区への帰りを楽しみにしている。
(半月近く振りか。何だかそれ以上空けていたような感じがするな)
北斗が機関区を空けていたのは実質半月近くとはいえど、気持ち的には半年以上空けていたような感じがして、不思議な気分にあった。
そしてD51 241号機は幻想機関区へと入区し、ゆっくりと機関区内を進んでいく。
「……」
北斗は客車の窓から機関区を見渡す。
機関区の変わりない様子に北斗は安心して、安堵の息を吐く。
D51 241号機はいくつもの分岐点を通り、扇形機関庫の前へと向かう。
「っ! あれは」
北斗は客車の窓から身を乗り出し、扇形機関庫を見る。
機関庫では、機関車達が全て頭出しの状態で停車しており、その一部を除く全ての機関車に火が入っており、煙突から薄く煙が出ている。
C59 127号機は、ボイラーからパイプが伸びており、隣に居るD62 20号機のボイラーと繋がれていた。
そしてそれぞれの機関車の前には、神霊の少女達が立って北斗の帰りを待っており、その中でD62 20号機の前には幻月と夢月、エリスの姿がある。
機関庫の脇にある線路では、C11 382号機とC12 294号機も火を入れた状態で置かれており、その中でC11 382号機の
D51 241号機はゆっくりと、転車台の前で停車し、スハ43扉が開かれて北斗は客車から降りる。
「皆さん北斗さんを迎えようと、自分達でこの形を考えたんですよ」
後に続いて客車から降りた早苗が、北斗にそう告げる
「みんなが……」
早苗から話を聞き、北斗は神霊の少女達を見る。
「お帰り、区長」
と、D62 20号機の前に居た夢月達が、ゆっくりと歩いて転車台を通って北斗の元へとやって来る。
「夢月さん、幻月さん、エリスさん。留守の間機関区を守ってくださって、ありがとうござます」
「いいのよ。ここに住まわせて貰っているんだから、このくらい当然よ」
北斗が留守の間機関区を守っていたお礼を言うと、夢月は右手を腰に当ててそう言う。
「妖怪に襲われたにしては、思ったより元気そうね」
幻月は北斗を頭から足までを見て、元気そうな姿にどこか安心した様子を見せる、
「えぇ。入院先にとても優秀な医者がいましたので」
「そう。それは運が良かったわね」
幻月は笑みを浮かべて、夢月を見る。
「最も、ここを守っていたのは、あいつだけどね」
「……?」
と、夢月が右へ顔を向けて北斗も右を見ると、宿舎の屋根の上に立っていた人影が北斗の元へ向かって飛んできて、彼の近くに着地する、
『お帰りなさい、我が主よ』
幽玄魔眼は北斗の近くに来ると、片膝を地面に着けて頭を下げる。
『主の命令どおり、この者達と共に、この機関区を不埒な侵入者より守りました』
「そうか。ご苦労だったな」
北斗がそう言うと、幽玄魔眼は顔を上げる。
これまで語られていなかったが、幻想機関区は何度か彼らのことを快く思わない妖怪達による襲撃を受けていた。
しかしその度に夢幻姉妹とエリスが戦い、返り討ちにしていた。今回は彼女達に加え、幽玄魔眼も襲撃してきた妖怪たちを返り討ちにしていた。
もちろん彼女達は、今の幻想郷のルールに従い、弾幕ごっこで撃退していたが、相手がそのルールを破った場合のみ、容赦しなかったとか。
すると機関車達が一斉に汽笛を鳴らす。
北斗はその大きな音に驚くも、その迫力に圧倒される。
しばらく機関車達は汽笛を鳴らした後、一旦止まる。
その後、B20 15号機が汽笛を鳴らし、他と比べ可愛らしい音色を奏でる。
次に48633号機と18633号機が汽笛を鳴らし、三音室特有の甲高い音色を奏でる。
次に9677号機と79602号機が汽笛を鳴らし、三音室と五音室のそれぞれの音色が奏でられる。
次にC58 1号機とC58 283号機が汽笛を鳴らし、五音室の汽笛から微妙に違う音程の音色が奏でられる。
次にC55 57号機とC57 135号機が汽笛を鳴らし、猛々しい音色が汽笛から放たれる。
次にC10 17号機が汽笛を鳴らし、三音室と五音室の音色が混ざったような音色が放たれる。
次にC11 260号機とC11 312号機が汽笛を鳴らし、少し高い音色が奏でられる。
次にC12 208号機とC12 06号機が汽笛を鳴らし、最初は大きな音色であったが、次第に甲高い音色へと変化する。
次にD51 241号機とD51 465号機、D51 603号機、D51 1086号機が汽笛を鳴らし、それぞれ異なる音色が放たれる。
次にD62 20号機のボイラーとパイプで繋がれて蒸気が送られているC59 127号機が汽笛を鳴らし、その後にD62 20号機も猛々しい音色を汽笛から放つ。
次にD61 4号機とE10 5号機、C56 44号機が汽笛を鳴らし、それぞれの音程の音色が放たれる。
最後にC11 382号機とC12 294号機が汽笛を鳴らして、全ての機関車が汽笛を鳴らし終えた。
「……」
北斗はその光景に圧倒され、蒸気機関車達に見とれる。
『お帰りなさい!! 区長!!』
と、神霊の少女達が敬礼と共に大きな声を上げて、北斗を呼ぶ。
(……そうか。そうだよな)
その姿と光景を目の当たりにして、北斗は胸の中が暖かくなるような感覚がこみ上げてくる。
(今の俺には、帰る場所があるんだ……)
内心呟きつつ、北斗の脳裏に過ぎるのは、帰っても誰も出迎えない、誰も居ない、温もりの無い空っぽな日々。
だが、幻想郷に来て、誰もが彼の帰りを出迎え、多くの者が居て、そして心地良い温もりが充実した日々。
(こんなにも、嬉しく思えるんだな。帰るべき場所があるっていうのは……)
北斗は内心呟き、敬礼をする。
「ただいま」
彼は短くそう言うと、笑みを浮かべる。
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