北斗が退院したその後の永遠亭
「……」
診察室で、机に両肘を付けて両手を組み、その上に顎を乗せて何かを考えている永琳の姿があった。
その雰囲気から、深く真剣に考え込んでいるのは容易に察せる。
「……」
その近くでは、診察室にある棚に置いている薬や資料の整理をしている鈴仙が、チラチラと永琳の様子を伺っている。
こうやって真剣に考える師匠の姿は別に珍しいわけではないが、今日はいつもと違う雰囲気があって、鈴仙は気になっていた。
「優曇華。そんなにチラチラ見られると気が散るわ」
「も、申し訳ありません……」
と、考え込んでいた永琳であったが、弟子の視線に気づいてそう言うと、鈴仙はすぐに謝罪する。
「で、何か聞きたいことがあるんじゃないのかしら?」
「それは……」
鈴仙はどこか聞きづらそうな様子で、口ごもる。
「気にする事は無いわ。聞きたい事を言いなさい」
「……」
師匠である永琳に半ば命令されて、鈴仙は戸惑いながらも問い掛ける。
「……師匠。師匠が北斗さんに渡した薬は、どんな薬なんですか?」
「……」
「その、北斗さんの体調はもう殆ど完治していたはずです。なのに、どうしてわざわざ必要の無い薬を処方したんですか」
彼女の質問に、永琳はしばらく沈黙する。
長年師匠である永琳の下で様々な事を学んでいるとあって、鈴仙は永琳の判断に違和感を覚えていた。
間近で見ていたとあって、北斗の体調は少なくとも薬が必要になるような状態ではなく、非常に良好であった。体内に入った妖怪の毒も、最初の治療時に解毒できたので、体内に毒は残っておらず、薬の必要も無い。
なのに、なぜわざわざ診断結果を偽って、薬を処方したのか……
永琳はしばらく沈黙するも、口を開く。
「……あれは妖怪の毒に対しての薬じゃないわ。それに彼の体内にはもう毒は無いし、後遺症もないわ」
「では、あの薬はいったい?」
「あれは――――」
「―――細胞の劣化を遅らせる為の薬よ」
「……えっ?」
永琳の口から発せられた事実に、鈴仙は声を漏らす。
「細胞の劣化を? ど、どういうことなんですか?」
「そのままの意味よ。彼の身体の細胞は通常と比べて劣化する速度が早いわ。それを遅らせる為の薬よ。本来なら注射で体内に入れるのが好ましいけど、彼に怪しまれないように、飲み薬にしたわ」
「……」
衝撃的な事実を知り、鈴仙は呆然と立ち尽くす。
「ど、どうしてそんなことが? まさか、妖怪の毒が原因で、北斗さんの細胞が変化したんですか?」
「いいえ。確かにそれも要因の一つだけど、根本的原因は違うわ」
「……?」
「彼の細胞には、複製された細胞の特徴が見られたのよ」
「複製された細胞って、それじゃまるで……」
「えぇ。そんなもの、クローンそのものよ」
「……」
次々に明らかとなる衝撃的事実に、鈴仙の頭は追いつかなかった。
「その上、かなり粗悪な細胞よ。そのせいで細胞の劣化が早いわ」
「……」
「しかも、妖怪の毒でその細胞に変化が現れているわ。だから余計に劣化が早くなってしまっているの」
「だから、その劣化を遅らせる薬を」
鈴仙は動揺していたものも、永琳の判断を理解する。
「そういう事よ。でも、あくまでも遅らせる程度でしかない。どの道、結果は変わらないわ」
「……」
『結果が変わらない』……その言葉の意味を理解して、鈴仙は明らかに不安の色を見せる。
「……」
「どうにか出来ないか、って言いたそうね」
「……っ」
永琳に考えを見抜かれ、鈴仙は少し目を見開く。
「
「……
「そう。
永琳の意味深な言葉に、鈴仙は息を呑む。
「安心なさい。少なくとも、私は道を踏み外す気は無いわ」
「……」
「でも、姫様が望むのなら、私はあえて道を踏み外すつもりでいるわ」
「? どうして姫様が関わってくるのですか?」
「……」
鈴仙は急に関係の無いはずの輝夜が出てきて怪訝な表情を浮かべ、永琳は目を細める。
「……これから伝えることは、他言無用よ」
と、彼女はとある事実を鈴仙に伝える。
「……じょ、冗談ですよね?」
永琳より伝えられた事実に、鈴仙は明らかに動揺していた。
「こんな真剣な時に、そんな質の悪い冗談は言わないわ」
「で、でも、ありえないですよ。だって……」
鈴仙は言おうとした口を閉じて、俯く。
「そう。あなたの言う通りよ、優曇華。普通に考えれば、ありえないわ」
「……」
「でも、結果がある以上、事実は変えられないわ」
「……」
彼女が言った後、緊張した空気が診察室に漂う。
「……師匠は、どう考えているんですか?」
「結果がある以上、私はそれを認めるしかないわ」
「……」
「そして姫様が命じるのなら、それに従うまでよ。彼がどうするかはその時次第だけど」
「……」
(本当、飽きさせないわね……)
内心呟き、永琳はため息をつく。
彼女の脳裏に浮かぶのは、北斗と輝夜の遺伝子に、いくつかの共通する部分がある検査結果であった。
永琳は北斗を見た時から、とある疑惑を考えて、怪我の治療中に血液検査を行った。その後輝夜から血液を提供してもらい、検査を行った。
その結果が、前途の通りである。
遺伝子に共通している部分がある。果たしてそれが……一体何の意味を持つのか……
―――――――――――――――――――――――――――――
所変わり、地底。
「……」
荷物を纏めた風呂敷を手にして、彼女は今まで住んでいた廃屋を出て、地底の道を静かに歩いていた。
「……」
ふと、彼女こと、河城みとりは何かに気づき、その足を止める。
「せめて別れの言葉ぐらい言っても良いんじゃないか?」
と、曲がり角の陰から声がすると、どこか呆れた様子の星熊勇儀が出てくる。
「……言えば面倒なことになりそうだったからな」
「そりゃ無いだろう」
視線を逸らしてそう言うみとりに、勇儀は苦笑いを浮かべる。
「まぁいいや」と、勇儀は自身の中で自己解決し、みとりを見る。
「……行くんだな」
「……あぁ」
「それだけ、あの人間の事が気になるのか」
「……」
勇儀の質問に、みとりは答えなかった。
「まぁ、私は止めやしないさ。みとりが決めたことならな」
「……」
「もし地上が嫌になったら、いつでも帰って来ても良いんだぞ。私達はいつでもお前を迎えるさ」
「……」
「そうでなくても、たまには顔を見せに来てくれよ。寂しいからな」
「お前の場合寂しいとは無縁じゃないか?」
「そういう意味じゃないんだがな」
勇儀は苦笑いを浮かべて、ため息をつく。
「……世話になったな、勇儀」
「あぁ。元気でな、みとり」
みとりはそう言うと、勇儀の脇を通って歩いていく。
(やれやれ。こいしといい、みとりといい、不思議なもんだな、あの人間は)
みとりの背中を見送りながら、彼女は北斗の姿を思い浮かべる。
……やはり、行くのか?
あぁ。一応報告しに行かないといけないからな。それで向こうを納得させて、何とか理由を付けて戻ってくる
……
満月が昇る夜。生まれたばかりの赤ん坊を抱える女性が一人の男性に問い掛ける。
大丈夫さ。この報告があれば、幻想郷を陥れる事にはならない。それだけは確かだ
……
だが、飛鳥。もしかすれば、君達に迷惑を掛けるかもしれない。その時は……北斗を頼む
……
悲しげな雰囲気を出す飛鳥に、男性は彼女に近づき、飛鳥が抱えている赤ん坊を見つめる。
大丈夫だ、飛鳥。俺は必ず戻ってくる。飛鳥と、北斗の為に。そして俺個人の目的の為にな
――――――
「……」
ふと、途中で飛鳥は目が覚めた。
最初に視界に入ったのは、家屋の天井だ。
(また、あの夢か)
彼女は内心呟きながら半身を起こして、顔に手を付ける。
「……?」
すると手に湿った感覚がして手を顔から離して見ると、掌の一部が濡れてる。
その後目元に触れると、そこも濡れている。
(泣いていたのか……)
飛鳥はその濡れてる原因が、自身が泣いていたと自覚して、手の甲で涙を拭い、隣にある窓から外を見る。
空には夢の中同様に、満月が昇っている。
(満月の日は、どうしてもあの日を思い出すな……)
飛鳥は夢の内容が脳裏に過ぎり、布団を握り締める。
「……」
彼女はベッドの柱に掛けているコートの懐にあるポケットに手を入れて、中に入っている物を取り出すと、折り畳んでいるそれを広げる。
「……」
悲しげな表情を浮かべる彼女は、広げた写真を見つめる。
写真には赤ん坊を抱えている自身と、若い男性が写っている。赤ん坊は後の北斗である。
「……『輝月』」
彼女は自身の隣に写る男性を見つめながら、その名前を呟き、顔を上げて窓から満月を見つめる。
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