東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第11駅 今の名前

 

 

 その日の夜。

 

 

 殆どの者が寝静まった幻想郷。

 

 その中で僅かに明かりが灯されているのは、幻想機関区であった。

 

 早朝の出発に向けて機関庫では機関車の罐の火が消えないように火の番をしていたり、整備に念を入れている妖精達の姿があった。

 

 そして明かりは機関区の敷地内にある宿舎にもあった。

 

 

 宿舎にある区長室で北斗は執務机に広げた幻想郷の地図を見ていた。

 

 と言っても、現代の正確に描かれたものではなく、昔に絵の様に描かれた地図であったので正確さには欠けていた。まぁ無いよりマシであった。

 

「幻想郷って、結構広いんだな」

 

 幻想郷の地図を見ながら彼は呟き、右手の指先を地図に描かれた平原に置く。

 

(ここに幻想機関区があって、ここが人里。ここが博麗神社か)

 

 地図に描かれた場所を確認して彼は背もたれにもたれかかる。

 

(この幻想郷にどれだけの線路が張り巡らされているのか)

 

 どんな感じで線路があって、どこへと繋がっているのか。それを明日調べるのだ。

 

 しかし現状行けそうにない場所がある。

 

「妖怪の山か」

 

 彼は身体を起こして再度視線は地図に描かれた一つの場所を見る。

 

 その名の通り妖怪が棲む山であり、現在天狗と呼ばれる妖怪が支配している場所である。

 

 天狗は排他的な思想を持っており、その上縄張り意識が強く、侵入者に対して厳しいのだ。

 

 そんな場所にかつて守矢神社が幻想入りしてきたそうだ。その時は守矢神社の二柱と天狗の長の話し合いの末、何とか穏便に済んで現在に至るそうだ。

 

 東風谷早苗の話によればその妖怪の山にも線路が現れているらしく、現在天狗は線路を警戒している。

 

 可能であれば妖怪の山の線路の調査をしたいのだが、現状では山に入る事は困難であるとしか言えなかった。何より新参者の彼らを天狗が信用するとは思えなかった。

 行っても門前払いされるのが関の山と言った所だろう。

 

(ここは機会が出来た時に調査するしかないな)

 

 ため息を付いて執務机に置いている鉄道懐中時計を見ると、時計の針は午後7時半を指している。

 

(この時間は彼女達が風呂に入っている頃か)

 

 彼は内心呟くと、初日に決めたことを思い出す。

 

 規則的な生活を送れるようにと、彼は各々の時間を決めていた。その中に入浴時間もあった。

 

 幻想入りした初日で彼は彼女達に説明したが、少女達は風呂の所で首を傾げていた。彼が少女たちに聞くと、彼女達は風呂が何かを理解していなかった。

 

 まぁこれは仕方が無いだろう。

 

 今でこそ彼女達は人間の少女の姿をしているが、元はと言えば機関車の神霊だ。まぁ今まで機関士や機関助士、整備士などの人間を見てきているから人間の事を知らないというわけではないが、そこから得られる知識など高が知れている。

 

 北斗は彼女達に風呂は機関車時代で例えるなら洗車の事だと伝えれば、納得した。

 

 が、問題はその後にあった。

 

 

『それでは区長。私達と一緒にお風呂に入りませんか?』

 

 

『D51 603』のバッジを付けた少女からそんな爆弾発言が飛んできたのだ。しかも恥ずかしがる様子も無く、当たり前の様に言ったのだから、北斗は飲んでいたお茶を吹き出した。

 

 まぁ、機関車の神霊である彼女達に人間の倫理とか常識を知っているはずが無い。当然羞恥心とかそういうものも無いだろう。

 

 しかも他の少女達も恥ずかしがる様子を見せず、混浴すること事態に抵抗感すらなかった。特に『D51 465』のバッジを付けた少女にいたっては『人間の言葉ならこういうのは裸の付き合いって言うんだろ?』と言う始末。

 

 彼からすれば別の意味でタチが悪かった。

 

 その後何とか彼女達を説得して風呂の時間は男女別にすることにした。

 

 ちなみに時間割は少女達を先にして、北斗が後である。まぁこれは彼が風呂に入っている最中に間違って彼女達が入って来ないようにする為である。

 

 

 と言っても、彼自身過去にあった一件があって風呂はそこまで好きじゃないので、シャワーで済ませることが多かった。故に風呂の時間割は彼にしてみれば意味が無い。

 

『この狂ったクソガキがっ!!』

 

 脳裏に過ぎるのは親戚の家の風呂場で起きた、あの出来事だった。その瞬間顔や身体中に痛みが走り、彼は顔を顰める。

 

 

 

「……」

 

 彼は落ち着いてからため息を付いて席から立ち上がると、壁際にある本棚まで歩いて一冊の本を取り出す。

 

 それはD51形蒸気機関車に関する簡易的な資料で、製造されたD51形の簡単な経歴が記されている。

 

 何処の工場で製造され、どこの機関区に所属していたか、どこの路線を走っていたか、最後はどうだったか、そんな所である。

 

(241号機、苗穂工場で12月に落成。465号機、汽車製造で5月に落成。603号機、日立製作所で2月に落成。1086号機、日本車輌で5月に落成、か)

 

 D51形の少女達の落成した日の事を確認し、本を閉じて本棚に戻すと次に9600形蒸気機関車の事が書かれた本を取り出す。

 

 

 

「区長! 風呂上がったぜ!」

 

 しばらく彼は本を見ていたら、区長室の扉が開いて風呂上りのD51 465号機の少女が入ってきた。

 

 寝巻きにしている紺のパジャマを身に纏い、ポニーテールにしていた髪は下ろしていたので印象が違って見える。

 

「465号機か。ちょうど良かった」

 

 北斗は手にしていた本を閉じて465号機を見る。

 

「今からみんなをここに呼んでくれないか?」

 

「え? 急にどうしたんだ?」

 

 465号機の少女はキョトンとして聞き返す。

 

「大事な話がある。頼む」

 

「りょ、了解!」

 

 465号機の少女はすぐに区長室を後にして残りのみんなを呼びに行く。

 

「……」

 

 彼は彼女が部屋を出たのを確認してから本を本棚に戻す。

 

 

 

 

 少しして区長室にパジャマ姿の少女達が集まる。

 

「お呼びでしょうか、区長」

 

 部屋に入ってきた241号機の少女が声を掛ける。

 

「あぁ。風呂を上がったばかりですまないな」

 

「構いません。大事な話があるとお聞きしましたが」

 

 普段の三つ編みの髪を下ろしている79602号機の少女が問い掛ける、

 

「あぁ」

 

 北斗は彼女達と向き直り、深呼吸をしてから口を開いた。

 

「君達に、名前を付けようと思っているんだ」

 

「名前、ですか?」

 

「あぁ」

 

 603号機の少女が問い掛けると、北斗は短く返す。

 

「名前なら既に私達にあるじゃないか」

 

「それはあくまでも機関車としてのナンバーだ。D51形蒸気機関車の何番目の車輌を識別する為のな」

 

「……」

 

「俺が言いたいのは、今の君達の名前だ」

 

「今の……」

 

「私達……」

 

 465号機と1086号機の少女が声を漏らす。

 

「君達は機関車の神霊。それはこれからも変わる事は無いだろう。だが、今は人の姿を持っている」

 

「……」

 

「まぁ、これは俺の我が儘だ。人の姿をしておいて、数字で呼ぶのはちょっと抵抗感があるからな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ」

 

「別に気にならないと思うけどな」

 

「そうね。あっても無くても、変わらないわ」

 

「私達にとって、名前に意味なんてありませんからね」

 

 と、彼女達は各々と口にする。やはり人間と神霊の彼女達とでは感性がここまで違うようである。

 

「まぁそう言うな。俺が勝手に呼ぶんだ。別に気にしなくてもいい」

 

 北斗は苦笑いを浮かべながら、241号機の少女を見る。

 

「まず君からだ、241号機」

 

「は、はい!」

 

 241号機の少女は姿勢を正しながら声を上げる。

 

「君は、今日から『明日香』だ」

 

「明日香、ですか?」

 

「あぁ」

 

「それは、どういった由来が?」

 

「まぁ、特にこれと言って何か由来があるってわけじゃないんだが」

 

「え、えぇ……」

 

 241号機の少女は少し戸惑いを見せる。

 

「元々は君の落成した月の旧暦にしようと思っていたんだ」

 

「私の、落成日?」

 

「あぁ。確か12月だったな」

 

「は、はい。北海道の苗穂工場で12月に私は落成しました」

 

「その12月の旧暦から取ろうとしたが、やめた」

 

「なぜですか?」

 

 彼女は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「旧暦の12月は……『師走(しわす)』って言うんだ」

 

「し、師走、ですか」

 

 241号機の少女は頬を引き攣らせる。

 

「さすがに、それは」

 

「し、師走……プッ」

 

「……」プルプル

 

「く、ククッ……」

 

「……」

 

「……プフッ」

 

 口を押さえて笑いを堪えている465号機に笑うのを震えながらも我慢している603号機、後ろを向いて腹を両腕で押さえて笑いを堪えている1086号機、腕を組んで視線を逸らしている79602号機、吹き出しそうになるB20 15号機と、他の少女達は各々の反応を見せて、241号機は他のみんなを睨むように見る。

 

「さすがに俺もそんな名前は無いなって思って、明日香にしたんだ」

 

「そ、そうですか」

 

「はぁ……」と彼女はため息を付く。

 

「まぁともかく、君は今から明日香だ。いいな」

 

「アッハイ」

 

 もはや思考が追いついていないのか、彼女は短く返すだけだった。

 

「次に465号機」

 

「私は、どんな名前にするんだ?」

 

「君は『皐月(さつき)』だ」

 

「皐月? それも旧暦のか?」

 

「そうだ。君は5月に落成したんだよな」

 

「そうだけど。汽車製造で5月に」

 

「だからだよ。これなら、違和感は無いだろ?」

 

「ま、まぁ、師走よりかはな……プッ」

 

 そう言うと465号機の少女は思わず吹き出す。すると241号機こと明日香はジトッと睨む。

 

「次に603号機。君は『水無月《みなづき》』だ」

 

「水無月ですか?」

 

「君の落成日は2月で、これは旧暦では如月と言うんだ」

 

「如月ですか。でも、何でそれにしなかったんですか?」

 

「響きが名字っぽいからな」

 

「は、はぁ」

 

 それに妙に縁起の悪い名前な気がした、と言うのが彼の本音だ。ネタジャナイヨー

 

「で、水無月は旧暦で言う6月だ」

 

「6月。でも、私の落成日は……あっ」

 

 彼女は何かに気付いて声を漏らす。

 

「そういう事だ。603号機の頭文字の数字から取っている」

 

「なるほど」

 

「どうだ?」

 

「は、はい。素敵な名前だと思います」

 

「そうか。次に、1086号機」

 

「は、はい」

 

 1086号機の少女は姿勢を正す。

 

「君は『神流(かんな)』だ」

 

「神流……」

 

「由来は水無月と同じ、製造番号の頭文字二桁からだ。旧暦で言う10月は神無月って言うんだ」

 

「そこから月を外して、神無ですか?」

 

「まぁ漢字は神に流と書いて神流だが、由来はそうだ。どうだ?」

 

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 北斗は頷くと、79602号機の少女を見る。

 

「それで、私は?」

 

「君は『七瀬(ななせ)』だ。由来は」

 

「どうせ頭文字から思いついたんでしょ。私の落成日が12月だから」

 

 ジトッと彼女は北斗を見る。

 

「勘が鋭いな」

 

「そうだろうと思いました」

 

 と、彼女は呆れたようにため息をつく。

 

「で、どうだ?」

 

「まぁ、呼びやすくなったのなら、良いんじゃないのかしら?」

 

「そうか」

 

 最後に彼はB20 15号機の少女を見る。

 

「最後に15号機」

 

「はいです!」

 

「君の名前は『弥生(やよい)』だ」

 

「弥生、ですか?」

 

「あぁ。君の落成した月は3月だ。旧暦で言う3月は弥生と言っていたんだ」

 

「なるほどです! それで弥生なのですね!」

 

「あぁ。気に入ったか?」

 

「もちろんです! ありがとうございますです!」

 

 少女は笑顔を浮かべて頭を下げる。

 

「……」

 

 北斗は目を瞑り、少し間を置いてから席を立ち、口を開く。

 

「では、改めて確認だ。点呼!」

 

 北斗が大きな声を出すと彼女達は姿勢を正す。

 

「D51 241号機、明日香!」

 

「D51 465号機、皐月!」

 

「D51 603号機、水無月!」

 

「D51 1086号機、神流!」

 

「79602号機、七瀬」

 

「B20 15号機、弥生!」

 

 彼女達はそれぞれ大きな声を上げて敬礼する。

 

 それを見た彼も敬礼をして返す。

 

「俺達はこの幻想郷に幻想入りして、霧島機関区から幻想機関区として新たに歩み出した」

 

『……』

 

 彼は敬礼を解くと静かに語り出し、彼女達も敬礼を解いて静かに聴く。

 

「これからこの幻想郷で何が起こるのか、それは全く分からない」

 

『……』

 

「だが」と彼は踵を返し、窓から真っ暗になった外の景色を眺める。

 

「それでも、俺達は俺達のやれることをしよう」

 

 そして再び北斗は彼女達に向き直る。

 

「早朝幻想郷に現れた線路の調査に向かう。編成は先頭をD62 20号機、客車四輌、D51 1086号機だ。他の者は客車に搭乗して幻想郷を景色を頭に叩き込んでくれ」

 

『はい!』

 

 彼が改めて早朝の出発の編成を伝えると、彼女達は大きな声で返事を返す。

 

 今回の調査は神流以外の明日香達も同行する。彼女達にはこの幻想郷の景色を頭に叩き込んで今後走る際に困らないようにする為だ。

 

「今から身体を休めて出発に備えてくれ」

 

「解散!」と彼が告げると彼女達は姿勢を正して敬礼をし、その後敬礼を解いて解散し、出発に備えてそれぞれ一時の休息を取るのだった。

 

 




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