「蒸気機関車が、存在しない?」
夢見の口から出た言葉に、北斗は呆然となる。
彼にとっては、信じ難い事実だ。好きな物が、未来では存在しないと聞かされたら、誰だって同じ反応になるだろう。
「ど、どういうことですか?」
「……」
彼女は言いづらそうにしながら、目の前に投影型のモニターとキーボードを出し、キーボードを操作する。
すると二人の間にテーブルと三つの椅子が現れ、テーブルには緑茶が入った湯呑が三つ置かれている。
「まぁ立ち話もなんだし、座って話そうか。君も座ってもいいよ」
「は、はい」
「では、お言葉に甘えて」
夢見は椅子を引いて座りながら北斗と早苗にそう言うと、二人は椅子を引いて座る。
「……さてと、どこから話そうか」
彼女はそう呟くと、湯呑を手にしてお茶を飲む。
「なぜ、蒸気機関車が存在しなくなったんですか? それに、実物がって、どういう意味ですか?」
「……」
早苗の質問に、夢見は少しして口を開く。
「いくら手厚く保存していてもね、世の中何が起こるか分からないのよ」
「……」
夢見は投影された画面を操作して、色んな蒸気機関車の画像が表示される。
「蒸気機関車が保存されている施設が閉鎖されて、受け入れ先が無かった蒸気機関車も一緒に施設共々解体されたり、施設自体が火災にあって、保存されていた車輌が焼失する場合もあったわね」
「……」
「でも、一番ひどいのは野外に保存されていたものよ」
と、夢見は怒りを滲ませる声を漏らす。
「野外で保存されて、ろくに管理されずに風化して、老朽化を理由に解体されたんだ。まぁ中にはありえないレベルでおかしな理由で解体された機関車もあったらしいけどね」
「……」
夢見の話す内容に、北斗は理解できたのか、両手を握り締める。
日本の鉄道が近代化によって廃車となった蒸気機関車は、後世に伝えるべく無償で様々な場所へ提供された。しかしロクに保存維持が出来ずに受け取ったところもあって、その多くが無残にもボロボロになり、挙句の果てには解体されてしまった個体が多い。こういう見栄を張ってロクに管理も出来ないような件数はかなり多いのだ。
中には動態保存されている蒸気機関車の為に部品を提供する機関車もあれば、ボロボロの姿になって解体の危機にあった機関車でも、別の場所にて綺麗な姿になったという例もある。
「それにね、物質には永遠は無い。屋内だったり、定期的に清掃整備されていたりと、どれだけ手厚く保存されていても、少しずつ風化しているのよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。それに、有害物質が使われているのもあって、それを理由に解体された例があるの」
「……」
蒸気機関車には、アスベストと呼ばれる発ガン性のある有害物質が使われている。老朽化によってアスベストが飛散する恐れがあって解体された例は数多い。
「そういったこともあって、時間が経つにつれて多くの蒸気機関車が解体されて数を減らした。そして動態保存されている蒸気機関車にも影響が出てきたわ」
「……」
「いくら修繕して延命しても、物質である以上限界は来るわ。先ほどの保存機の数が減っていったことで部品の供給がままならなくなり、次第に老朽化で引退する機関車が増えてきて、そしてある事故をきっかけに、本線で走る蒸気機関車の姿は無くなったの」
「ある事故?」
北斗が首を傾げる。
「特急列車が脱線事故を起こして、多くの乗客が犠牲になった事故よ。その事故をきっかけにATS装置の更なる更新が行われることになったの。それも全国規模でね」
「……」
「でもそのATSは構造的に蒸気機関車に載せられるような代物じゃなく、今回ばかりは特例は認められず私鉄でも更新されることが決まり、その結果蒸気機関車は本線で乗客を乗せて走られなくなったの」
「そんな……」
「……」
「でも、あくまでも本線で走れなくなったけど、施設内にある短い線路ならお客を乗せて走ることが出来たから、動態保存は続いたわ」
「……」
「まぁ、さっきの老朽化の件も相まって、次第に数は減っていて、遂に最後の一輌が引退を迎えて、動態保存された蒸気機関車が日本から居なくなったのよ。まぁ海外にある動態保存されている蒸気機関車も色んな理由があって、最終的には居なくなったわ」
「……」
話を聞いていた北斗は何も言えず、視線を下に向ける。
「そして公園に保存されていた機関車の多くは老朽化や維持費を出せなくなったを理由に解体されていったわ。まぁ中には自然の猛威によって破壊され、無残な姿になって解体されたものもあったけど」
「……」
夢見の言葉を聴き、北斗の脳裏に過ぎるのは、崖崩れに巻き込まれて無残な姿になりつつも、修復されて奇跡的に復活して余生を送る蒸気機関車と、自然の猛威によって破壊され、その場で解体された蒸気機関車の事である。
「で、時間が経つにつれて日本以外の国でも蒸気機関車が老朽化であったり、災害に巻き込まれて破壊されたりで解体されていき、その数は激減していったわ」
「……」
「そして、数百年後のある時期を境に、地球上から蒸気機関車は姿を消したのよ」
「……」
「でも、蒸気機関車の存在自体が無くなったわけじゃないわ」
「それはどういうことですか?」
早苗が問い掛けて首を傾げる。
「量子実体技術っていうものが開発されたのよ」
「……えっ?」
全く聞いた事の無い言葉が出てきて、北斗と早苗は二人して首を傾げる。
「なんですか? その量子実体技術って?」
「物質を量子化して、更には実体化する技術よ。容量次第ならどれだけ大きくても量子化して収納が可能になるのよ。このテーブルのようにね」
「ほぇ……」
とても未来的な技術に、北斗は思わず変な声を漏らす。
「でも、このお茶は?」
早苗は湯呑を手にして中に入っているお茶を見ながら問い掛ける。
「それは別の量子実体技術なんだけど、まぁ今回は関係無いから説明を省くわ」
そういうと、彼女は投影型のキーボードを操作すると、テーブルにボールペンが出てくる。
「こんな風に何も無い所から突然物が出てくるように出せるのよ」
「未来は進んでいるなぁ」
彼女は説明しながら先ほど出したボールペンを手にして、懐からメモ帳を出してボールペンで線を描き、北斗は思わず声を漏らす。
「でも、量子化した物質は実体化する為の装置が必要になるわ。じゃないと物質は実体化することが出来ずに飛散するわ」
「ってことは……」
早苗はテーブルに視線を向ける。
「装置を止めれば、このテーブルは実体を維持出来ずに消えて無くなるわ」
「……」
「この量子実体化技術を用いて、蒸気機関車や古い車輌を保存することになったのよ。これなら有害物質に悩まされる事もないし、老朽化することも無い。だから博物館や保存施設で手厚く保存されていた車輌は全てデータ取りされてこの量子実体技術で量子化されて、保存された。まぁだからといってオリジナルをくず鉄にするのは馬鹿げているけど」
「……」
「蒸気機関車自体は残っている。でも実物は一つも残っていない。これが未来での保存車輌の実情ね」
夢見は説明を終えて、湯呑を手にしてお茶を飲む。
「なんていうか、本当にあれですよね。時の流れほど残酷なものは無い……」
「そうね。正にその通りだと思うわ」
早苗の言葉に彼女は同意する。
技術が進歩して便利な世の中になると共に、人は物の大切さを忘れてしまったのだ。同じ物であり、無害な物が用意出来るから、古い物は捨てる。
「とまぁ、こういう事情が未来にあるのよ。だから本物で動く蒸気機関車を見れたのに、感動したのよ」
「そうですか」
夢見は扇形機関庫にある蒸気機関車達を見ながらそう言うと、北斗も機関庫の方を見る。
(古きものは滅び行く運命なのか……)
北斗は内心呟くと、目を細める。
(……もしかして、幻想郷に蒸気機関車が流れ来たのは……未来で忘れ去られるからなのか? でも、そんな未来の事でも幻想郷に流れ着くものなのか?)
そしてなぜ蒸気機関車がこの幻想郷に流れ着いたのか。その理由が未来にあるんじゃないのかと推測するも、そんな未来で起きることが今の時代で起きるものなのかと、疑問も浮かぶ。
「あぁ、そうだ。一ついいかい?」
「は、はい。なんでしょうか?」
思考の海に浸っていた北斗は夢見から呼ばれて少し上ずった声を出す。
「一つだけ気になったんだが、あの機関車って他と違う気がするんだが?」
と、夢見は扇形機関庫の一番端にある蒸気機関車ことC59 127号機を見る。
「え、えぇ。確かに他の罐とは違いますね」
北斗はC59 127号機を一瞥し、この機関車の構造と抱えている問題を話す。
少年説明中……
「重油を燃料にした蒸気機関車ねぇ」
北斗よりC59 127号機の構造を聞き、顎に手を当てる。
「えぇ。石炭と違って火力が高く、液体とあってバルブ操作だけで量を調整できますからね。機関助士の負担軽減に加え機関車の性能アップに期待されました。しかし機関助士には専用の教育が必要で、整備も他の機関車とは構造が違うので勝手が違い、その上無煙化の時期であったので、わざわざ蒸気機関車の性能を向上させる改造を施す必要性が薄かったので、現役時代ではあの機関車だけで終わりました。まぁ技術自体は別の形で役立ちましたが」
「……」
「この幻想郷では重油どころか原油すらありません。仮にあっても製油する設備や技術もありませんので、今の状態ではあの機関車は動けないんです」
「……」
「なので今抱えている問題を消化次第、通常仕様に変える予定です」
「……」
「少々勿体無い気はしますが、使えないならば使えるようにして「あるわよ」……えっ?」
「重油、というより人工的に石油を作ることは可能よ」
「えっ!? 石油を人工的にですか!?」
早苗が驚きのあまり声を上げる。
「人造石油っていってね、その名の通り人工的に石油を作る技術なのよ。何世紀も前に技術自体が出来たけど、技術自体が未熟だったからあまり質の良い物は出来なかったようね」
「そんな昔からあるんですか」
彼女は人工的に石油が作れると共に、そんな昔から技術があることに驚愕する。
「当時は質の良くない物しか出来なかったけど、時代が進めば技術も進歩して、石油と大差ない人造石油が作れるようになったのよ。そしてその人造石油からガソリンや軽油、重油などの燃料が作れるわ」
「……」
「と言っても、その時には化石燃料に代わる次世代のエネルギーが開発されたから、結局活躍しなかったけど」
「そうですか」
「で、その人造石油を作る設備……私が未来から持って来ようか?」
「えっ?」
思わぬ申し出に、北斗は唖然となる。
「い、良いんですか? そんな事をして?」
「別に良いわよ。未来じゃ人造石油は枯れた技術だし、別の時代に流しても咎められる事は無いわ。まぁ準備に時間は掛かるけどね」
「……」
「まぁ、扱い方は私に考えがあるけど、一つだけ問題があるのよね。それは追々考えて―――」
「あの……」
「ん?」
何かを考えていた夢見に北斗が声を掛ける。
「とてもありがたい話なのですが、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
北斗としては人造石油の技術と、各種燃料への製油技術を貰えるのはありがたい話だ。重油専焼機であるC59 127号機の燃料になる重油や、12系客車、14系客車、50系客車の発電用ディーゼルエンジンを動かす軽油の供給が可能となるのだから。
しかし今日会ったばかりなのに、ここまで至れり尽くせりだと逆に不安を覚えるものだ。
「どうして、か……」
夢見は蒸気機関車を見て、一考する。
「そりゃね、見る事なんて無いと思っていた本物の蒸気機関車を動く姿も見せてもらったお礼だよ」
「お礼にしては、返しが釣り合っていない気がするんですが」
「私にとっては釣り合っているのよ」
「そうですか……」
蒸気機関車を見せるのと人造石油の技術と製油技術とでは釣り合っていないようにも思えるが、彼女からすれば同等のもののようである。
「それで、先ほど言っていた問題というのは?」
「あぁそれなんだけどね。人造石油の生成に必要なものは……石炭なのよ」
「石炭ですか?」
意外にも身近な物が人造石油の材料であることに、北斗は思わず声を漏らす。
「ただ、人造石油……もとい石炭液化っていうのはとても難しいのよ。別にそれじゃなきゃいけない必要は無いけど、原子力ぐらいの設備が必要なのよ」
「原子力、ですか?」
物騒な名前が出てきて、早苗は息を呑む。
「さすがに未来じゃ原子力位のものになると、規制が厳しいのよ」
「でも、る~こと さんの動力は原子力では?」
「あの子の場合は許可が下りたからよ。でも二度目となると許可が下りるかどうか分からないのよ」
「なるほど」
早苗は る~こと のメイド服の背中に描かれている原子力のマークを思い出して夢見に問い掛け、彼女の答えに納得する。
「まぁ人造石油を作るには、大雑把に言えば高温を発する設備と色々な設備が必要になるわ。後者ならそこまで苦労な無く準備が出来るのよ。ただ前者は未来でも難しいのよ」
「高温を発する……」
「一応未来じゃ家庭用の小型核融合炉があるけど、サイズや熱量的に熱不足なのよね」
「家庭用の核融合炉って……タイムマシンがありそうですね」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」
早苗は夢見の口から出た言葉に思わず車型のタイムマシンを思い出す。
「でも、石炭液化を行うには大きな設備が必要なのよ。そこまでになるとただ申請すれば使えるわけじゃないのよ。家庭用の核融合炉だって完全にブラックボックス化して尚且つ出力を抑えた物だから市販されているわけだし」
「なるほど」
「……」
「北斗さん?」
と、さっきから黙っている北斗に早苗は首を傾げる。
「その高温を発する設備があれば、石炭液化を行えるんですか?」
「え? まぁ、それさえクリア出来れば石炭液化を行って人造石油を作る設備と製油技術は揃えられるわ。申請から設備の入手に時間は掛かるけど」
「それなら、たぶん出来ると思います」
「ん? それってどういう―――」
「あぁ! そういうことですか!」
と、夢見が首を傾げていると、早苗が北斗の意図を理解して声を上げる。
「確かに空さんが居れば出来ますね」
「はい。それに加えて石炭も地底で多く取れるそうですので、正にうってつけです。尤も向こうが協力してくれるかが問題ですが、何より設備の運用から維持までの事もありますが」
「それについては追々考えましょう」
「そうですね」
「さっきから何の話をしているの?」
と、話を進めている二人に夢見が声を掛ける。
「えぇ。実は―――」
北斗は早苗を交えて夢見に説明する。
少年少女説明中……
「核融合を行える妖怪って……幻想郷は何でもありね」
「厳密には八咫烏の力を宿した地獄烏なんですがね」
「それでも凄いわよ」
話を聞いた夢見は苦笑いを浮かべる。
「でも、それが本当なら石炭液化が可能になるわ」
「では!」
「えぇ。今から未来に戻って石炭液化を行うための設備を取りに行くわ。でも申請等もあるから、しばらく時間が掛かるわね」
「そうですか」
問題解決に光が差し、北斗の表情が明るくなる。
まだ時間が掛かるといっても、それでも解決の糸口が見出せなかったC59 127号機の燃料である重油の供給が可能になったのだ。
その上、軽油の供給も可能になるかもしれないので、12系客車、14系客車、50系客車の常時運用が可能となる。
幻想機関区の今後の運用の幅が広がるようになるのだ。
まぁ石炭液化を行う為には、まだまだ問題は山積みなのだが、しかし光明が見えてきただけでも大きな進歩だ。
その後夢見はもうしばらく蒸気機関車の見学を行い、ちゆりを連れて未来へと帰っていった。
「いやぁ、今日は有意義な一日だったよ!」
未来に戻り、執務室に戻った夢見は大きく背伸びをしながらそう口にする。
「そうですね。幻想郷でまさか蒸気機関車の実物が見られるとは思いませんでしたね」
「全くだ。これを自慢したら同僚やジジィ共は驚くだろうね」
夢見は投影型モニターを出し、撮影した蒸気機関車の写真を表示させる。
「写真を見せても信じてもらえないと思いますけどね」
「別にどっちでも良いさ、私達はこの目で見たという事実に変わりはない」
「……」
と、ちゆりはため息をつく。
「で、どうするんですか? 口ではあぁ言いましたけど、石炭液化を行う設備の使用許可は容易なことじゃないですよ」
「まぁ簡単なことじゃないのは分かっているけど、もう枯れた技術よ。原子力と比べれば申請に時間は掛からないわ」
「それはそうですが……そもそもなぜ彼らの為にここまでするんですか?」
ちゆりは自身が抱く疑問を彼女にぶつける。
「彼らに言ったとおり、貴重な物を見せて貰ったお礼だよ」
「にしては豪華な気がしますけどね。以前のアンドロイドといい、その他色々といい」
「まぁ良いじゃないの。私が納得すればいいんだし」
「……全く。いつか管理局に目を付けられても知りませんよ」
ちゆりは再度ため息をつく。
「あっ、そうだ」
と、夢見は思い出しように顔を上げる。
「ついでに、
「
「私達が持っていても宝の持ち腐れよ。この時代の鉄道規格を考えれば尚更よ」
「……」
「まぁ、せっかく修復した苦労もあるけどね。焼け焦げて触っただけで崩れるようなぐらいにボロボロだったし、それを完全に修復するのにだいぶ苦労したし」
夢見は自身が持つ借りている倉庫に保管されているある物を思い出す。
それは突然彼女達の前に現れた。
当時のそれは焼き焦げて錆び、触れればボロボロと崩れるぐらいに朽ちた状態だった。普通なら即スクラップ行きになるようなレベルの状態だったが、未来となればそんな状態でも完全な状態に修復できる技術があるので、安くは無かったが走行可能な状態まで完全に復元した。
貴重な代物とあって彼女は喜んだが、この時代の鉄道は技術が進んでいるので、線路自体が無くなっている。なので走行可能な状態に復元しても、それを走らせられないのだ。
「それに、燃料の問題だって石炭液化と製油技術で解決できるから、彼らなら使いこなせるわ」
「まぁ、それはそうですね……」
ちゆりは倉庫に眠っているそれを思い出して、幻想機関区の面々なら使いこなせるだろうというのを思い出す。
「さぁて、忙しくなるわよ!」
夢見は意気揚々と幻想郷に行く前に残した仕事を片付けるべく、机に付く。
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