東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第12駅 出発進行

 

 

 時間はまだ日も昇っていない早朝。

 

 

 幻想郷の殆どの光がまだ無い中、多くの光が灯っている場所があった。

 

 幻想郷に新たに現れ、その一員となった幻想機関区である。

 

 

 機関区内にある機関庫では出発に向けて機関車の罐に石炭を投炭してボイラーに水を注水し、蒸気圧を上げる作業を妖精達が行っていた。それに並行して足回りの整備を妖精達によって行われている。

 

 D62 20号機とD51 1086号機の足回りの各パーツの接続部に油を注し、潤滑油を入れて置く為の油壺の蓋を開けて潤滑油を注ぐと、最後に注油した箇所に指差し呼称をして確認していく。パーツ同士の連結部への注油作業はSLにとってとても大事な作業ゆえに、とても慎重かつ厳重に確認していた。

 

 D62 20号機の右から三輌目の場所に居るD51 1086号機の足回りでは神流が金槌を使って動輪や連結棒を軽く叩いてその音を聞き、異常が無いかの打音検査をしていた。

 

 打音検査は現在でも列車の足回りの異常が無いかを調べる為に行われている。音だけで分かるのかと思うだろうが、もし亀裂やボルト等のパーツが緩んでいたりしていると音が違ってくる。例えるならトライアングルを吊るして棒で軽く叩けば音色は奏でられるが、トライアングル本体を持ったまま叩いても音は鳴らないのととほぼ同じだ。

 もし異常があるまま走れば、部品が破損して事故を引き起こしかねないのだ。

 

 だからこの打音検査はとても大切であり、他の車輌も行う場合は必ず前の車輌が終わった後で行わなければならない。そうしないと音が被ってしまうからだ。

 

 

 D51 1086号機の打音検査が終わった頃に、機関庫に北斗がやってきた。

 

「おはようございます!」

 

 神流は北斗の姿を見ると姿勢を正して敬礼する。

 

「おはよう」

 

 北斗は敬礼を返して返事を返す。

 

 彼はあの後区長室で仮眠を取っていたのだが、D62 20号機の罐に強い火が灯し出したちょうどのタイミングで目を覚まし、洗面所で顔を洗って眠気を払ってから機関庫に向かったのだ。

 

「では、お先に失礼します!」

 

 神流は一言告げるとD51 1086号機の運転室へと近付いて中に入る。

 

 その後短く汽笛を鳴らしてD51 1086号機が動き出して機関庫を出て、転車台に車体を乗せて停車し、ゆっくりと転車台が回って方向を変えていく。

 

 見送った後、北斗は金槌を手にしてD62 20号機の足回りの打音検査に入る。

 

 

 

 しばらくして打音検査を終えて足回りの各パーツ間への注油も終わっているのを妖精に確認し終えた後、彼はD62 20号機の運転室に入る。

 

 中に入ると機関助士の妖精が手にしているスコップに石炭を乗せて床のペダルを踏み、焚口戸を開けて炎が燃え盛る火室に石炭を放り込む。

 

「どうだ?」

 

「いつでも行けます」

 

「よし」

 

 彼は頷きながらスコップを炭水車の道具置き場に置いて各バルブを回して蒸気を送り込む妖精の脇を通って機関士席に座り、逆転ハンドルのロックを外してメーターを見ながら回す。

 

「……」

 

 顔を窓から出して転車台からD51 1086号機が下りてD62 20号機の居る機関庫の向きに転車台が向いているのを確認して「出庫」と声を出して汽笛を鳴らすロッドを短く引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁のハンドルを引いてD62 20号機を前進させる。

 

 機関庫からその巨体を出したD62 20号機はピストン付近の管からドレンを出しながらゆっくりと前進し、転車台にその巨体を乗せて停車する。その後転車台はゆっくりと回り出してD62 20号機の向きを変える。

 

 転車台が向きを変えて停止すると、線路が固定されてずれていないかの安全確認を終えて緑色の旗を揚げる妖精の姿を確認した北斗は汽笛のロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを引いてD62 20号機は前進して転車台を降り、ゆっくりと進んでいく。

 

 

 

 いくつもの分岐点を通って本線上に着くと、そこにはB20 15号機と79602号機が運んできた『オハフ33形』の旧型客車三輌と『マニ32形』の荷物車一輌の計四輌が置かれており、その後ろには炭水車側と連結して待機しているD51 1086号機の姿があった。

 

「……」

 

 逆転ハンドルを回してから運転席の窓から頭と身体の一部を出して後ろを向く北斗は緑色の旗を振るう妖精の姿を確認し、汽笛を鳴らすロッドを二回短く引いて汽笛を短く二回鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて機関車を後退させる。

 

 ゆっくりと後退するD62 20号機と客車の間は徐々に縮まり、炭水車と客車の連結器が連結する寸前で彼は加減弁を戻してブレーキを掛けると、炭水車と客車の連結器が連結すると同時にD62 20号機が停車するが、少しブレーキが遅れたので大きな衝撃が運転室に伝わる。

 

「ふぅ……」

 

 北斗は一息吐くと、機関士席から立ち上がって運転室を降りる。

 

 客車に次々と観測要員の妖精達が乗り込んでいく中、明日香達がやってくる。

 

「おはようございます、区長!」

 

「おはよう」

 

 明日香が大きな声で挨拶すると、彼も短く返す。

 

「今日はしっかり線路を見ておくんだぞ。恐らくこれから俺達が走る線路になるかもしれないからな」

 

『はい!』

 

 彼がそう言うと、明日香、皐月、水無月、七瀬、弥生が返事を返す。ちなみに弥生は機関車の構造上本当なら付いて行く必要が無いのだが、一応覚えてもらう為に同行させている。

 

 

 すると彼らの近くに人影が着地する。

 

「おはようございます、北斗さん」

 

 と、若干眠そうな様子で早苗が北斗に声を掛ける。

 

「おはようございます、早苗さん」

 

 北斗は早苗の方に振り向くと、挨拶する。

 

「まさか本当に来るとは」

 

「やっぱり、迷惑でしたか?」

 

 早苗は不安な表情を浮かべて北斗に聞く。

 

「いえ、そういうわけでは無いのですが、こんなに早く起きてくるなんてと思って」

 

 北斗は上着のポケットから鉄道懐中時計を取り出して時間を確認する。時間は五時半を回ろうとしていた。よほどの事が無い限りこんな時間で起きる者は居ないだろう。

 

「それは、今日の事が楽しみで、昨夜は中々寝付けなかったんですよ」

 

(遠足前日の小学生か)

 

 苦笑いを浮かべながらそう言う彼女に北斗は思わずツッコミたくなったが、何とか内心に留めた。

 

「では、先頭の客車に。もし何かありましたら、彼女達に声を掛けてください」

 

「分かりました」

 

 早苗は頭を下げると、明日香達と共に順に先頭客車に足場を使って乗り込んでいく。

 

 彼女達が乗り込んだ後、北斗もD62 20号機の運転室に戻る。

 

 

 しばらくして客車と後方のD51 1086号機、D62 20号機に全員の乗車が完了したのを旗を持っている妖精がホイッスルを吹いて緑色の旗を揚げるのを確認した北斗は頷いて前を向き、指差しながら「出発進行」と声を出すと、機関助士の妖精も「出発進行」と復唱する。

 

 北斗はブレーキを解くと汽笛のロッドを引いて汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いて加減弁を開く。

 

 D62 20号機は客車四輌と機関車一輌の計五輌を牽いてゆっくりと煙を吐き出しドレンを出しながら前へと進み出す。

 

 

 まだ日が昇らない暗闇の幻想郷に、蒸気機関車が走り出した瞬間であった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 日が昇り始めて少しずつ明るくなり始めた幻想郷。

 

 幻想郷に現れた線路を、灰色の煙を吐き出してD62 20号機の牽く列車が走っていた。

 

「……」

 

 運転室の窓から顔を出して主灯と副灯に照らされている前方を見ている北斗は加減弁ハンドルを動かして機関車の速度を調整する。

 

 その隣では機関助士の妖精は機関助士席に座り、水位計の高さを確認して外を交互に確認していた。

 

 本来なら機関助士は石炭をくべる回数が多いので立ちっぱなしが多いが、このD62形蒸気機関車には自動給炭機(メカニカルストーカー)が搭載されているので、こういった平坦線で尚且つそこまで速度を出していないのならストーカーのみでも十分なのだ。

 まぁストーカーの構造上どうしても燃え盛る石炭の山である火床が火室内では偏った位置に出来るので、たまに人力で投炭して火床の位置を調整しなければならないが。

 

「……」

 

 煙と煤対策としてゴーグルを付けている彼の視線は前を見つめているが、その脳裏には彼の視界には見えていない死角の光景が映っていた。

 

 どういった原理かは分からないが、彼や明日香達も死角がこうして脳裏に映るのだ。まぁこれはかなり神経を使うので長い時間使うことが出来ない。彼も今日の構内試運転の時にようやく使えるようになったばかりなので、余計神経を使う。

 しかしそのお陰で蒸気機関車の難点の一つである視界の悪さが多少解消されているのだ。

 

(それにしても……)

 

 北斗はドレンを出すレバーを回して溜まった蒸気を出しながら、線路を走らせていて分かったことを思い出す。

 

(まさか信号機はおろか、標識すらないとは。いや、ある程度予想していたが)

 

 そう。ここまで走ってきて分かったのは、鉄道にとっては安全の為に必要不可欠な信号機や速度制限や警告の類の標識が無いのだ。

 

 今は走っているのが自分達だけだからそこまで心配することは無いだろうが、もしこれからこの線路を使っていくとなると、とても危険なことになる。

 

(早速課題が見えてきたか)

 

 信号機は無理でも、せめて標識ぐらいは必要となる。

 

 

「区長! 前方に分岐点です!」

 

 と、機関助士の妖精が大きな声で報告して彼は先ほどのビジョンで死角となっている所の光景を脳裏に浮かばせて見ると、二方向に分かれた線路が見えていた。

 

 彼は汽笛を鳴らすロッドを引いて汽笛を短く鳴らし、加減弁ハンドルを戻して加減弁を閉じ、機関車本体と列車全体のブレーキを掛けてゆっくりと速度を落としていく。

 

 列車はゆっくりと速度を落として、やがて分岐点の前で停車する。

 

 北斗は機関士席から立ち上がって運転室を出ると、線路の分岐点まで歩いて近付く。

 

「どうしましたか、北斗さん!」

 

 と、先頭の客車の窓を上に上げて身を乗り出した早苗が北斗に声を掛ける。

 

「分岐点です!」

 

「分岐点、ですか?」

 

「えぇ」

 

 北斗は分岐点まで歩いて二方向を交互に見ると、再び戻って客車まで近付き早苗を見る。

 

「早苗さん。この先には何がありますか?」

 

 森が見える左方向を指差しながら彼は早苗に問い掛ける。

 

「この先は、確か魔法の森があったはずです」

 

「魔法の森?」

 

 いかにもファンタジックな名前の森に北斗は首を傾げる。

 

「はい。幻想郷で一番大きな森でして、色んな植物が生えているらしいですよ」

 

「なるほど」

 

「まぁ、私はあまり訪れることは無いので、詳細は分かりませんが」

 

「ふむ」

 

 彼は早苗の説明を聞くと、森の方を見る。

 

「あっ、ちなみに魔理沙さんはあの魔法の森で暮らしているんですよ」

 

「あの白黒の魔法使いの?」

 

「はい。詳しく聞いていませんが、魔法の森の環境は魔法使いにとっては最適な場所らしいですよ」

 

「なるほど。それで魔法の森と」

 

 納得したように彼は頷くと、反対側の線路を見る。

 

「その方向に人里があって、更にその先に霊夢さんが住んでいる博麗神社があります」

 

「そうですか」

 

 元々調査の過程の中で博麗神社に立ち寄って挨拶するつもりだったので、目的地が分かったのならちょうど良かった。

 

 彼は再び分岐点まで近付くと、分岐器の転轍機のレバーを倒れている反対側に倒し、ポイントが魔法の森方向から人里方向に変わるのを確認してからD62 20号機の運転室に戻る。

 

 そしてD62 20号機の汽笛が鳴り、ゆっくりと走り出した列車は分岐器によって方向を変えられた線路へと向かって進み出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 D62 20号機が牽く四輌の客車の内、先頭車両の車内。

 

 妖精達がカメラのシャッターを切って外の景色を収めたり、何かの情報を紙に書いたりと、情報を収集しており、明日香達は窓から覗く幻想郷の景色を見て覚えていた。

 

 そんな中、早苗は客席に座って窓から外の景色を眺めていた。

 

(まさか、この幻想郷で鉄道に乗って景色を眺めるなんて、思ってみなかった)

 

 窓から覗く幻想郷の景色を見ながら、彼女は内心呟く。

 

 早苗は窓を上に上げて身体を乗り出し、風によって彼女の髪は靡き、前髪を右手で押さえながら前を見る。

 

 灰色の煙を吐き出しながら魔法の森の外側に沿って敷かれている線路の上を走るD62 20号機の姿を見ると、微笑みを浮かべる。

 

(初めて蒸気機関車が牽く列車に乗りましたが、やっぱり電車とはまるで違う)

 

 外の世界に居た頃に電車に乗った時の感覚と今の感覚の違いを感じながら、彼女は高揚を覚える。

 

(あぁ、これならあの時乗っておけば良かったです!)

 

 彼女は幼い頃に外の世界の鉄道博物館で動態保存されているSLが牽く列車に乗らなかった事に後悔するのだった。

 まぁ当時の彼女はSLに興味が無かったわけなのだが。

 

 

 

「どうでしょうか、東風谷さん」

 

 と、早苗に明日香が近付いて声を掛ける。

 

「はい。とても、楽しいです」

 

「それは良かったです」

 

 明日香は微笑みを浮かべる。

 

「向かい側、宜しいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

 早苗が頷きながらそう言うと、明日香は向かい側の席に座る。

 

「えぇと、あなたは」

 

 彼女は明日香の左胸にある『D51 241』のバッジを見る。

 

「私はD51 241号機。ですが、今は明日香と名乗らせてもらっています」

 

「明日香?」

 

「はい。昨晩、区長から名前を貰いました」

 

「そうなんですか。良かったですね」

 

「えぇ」

 

 明日香は微笑みを浮かべる。

 

「という事は、他の方々も?」

 

「はい。465号機は皐月、603号機は水無月、列車の一番後ろに連結されている1086号機は神流、79602号機は七瀬、B20 15号機は弥生です」

 

「大半は旧暦から取っているんですね」

 

「え、えぇ。まぁ、そうですね」

 

 と、明日香は遠い目をして外を眺める。

 

(これは、言わない方が宜しいのでしょうか?)

 

 そんな彼女の様子に早苗は内心呟く。

 

 

 

 すると突然汽笛が発せられる。

 

 しかし何度も長さの異なる汽笛を鳴らして異常さがあった。

 

 

 だがそれが明日香達には非常警笛であることにすぐに気付く。

 

 

 

 




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