無縁塚での調査は以前と違い、妖怪の襲撃はなく、順調に進んで何とか終えた。
調査の結果、無縁塚でも駅を建設して運用が可能であるのが判明したものも、現時点ではまず訪れる者はいないので、利用価値があるのかどうか悩ましいとのこと。
と、まぁ、一応無縁塚周辺の活用は今後考えられるだろう。
次に無縁塚で見つけた海外製の蒸気機関車だが、これは萃香が目立たないように夜な夜な『密と疎を操る程度の能力』を応用して巨大化し、無縁塚から一輌ずつ丁重に幻想機関区に運んでもらっている。
壊れないように丁寧に行い、なおかつ目立たないように夜中に行っているとあって、一日に運べるのは一輌、多くて二輌が限界であった。
運んでもらった蒸気機関車は、幻想機関区の空いたスペースにて妖精達がそれぞれの幅の規格の仮設線路を敷き、置いてもらっている。
蒸気機関車だが、海外の蒸気機関車は線路の幅が違うので、少なくともそのままでは使えない。今後どうするかは今後話し合われる。
まぁ中には日本の蒸気機関車同じ狭軌の規格の海外の蒸気機関車があるので、どうにか使えるだろうとのこと。
まぁ、これらの海外製の蒸気機関車をどうするかは今後次第ということだ。
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無縁塚の再調査が終わった、二日後……
「しっかし、これは凄いな」
北斗は前方で行われている作業を眺めながら呟く。
これまで運び込まれた蒸気機関車は二輌であり、仮設された線路に乗せられた蒸気機関車は、その上に雨を凌ぐ為の屋根が作業員の妖精たちによって建てられている。
この二輌も海外の蒸気機関車であり、片やイギリスの機関車であり、片やアメリカの機関車であった。
片方は流線形のカバーが取り付けられた蒸気機関車であり、その姿は蒸気機関車として世界最速の記録を叩き出した『マラード号』の形式であるクラスA4と呼ばれる蒸気機関車そのものである。
しかし足回りをよく見ると、クラスA4は4—6—2のパシフィックの車軸配置なのだが、このクラスA4は4—6—4のハドソンと呼ばれる車軸配置をしているのだ。
なぜクラスA4なのに、車軸配置が違うのか?
そもそも、このクラスA4は最初からクラスA4として作られたわけではなく、別の蒸気機関車として作られたのだ。
この機関車の名前は『W1クラス』と呼ばれる蒸気機関車で、イギリスで開発された高圧蒸気機関車である。
高圧蒸気機関車とは、通常よりも蒸気圧を高く設定した蒸気機関車のことであり、巨大なボイラーに過熱器を備えていることで、スチームパンク作品でよく見るごつい見た目なのが特徴的だ。これにより熱効率が上がり、石炭の消費量を抑えることになっているので、牽引力が上がっている。しかし高圧蒸気機関車は総じて構造が複雑であり、メンテナンスコストが非常に高くなっており、あまりの高さに普通の蒸気機関車を使ったほうがコストパフォーマンスが良いという結果になった。
アメリカのいくつかの鉄道会社がこの高圧蒸気機関車を使っていたのだが、先ほどのメンテナンスコストの高さのせいで、その全てが廃車となっている。
そしてイギリスでも高圧蒸気機関車が二種類ほど作られたが、その片方がW1クラスなのだ。
W1クラスはクラスA1やクラスA4の設計者であるグレズリー氏によって設計されており、W1クラスには水管ボイラーと呼ばれる代物を搭載しており、これと同じ構造をしたボイラーを他の高圧蒸気機関車にも搭載されている。
当初クラスA1と同じ4—6—2のパシフィックにする予定だったが、様々な設計変更を行ったことで、4—6—4のハドソンになっている。ちなみにこの車軸配置だが、元々4—6—2として製造中だった時に設計を変更したので、途中で可動式の従輪を追加している形となっている。なので、構造的には4—6—4というより4—6—2—2みたいなものである。
このW1クラスは他の高圧蒸気機関車と違い、ゴテゴテの配管類をカバー内に収めたことで、高圧蒸気機関車らしからぬスッキリとした姿となっている。そのせいか、関係者からは『走るソーセージ』というあだ名が付けられた。
完成後の試運転でいくつかの欠点が発見されてその点の改良が施され、有名な旅客列車を牽引するなど、ある程度の活躍を見せたものも、W1クラスはそれ以上の期待に応えることはできなかった。
W1クラスはクラスA1と比べると扱いづらさと性能不足が露見しており、その上構造からか、蒸気の上がりが非常に悪く、更に高圧蒸気機関車の構造の複雑さからくる整備性の悪さから、保守班からかなり嫌われた。
その後も改良が加えられたものも、性能自体は良くならず、最終的に設計者のグレズリー氏も改良を諦めてしまい、高圧蒸気機関車計画は終了を迎えた。
しかし完成してからそれほど年数が経っていないこの機関車を廃車するのはもったいないと思ったのか、魔改造が施された。
主に水管ボイラーを取り外して代わりに一部設計変更を加えたクラスA4のボイラーを搭載し、流線形カバーを取り付けた他に走り装置をクラスA4と同じものにしたりして、実質クラスA4として完成させたのだ。
可動式の従輪は外す必要がないと判断されてか、そのままにされたので、4—6—4のハドソンという唯一のクラスA4となったのだ。
ちなみに他の機関車でも似たような魔改造が施された例もあり、様々な足回りを持つクラスA4が存在していたという。
W1クラスはその後他のクラスA4と共に特急列車を牽引する日々を送ったが、台車の破損が原因の脱線事故を起こしたものも、その後修理されて走り続け、引退後は工場で解体されてしまった。
そんな4—6—4のハドソンの足回りを持つクラスA4が、彼の目の前にあるのだ。
(ハドソンのクラスA4か。こんな形で海外の蒸気機関車を見ることになるなんてな)
海外の、それも現存していない機関車とあって、北斗は少し気分を良くしていた。
基本的に彼は日本の蒸気機関車が好きなのだが、別に海外の蒸気機関車が嫌いではない。むしろ好きな方だ。
しかし実際に目にする機会が無かったので、実物を前にして興奮気味なのだ。
(それに、こっちも……)
と、ハドソンのクラスA4の隣にある蒸気機関車を見て、笑みを浮かべる。
そこにあるのは、かなり特異な姿をした蒸気機関車だ。
パッと見た感じ、かなり長い蒸気機関車で、複数の走り装置を持つ、マレー式蒸気機関車のようにも見える。しかしよく見ると、その走り装置が
なんと、その蒸気機関車は三組の走り装置を持つ、『マレー・トリプレックス』と呼ばれる希少な蒸気機関車である。
この蒸気機関車は『P1型蒸気機関車』と呼ばれ、ボールドウィンというアメリカの車輌工場で製造された蒸気機関車で、全部で四輌製造され、エリー鉄道に三輌、ヴァージニア鉄道に一輌が配備された。
このP1型蒸気機関車はヴァージニア鉄道に配備された世界で唯一の2—8—8—8—4の車軸配置を持つ。
このP1型蒸気機関車は複式の四軸の走り装置を三基持つという、鉄道ファンに有名な布原のD51形三重連と同じ数の動輪が一輌であるのだ。これでも驚きものだが、このP1型蒸気機関車の最も驚くべき部分は、その走り装置が生み出す牽引力だ。
この機関車、何と現代最強の電気機関車の牽引力61tに対して、なんと驚愕の牽引力73tという、ありえない数値をしているのだ。嘘のように思えるが、マジのようである。
ならば配属先のエリー鉄道やヴァージニア鉄道でかなり活躍したのか……というと、残念ながらこの機関車は活躍できなかった。
というのも、いくら牽引力が高く理論上重い列車を牽引できたとしても、その牽引する貨車の連結器が多くの連結時の重量に耐えられず、壊れてしまうのだ。
その上、蒸気の消費量が多く、ボイラーも特段大きな物ではなかったので、高速で走行しようものならすぐに蒸気不足に陥ってしまう。そのため、最大速度は16km/h前後が限界だったそうである。
いくら貨物列車の牽引が主だとしても、輸送が滞りそうなぐらいに遅すぎる。その上、
牽引力が良くても、速度は遅いし、その他諸々欠点が多かったマレー・トリプレックスは、結局長生きすることなく短命に終わった蒸気機関車であった。生まれた時代がもう少し後で、ボイラーがデカければ、多少なりとも良い結果を残せた、かもしれない。
ちなみにヴァージニア鉄道に配属されたP1型蒸気機関車は、ボールドウィンにて二分割されて二輌の機関車に改造されて、長く運用されたようである。
そんな希少なマレー・トリプレックス式の蒸気機関車『P1型蒸気機関車』 それもヴァージニア鉄道に配備された唯一の機関車が、彼の目の前にあるのだ。
(こんな足回りが凄い機関車を見れるなんて、何だか凄いことになってきたな)
彼は内心呟きながら、W1クラスとP1型蒸気機関車を見る。
(その上、まだまだあるんだからな。ホント飽きないな)
無縁塚に残っている蒸気機関車はまだあるので、彼らかすればここしばらく飽きない日々を送れるだろう。
(でも、この機関車……どうしたものか)
北斗は二輌の蒸気機関車を見ながら、ため息をつく。
幻想郷に現れた線路は、1.067mmの幅の狭軌の規格だが、この二輌は1.435mmの幅の標準軌の規格をしている。つまりこのままでは幻想郷の線路を走れないのだ。
こういう軌間が異なる場合、三線軌条と呼ばれる方法が取られる。これは片方のレールを共通にして、もう片方をそれぞれの規格の幅に合わせてレールを二本敷設する方法だ。
日本ではこういった方法を用いることで、電車と新幹線が同じ路線を走る光景が見られる所がある。
しかしそうなると標準軌規格のレールを新たに敷設する必要があるが、敷設に相当なコストが掛かるのは目に見えている。
そもそも標準軌の蒸気機関車を導入する必要が果たしてあるかどうか……確かに性能は狭軌のSLより高いだろうが、構造が大分違うので、使い勝手が違う。
更に付け加えると、標準軌の規格の客車や貨車が無いので、機関車単体では役に立たない。まぁ車輛に関しては作ればいいだけだが、作るだけのメリットが果たしてあるかどうか。
(でも、なるべく動態で残したいんだよな。状態によるんだけど)
北斗はW1クラスとP1型蒸気機関車を見ながら一考する。
彼としては無縁塚で見つけた蒸気機関車も何とか活用したいところで、最低限でも動態で残しておきたいのだ。
機関車の状態も、一部を除けば良好なので、復元作業は容易だろう。だが、復元しても、どう活用するか……
「区長!」
と、
「どうした?」
「にとりが来たけど、どうする?」
「にとりさんが。なら今から向かうよ」
「了解」
北斗は
「悪いね、北斗。急に来たりして」
「いえ、構いません」
にとりは整備員の妖精と話しており、北斗が来ると妖精との会話を切り上げて彼の方を向く。
「それで、にとりさん。今日はどんな用で来られたのですか?」
「それなんだけど、今作ってるC57形に取り付けたい物があるんだ」
「取り付けたい物?」
「あぁ。煙突に取り付ける物なんだけど、名前は何て言ったっけかな」
にとりは何とか思い出そうと、首を傾げる。
「それって、集煙装置ですか?」
「そう、それ! その設計図が欲しいんだ。貸してくれないか?」
「集煙装置の設計図なら、現物から書き出したやつがありますので、貸し出しますね」
「それはありがたい」
にとりは気を良くして笑みを浮かべる。
「でも、なぜ集煙装置が必要なんですか? 付ける必要は無いと思うんですが」
北斗はそう言いながら首を傾げる。
集煙装置はそもそもトンネル内での煙害を防ぐ為のものであり、妖怪の山にはトンネルの類がないので、集煙装置の必要はないはず。
それに、集煙装置はC58 1号機が取り付けているやつを基にしているので、C57形には少しサイズが大きい。
「まぁ、性能の試験目的だよ。色々と試してみたいしね」
「そうですか。まぁ、別に止める理由はありませんが」
北斗はそう言うと、近くを通りかかった妖精に集煙装置の設計図を持ってくるように伝える。
「それにしても、最近何かあったのかい? ここに来た時空き地で何かしていたようだけど?」
「あぁ。それですが、昨日ですね――――」
北斗はにとりに無縁塚での出来事を教える。
「そりゃ凄いね! 新しい蒸気機関車、それも今までと違うやつなのか!」
にとりは目を輝かせて北斗に近寄る。
「えぇ。今二輌がここにありますので、この後見に行きますか?」
「ぜひ案内してくれ!」
にとりはワクワクした様子で頷く。
「それにしても、君が現れてから、毎日が楽しい日々だよ」
「そうですか?」
「あぁ。こうも外の世界の技術に触れられるんだ。楽しくないわけがない」
「……」
「君に出会えたのが、私にとっての幸運だったかもね」
「幸運、ですか」
北斗はどこか物悲しい雰囲気ながらも苦笑いを浮かべる。
「北斗。車入れを終えたC50 58号機についてなんだが」
と、工場の扉が開かれて、ファイルを手にしたみとりが出てくる。
「みとりさん」
「え……」
北斗がみとりの方に振り向きながらその名前を口にすると、にとりはさっきまでの意気揚々とした様子から、突然驚愕した雰囲気になる。
そしてみとりの姿を見た瞬間、目を見開く。
「っ!」
みとりもまた、にとりの姿を見ると、目を見開いて固まる。
「……姉、さん?」
「……にとり」
にとりは震える声を漏らし、ゆっくりとみとりの元へ歩み寄る。
「ほ、本当に……本当に、姉さん、なの?」
「……」
彼女の言葉に、みとりは顔を背けるも、意を決してにとりを見る。
「……久しぶりだな、にとり」
「っ! 姉さん!!」
にとりは感極まってか、地面を蹴ってみとりに抱きつく。
「姉さん! 本当に、姉さんだぁ!!」
彼女はみとりの胸の中で、涙を流す。
「……」
みとりはにとりの頭に優しく手を置く。その目頭には、少しだけ涙が溜まっている。
「……」
完全に蚊帳の外だった北斗は、空気を読んで何も言わず、静かに二人を見守る。
「……ぐすっ、なんだか、みっともないところ、見せちゃったね」
みとりの胸の中でしばらく泣いたにとりは、涙目で鼻をすすりながら、北斗に謝罪の言葉を送る。
「そんなことはありませんよ。むしろ、喜ばしいことじゃないですか」
「ぐすっ、それは、そうだけど……」
「……」
にとりはみとりを見ると、彼女は顔を背ける。
「北斗。姉さんがいるのなら、どうして教えてくれなかったのさ」
「それは、みとりさんが最近機関区で働き始めたばかりで、この頃はにとりさんと会う機会が無かったのもありますね」
「そっか……ちょうど間が悪かったんだね」
にとりは納得した様子で涙を拭うと、みとりを見る。
「姉さん。その、本当に久しぶりだね」
「……そうだな」
みとりはどこか居心地が悪そうな様子で、答える。
「姉さん。どうして、私の前からいなくなったの?」
「……」
にとりの言葉に、みとりは何も言えなかった。
「私のことが、嫌いになったの?」
「……それは」
「……そうだよね。だって、姉さんからすれば、私は河童だしね」
「……」
みとりは何か言おうとするも、口を閉じる。
「姉さんは、本当につらい思いをしていたのに、私は……姉さんにしつこく付きまとっていたから。だから――――」
「違う!」
と、みとりは大きな声を上げる。
「……違うんだ。お前のことを、煩わしく思ってはいない」
「……」
「お前と過ごした日々は、少なくとも私には楽しかったんだ」
「姉さん」
「だが、私の為に、お前を傷つかせるわけに、いかなかったんだ」
「……」
「にとりは、よく傷を負っていたよな。お前はただ怪我をしただけだって言っていたが、気づかないと思っていたか」
「……」
みとりの指摘に、にとりは俯く。
「私の為に、にとりを傷つけるわけにはいかなかった。だから……里を去ったんだ」
「姉さん……」
「……」
二人の間に、しばらく沈黙が続く。
「ねぇ、姉さん」
その沈黙を、にとりが破る。
「姉さんは、この幻想機関区で働いているんだよね」
「あ、あぁ。そうだ」
「なら、ここだけで良いから……」
にとりは一間置いて、口を開く。
「あの時のように、姉妹で居られるかな?」
「にとり……」
「ダメ、かな?」
にとりは上目遣いで、みとりを見る。
「……」
みとりは目を瞑り、一間置いて目を開く。
「私は……河童も、人間も、許すことは出来ない。恐らく、これからも」
「……」
「だが……家族は別だ」
「姉さん!」
「過ぎ去った時間は、決して戻せない。だが、その時間を埋め合わせるのは、出来るかもしれない」
みとりは微笑みを浮かべて、にとりの頭に手を置く。
「にとり。改めて、よろしくな」
「っ! うん!」
にとりは笑みを浮かべ、元気よく頷く。
(家族、か)
みとりとにとりの二人の様子を見ながら、北斗は内心呟く。その表情はどこか羨ましそうであり、どこか悲しげであった。
その悲しげな表情が、一体何を意味しているのか……
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