東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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東武鉄道で動態復元あれている私鉄発注のC11 1号機ことC11 123号機の火入れ式がありましたね。あんなに錆び塗れだった機関車が綺麗に蘇って、とても感動的でした。
改番されたのは納得いかない部分がありますが、新たな蒸気機関車が鉄路に戻ってくる事実に変わりありません。
来年の春頃に本線デビュー予定とのことなので、とても楽しみです。


第12区 切れる事の無い絆編
第133駅 世界で最も勿体無い最期を迎えた悲劇の蒸気機関車……


 

 

 

 

 まだ陽が昇っておらず、真っ暗な幻想郷。

 

 

 幻想機関区では、日常となっている蒸気機関車への火入れ作業が行われている。

 

 

 扇形機関庫に眠っている8620形で数少ない、スポーク動輪からボックス動輪に換装された48633号機。彼女に火入れを行う為に、作業員の妖精達が運転室(キャブ)に木材を運び込んでいく。その間に48633号機の煙室扉が開けられて煙室内に溜まっている煤をシャベルで掬い、袋に溜めていく。

 煙室から取り除かれて集められた煤は、人里にある墨の製作所に譲渡されることになっている。

 

 煤を取り除き終えた後、隣で昨日から火が入っているC11 312号機のボイラーより管が伸びて、48633号機のボイラーに接続されており、温かい蒸気が送り込まれてボイラーを温めている。

 

 その間に作業員の妖精が運転室(キャブ)内にて、焚口戸を開けて火室に木材を放り込み、最後に細長い木材を火室の奥へと入れる。

 

 次に足回りに潤滑油を注油した際にあふれ出た油を拭き取って油が染み込んだ布を火室に放り込み、マッチに火を付けて布に火を付けて火室へと放り込む。すると先に放り込んだ油を染み込んだ布達に火が付いて、燃え上がる。

 

 次第に木材にも火が付き、火室内が燃え上がる。少しして作業員の妖精が追加の木材を投入して火力を上げていく。

 

 そして火室内の温度が上がり、木材がある程度燃えるのを確認し、作業員の妖精はスコップで石炭を火室へと投炭して更に火室内の火力を上げていく。

 

 

 

 やがて陽が昇って幻想郷が明るくなり始めた。

 

 火を入れた48633号機は、ボイラーより熱気を発して、煙突横にあるコンプレッサーの排気管から蒸気が一定の間隔で噴射されている。

 

 足回りでは卯月(48633)が、金槌を手に打音検査を行っており、異常な音がしていないかの確認をしている。

 

 扇形機関庫の別の個所では、D51 241号機やC56 44号機が検修を受けており、足回りのロッド類が外されて検査が行われている。

 E10 5号機とC55 57号機の検修も大詰めとなっており、本線試運転も間近に控えている。

 

 打音検査を終えて卯月(48633)は金槌を道具箱に戻し、運転室(キャブ)に乗り込むと、機関助士の妖精が片手スコップで石炭を火室へ投炭している。

 

「どうですか、調子は?」

 

「ばっちりですよ」

 

「そうですか」

 

 卯月(48633)と機関助士の妖精が会話を交わすと、彼女は機関士席に座り、ブレーキの開閉を行ってブレーキの調子を確認する。

 

 ブレーキの確認を終えて、卯月(48633)は窓から頭を出して前後を確認し、転車台が48633号機が居る線路に向くのを待つ。

 

 やがて転車台は48633号機が居る線路に向けられ、転車台が固定されたのを作業員の妖精が確認し、安全を確認して妖精は緑旗を上げながらホイッスルを吹く。

 

 緑旗を確認した卯月(48633)は「出庫!」と号令を掛けて同じく緑旗を確認した機関助士の妖精も「出庫!」と復唱し、彼女は汽笛を鳴らす紐を短く引っ張って汽笛を短く鳴らし、ブレーキを解いて加減弁ハンドルを引く。

 

 48633号機はシリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながらゆっくりと前進し、機関庫を出て転車台へと乗る。

 

 機関車が停車したのを確認し、作業員の妖精が転車台を動かして機関車の方向を変える。

 

 目的の線路に転車台が止まり、線路が繋がっているのを作業員の妖精が確認し、48633号機は後進して本線と繋がっている線路へと移動する。

 

 本線上では博麗神社行きの列車牽引のスハ43が三輌置かれており、作業員の妖精が足回りの点検を終えて退避している。

 

 三輌の客車に48633号機が近づき、手前で一旦停止して作業員の妖精が客車と48633号機の炭水車(テンダー)の連結器を調べて異常が無いのを確認する。

 

 作業員の妖精が緑の旗を挙げると、旗を確認した卯月(48633)は汽笛を短く二回鳴らして機関車を後進させ、客車と連結させる。

 

 

 その後北斗と卯月(48633)、機関助士の妖精は事務所にて列車牽引の打ち合わせをした後、二人は機関車へと戻り、出発準備を整えてその時を待つ。

 

 そして路線の安全が確認され、腕木式信号機の腕木が下りて信号が赤から青に変わる。

 

 信号が青に変わったのを確認し、卯月(48633)はブレーキを解いて汽笛を鳴らし、客車を引いて機関車を前進させ、出発した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時間は過ぎて昼前。場所は機関区の一角……

 

 

 そこは蒸気機関車の投炭訓練を行う為の施設であり、機関車の焚口戸を模した設備がいくつも設けられている。

 

 そこで、小悪魔のこあが投炭の訓練を行っている。訓練しやすいようにか、紺色のナッパ服に身を包み、背中まで伸びた赤い髪も後ろに纏め上げている。

 

「っ! っ!」

 

 こあは石炭を模した砂利を片手スコップで掬うと、もう片方の手で焚口戸に繋がれた鎖を手にして上に引っ張り、砂利を中に投入する。

 

 それを何度も繰り返し、決まった回数を投炭し終えて彼女は袖で額の汗を拭う。

 

「調子はどうですか?」

 

「あっ、北斗さん」

 

 と、施設に北斗がやって来て声を掛けると、こあが気づいて振り向く。

 

「そうですね。初日と比べれば大分マシになったと思います」

 

「そうですか」

 

 こあから話を聞いて、彼は焚口戸の向こう側を見る。

 

 白く塗装された四方に囲われたそこに、こあが投炭した砂利が積み上がっており、砂利は決まった位置に積み上がっている。

 

 

 あまり知られていないが、蒸気機関車の火室に石炭を投炭する際、決まった位置と順番に石炭を投げるのが決まっている。

 

 燃やすんだから別に適当に放り込めば良いんじゃね? と思うだろうが、そうはいかない。

 

 ボイラーの水に均等の熱を与えなければ、うまく熱が伝わらず蒸気が上がらなくなる。そうでなくても、火が偏って上がる為、温度差によって火室の歪みの原因になりかねない。

 

 その為、石炭の投炭は決まった位置と順番が決まっているのだ。

 

 

「なるほど。確かに初日より良くなっていますね」

 

「わ、わざわざ強調しなくても」

 

 北斗の言葉に、こあは苦笑いを浮かべる。

 

 というのも、初日のこあの投炭は褒められたものではなく、ほぼ全体的に砂利が積み上げられ、その上地面に多くの砂利が落ちていた。その上、スコップを誤って中に放り投げてしまうという、現役時代なら鉄拳制裁が下されるレベルの失態をやらかしてしまっている。

 

「まぁ、何度も繰り返して技術は身に付きますから。気長にいきましょう」

 

「はい」

 

 北斗はそう言うと、こあに頭を下げてから訓練施設を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、機関区の一角。

 

 そこでは無縁塚で見つかり、萃香によって運び込まれたハドソンのクラスA4ことW1クラスと三つの走り装置を持つマレートリプレックス式のP1型が保管されており、それに加え新たに二輌の海外製の蒸気機関車が運び込まれている。

 

 どちらも五つの動輪を持つ標準軌の規格の蒸気機関車である。ドイツで作られた戦時型蒸気機関車『52形蒸気機関車』と中国で作られた『前進型蒸気機関車』である。

 

 

 52形蒸気機関車はナチスドイツが戦時中に製造した戦時規格の蒸気機関車である。

 

 戦時規格とは、戦時中で機関車の数を揃え且つ資材を節約するために、一部の工程を省略したり、代用資材を用いて製造したのが戦時規格の蒸気機関車である。日本ではD52形がこれに当て嵌まる。

 

 52形はナチスドイツの技術者が50形と呼ばれる蒸気機関車を徹底した計算の基で設計の省略と合理化を行って大量生産を可能とした機関車であり、戦後に入っても製造が続けられ、海外で製造された個体を含めれば、その数は何と1万輌以上だという。しかも計画では本国だけで3万輌以上が製造予定だったというのだから、中々に狂っている。

 この手の戦時設計の機関車は工程の省略や代用資材を用いたことで本来の性能を発揮できず不具合を多発させたり、寿命が短いという問題を起こしがちだが、52形の場合は徹底した計算の基で合理化設計をしたおかげで、予想以上の耐久性と性能を発揮したという。

 

 52形は製造された数が数とあって保存数も多く、動態保存機もまたとても多い。そんな保存機の中で、一輌が日本にも来日していたのだ。

 

 とあるテーマパークにてオリエント急行と呼ばれる列車の牽引経歴のある機関車の展示の為に52形が日本へと来日し、展示されていた。しかしテーマパークの閉園と共に放置され、その後機関車は解体されてしまった。

 

 

 そして前進型蒸気機関車は、中国にて開発された蒸気機関車であり、ソ連で開発されたLV形蒸気機関車の設計図を一応正式に購入したものを使ってほぼそのままコピーする形で製造された機関車であり、ソ連の広軌規格から中国の標準軌に変えた以外はほぼそのままで作られている。

 

 しかし当時の中国はとにかく走る機関車を必要としていたとあって、戦時設計の機関車並みに工程の省略や代用資材を用いて短期間に製造されていたので、初期の頃はかなりの不具合が起きていたという。その為、アメリカやイギリスの鉄道関係者は「どうしてこうなった」という批判的な評価を下していたという。

 

 しかしその後ちゃんと作り、それに加え火室に燃焼室を追加した改造を施したことで性能が向上し、元の機関車の性能が良かったとあって前進型も高い性能を発揮して中国の鉄道輸送を支えた。

 

 前進型は国内で活躍した個体の多くはディーゼル機関車に置き換えられたあとほぼ全車が廃車となって解体されたが、中には海外に渡った機関車もいる。

 

 海外に渡った前進型は、アメリカに渡った二輌と、日本に渡った一輌の計三輌である。

 

 アメリカのイリノイ州にある鉄道会社が特別列車の牽引の蒸気機関車を探していたところ、中国で廃車になった二輌の前進型があったので、その二輌を引き取り、国内で走らせた。海外の鉄道車輛を走らせるというこの方法も、同じ標準軌であり、電圧関連に左右されない蒸気機関車だからこそ出来た技である。

 その内一輌はアメリカの法律に則ってベルやライトの追加、その他に様々な改良に色を黒と銀の二色に塗り替えられたアメリカンスタイルにされ、もう一輌はオリジナルのスタイルで運行されることになった。

 

 ソ連の蒸気機関車をベースにし、中国で生まれた蒸気機関車がアメリカを走るという、今の情勢を考えれば中々に凄い事である。

 

 そして驚くことに、日本にも中国製の蒸気機関車が二輌も渡って来ていた。その内の一輌が前進型6200号機である。

 

 事の発端は日本と中国の国交正常化から十年を記念して、中国鉄道博が開催されることになり、この時中国は前進型に加え、人民型と呼ばれる蒸気機関車を一輌ずつ送ったのである。しかも本物の動態機をである。

 こういう類の博覧会は実寸大の模型とか、ミニSLとかでやるようなものだが、本物と来たのだ。中々の太っ腹というか、なんというか。

 

 だが、驚くのは本物の蒸気機関車を送ったからではない。確かに本物を送ったのも驚きだが、その本物に更なる驚きの要素が含まれている。

 

 というのも、送られた人民型は確かに中国国内で活躍した機関車だが、前進型の6200号機はこの博覧会の為にわざわざ新しく作られた蒸気機関車なのだ。

 

 その後二か所にて博覧会は行われ、そこで人民型と前進型の二輌は動態展示され、動く姿を観客に見せていた。

 

 そして最後の博覧会での動態展示が、前進型6200号機にとって最後の走行だった。恐らく世界で上位に入るレベルで走行距離が短い機関車となったのだ。

 

 二輌の中国の蒸気機関車は博覧会後静態保存されることになったのだが……その保存の仕方が最悪としか言えないものだった。

 

 一体保存先の管理者は何を血迷ったのか、この貴重な蒸気機関車を野ざらしで、しかも潮風の当たる場所で展示したのだ。その上展示後ろくに手入れもされず半ば放置され、徐々に機関車はボロボロになっていた。

 前進型6200号機は、1980年代に作られたかなり新しい蒸気機関車とは思えないレベルで、荒廃していたという。

 

 そして最終的にボイラーに使われているアスベストが荒廃によって飛散する恐れがあるといって、2006年ごろに貴重な二輌は共に解体されてしまい、解体された二輌の中国の蒸気機関車は、一部の部品だけが現存している。

 

 

 日本人の悪い癖は、出来もしないのにやろうとする事だと思う。その場のノリで決めて、その後は面倒になって放置し、やがて捨てるのだ。今の日本の蒸気機関車の保存機の多くは、そんな状態だと思う。

 そして散々放置していた癖に、いざ解体されるというニュースがあれば保存を求める活動が起きるのだが、正直な所どうせ最後まで保存活動をする気なんて無く、その場の勢いで言っているようなものにしか見えない。

 

 ペットもそうだ。最後まで面倒を見る覚悟も無いのに、可愛いからとその場のノリで犬や猫を買い、少しして飼育が面倒だからと、全然懐かないからだと、飼えなくなったからだと、勝手な事を言って捨てる人が多い。

 保存活動だって、同じことだ。

 

 そして何より近代的な歴史遺産に対する興味の無さだ。江戸時代やそれ以前の歴史遺産なら多くの人は興味を持ち、保存活動を行う者が多い。しかし明治以降の歴史遺産に関しては興味を抱く者が多くなく、一部を除けば大抵が放置されている場合が多い。特に大正時代や昭和時代の物に対しての保存意識の無さが顕著であり、蒸気機関車も一部が保存されても、その多くがろくに手入れもされずに放置された挙句、解体されてしまっている。

 

 特に顕著なのは、旧日本軍の戦闘機である『四式戦闘機 疾風』だろう。アメリカ軍に鹵獲され性能テストの為に本土へと運び込まれ、戦後にこの機体を博物館が買い取り、飛行可能状態までレストアして保有していた。その後日本でその四式戦闘機を元日本海軍の操縦員だった実業家が買い取り、四式戦闘機はアメリカを離れ、日本に帰ってきた。

 帰ってきた当時は飛行可能な状態で時折航空自衛隊の基地での飛行展示もあったのだが、その後オーナーが死後美術館に売却されたのだが、どういうわけか美術館側はこの貴重な機体を室内ではなく、野ざらしで展示したのだ。その結果雨風に晒された機体は劣化して飛行不能に陥り、更に部品の盗難が起きてしまい、もはや修理して飛行させることは不可能になってしまったのだ。

 

 この最悪な結果に、日本の実業家に売り渡した元所有者は「返すんじゃなかった」と酷く後悔し、復元を担当した博物館は「他の機体数機と交換で良いから還して欲しい」とコメントしていたほどだ。

 

 

 そんな世界一もったいない結果となってしまった前進型6200号機が、完全な状態でこの幻想郷に現れたのだ。

 

 

 

「……」

 

 北斗は運び込まれた海外製の蒸気機関車達の上に、作業員の妖精達が屋根を建てている様子を見つめている。

 

(どうにか、この機関車達を生かせないだろうか)

 

 彼は内心呟きながら、海外の蒸気機関車たちを見渡す。

 

 というのも、これらの蒸気機関車は全て線路幅が1.435mm幅の標準軌に対応した蒸気機関車だ。幻想郷の線路は、1.067mmの幅の狭軌の規格なのでそのままでは走れない。

 

 こういう軌間が異なる場合、三線軌条と呼ばれる方法でどちらの規格に線路を対応させることが出来る。これは片方のレールを共通にして、もう片方をそれぞれの規格の幅に合わせてレールを二本敷設する方法だ。

 

 しかしそうなると、今ある線路に標準軌規格の線路を新たに敷設する必要があるが、敷設に相当なコストが掛かるのは目に見えている。

 

 そもそも標準軌の蒸気機関車を導入する必要が果たしてあるかどうか……確かに性能は狭軌のSLより高いだろうが、構造が大分違うので、使い勝手が違う。

 更に付け加えると、標準軌の規格の客車や貨車が無いので、機関車単体では役に立たない。まぁ車輛に関しては作ればいいだけだが、作るだけのメリットが果たしてあるかどうか。

 

(一層のこと標準軌の線路を別に敷いて短い距離を走らせる列車を考えても良さそうだな)

 

 北斗は某鉄道博物館にて短い距離で運行されているSL列車を思い出して、それに近い列車で運用しようかと考える。

 

(まぁ、その前にこれらの蒸気機関車の状態を確認しないことには始まらないしな)

 

 機関車の見た目は良好な状態に見えるが、地面に直で置かれていたので、それによって足回りに何かしらの不具合が生じている可能性がある。そのままでは軸焼けを起こしかねない。

 そうでなくても、ボイラーに異常が見つかった場合、走らせるのは不可能だ。

 

 動態運行の前に、色々と解決しないといけない問題は多い。それに、機関車はまだ無縁塚に二輌残っている。

 

「……」

 

 北斗は海外の蒸気機関車を一瞥して、宿舎にある執務室へ向かう。

 

 

 




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