「……」
幽香から半ば誘拐される形で抱えられた北斗は、空を飛んでいる彼女の腕の中で委縮している。
まぁこの幻想郷で一、二位ぐらいに恐れられていると噂されている彼女に半ば誘拐される形で抱えられているのだ。恐怖を抱くなというのが無理な話だ。
「そう固まらなくても、取って食おうなんてしないわ」
そんな北斗の様子を見て、幽香はどこか呆れた様子でそう伝えるも、それで落ち着けるなら苦労はしない、と北斗は内心ツッコむのだった。
「……」
しかし突然誘拐された、というより、北斗は今の状態に落ち着けなかった。
というのも、幽香は北斗を抱えているのだが、それが所謂お姫様抱っこであり、美女にお姫様抱っこされる状況に落ち着けなかった。その上以前早苗にお姫様抱っこされていた時と異なる感触が彼を戸惑わせる。
というか、この幻想郷に来て彼がお姫様抱っこされるのはこれで二回目である。
「……」
幽香は自身の腕の中で固まっている北斗を見る。
妖怪である彼女からすれば、北斗のような男性を抱えるのは造作も無いことだ。
しかし彼女からすれば、北斗を抱えている腕に掛かる重さに、どこか感慨深いものを感じている。
「……」
ふと、彼女の脳裏に、ある光景が過る。
なぁ、幽香。この子を抱いてみないか?
別に良いわよ。興味なんて無いし
まぁそう言わずに。可愛いんだぞ
……
その時の光景と共に、当時の感触が思い出される。
(……本当に、大きくなったわね)
彼女は内心呟くと、北斗に気づかれないぐらいに小さく口角を上げる。
しばらくして北斗を抱えた幽香は、太陽の畑の中にある彼女の家の前へと下りる。
「ここは……」
「私の家よ」
幽香に降ろされた北斗は西洋風のシンプルな作りの家を見上げていると、彼女が自分の家だと彼に伝える。
「付いて来なさい。あえて言っておくけど、逃げようなんて思わないことね」
「……」
彼女に警告がてらそう言われて、北斗は静かに後に付いて行って家に入る。
家の中に入ると、家具は必要最低限しかない、余計な物は置いていないシンプルな配置であり、あるとすれば彼女が大事にしている花が活けられている。
「そこで座って待っていなさい。お茶を淹れてあげるから」
「は、はい」
幽香はそう言って茶を淹れる準備に入り、北斗はテーブルの前にある椅子に座る。
「……」
北斗は落ち着きのない様子で家の中を見渡す。
(何だか、話に聞いた姿より、だいぶ違うような……)
ふと、北斗はあることを思い出す。
風見幽香……この幻想郷において彼女の名前は隅々まで知れ渡っていると言ってもいいだろう。その実力は幻想郷でも上位に与する者であり、博麗の巫女であっても彼女と関わるのを可能な限り避けるぐらいだ。
その性格は高圧的な部分はあるものも、基本的に自分から他者に襲い掛かるような暴力的な性格では無い。しかし彼女のその時の機嫌次第で変わる部分もあったりする。そして何より彼女は花をこよなく愛する妖怪だ。故に花を蔑ろにする輩には容赦しない。
だが、北斗の目に映る今の彼女の姿は、それらを感じさせない、優しげなものだった。
それから少しして幽香が紅茶を淹れたカップを二つ持ってくる。
「お待たせ。砂糖は入ってないけど、良かったかしら?」
「は、はい。大丈夫です」
北斗が頷くのを見て、彼女はカップを彼の前に置き、自身も席に座りながらカップをテーブルに置く。
「……」
「……」
北斗は幽香の様子を窺いながら、カップを両手で持って紅茶を飲む。
「北斗」
「は、はい」
そんな北斗の様子を察してか、幽香が口を開く。
「あなたは、花は好きかしら?」
「花、ですか?」
彼女の唐突な質問に、北斗は首を傾げる。
「自分は……好きな方ですね」
「どの辺りが?」
「色んな場所や環境で変わる面とか、綺麗だったり醜かったり、そんな多種多様な面ですね」
「そう……」
幽香は何かを考え込むように黙り込むと、カップに入っている紅茶を一口飲む。
「……道の端に、雑草と同じように誰にも見向きもされない花を見たら、あなたはどう見るかしら。価値の無い花だと見る? それとも、雑草としか見ない?」
「……」
北斗は幽香の質問に、カップに入っている紅茶の薄っすらと映る自身の顔を一瞥し、顔を上げる。
「決して雑草なんかじゃありません。誰にも見向きもされず、雑草しか見られない価値だったとしても、花であることに変わりはありません。必死に毎日を生きている……そんな花もまた美しいと思います」
「……」
彼の言葉を幽香は黙って聞き、紅茶を飲む。
(そういう所も、飛鳥に似てきたのね)
そして内心呟き、北斗に気付かれないぐらい小さく口角を上げる。
「夏になれば、この辺り一帯に向日葵が咲くわ。太陽の畑というのは、そこから来ているのよ」
「向日葵がこの辺り一帯に?」
北斗は幽香に抱えられて空に居た時、そこから見た光景を思い出して驚く。
「向日葵も好きかしら?」
「はい。外の世界に居た頃は、小さい頃初夏になれば種から育てていましたので、向日葵は馴染み深いですね」
「そう。なら、あなたの満足いく向日葵が見れるわ」
幽香そう言うと、微笑みを浮かべる。
「あの、幽香さん」
「何かしら?」
「それで、ここまでして話をしたい内容とは、一体……」
「そうね……」
恐る恐るといった様子で北斗が問い掛けると、幽香は頬杖を着き、声を漏らす。
「まぁ、後々で話そうと思っているけど、強いて挙げるなら飛鳥があなたを気に掛けているから、で納得するかしら?」
「えっ? 飛鳥さん?」
彼女の口から意外な人物の名前が出てきて、北斗は驚く。
「飛鳥さんを知っているんですか?」
「えぇ。飛鳥とはそこそこ長い付き合いになるわね」
「そうなんですか」
幽香の口から良く知る人物の名前が出て、少しばかり彼の警戒心が薄れる。
「飛鳥はよく私にあなたの事を話していたわね。耳にタコが出来るぐらいにね」
「そ、そうなんですか」
どこか呆れた様子で彼女がそう言うと、北斗は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、それだけあなたのことを気に掛けているのよ。わざわざ外の世界に出てまでね。まぁどうやって飛鳥が幻想郷と行き来しているのかは知らないけど」
「……」
北斗は何も言わず、カップの紅茶を飲み干す。
「でも、どうして飛鳥さんのことを?」
「……」
幽香はなぜかクローゼットを一瞥すると、再度北斗を見る。
「北斗。もしも真実を知る機会を与えられるとしたら、あなたは真実を知りたいと思うかしら?」
「真実……?」
「えぇ。それも、あなたが一番知りたいという真実をね」
「……」
急な展開に、北斗は唖然としつつ息を呑む。
「……それが、今回自分をここに連れてきた理由ですか」
「そういうことね」
北斗がここへ自身を連れてきた理由を言うと、幽香は肯定する。
「まぁ、さっきは機会が与えられたらとか言ったけど、拒否権は無いわ。こればかりは、あなたは知らなければならない義務があるのだから」
「……義務、ですか」
「えぇ。子供であるあなたにはね」
「……子供?」
北斗は思わず声を漏らして首を傾げる。
「幽香さんは、俺の両親を知っているんですか?」
「えぇ」
北斗の問いに、彼女は頷く。
この幻想郷で、もう知る機会は無いと思っていた両親のことが、まさかの場所で知ることが出来る。故に北斗の表情に緊張の色が浮かぶ。
「特に、あなたの母親はね」
「……母親?」
彼女の言葉で、北斗の脳裏に一つの憶測が上がる。そしてその憶測は、ここまで来ればもはや答えに近かった。
「あなたの母親は……飛鳥よ」
そして幽香の口から、その憶測の答えを口にした。
「……あ、飛鳥さんが……俺の……母親?」
北斗はその名前を聞き、呆然となる。小さい頃によく会いに来てくれた蒸気機関車に詳しい女性が……自分の母親だったのだ。
「そんな……まさか」
「でも、なんとなく違和感はあったんじゃないかしら?」
「……」
彼女の言葉に、納得できる部分があったのか、北斗は何も言えなかった。
飛鳥と話している時、北斗は他の人と話している時と違って、心から安心できるような、そんな感覚があった。
「まぁ、これについては、本人から聞いた方が早いわね」
と、幽香は席から立ち上がり、クローゼットへと歩み寄って扉を開ける。
「ムゴァッ!?」
「っ!?」
するとクローゼットの中から女性が出てきて、床に倒れて変な声を上げ、北斗はギョッと驚く。
なぜなら、その女性は先ほどから話題に上がっている飛鳥であり、なぜか簀巻きにされて口には猿轡をされており、床に顔を打ち付けたせいで赤くなった顔を上げて、幽香を睨みつけている。
幽香は妙にSっ気のある表情を浮かべつつ、飛鳥の猿轡を外す。
「ッ! 幽香! お前!」
「あら? どうしたのかしら?」
「なんで、こんな!」
飛鳥は非難の目を幽香に向けるも、彼女はどこ吹く風と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「私は友人として、あなたの手助けをしてあげただけよ」
「手助けって……!」
「いつまでもうじうじしている友人に、愛する息子と対話する機会を設けてあげたのよ」
「うっ……」
幽香の言葉に、飛鳥は何も言えなかった。これまで彼女は何かしらの理由をつけて、北斗に真実を話そうとしなかったのだから。
「いい加減逃げてないで、自分の息子と向き合いなさい。そして自分の口で真実を話してあげるのね」
「……くっ」
恨めしそうに飛鳥は幽香を睨むも、彼女はその様子に笑みを浮かべる。
「……」
「……北斗」
飛鳥は頭だけ回し、気まずい様子で北斗を見る。
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