北斗達を乗せた列車は博麗神社を出発し、闇夜の中を48633号機がバック運転で走り抜けて行き、幻想機関区に到着する。
機関区では、宴会参加者を人里に送り届けたD51 603号機が牽引する列車が待避線で停車しており、客車との連結が作業員の妖精によって外されている。
「おかえり、北斗」
列車が止まり、北斗が客車から降りると、飛鳥が出迎える。
「ただいま……母さん」
北斗は笑みを浮かべて答える。しかしその表情はどこか戸惑いを隠せないでいる。
「? どうした?」
その様子に飛鳥は怪訝な表情を浮かべる。
「あっ、いや、何て言うか……やっぱりまだ慣れないなって」
「まぁ、そうだな。私もだよ」
北斗と飛鳥はお互い苦笑いを浮かべる。
本当の家族であるのを知ってからというものも、まだ二人はこの関係に慣れていないでいた。
まぁ二人が一緒に居た時間は決して多くなかった。北斗はついこの間まで飛鳥のことを近所のお姉さんぐらいの感覚であり、飛鳥は自分の子供という認識はあれど、後ろめたさと一緒に居た時間が少なかったが為に、彼女の認識にズレが生じていた。
それ故に互い感覚の変化はまだ無かった。
「あっ、そうだ。母さん」
「何だ?」
「布団とか着替えを用意して欲しいんだ」
「なんでだ?」
「実は……」
と、北斗は後ろを見ると、
「彼女は……永遠亭の。一体どうしたんだ?」
「それが―――」
少年説明中……
少年説明中……
少年説明中……
「―――というわけなんだ」
「なるほどねぇ。押し付けられた感はあるけど、まぁ今回ばかりは博麗の巫女の言うことは尤もか」
北斗方事情を聴き、飛鳥は頷く。
「分かった。寝る所を含めて用意させるよ。それまで彼女をどこかに寝かせてくれないか? 暖かくなったとは言えど、夜はまだ寒いから風邪をひかないようにな」
「はい。と言うことだから、鈴仙さんを俺の部屋に頼むよ」
「分かりました」
「分かった」
「……」
飛鳥は鈴仙が運ばれて行くのを確認し、顔を上げて月を見る。
その表情は、どこか悲し気な、戸惑いを含んだ複雑そうなものであった。
「さて、連れて来たはいいが……」
ソファーに寝かされた鈴仙を一瞥して、北斗は頭の後ろを掻く。ソファーに寝かされた鈴仙は酔っぱらった影響で、顔は少し赤く、呼吸も少し荒い。
別に自分の部屋でなくても他の場所で彼女を寝かせられたのではないかと思うが、蒸気機関車の神霊の少女達の部屋は就寝準備中だったのでベッドには寝かせられないし、当然泊まり込み組の部屋も就寝準備中である。食堂だと肌寒いので鈴仙が風邪を引きかねない。
ちなみに妖精達の部屋では、ベッドが小さいので鈴仙を寝かせられない。
「とりあえず、準備が出来るまではこのままにしておくか」
北斗は大き目のタオルを鈴仙に掛けると、被っている略帽を帽子掛けに掛けて、執務机前にある椅子に座り、深くため息を付く。
「……」
北斗は椅子を回して後ろを向き、窓から外を眺める。
(本当に、楽しかったな)
夜空に浮かぶ月を眺めながら、宴会であったことを思い出す。
外の世界では、北斗は大勢の人間と楽しむ機会があまりなかった。遠足にしろ、修学旅行にしろ、そういう行事では彼は常に一人であった。
その為、彼からすれば大勢で楽しむというのを知らなかった。
こういった変化をもたらしたのは、やはり幻想郷の住人達との交流が大きいだろうが、最もな要因は早苗と蒸気機関車の神霊の少女達の存在だろう。
今まで自分を否定してきた外の世界と違い、幻想郷は彼を拒まず、受け入れているのも、かなり大きいだろう。
「……」
ふと、北斗は少しだけ欠けた月を見つめる。
「月の都、か……」
ボソッと呟き、この間の飛鳥との会話を思い出す。
「父さん……」
「う、うーん」
と、後ろで呻き声がして北斗はハッとして後ろに振り返ってすぐに立ち上がる。
「鈴仙さん」
「ん~北斗……さん?」
北斗が声を掛けると、鈴仙はどこか焦点が合っていない目を彼に向ける。
「大丈夫ですか?」
「ん~何とか。でも、どうして……北斗さんが?」
酔っている影響か、いつもよりほわほわとした様子彼女は受け答えしている。
「霊夢さんから頼まれまして、鈴仙さんを預かって、幻想機関区の宿舎に居ます」
「そうなの?」
「えぇ。なので今晩は泊まって行ってください」
「でも、師匠や姫様達には何も……」
「その状態では帰る事は出来ないし、妹紅さんは慧音さん達を看るので手一杯なので、伝えることは出来ません」
「うーん……まぁいっか」
鈴仙は特に深く迷うことなく了承し、上半身を起こして大きな欠伸をする。
「北斗さん。お水良いですか?」
「水ですか? 分かりました。すぐに持ってきますね」
彼女に頼まれて、北斗はすぐに部屋を出る。
部屋を出た北斗は食堂へと向かい、コップ二つを手にして水瓶から水を掬い、お盆を手にコップ二つを載せて自室へと向かう。
「北斗」
と、部屋に向かう途中飛鳥と会い、北斗は立ち止まる。
「母さん。部屋の準備は?」
「もう少しだけ待ってくれ。思いの外準備に手間取ってな」
「そう……」
「その水は?」
「さっき鈴仙さんが起きて、水を欲しがっていたので」
「そうか。準備が出来たら呼びに行くから、看てやっていてくれ」
「はい」
北斗は頷いて、飛鳥の元を離れ、二階へと上がる。
一旦部屋の前で立ち止まり、片手でお盆を持って部屋の扉を開けて、水を零さないようにゆっくりと扉を押さえながら入り、扉を閉める。
「鈴仙さん。水を持ってきました―――」
北斗は振り向きながら鈴仙に声を掛ける。
「っ!?」
しかし振り向いた先の光景に、北斗は目を見開く。
「ありがとうございます、北斗さん」
鈴仙はソファーから立ち上がっており、笑みを浮かべてお礼を言う。
「な、な、な……」
「?」
「なんで服脱ごうとしているんですか!?」
北斗は顔を赤くして慌てて顔を背ける。
というのも、今の鈴仙はブレザーを脱ぎ、今からシャツも脱ごうとボタンを外していたのだ。しかもボタンは殆ど外してある所まで行っている。
「だって、暑いんですから」
と、酔っぱらっている影響か、彼女は恥ずかしがる様子も無く服を脱ごうとしている理由を答える。
「だからってこんな所で! せ、せめて寝る場所で!」
「ここは北斗さんの部屋なんでしょ? なら寝る場所ですよ」
「鈴仙さんはここで寝るんじゃなくてですね!?」
北斗は顔を背けたままお盆をテーブルに置きながら答えると、鈴仙は何かに気付いてか口角を上げて笑みを浮かべる。
「あれ~? 北斗さん……もしかして興味あったりします?」
「えっ!?」
まさかの言葉に、北斗は驚く。
「まぁ北斗さんも男性ですから、興味あってもおかしくありませんよね」
「え、えぇっと、鈴仙さん?」
「大丈夫ですよ。その反応は健全な男性の反応ですから、おかしな所は無いですよ」
妖艶な笑みを浮かべ、いつもと違う雰囲気の彼女の姿に、北斗は戸惑う。酔っぱらうと人は大きく変わるのはどこでも同じようである。彼女人間では無いが。
「ふふふ……北斗さん意外と大胆なんですねぇ」
と、彼女はそう言いながら残ったシャツのボタンを外そうとする。
「ちょ、何しているんですか!? 駄目ですよ!」
鈴仙の大胆な行動に、北斗は思わず両手で目を覆う。
「大丈夫ですよ。見せても減るものじゃありませんし」
「そういう問題じゃ……!」
目を覆っている北斗には目の前の光景は見えないが、布が擦れる音がして、音で何かが起きているかは何となくだが理解できた。
彼的に異性として認識しているのは早苗だけだが、かといって異性そのものに対して何も無いかと言えば、そうではない。現に鈴仙の行動に対して戸惑いを見せている。
やがて何かが落ちる音がして、北斗はいよいよ不味いと感じた。
「別に見せても良いんですよ。北斗さんが満足するなら」
「鈴仙さん……!」
「尤も、こんな醜い身体で良ければですが」
「……えっ?」
これ以上はさすがにと思い、北斗は声を上げようとするが、同時に鈴仙から聞き捨てならない事が告げられて、彼は思わず声を漏らす。
そして恐る恐る目を覆っている手を退かして彼女を見ると、彼は目を見開く。
そこには上は下着だけという鈴仙の姿があり、外の世界で一般的な下着という意外性はあるが、重要なのはそこではない。
服の上からでも分かるスタイルの良さはあったが、服を脱げばそのスタイルの良さが際立っており、出ている所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいると、そのスタイルの良さが出ている。
……身体中に多くの傷跡がある事を除けば。
「鈴仙さん……それは」
北斗は彼女の身体中にある傷跡に息を呑み、恐る恐る問い掛ける。
「これですか? まぁ、幼い時に色々とありまして」
「色々、ですか」
傷跡に沿うように彼女は指を這わせながら答え、北斗は再度息を呑みつつ、永遠亭に入院していた時のことを思い出す。
それは彼女が発作を起こして永琳の元へ運んだ際に、彼女から鈴仙の発作が精神的なものからくると聞かされたのを。
その原因が、彼女の身体に刻まれた傷跡から、容易に想像出来る。
「北斗さんは、どう思っていますか」
「どう、とは?」
「私の身体の傷ですよ。同じような物があなたにもある以上、私の身に何があったかは、想像が付くんじゃないですか?」
「……」
彼女の問いに、北斗は何も言えなかった。
鈴仙の身体中に刻まれた傷跡を見れば、北斗でなくてもなんとなく想像は付く。
だが、彼女の気持ちを思うと、北斗は容易に答えられなかった。
すると鈴仙はゆっくりと北斗へと歩み寄って来る。
「れ、鈴仙さん?」
近づいて来る彼女に、北斗は戸惑いながら後ろに下がる。
やがて後ろに下がりきって、壁に背中を付けてしまう。そして鈴仙は北斗を逃がさまいと、両手を壁に付ける。
「な、何を……」
急な事に北斗は戸惑いを隠せなかった。逃げようにも彼女の腕で両脇を塞がれてしまっているので、逃げられない。
所謂壁ドンな状態に北斗は居心地の悪さに加え、鈴仙の顔が近くにあったので視線を下に逸らすも、その先には彼女の下着に包まれた立派な双丘があり、思わず視線を上げる。
「……」
すると鈴仙の赤い瞳が仄かに輝きを増して、北斗を見つめる。
ただでさえ半裸に近い少女に壁ドンされている状況に戸惑いを隠せないが、そんな彼女の瞳が輝いている光景に、北斗は息を呑む。
「……やっぱり、何も起きないですね」
「な、何を言って……」
「私のこの目、というより玉兎が持つ『波長を操る程度の能力』は、その気になれば狂気に陥らせることが出来るんです。先ほど北斗さんの波長を狂わせたはずなんですよ」
「波長を操る? それに、玉兎?」
「月に住む兎の妖怪ですよ。私もその玉兎です」
「……」
「まぁ、今はそんな事、どうでもいいですね」
と、鈴仙は瞳の輝きを消して、北斗を見る。
「ホント、どうして北斗さんには効かないんでしょうね」
「……」
「北斗さんが偶々効かない特殊な体質持ちなのか、それとも北斗さんには他の誰もが持たない特別な物を持っているのか」
「……さぁ、自分には何とも」
彼女は推測を口にして、北斗は身に覚えのない事とあって無難に答える。
「……」
「な、何でしょうか?」
「北斗さんって……やっぱり姫様にどことなく似ていますよね」
「輝夜さんに、ですか?」
何も言わずジッと見つめる鈴仙に北斗が声を掛けると、彼女は自らが抱いた疑問を口にする。
「目の色が姫様と同じなら、だいぶ似ていると思うんですよね」
「は、はぁ……世の中にはそっくりな人が三人ほど居ると言われていますから、その類では?」
「それにしては北斗さん、姫様に似て―――」
すると突然喋っていた鈴仙が黙り込む。
「鈴仙さん?」
急に黙り込む彼女に北斗は首を傾げる。
すると彼女の頭にある兎の耳がシワシワになって垂れる。
「?」
北斗が疑問を抱いていると、酔っぱらって赤くなっていた鈴仙の顔色がどんどん青く染まっていく。
(なんか、嫌な予感が……)
様子がおかしい鈴仙に北斗は嫌な予感を抱いていると、彼女は苦しそうに呼吸が浅くなる。
「……うっぷ」
「え゙っ……」
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