東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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日本の鉄道が開業して150周年が経とうとして、それに合わせて一大イベントや保存車輌の新たな門出など、様々な企画が発表されていますね。不安なこともありますが、これからも鉄道の発展と歴史の保存が行なわれるのを願っています。

そういえば気になるのは、苗SLニセコ号で使われていた旧型客車四輌が旭川より陸送にて苗穂に運び込まれましたね。ネットでは様々な憶測が立っていますが、一体何の目的があって苗穂に運び込んだのか、今後の情報に期待ですね。


第153駅 休むも仕事の内

 

 

 

 

 幻想郷において、幻想機関区は常に稼働している数少ない場所である。

 

 

 列車の運行が無い日でも、幻想機関区の操車場では車両の入れ替え作業が行われており、夜中でも機関庫で火が入れられた蒸気機関車の火を落とさないように、火の番が起きて火を見ている。

 この幻想機関区で静かな日は無いと言ってもいい。

 

 

 そしてこれは蒸気機関車に限らず、鉄道の運用は過酷な面がある。それは夏場での作業である。

 

 

 現代では空調が効いた車輛があるので、気が抜けない仕事であることを除けば、環境は良い方だ。

 

 

 しかし蒸気機関車の運用は常に過酷だ。運転室(キャブ)内は燃え盛る火室とボイラーの熱で冬場であっても30℃は軽く超え、下手すれば40℃に達することもある。となれば夏場は40℃を軽く超える場合もある。

 

 そんな中で蒸気機関車の運転を行わなければならないのだ。当時の機関士と機関助士の労働は過酷である。

 

 

 そしてその過酷さは、幻想機関区でも変わらないのである。

 

 

 


 

 

 

 幻想機関区の操車場。

 

 車輛の整理を行い、操車場は広いスペースが確保されている。そこでとある車輛が走っている。

 

 

 比羅夫号こと7100形蒸気機関車が操車場をゆっくりと走っている。その後ろには展望車の『マイテ39』が一輌連結されている。

 

「……」

 

 比羅夫号の運転室(キャブ)には、検修の為に幻想機関区に住み込んでいる小悪魔のこあが加減弁を操作するレバーを操作してシリンダーへ送る蒸気の量を調節する。隣では機関助士の妖精が炭水車(テンダー)より石炭を片手スコップで掬い、火室へ投炭をしている。

 その後ろには監督として卯月(48633)七瀬(79602)の二人が居て、こあの運転を見ている。時折二人はこあに運転に関する助言をしている。

 

 こあの検修は機関士として学ぶ段階へと来ており、今回運転を担当する比羅夫号で、この罐と同じ紅魔館側で所有権があるマイテ39を連結させて実践している。本来ならまだ教育と実習に時間を掛けるべきだが、短期間で運転が出来るようにとスポンサー(レミリア)の要請もあり、教育スケジュールを詰め込んで半ば突貫で教育をしている。その分検修が過酷染みているが。

 

 

 比羅夫号はマイテ39を牽引して前進したり、後進したり、速度を出して走ったりと、何回か操車場構内を往復する。

 

 

 何回も操車場構内を往復して、比羅夫号はゆっくりと停車する。

 

 

「はぁ……あっつい」

 

 機関車が停車し、運転室(キャブ)から降りたこあは袖で額に浮かんだ汗を拭う。7100形蒸気機関車の運転室(キャブ)は他の機関車より広めでボイラーは小さめなので、比較的発する熱量は少ない。しかしそれでも運転室(キャブ)内は暑いし、何より夏場なので余計に暑い。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ」

 

 続いて降りて来た卯月(48633)七瀬(79602)がこあに労いの言葉を掛ける。

 

「ありがとうございます。私の運転はどうでしたか?」

 

「そうですね。最初の時と比べれば運転は良くなっていますね。発進時の空転も少なくなっていますし、急発進も少なくなっていますし」

 

「そうね。最初の時と比べれば、だいぶ良くなっているわね」

 

「そうですか。良かった」

 

 卯月(48633)七瀬(79602)の二人からの評価を聞き、こあは安堵の息を吐く。こあ自身主であるパチュリーより任務を課せられているが、それと共に検修として赴いているので、それを達せられなければ任務どころの話ではない。

 彼女としては技術が身に付くのは任務の遂行を行う為には重要なのだ。

 

「でも、まだ本線で走らせられるほどではありませんね。ブレーキを掛けるタイミングや速度の出し過ぎなど、まだまだ課題点は多いですので」

 

「客車に乗客を乗せる以上、生半可で判断は出来ないわ」

 

「そうですか……」

 

 しかしすんなりと事が進むわけがなく、卯月(48633)の批評に彼女は気を落とし、肩を落とす。

 

 そんな様子の彼女に七瀬(79602)卯月(48633)に視線をやり、彼女はその意図を汲み取り、フォローを入れる。

 

「何事も一朝一夕で得られません。練習を重ねていきましょう。少なくともこあさんの技量の上達は確実に出来ていますので」

 

「……はい!」

 

 こあは元気を取り戻し、笑みを浮かべる。

 

 

 

「あっ、こあさん。こんにちわ」

 

 と、声がして二人は声がした方向を向くと、早苗が二人の元にやって来ている。

 

「早苗さん。こんにちわ」

 

「はい。暑い中、お疲れ様です」

 

「ありがとうございます。ただでさえ中は暑いのに、夏になると更に熱くなるんですね」

 

 こあは苦笑いを浮かべながら、略帽を脱いで頭にある小さい羽根で自信を扇ぐ。

 

「そうですね。私も運転室に乗ったことはありますが、本当に中は暑いです。いつも運転している卯月(48633)さん達には頭が上がらないですよ」

 

「私達は蒸気機関車そのものだから。暑さには強いのよ」

 

「それに、人や物を運ぶのは私達機関車の使命なのですから」

 

「それでも、大変なことに変わりはありませんよ」

 

「ハハハ。そう思ってもらえていると、何だか嬉しいですね」

 

 卯月(48633)は恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。七瀬(79602)も満更では無いのか、視線を逸らす。

 

「ところで、早苗さんはどうして機関区に?」

 

「って言っても、あなたがここに来る用事と言えば……」

 

 と、卯月(48633)七瀬(79602)の二人はチラッと宿舎を見る。

 

「は、はい」と早苗は頬を染めて俯く。

 

(甘い。甘い空気が流れているわ……)

 

 そんな様子の彼女に、こあは口の中が甘くなるような錯覚を覚える。心なしか甘い香りもするような気がして来た。

 

「区長でしたら、宿舎の執務室で仕事をしていますよ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 卯月(48633)より北斗の場所を聞き、早苗は一礼して宿舎へと向かう。

 

「アハハハ……相変わらずですね」

 

「まぁ、そうですね」

 

「……」

 

 こあは苦笑いを浮かべ、それにつられて卯月(48633)も苦笑いを浮かべ、七瀬(79602)は小さくため息を付く。

 

 

 


 

 

 

 早苗は宿舎に入り、執務室がある階へと上がっていく。道中蒸気機関車の神霊の少女達に会い、その度に挨拶を交わしていった。

 

「……」

 

 やがて彼女は執務室の前へとやって来て、立ち止まる。

 

「北斗さん。お仕事中失礼します」

 

 早苗は自身の巫女服を見ておかしな所が無いのを確認し、扉をノックして声を掛ける。

 

「……?」

 

 しかし部屋の中から返事は無く、早苗は首を傾げる。

 

「北斗さん? 居ますか?」

 

 再度声を掛けるも、やはり返事は無く、怪訝な表情を浮かべながら扉のドアノブを捻り、扉を開ける。

 

「……」

 

 扉を開けて隙間から部屋の中を見渡し、執務机に北斗の姿ないのを確認する。

 

「あれ? いないんですか?」

 

 早苗は扉を開けて部屋の中に入ろうとすると、扉の死角になっている所が見えて「あっ」と声を漏らす。

 

 ちょうど扉で死角になっている所にある畳が敷いている場所に、北斗の姿があった。

 

(寝ていたんですね)

 

 早苗は畳の上で仰向けになり、寝息を立てて眠っている北斗の姿を見つけ、安堵の息を吐く。彼女は扉を閉めて北斗の元へと向かう。

 

(仕事は……まだまだ途中みたいですね。休憩がてらの昼寝でしょうか?)

 

 執務机にまだ作業の途中と思われる書類が散らばっているのを見つけて、北斗の傍に正座で座り込み、寝ている北斗を見る。しかし北斗の様子から結構深く眠りに入っているように見える。

 

(でも、昼寝をするにしても、枕も敷布団も無しに寝るのは身体に負担が掛かりますのに)

 

 早苗は敷布団も無く、枕も無い状態で寝ている北斗を心配そうに見つめる。

 

「……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ……?

 

 

 身体が揺れているような感覚がして、北斗の意識は目覚める。しかし視界はぼやけていて、暗くなっていたので殆ど見えなかった。

 

 

 僅かに見える視界には、誰かの顔が見えた。だが殆ど視界が無い状態とあって、顔は分からない。

 

 

 だが、何やら慌てている様子なのは、雰囲気で何となく分かった。そして視界から自分が抱えられているのを認識する。

 

 

 誰、だろう。それに……何だか、眠い…… 

 

 

 異様に眠く、少しでも気を抜けば深い眠りにつきそうだ。

 

 

 すると北斗を抱えている者は彼を見て語り掛けているが、彼の耳には声が届いておらず、何も聞こえない。

 

 

 眠い……けど、眠ったら……いけな、い――――

 

 

 意識が深い眠りにつきそうになるも、北斗は慌てた様子の者が自分に語り掛けていると認識し、何とか意識を繋ぎ止めようとするも、彼の意識は深い闇に沈んでいった……

 

 

 

 


 

 

 

 

「……」

 

 北斗は眠りから目覚め、ゆっくりと瞼を開ける。

 

(軽く眠るつもりだったのに……結構深く寝ていたのか)

 

 内心呟きながら、少し後悔する。

 

 北斗は昼食を取った後、午前中の仕事を再開したのだが、眠気が酷く仕事に集中できなかった。昼食を取って満腹になると眠気が出やすくなるが、彼の場合はその眠気が強かった。

 

 何とか眠気に耐えていたものも、耐えれば耐えるほど眠気は強くなり、全く仕事に手が付けられずにいた。彼は少しだけ仮眠を取ろうと執務室の一部に敷いている畳の上で横になった。

 

 しかし気が抜けたことで彼は眠りについてしまい、気づかない内に深く眠っていてしまった。

 

 仕事はそんなに多くないので、今からやれば夕食前に終わる予定だ。

 

(今何時だろうか)

 

 内心呟きながら欠伸をして時間を確認しようと思っていると……

 

(……そういや、後頭部に接している部分が柔らかいような。それにとても暖かい)

 

 ふと、彼は後頭部に柔らかく、暖かいという違和感を覚え、ピタッと止まる。

 

 寝る前に敷布団を敷いておらず、何なら枕も無いはず。

 

 なら後頭部に感じているこの柔らかさと、暖かい感覚は、と思っていると……

 

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「?」

 

 と、上から声がして北斗は上を見る。

 

 

 彼の視界には、白い山と、その上から恥ずかしそうに見つめている早苗の顔があった。

 

「……」

 

 一瞬の思考停止を経て、彼は自身の状態を認識する。

 

 どうやら北斗は早苗の膝に後頭部を乗せて横になっている。つまり彼女に膝枕をしてもらっている。

 

「……えぇ、と、早苗さん?」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

「これは、一体?」

 

 北斗は頬を赤くしながら、早苗に問い掛ける。彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染め、彼の問いに答える。

 

「えぇと、北斗さんが敷布団も敷かずに、枕も無しで寝ていたので、畳の上にそのまま寝ると身体に負担が掛かりますので……えぇと」

 

「……」

 

「せめて、頭だけはと思って……こうしようと」

 

「は、はぁ……」

 

「迷惑、だったですか?」

 

 余計な事をしてしまったかという不安からか、早苗の瞳が揺れる。

 

「い、いや、迷惑というより、予想していなかったので……少し驚いて」

 

「そ、そうですか」

 

 戸惑いながらであったが、北斗の言葉に早苗は大きく安堵の息を吐く。

 

「……」

 

 しかし北斗はその視線の先で間近に揺れる双丘に戸惑うものも、何とか平然を装う。

 

 同年代の少女からすれば結構大きいご立派な方であるのは間違いない。しかし下から覗くとよりご立派に見えるようである。

 

「そ、それで、今日はどんなご用で来たんですか?」

 

「あっ、はい。北斗さんのお手伝いにと思って来ました」

 

「手伝いですか?」

 

「はい。もしかして、必要無かったりしますか?」

 

「い、いえ。手伝ってもらえるとこちらとしては助かります」

 

「! そうですか!」

 

 北斗の言葉に、一瞬不安色が走った早苗の表情に喜色が走る。

 

「でも、珍しいですね。北斗さんが仕事中に寝ているなんて」

 

「そう、ですね。ここ最近何だか妙に眠い時が多くて」

 

 北斗はそう言うと、欠伸をして目を擦る。

 

「それって、疲れが溜まっているからじゃないのでしょうか?」

 

「そうでしょうか?」

 

「自覚が無いのは良くないですよ。休むのも仕事の内だと思って休んでください」

 

「しかし……」

 

「い い で す ね ?」

 

 と、早苗は笑顔を浮かべて北斗に語り掛けるが、どことなくその表情から威圧感が滲み出ている。

 

「アッハイ」

 

 その威圧を感じ取ってか、北斗は思わず返事を返す。

 

「でしたら、まだ寝ていてください。何時間でも、膝をお貸ししますので」

 

「良いのですか?」

 

「はい。このくらい平気ですから」

 

「……でしたら、三時に起こしてください」

 

 と、北斗は申し訳なく思うものも、早苗の気持ちを無碍にするわけにもいかず、時間を確認して早苗に起こす時間を伝え、瞼を閉じて深く息を吐き出す。

 

 

「……」

 

 少しして、眠りについた北斗を早苗は静かに見つめる。

 

「北斗さん」

 

 彼女は小さく呟くと、北斗の頭を優しく撫でる。頭を撫でられても北斗は起きる気配が無い。余程深く眠りについているようである。しかしそれは安心して寝てくれているという表れでもあるので、早苗としては安心出来る。

 

「……」

 

 しかし、静かに寝息を立てて寝ている北斗の姿を、早苗はどこか不安の色を顔に浮かべる。

 

 

『地上の者達はお兄さんを否定する』

 

 

 ふと、北斗が地底に連れ去らわれた時に、こいしに言われた言葉が彼女の脳裏に過る。

 

(北斗さん。どんな事があっても、私はあなたを守ります。例え全てがあなたを否定しても……私は否定しません)

 

 早苗は北斗の頭を優しく撫でながら、胸中の決意を固める。

 

(例え……誰が相手であっても……北斗さんを傷つける者は――――)

 

 と、彼女の瞳は濁りを見せ、威圧感を醸し出す。

 

 

 

 ――――ユルサナイ

 

 

 

 




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