東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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JR九州で運行されているSL人吉の牽引機関車にして、今年で100歳を迎えた現役最古の蒸気機関車58654号機が引退することになりましたね……
来るべき時が来てしまったなんですが、やはり昔から知っている機関車が再び眠りについてしまうのは寂しいものですね。

引退理由は機関車の老朽化や部品の調達困難、維持する為の技術者の困難だそうですが、老朽化自体は機関車よりも客車の方が深刻だと思います(昨今の動態保存SLによる牽引列車の問題は、機関車よりも客車の老朽化が深刻だと思っていますので)

引退する最後の時まで、元気に走っていられることを祈るばかりです。


第155駅 魔界への出発

 

 

 

 北斗とアリスは、魔界にある神綺の城へ向かう日程を決め、ゲートの安定も考え、なるべくことを早く済ませるべく、出発は三日後に決まった。

 

 

 

 それから三日後のこと……

 

 

 

「それでは、行ってきます」

 

 人里の駅舎にて、スハ43の後ろに連結した状態で停車し、コンプレッサーによって煙突後ろにある排気管より蒸気を一定の間隔で噴射しているC10 17号機。機関車の足回りでは、作業員の妖精が動輪やブレーキ、連結棒等に異常が無いかの点検をしている。

 

 客車の前では、アリスと荷物を纏めた鞄を持つ北斗が見送りに来ている早苗に声を掛ける。

 

「留守の間、機関区の事は任せてください。北斗さんが帰る場所は、必ずお守りします」

 

「改めて、機関区の事をよろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 早苗は嬉々とした様子で頷くと、北斗の隣に立つアリスを見る。

 

「アリスさん。北斗さんのことをお願いします」

 

「任せて。必ず北斗さんは無事に帰すわ」

 

 念を押すように彼女がそう言うと、アリスは苦笑いを浮かべるも、真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「区長! そろそろ行きますよ!」

 

 と、C10 17号機の運転室(キャブ)の窓から葉月(C10 17)が頭を出して北斗に出発を告げる。

 

「分かった! それでは、早苗さん。行ってきます」

 

「はい。いってらっしゃい、北斗さん」

 

 葉月(C10 17)に返事して、北斗は早苗を見て頭を下げ、スハ43に乗り込み、アリスがその後に続く。

 

 北斗が窓越しから早苗を見て手を振る中、作業員の妖精が扉を閉めて確認を終え、ホイッスルを吹きながら緑旗を上げる。

 

 緑旗を確認した葉月(C10 17)はブレーキを解いて天井から下がっているロッドを引き、五音室の汽笛ながら三音室の汽笛の音色染みた特徴的な音色の汽笛を鳴らし、加減弁ハンドルを引いてシリンダーへ蒸気を送り込む。

 

 C10 17号機はゆっくりと動き出し、シリンダー付近の排気管からドレンを吐き出しながら後進して人里の駅を出発する。

 

「……北斗さん」

 

 出発したC10 17号機が牽き客車を、早苗は両手を組んでその姿が見えなくなるまで、何も言わず静かに見送る。

 

 

 


 

 

 

 バック運転にて客車を牽くC10 17号機は、煙突より軽快なブラスト音を奏でて魔法の森に沿って敷かれた線路を走って行く。

 

 C10形や後継のC11形は1C2の『アドリアティック』と呼ばれる車輪配置をしており、バック運転時は2C1の『パシフィック』と高速運転向きの車輪配置になるので、高速運転時は敢えてバック運転で行われることがあったという。

 

 線路を走っていく道中で、葉月(C10 17)は分岐点の標識を確認し、加減弁を少しずつ閉じてシリンダーへ送り込む蒸気の量を減らし、ゆっくりと機関車の速度を落とす。

 

 やがて人里へ向かうルートと、魔法の森へ向かうルートへの分岐点まで来ると、機関車は分岐点前で停車する。

 

 近くに建てられている小屋から作業員の妖精が出て来て、転轍機を操作して幻想機関区への線路から魔法の森への線路にポイントを切り替える。

 

 ポイントが切り替えられているのを確認し、作業員の妖精がホイッスルを吹きながら緑旗を揚げる。

 

 旗を確認した葉月(C10 17)はブレーキを解いて汽笛を鳴らし、加減弁を引いてゆっくりと機関車を進ませて、機関車は客車を牽いて魔法の森へと入っていく。

 

 

「……」

 

 客車の中で、北斗は魔法の森の景色を眺めつつ、目を細める。

 

(そういえば、C10 17号機と初めて出会ったのは、ここだったな)

 

 外の景色を眺めつつ、初めて幻想郷に来た時のことを思い出す。

 

 機関区以外で初めて蒸気機関車が現れたのは、この魔法の森であり、現れた三輌の中にあったのがC10 17号機だった。

 

 ふと、彼は向かい側の席に座るアリスを横目でこっそり見る。彼女も窓から魔法の森の景色を見つめている。

 

(アリスさんとも、魔理沙さんの案内で、その時に初めて会ったんだよな)

 

 北斗はそう思うと、偶然とは言えど当時の要素が集まっていることに、感慨深いものを感じる。

 

(そうか。もうあれからだいぶ経つんだな)

 

 幻想郷に蒸気機関車と共に暮らし始めてから、もう長い時間が経っているのだ。そう思うと、彼は僅かに口角を上げて景色を眺める。

 

 

 やがてアリスの家の近くまで来て、C10 17号機はゆっくりと停止する。

 

 北斗とアリスの二人は、客車から降りてC10 17号機の元へと向かう。

 

「ここまで送ってくれてありがとう、葉月(C10 17)

 

「いってらっしゃい、区長! お帰りをお待ちしています!」

 

 葉月(C10 17)は敬礼をして運転室(キャブ)に戻り、汽笛を鳴らしてスハ43を押して前進し、彼らの元を離れて機関区へ戻っていく。

 

「……アリスさん。迎えはアリスさんの家で待っていれば来るんですよね?」

 

「えぇ。そろそろ来ている頃だと思うわ」

 

「そうですか」

 

 二人は短く言葉を交わし、アリスの家へと歩いて行く。

 

 

 魔法の森を歩き、二人はアリスの家に到着する。

 

「来ていたわね」

 

 と、アリスは家の前で待っている人影を見つけて声を漏らす。

 

 家の前で待っていた人もアリス達の接近に気付いてか、後ろを向いて二人を見つける。

 

「お待たせしました、アリス様」

 

 その人物こと夢子は、アリスに頭を下げて一礼する。

 

「準備は出来ているの?」

 

「えぇ。いつでもいけます」

 

「そう」とアリスは頷くと、夢子が北斗を見る。

 

「お話はアリス様よりお聞きしています、北斗様。神綺様のメイドをしています、夢子と申します」

 

「初めまして。霧島北斗と申します。幻想機関区で区長をしています」

 

 夢子は自己紹介をして、お辞儀する。北斗も自己紹介をして一礼する。

 

「貴方様とは初めまして、になるでしょうね」

 

「え?」

 

 と、彼女が何やら意味深な事を口にして、北斗が思わず声を漏らし、アリスも驚いた様子を見せる。

 

「ど、どういうことなの?」

 

「北斗様とは、幼少の時に一度お会いしたことがございます。しかし直接会話を交わしたわけでがありませんので、覚えに無いのは仕方ないかと」

 

 アリスが戸惑った様子で問い掛けると、夢子は丁寧に説明して苦笑いを浮かべる。説明を受けたアリスは、理解が追い付いていないのか、目を白黒とさせている。

 

「詳細は後々神綺様にお聞きした方がよろしいかと。今はお時間がございませんので」

 

「そ、そうね」

 

 夢子にそう言われて、アリスは戸惑いながらも頷く。

 

「それで、魔界へはどうやって行くのですか?」

 

「私が神綺様より預かっているこの宝石で、魔界に通じているゲートを開けます。ゲートの先は魔界の神綺様の城でございます」

 

 と、彼女はスカートのポケットより掌サイズの赤い宝石を見せながら魔界への行き方を説明する。

 

 夢子は左手を宝石に翳し、何か呪文のような言葉を口にして宝石を掲げると、宝石は扇状の赤い光を放って三人より離れた所に光が円形に形成される。

 

「では、北斗様。私から離れないようにしていてください」

 

「は、はぁ」

 

 夢子は北斗に左手を差し出し、北斗は戸惑いながら彼女の手を見る。

 

「ゲートを通る時、安定していても時々違う場所に繋がる場合があるの。その時に少しでも離れていたら、一人だけ違う場所に出るなんてことになるの。それを防ぐ為にも、手を繋いでほしいの」

 

「そうですか」

 

 アリスより説明を受けて、北斗は夢子の手を取る。

 

 そして夢子に引かれて北斗はアリスと共に、形成されたゲートの中へと入っていく。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、幻想機関区。

 

 

 機関区に戻ったC10 17号機は、客車をB20 15号機に運ばせて水と石炭の補給の為、ゆっくりと補給設備の元へと向かう。

 

 

 扇形機関庫では、作業員の妖精達がそれぞれの機関車の整備を行っており、色んな音が機関庫内に響いている。

 

 作業員の妖精によって煙室内に溜まった煤を取り除かれているD51 465号機とC11 260号機。連結棒や複式コンプレッサー等の部品が外され、足回りの整備を受けているC58 1号機とD61 4号機。蒸気ドームのカバーやシリンダー回りの部品を外されて整備を受けている48633号機と79602号機。ボイラーや炭庫周りの煤汚れの掃除が行われているC12 208号機とC11 312号機等々、機関車の様々な姿がそこにある。

 

 他には、D51 603号機や18633号機、C56 44号機、9677号機が本体と炭水車(テンダー)を外した状態で、両方の整備を受けている個体もいる。

 

 C50 58号機とC58 283号機は、火が入れられた状態で整備を受けている。

 

 それ以外は、無火状態で機関庫にて静かに眠っている。

 

 

 

「整備は進んでいるようだな」

 

「そうね」

 

 機関庫で機関車が整備を受けている姿を、機関庫の外で見ていた長月(C59 127)(C57 135)が言葉を交わす。

 

長月(C59 127)も罐の整備は進んでいるようね」

 

「あぁ。ボイラーの整備も終わって、近日中に車入れを行うそうだ」

 

 そう言うと、二人は整備工場の方を見る。

 

 本格的な稼働に向け、工場入りして全般検査を受けているC59 127号機。C54 17号機の全検が優先されたといっても、元々新品同様な状態であったのもあって、検査は順調に進んでいる。

 

 C54 17号機の火入れ式の後には、試験走行に向けた仕上げに取り掛かるとのこと。そうすれば、後は燃料の重油の完成を待つだけである。

 

「にしても、一週間区長の留守ね」

 

 と、(C57 135)は宿舎を一瞥して呟く。

 

「不安か?」

 

「無い、と言ったら嘘になるわね。この間の事もあるもの」

 

 長月(C59 127)の問い掛けに、(C57 135)は目を細めながら答える。

 

 以前北斗が重傷を負い、一週間以上不在になっていた時、蒸気機関車の神霊の少女達は誰もが不安を抱いていた。下手をすれば北斗は死に、彼女達の行く先は真っ暗となってどうすることも出来なかったかもしれなかった。

 

 だからこそ、彼女達にとって短い間でも、彼がいないのは大切な物が抜け落ちてしまったような感覚に陥ってしまう。

 

「そういう長月(C59 127)はどうなのよ」

 

「私も不安さ。私はまだ、区長の役に立てていない。それなのに、今はただのお荷物でしかない。区長が急に居なくなるのではないかと、不安になる」

 

「……」

 

「だが、前と違って、必ず帰って来る保障があるんだ。心配せずとも、区長は帰って来る」

 

「……そうね。今度は必ず帰って来るって保障があるのよね」

 

 (C57 135)は不安の色は消えないものも、頷いて空を見上げる。

 

 

 

「……」

 

 その頃、宿舎前では夢月が竹箒を手に散らばっている落ち葉を掃いて一ヶ所に集めている。

 

「……はぁ」

 

 夢月は特に意味も無く、ため息を付く。

 

「なぁにため息付いてんのよ」

 

 と、後ろから声を掛けられて夢月が振り向くと、そこには竹箒を手にしているエリスの姿があった。

 

「何よ。ため息付いたら悪いの?」

 

「今朝からずっとため息付いてばかりじゃないの。気になってしょうがないわよ」

 

「……」

 

 身に覚えがあるのか、夢月は何も言えなかった。

 

「で、何にため息付いてんのよ」

 

「……分からないわよ」

 

 エリスの問い掛けに、夢月はそう答えるしか出来なかった。当の本人も分からない以上、答えようが無い。

 

「……ふーむ」

 

 すると彼女は首を傾げた後、何かを察してか口角が上がる。

 

「区長がしばらくいないから、寂しいんでしょ」

 

「はぁ!?」

 

 エリスがそう言うと、夢月は驚いたように声を上げる。

 

「な、何で私が人間如きにそんなこと思うわけ!? ありえないわよ!」

 

(うっわっ。分かりやすい)

 

 明らかに動揺している彼女の姿に、エリスは若干驚き気味に内心呟く。

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。別に私は何かと言うわけじゃないし、偏見だって無いよ」

 

「そういう問題じゃ」

 

「んじゃ、なんで慌てちゃっているの?」

 

「それは……」

 

 エリスの問いに、夢月はすぐに答えられなかった。

 

「別に良いんじゃないの。素直になっちゃってさ。罰なんて当たらないしさ」

 

「……余計なお世話よ」

 

 夢月はそっぽを向くと、エリスに問い掛ける。

 

「ところで、あんたは良かったの? 同行すれば、魔界に帰れたのに」

 

 少しして、夢月は話題を変えるべく、エリスに問い掛ける。

 

「うーん。まぁ私もそう考えていたんだけどね。でも今回は区長の大事な用なわけだし。無関係な私が同行するのは、さすがに憚れるかなって」

 

「……」

 

「まぁ、帰ろうと思えば、いつだって帰れるしね」

 

「だったら、なんで今も居座っているのよ」

 

「そりゃ、まだ区長にお礼し終えていないしね。中途半端で帰るのは私のプライドが許さないし」

 

「……」

 

 疑わしい視線を向けるが、エリスは涼しい顔で視線を上流す。

 

 

「ん?」

 

 ふと、夢月が何かに気付き、顔を上げる。

 

「あれは……」

 

 エリスも何かに気付き、一瞬警戒する。

 

「いえ、あれは……」

 

 やがて二人の目にそれが映り、警戒を解く。

 

 

 二人の言うそれこと、空を飛んできた鈴仙が二人の前に下りてくると、エリスと夢月の二人を見る。

 

「あなた達は……」

 

「そういうあんたは、永遠亭の兎か」

 

「兎って……」

 

 歯に衣を着せない夢月の言い方に鈴仙はムッとするも、とりあえず気にしないで自分の用事を優先する。 

 

「で、何の用なの?」

 

「北斗さんに用があるの。彼は居るかしら?」

 

「区長?」

 

「悪いけど、区長なら居ないわよ」

 

「そうなの? なら、いつ戻るの?」

 

「そうね。一週間ぐらいで帰るわよ」

 

「えぇっ!?」

 

 エリスより告げられた時間に、鈴仙は驚きの声を上げる。

 

「なんでそんなに長いの!? ってか、どこに行っているの!?」

 

「なんでもアリスっていう魔法使いの親の誤解を解く為に、魔法使いに同行したのよ」

 

「アリスの? だとしても、なんで一週間もいないのよ!」

 

「私達に文句言ってもねぇ。魔法使いの親が居るのは、魔界って場所なのよ。幻想郷からあそこへ行くには、タイミングを合わせないといけないのよ」

 

「それに加え、親を説得する時間も必要みたいだから、それくらい掛かるんだそうだ」

 

「そんな……」

 

 鈴仙はショックだったのか、呆然と立ち尽くす。

 

「そもそも、何で区長に用があったわけ?」

 

「……師匠から頼まれたのよ。北斗さんを連れて来て欲しいって」

 

「区長を? 何だってそんなことを?」

 

「傷の経過確認よ」

 

「でも区長の怪我って治って退院させたんじゃないの?」

 

「そうだけど、妖怪の毒を喰らったのよ。解毒が間に合ったといっても、何も影響が無いとは言い切れないわ」

 

「そう言ってもね。区長はいないし、彼に連絡だって出来ないのよ」

 

「師匠から早めに来て欲しいって言われているのに……」

 

「でも区長がいないことに変わりないし、今回は諦める事ね」

 

「そんなぁ……」

 

 困った様子を見せる鈴仙に、二人はどうしようもなく、ただその姿を見つめるだけだった。

 

 結局、鈴仙は意気消沈した様子で帰って行ったという。

 

 

 

 

 




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