東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第28駅 河童の里への出発

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 

 幻想機関区の本線側の線路に車輌を連結したC10 17号機がコンプレッサーから一定の間隔で蒸気を噴き出しながら待機していた。

 その後ろでは同じく出発準備を終えて待機しているD51 465号機の姿もあった。

 

 C10 17号機の前方には『ヨ2000形』と呼ばれる車掌車を連結していた。

 

 車掌車を前に連結したのはバック運転を想定してだ。理由は目的地に車輌の前後の入れ替え用の線路が無いと思われるから、最初から前に連結している。

 まぁそれ以前に転車台も無いだろうから、帰りは必然的にバック運転になるのだが。

 

 D51 465号機が居るのは途中までC10 17号機を運ぶ為である。

 

 

「……」

 

 その変わった編成の列車の傍で北斗は右手に持つ鉄道懐中時計の蓋を開けて時間を確認する。

 

「区長! いつでもいけます!」

 

「分かった!」

 

 運転室から葉月が顔を出して出発準備が整ったと報告し、北斗は鉄道懐中時計の蓋を閉じながら返事を返す。

 

 

 

「北斗さーん!!」

 

 と、遠くから彼を呼ぶ声がして北斗は声がした方を見ると、早苗とにとりの二人がこちらに向かって飛んできていた。

 

「お待たせしました」

 

「いやぁ昨日ぶりだね、盟友」

 

 二人は北斗の近くに着地して声を掛ける。

 

「すみません、早苗さん。相談しないで勝手に話を進めてしまって」

 

「良いんです、北斗さん。事情が事情ですし。何より神奈子様と諏訪子様との会談は午後からなので、こちらとしては問題ありません」

 

「そうですか」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるも、気持ちを切り替えてにとりの方を見る。

 

「本日は、宜しくお願いします」

 

「任せて。ちゃんと案内するからさ」

 

 と、にとりは待機しているC10 17号機とD51 465号機を見る。

 

「あれで行くの?」

 

「そうですが、後ろの機関車は途中までです」

 

「どうして?」

 

「今から向かうのは未調査の路線ですからね。どんな状態か分からない以上重い機関車で行くのは避けたいんです。最悪事故を起こす可能性もあるので」

 

「へぇ。線路があれば走れるってわけじゃないんだ」

 

「えぇ」

 

 北斗はにとりに理由を説明する。

 

「それでは、今から出発しますので、前方の車掌車に乗ってください」

 

「分かりました」 

 

「分かったよ」

 

 二人の返事を聞いて北斗は先に車掌車に乗り込み、早苗とにとりの二人の手をとって乗り込むのを手伝う。

 

 二人が乗り込んだのを確認して北斗は緑色の旗を手にしてホイッスルを咥え、旗を振ってホイッスルを吹く。

 

 確認した葉月はブレーキハンドルを動かしてブレーキを解くと、汽笛弁のロッドを引いて特徴的な汽笛を鳴らし、皐月も汽笛弁のロッドを引いて汽笛を鳴らすと、加減弁ハンドルを引いて蒸気をピストンへと送り込むと、機関車はゆっくりと前進する。

 

 ピストン付近の排気管からドレンを吐き出しながらD51 465号機はC10 17号機と車掌車を押して前進し、幻想機関区を出て妖怪の山の麓へと走り出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 機関車と車掌車を押して幻想郷の大地に敷かれた線路をD51 465号機は煙突から薄い煙を吐き出しながら走る。

 

 回送列車は幻想機関区から発ち、魔法の森方面の路線を通って妖怪の山に向かっていた。

 

「こりゃ速いね!」

 

 車掌車の前方で手すりを両手で掴んでいるにとりはその速さを体感して声を上げる。

 

「速いやつなら、これよりもっと速い機関車もありますよ」

 

「そうなのかい?」

 

「えぇ。まぁうちの機関区にその機関車はありませんが」

 

「へぇ。ホント蒸気機関車って色々とあるんだねぇ」

 

 北斗の説明を聞き、にとりは感心したように声を漏らす。

 

「そういえば、にとりさん。河童の里付近の線路に現れた機関車って、どんな形なんですか?」

 

 北斗の隣で景色を見ていた早苗がにとりに問い掛ける。前日ににとりから話こそ聞いていたが、その時用事があって現物はまだ拝んでいないし、特徴も聞いていなかった。

 

「どんな形って、後ろにある機関車とそっくりだったよ」

 

「そっくりですか?」

 

 早苗は後ろを振り返り、車輌の窓から覗くC10 17号機の正面を見る。

 

「まぁ、見れば分かると思うよ」

 

「……」

 

 にとりの言葉に北斗はただ声を漏らすしかなかった。

 

 

「あっ、そろそろ止まってくれるかい? この先分かれ道があるから」

 

「分かりました」

 

 北斗は頷くと、車内に入って赤色の旗を手にして広げ、再度外に出てD51 465号機の機関士席がある方向の運転室に向けて赤い旗をゆっくりと振るう。

 

 赤い旗を確認した皐月は加減弁を閉じてピストンへと送り込む蒸気を閉じ、ブレーキハンドルをゆっくりと動かしてブレーキを掛け、ゆっくりと速度を落として行く。

 

 ゆっくりと速度を落としながら進んでいくと、列車は分岐点の前で停止する。

 

「どちらが河童の里方面ですか?」

 

「あっちだよ。ちょうど線路ってやつがその方向にあるからね」

 

「分かりました」

 

 北斗が聞くと、にとりは二方向に分かれた線路の内、河童の里がある左の方向を指差し、それを確認した彼は車掌車を降りて分岐点の転轍機の向きを確認し、方向が右を向いていたので転轍機の向きを変えるレバーを後ろに倒して線路を河童の里方面に向ける。

 

 ちゃんと向きが変わって線路が隙間無く接触しているのを確認して、北斗はC10 17号機とD51 465号機が繋がっている連結器を外すと、D51 465号機の運転室付近まで歩く。

 

「ここまで運んでくれてありがとう。先に戻ってくれ」

 

「了解」

 

 運転室の窓から顔を出している皐月は敬礼をすると、逆転機を回してギアの向きを変え、汽笛を短く鳴らしてから加減弁ハンドルを引き、ゆっくりと機関車を後退させて元来た線路を走っていく。

 

 北斗はすぐに車掌車に戻り、葉月に発進の合図を送る。

 

 直後にC10 17号機の汽笛弁から短く蒸気と共に音が発せられ、再び列車は前進すると、そのまま向きを変えた線路へと走っていく。

 

 

 

 

 それから少しして列車は綺麗な水の流れる川の傍を走っていく。

 

「もうそろそろ里に着くよ」

 

「分かりました」

 

 北斗は葉月に停止の合図を送ると、列車はゆっくりと速度を落として行く。

 

 右に向かって曲がっている線路の先へと列車が出ると、線路上に即席で建てた様な小屋があり、その目の前で列車は停止する。

 

「ここが、河童の里、ですか?」

 

 北斗は怪訝な表情を浮かべて周りを見渡しながら、にとりに聞く。

 

 里という割には、里らしい場所が無かった。

 

「私達が住んでいる場所は少し離れた場所にあるんだ」

 

「あぁ、そういう」

 

 にとりの説明に北斗は納得し、目の前の小屋に視線を向ける。

 

「それで、ここに?」

 

「あぁ。ここに現れた蒸気機関車が雨風に晒されないように即席で建てたんだ」

 

「そうですか」

 

 北斗はにとりから小屋を事を聞きながら車掌車から降りる。

 

「あり?」

 

 と、車掌車から降りたにとりは変な声を漏らす。

 

「どうしました?」

 

 そんな声を聞いた北斗はにとりに声を掛けると、彼女の視線の先を見る。

 

「……」

 

 そこには仏頂面をしている、狼の耳が頭に生えている少女が腕を組んで立っていた。

 

「も、椛。何でここに?」

 

 にとりは意外な人物が居る事に驚きを隠せない様子だった。

 

「上からの命令で、河童が下手を起こさないか見張るようにと言われましたので」

 

「え、えぇ……」

 

 にとりは顔を引き攣らせる中、椛は北斗を見る。

 

「あ、あなたは?」

 

「私は白狼天狗の犬走椛と申します。あなたの事はあの馬鹿鴉の新聞で知っています」

 

「……は、はぁ」

 

 さりげなく毒を吐く彼女に北斗は一瞬反応が遅れる。

 

「今回は彼女に言った通り、上からの命令であなた方を監視させていただきます。特に―――」

 

 スゥ……と椛は目を細め鋭い視線を北斗に向ける。

 

「あなたは警戒させてもらいます、外来人」

 

「……」

 

 敵意の篭った視線を向けられ、北斗は息を呑む。

 

「椛さん。彼は守矢の大切なお客様ですよ。いくらなんでもそれは失礼なのでは」

 

「失礼も何も、異変に関わった者を一部とは言えど我らの領域に通すのです。このくらいの警戒は当然です」

 

「……」

 

「もちろん、あのアホ鴉の新聞を鵜呑みにはしていません。ですが、全く関わりが無い、とは言えないでしょう」

 

「それは……」

 

「……」

 

「まぁ、私の使命はあくまでもあなた方の監視。それ以上のことはしません」

 

 要約すれば『怪しい事をしなければ穏便に済む』と彼女は言っている。

 

「……」

 

 ジトッと早苗に睨まれ、椛は視線を逸らす。

 

「ま、まぁとにかく、例のやつを見せようと思うんだけど、いいかな?」

 

 にとりは一触即発の雰囲気に圧されながらも、小屋の方を見る。

 

 彼女の言葉に二人はとりあえず矛を収める。

 

 にとりは小屋の入り口に下がっている垂れ幕を退けて中に入り、それに続いて北斗と早苗、椛も続く。

 

「っ! これは!」

 

 中に入ると、すぐ目の前に一輌の蒸気機関車が鎮座していた。

 

 パッと見た感じはC10 17号機に酷似している。しかし細部が異なり、その中でもリベットが打たれている車体と異なり、電気溶接で出来た構造になっていた。

 

 そしてその蒸気機関車には、ナンバープレートが掲げられていた。

 

「『C11 312』……」

 

 その蒸気機関車のナンバープレートには、そう書かれていた。

 

「やっぱり知っているのかい?」

 

「え、えぇ。これは自分達が乗ってきた車掌車を押してきた機関車の改良型です」

 

「なるほど」

 

 にとりは感心したように声を漏らしながらマジマジとC11 312号機を見る。

 

(そして、外の世界で、これは……)

 

 北斗の脳裏に、荒れ果てた状態で放置される機関車の姿が過ぎる。

 

 ゆっくりと近付くと、C11 312号機の連結器に触れる。

 

 しかしC10 17号機の時と違い、変化は見られない。

 

(何も起こらない……あの時と同じか)

 

 C12形やC56形の時の様に、触れても何も起きなかった。 

 

(何だろうな。この違いは)

 

 様々な疑問が過ぎるも、北斗は頭を振るって疑問を払う。

 

「うーん。とても気になりますが、神奈子様と諏訪子様にお伝えに行かないと」

 

「むむむ」と唸りながら早苗は名残惜しそうにC11 312号機を見るも、北斗の方を見る。

 

「北斗さん。先に私は神社に戻っています。少ししたらお迎えに参ります」

 

「分かりました」

 

 早苗はそう伝えると、小屋から出て飛び上がる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「なるほど。要は水を沸かしてその時に発生した蒸気でこの蒸気機関車は動いているんだね」

 

「えぇ」

 

 C11 312号機の運転室内で北斗はにとりと、おかっぱや眼鏡を掛けた河童の少女達に蒸気機関車の構造を教えていた。

 

「で、水を沸かすのにこの石炭って言う石で火を起こすのかい?」

 

 彼女はC10 17号機より持ってきた石炭を見ながら北斗に質問する。

 

「一番は石炭ですが、蒸気機関車の強みは水を沸かす為の火を起こせるのなら、燃料は何でも良いという所です」

 

「それじゃぁ、木材とか紙でも良いのですか?」

 

 眼鏡を掛けた河童の少女が質問する。

 

「極端に言えば、ですがね。まぁ熱量的には石炭が一番なんですよ」

 

「なるほど」

 

 にとり達は納得したように頷く。

 

 蒸気機関車の強みは、水を沸かして蒸気を発生させられれば、燃料を選ばないことだ。

 

 一番は高熱量を発生させられる物が望ましいが、それ以外では薪等の木材や草、場所によってはゴミを使うこともあった。

 

 中には液体燃料を使うケースもある。

 

 例えば某ネズミのテーマパークにある蒸気機関車は灯油を燃料にしており、C59形蒸気機関車の127号機は重油を燃料にした専燃改造機がある。

 

 

「まぁ、蒸気機関車の基本的な構造はこんな感じです」

 

 北斗はにとり達を見ながら蒸気機関車の構造を説明し終える。

 

「いやぁ、すまないねぇ、盟友。次々と質問攻めしちゃって」

 

「いえ、役立てれば、幸いです」

 

「お陰で助かったよ。それに益々興味が湧いたし。これからもよろしくね」

 

「えぇ。これから、宜しくお願いします」

 

 北斗とにとりは右手を差し出して握手を交わす。

 

「今後妖怪の山に機関車が現れたら、真っ先に伝えるよ。それと山にある線路の調査と、天狗達の説得もね」

 

「助かります。山の線路の調査は全く進んでいないので」

 

「そりゃ難儀だね」

 

「えぇ」

 

 北斗は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「それで、この機関車は持って帰るのかい?」

 

 にとりは他の河童達によって小屋が撤去されて姿を現しているC11 312号機を見る。

 

「えぇ。機関区に持ち帰って工場で整備をさせます。このまま置いていてもどうしようもないので」

 

「そりゃそうだね。それなら、その整備風景を見てもいいかな?」

 

「構いませんよ。今なら他の機関車も整備させていますので」

 

「おぉ、他にもあったのかい!? そりゃ楽しみだね!」

 

 にとりは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

 

「全く。あなたは……」

 

 そんな様子の彼女に椛は頭に手を付いてため息を付く。

 

 

 

「北斗さーん!」

 

 と、早苗の声がすると、彼らの近くに彼女が降りてくる。

 

「そろそろ時間ですので、迎えに来ました」

 

「分かりました。それでは、にとりさん。自分はこれで」

 

「色々とありがとう。近い内に君の機関区に行くよ」

 

「はい。その時は歓迎します」

 

 二人はそう会話を交わして、北斗は早苗と共に守矢神社へと向かう。その後に椛が二人の後に距離を空けて付いて行く。

 

 

 

 

 

 

 




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