東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第02駅 未知なる場所と機関車と少女達

 

 

 

 そうか。引っ越してしまうのか。

 

 うん。

 

 残念だな。君にもう私の話を聞かせられなくなるなんて。

 

 ぼやけた視界の中、幼い男の子と女性が公園に設置されている蒸気機関車の前で会話を交わしていた。

 

 ねぇ、お姉さん。

 

 なんだ?

 

 また、会えるよね?

 

 男の子は悲しい表情を浮かべながら女性に問い掛ける。

 

 どうだろうな。まぁ私もここにいつも居るってわけじゃないし。もしかしたら、会えるかもな。

 

 ……そっか。

 

 まぁ、会えるって断言は出来ないけど。

 

 ……

 

 男の子は見るからに気を落としていた。

 

 そう落ち込むな。もう会えないってわけじゃないんだ。

 

 ……

 

 そうだ。

 

 すると女性はポケットに左手を入れて中からある物を取り出す。

 

 君にこれをあげるよ。

 

 何、これ?

 

 男の子は首をかしげながら女性からそれを受け取る。 

 

 それはお守りだよ。特別な金属片を入れている私の特製のな。

 

 お守り?

 

 あぁ。それを常に持っているんだ。いつか必ず君の助けになってくれるはずだ。

 

 ……うん!

 

 男の子が笑みを浮かべて頷くと、女性は男の子の頭に手を置く。

 

 元気でな。

 

 女性は笑みを浮かべ、優しく男の子の頭を撫でた。

 

 その姿は、まるで母親のような、そんな雰囲気があった。

 

 

 

 

 ――――!

 

 すると後ろの方で男性が男の子を呼ぶ。

 

 男の子はすぐに男性の方に向かうが、途中振り返って女性を見てから、男性の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 鈍い頭痛がする中で、北斗の意識は覚める。

 

「夢、か」

 

 頭に手を置くと、目元へと下ろす。

 

(最後に、あの人に会った時のだな)

 

 夢の内容は引っ越す際最後にあの女性に会った時の会話だ。

 あれ以来女性とは会っていない。

 

(何で今更……昨日あの人の事を考えたからなのか……)

 

「はぁ」とため息を付いて目元を覆っている手を退かして目を開く。

 

 

「ん?」

 

 少しの間ぼやけてて分からなかったが、彼は違和感を覚えて声を漏らす。

 

「知らない、天井だ」

 

 最初に視界に入ったのは、見覚えの無い天井であった。

 

「どこだ、ここ?」

 

 なぜか鈍く痛みがする身体を起こして周りを見渡すが、北斗が居た部屋は彼にとって見覚えの無い場所だった。

 

「夢?」

 

 北斗はそう呟くと自分の頬を摘まみ、強く抓る。

 

「いっ!?」

 

 直後激痛が走って一気に眠気が覚める。

 

「ゆ、夢じゃない!?」

 

 痛みを感じて今見ている光景が夢ではなく、現実であることを突きつけられる。

 

「何が起きて……?」

 

 半ば混乱している彼はベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩み出した時に壁に掛けられている鏡に映る自分の姿に気付き、足を止める。

 

「何だ、この服?」

 

 鏡に映っていた自分の姿は寝る前のパジャマ代わりのジャージ姿ではなく、紺色の作業服のような服装を身に纏っていた。それはまるで蒸気機関車の機関士や機関助士が着ているような服装だった。

 

 その作業服の上着の左胸辺りに『D62 20』と描かれた機関車のナンバープレートのようなバッジが付けられている。

 

「それに、この傷は?」

 

 そしてなぜか左側のこめかみ付近にガーゼが張られている。さっきは右側に手を当てていたから、気付かなかった。

 

「一体何が起きているんだ……」

 

 彼は頭に手を置き、必死になって今に至るまでを思い出す。

 

(確か学校から帰って、ゲームをしながらご飯を食って、それから寝たはず……)

 

 しかし思い出せるのはそれだけだ。

 

(でも、なんだ。この何かを忘れているような違和感は)

 

 彼は何かを忘れているような、そんな違和感を覚えていた。

 

 そしてその違和感を覚えるごとにこめかみと身体中から鈍い痛みがする。

 

 

 まるで何かを思い出してはいけないと言わんばかりに。

 

 

「ん?」

 

 すると近くに窓があるのに彼は気付き、そこから外の景色を見る。

 

「なっ!?」

 

 そしてそこに広がる光景に、彼は目を見開いて驚愕する。

 

 

 

 そこには見慣れた住宅街は無く、代わりにあったのは地面に多く張り巡らされた線路と多くの設備があり、そして――――

 

「あれは、まさか!」

 

 目にした建造物とそこに収められている物を見た瞬間、北斗はすぐに部屋を出る。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 部屋がある建物を出て彼はそこへ向かい、その前に着く。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 両手を両膝に着けて呼吸を整える北斗は顔を上げて、建造物を見る。

 

 それは広げた扇の様な形状をした、所謂『扇形機関庫』と呼ばれる建造物であり、その建造物に収められている『それら』を見て、無意識の内に彼の口角が上がる。

 

「なんで、これがこんなところに。いや、何であるんだ」

 

 北斗は半分混乱と半分興奮と感情が入り乱れながらも、ゆっくりと歩みを進める。

 

 

 黒いボディーに複雑な部品が組み合わさった巨体を支えるのは巨大な円の形をした車輪。

 

 かつて多くの荷物や人々を運び、人々の足となって線路の上を走っていた産業革命を支えた鉄道。

 

 

 その名を『蒸気機関車』と呼ぶ。

 

 

 そんな蒸気機関車が扇を広げたような形をした扇形機関庫に七輌も収められていた。

 

「あれはD51形の241号機に465号機。それと603号機に1086号機。火事に遭った追分機関区で焼失したデゴイチ達じゃないか。それにあれは79602号機。あれも追分機関区の火災で焼失した9600形だ。それとB20形の15号機」

 

 順番に機関庫にある機関車を見ていき、最後の機関車に目が留まる。

 

「D62の……20号機」

 

 それは自分の部屋に飾ってあった祖父の遺品である機関車のナンバープレートと同じナンバーを持つ機関車が、彼の目の前にあった。

 

 当然目の前にある機関車は写真とナンバープレートだけ残っているだけで、実機は残っていない。それどころかD62形は一輌も残っていない。

 

 その上、他の機関車だって完全な形で現存していないのだ。

 

 しかし、目の前にあるのは幻ではなく、紛れも無い現物だ。それも、公園で完全に置物状態でロクに整備されずに設置されているような状態ではなく、今にも動き出しそうなぐらい綺麗な状態であった。

 

「……」

 

 彼はゆっくりと機関車に近付いていき、連結器に触れる。

 

 

「っ!?」

 

 すると触った瞬間彼の脳裏に知らない情報が流れ込んでくる。

 

「な、何だ!?」

 

 思わず数歩後ずさりすると、D62のヘッドライトと副灯が点灯する。

 

 すると直後に他の機関車達のヘッドライトも点灯する。

 

「っ!」

 

 北斗は他の機関車達を見て驚くと、D62形以外の機関車達の前に光が集まり、人の形を形成する。

 

 

 やがて光が収まると、機関車達の前には六人の少女達が姿を現した。

 

「……」

 

 少女達の格好は北斗と同じ色の作業服を身に纏っており、頭には作業服と同色の略帽をかぶっている。

 そして作業服の左胸にはそれぞれ『D51 241』『D51 465』『D51 603』『D51 1086』『79602』『B20 15』と描かれたナンバープレートのようなバッジを付けている。

 

「おはようございます! 区長!」

 

 すると『D51 241』のバッジを付けた灰色のショートヘアーの少女が北斗を見ると大きな声と共に敬礼すると、他の少女達も敬礼する。

 

「う、うん? お、おはよう」

 

 北斗は戸惑いながらも挨拶を返す。

 

「えぇと、君達は?」

 

「そういや、区長とこうして面を合わして会うのは初めてだったな」

 

 と、六人の中で二番目に背が高く背中まで伸びている灰色の髪をポニーテールにしている『D51 465』のバッジを付けた少女が呟く。

 

「区長にはこう言えば分かるんじゃない?『霧島機関区』所属の機関車だって」

 

「なに?」

 

『D51 1086』のバッジを付けた後頭部で灰色の髪を纏め、首辺りに火傷の痕らしき傷痕を持つ少女の言葉に北斗が反応する。

 

「ってことは」

 

「はいです! 私達は区長の霧島機関区所属の罐なのです!」

 

『B20 15』のバッジを付けた四人の中で一番小柄な銀髪ショートヘアーの少女が答える。

 

「本当、なのか?」

 

「はい。区長が最後に運行を指示したのは、465号機と1086号機の重連運転で引いた貨物列車でしたよね」

 

「あ、あぁ。そうだが」

 

『D51 241』のバッジを付けた少女の言った内容に驚きつつ、北斗は肯定する。

 

 確かに彼はSLコレクションで最期に465号機と1086号機の重連で貨物列車を引かせていた。

 

「その貨車の入れ替えと列車を繋いだのは私と15号機よ。覚えているわよね?」

 

 と、六人の中で一番背が高く大人びた容姿をしており、腰まで伸びた灰色の髪を三つ編みにして、顔の左側全体に火傷の痕がありハイライトの無い黒い瞳を持つ『79602』のバッジを付けた少女が北斗に問い掛ける。

 

「それは覚えているぞ。俺が指示を出して――――」

 

 ふと北斗はある事に気付き、辺りを見渡す。

 

「そういえば、他の機関車達は?」

 

「それなんですが、私達以外の機関車は見てないんですよ」

 

「なんだって……」

 

『D51 603』のバッジを付けた毛先からうなじまでだけが灰色で背中まで伸びた黒髪の少女の言う通り、この機関庫にある七輌以外の機関車は見当たらない。

 本来ならこの機関庫にいっぱい格納できるほどの機関車が居た筈であった。

 

「……」

 

「まぁ、言ってしまえば、色々と分からねぇ事だらけだな。機関車だった私達に人間の身体が出来て、他の機関車が居ないのもそうだが、最も疑問なのは」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女はD62形を見る。

 

「私達の見た事が無い機関車が居る。で、区長がその機関車の機関士だとはな」

 

「……は?」

 

 彼女の言葉に北斗は思わず声を漏らす。

 

「ど、どういう事だ!?」

 

「そのままの意味だよ。じゃないとそのバッジは付けてないだろ?」 

 

「っ!」

 

 北斗は左胸に着いている『D62 20』のバッジを見る。

 

「それは私達機関車の識別の為の形式とナンバーです。そして同時にその機関車の機関士である事の証でもあるんです」

 

『D51 603』のバッジを付けた少女は北斗にそう説明する。

 

 しかし北斗はある疑問でいっぱいだった。

 

「……君達は、一体何なんだ」

 

 先ほどから彼女達の言葉に中に気になる箇所が多かった。

 

「私達ですか?」

 

「そうですねぇ。人間の言葉で言うならですね」

 

『D51 241』『B20 15』のバッジを付けた二人の少女は首をかしげ、考える。

 

 

「私達は物に宿った神霊でしょうか」

 

「神霊……」

 

 彼はボソッと声を漏らす。

 

(それじゃぁ、彼女達はこの機関車達の)

 

 北斗は彼女達の後ろにある機関車達を見渡す。

 

 

「尤も、なんで身体を失ったはずの私達が本来の身体と人型の身体を得てここに居るのか、それは分からんがな」

 

「そうか」

 

『D51 465』のバッジを付けた少女は自分の手に触れながら語り、彼女の言葉に北斗は思い出す。

 

 追分機関区の機関庫火災で焼失したD51形蒸気機関車だが、一部部品は今でも残されている。

 しかしそれ以外は部品すら残されていない。

 

 そんな彼女達がなぜこうして人の身体を持ち、本来の身体と共に存在しているのか。

 

(謎だらけ過ぎる。一体何がどうなっているんだ)

 

 北斗は半ば混乱しかけていた。

 

 起きてみればそこは見知らぬ場所で、現存していないはずの蒸気機関車達が居て、その機関車達の神霊が少女の姿となって実体化しているなど、分からない事だらけだ。

 

 

 まぁ、結論から言ってしまえば、何から何まで、何もかもが分からない状態だと言う事だ。

 

 

 

 しかし彼らは知る由も無かった。

 

 

 

 今自分たちがどのような状況に置かれているか。

 

 

 そして、どんな誤解を招いているかを。

 

 

 

 

 

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