北斗と神奈子達は世間話を交えながら昼食を取り、その後会談を再開して詳細を煮詰めた。
「とりあえず、こんな所でしょうね」
「うむ」
しばらくして会談も終わりに差し掛かっていた。
「って、もうこんなに時間が経ってたんだ」
と、諏訪子が時計を見て声を漏らす。
それを聞いて北斗と神奈子、早苗も時計を見ると、時計の針は4時半を回ろうとしていた。
「大分話しましたね」
「そうだな」
予想以上に話し込んでいて二人は苦笑いを浮かべる。
「では、そろそろお開きにしましょう」
「うむ」
「でも、今から帰ると真っ暗になるんじゃないかな?」
諏訪子はオレンジ色に染まった空を見ながら呟く。
秋は太陽の落ちる時間が早くなるので、一般的に夕方と言える時間でもう真っ暗になってしまう。
「大丈夫ですよ。多少暗くなるぐらいなら問題は―――」
「北斗さん。幻想郷の夜は、外の世界とは比べ物にならないぐらい危険なんですよ」
「えっ?」
早苗の言葉に北斗は声を漏らす。
「夜は多くの妖怪の、それも気の荒いやつの活動時間だ。だから幻想郷に住む人間は基本夜は外出しないんだ」
「……」
「それに、ここは妖怪の山。神社の外に出れば、そこら中に妖怪が居るんだ。例え早苗が一緒に居たって危険なんだよ」
諏訪子の言葉で北斗は理解し、そして実感した。
いかに外の世界が、それも日本が平和であるかを。
「まぁ、こんな時間まで君を付き合わせた我々にも責任はある。今晩はここで泊まっていくと良い」
「でも、それではそちらが迷惑じゃ」
「一人増えた所で困ることなんて無いよ。むしろ賑やかな方が楽しいしね」
「……」
「河童の里に残っている葉月さんのことなら、私がすぐにお伝えに行きます」
北斗の心配事を察してか、早苗が提案する。
「……」
北斗はしばらく悩むが、無理に帰ろうとしてもかえって彼女達に迷惑を掛ける事になるので、結局彼が折れるのだった。
「では、お言葉に甘えて」
「うむ。すぐに納得する人間は嫌いではないぞ」
「……もし無理に帰ろうとしたら、どうしたんですか?」
「そりゃ君の身の安全を考慮して、縛ってでも無理矢理ここに居させるつもりだったよ」
ニコッと諏訪子は彼のことを心配しているのに、えげつない事を言うのだった。
(客人に対してやる行為じゃないよな)
そんな諏訪子の台詞に北斗はげんなりとする。
「それでは、特急でお伝えに行きます。ちなみに何をお伝えすれば宜しいでしょうか?」
「えぇ。『今日は守矢神社で泊まることになったから、火を落とさないようにして、早朝の出発に備えて欲しい』と伝えてください」
「分かりました! では、行ってきます!」
早苗は敬礼をすると、社を出て勢いよくオレンジ色に染まった空に向かって飛び出す。
「自分もあぁやって空を飛べたら、早苗さんに迷惑を掛けることが無かったのに」
何処と無く自傷気味に彼は呟く。
「飛べたら機関車持っている意味が。いや、むしろ機関車ごと空を飛んだら便利そうだね」
「どこの銀河鉄道だ」
神奈子は諏訪子にツッコミを入れると、北斗を見る。
「何でも自分で解決できるわけじゃない。人を頼るのも賢い選択だぞ」
「……」
『人を頼る』と言う言葉を聞いた時、一瞬北斗の表情に影が差す。
そしてその一瞬を二人は見逃さなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日の夜。
「遠慮は要らんぞ! さぁ飲んだ飲んだ!」
「は、はい」
少し顔を赤くして気分を良くしている神奈子は一升瓶を片手に持ち、北斗は戸惑いながらも手にしていコップを差し出してお酒を受け入れる。
辺りが真っ暗になる中、社には神奈子の力によって
夕食を食べ終えると、神奈子は『腹を割って話そうか!』と言って早苗にお酒の入った一升瓶と軽い摘まみを持ってこさせて北斗と飲み交わしながら話をしていた。
北斗はまだ未成年だったのでお酒は遠慮しようとしたものも、幻想郷では飲酒の年齢制限は無く、北斗より年下の子供でも普通に飲んでいるとあって、彼は戸惑いながらも人生で初めてお酒を飲む事となった。
でもって、お酒を飲みながら四人は世間話を交わしていた。
「それにしても、北斗君初めての割りには結構強いんだね」
コップに入っている日本酒を一口飲んだ諏訪子は特にこれと言って変化の見られない北斗に思わず声を漏らす。
既に何杯も神奈子からお酒を注がれて、それを飲み干しているのだが、北斗の顔はそれほど赤くなっていないし、居たって普通に見えた。
一応四人が飲んでる酒は結構強いやつなのだが。
ちなみにその傍でお酒を飲んでいた早苗にいたっては、顔を赤くしてフラフラしていた。
「ハッハッハッ! 中々強いな、北斗! 気に入ったぞ!」
神奈子は意外と酒に強い北斗に気分が良くなったのか、更に酒を勧める。
北斗は苦笑いを浮かべながらも、その酒を受け入れるのだった。
どう見ても歓迎会で先輩から酒を勧められる新入社員の図である。
そして30分後の現在。
(いやいや、いくらなんでも強すぎでしょ!?)
諏訪子が内心で戦慄していたのは、何杯も神奈子からお酒を注がれて飲み干しているはずなのに、ようやく顔が赤くなりだした北斗の姿にあった。
並大抵の人間なら数杯で酔い潰れてもおかしくない強いお酒飲んでいるのに、ようやく酔い出したのだ。戦慄するなと言うのが無理な話だろう。
ちなみに早苗はその20分前に酔い潰れてしまい、諏訪子が彼女を抱えて寝室に連れて行って寝かせていた。
(う、うーむ。ここまで強いとは)
神奈子も予想以上にお酒に強い北斗に息を呑む。酔っている様に見えた神奈子だったが、実際は酔っておらず、酔ったフリをして北斗の様子を見ていた。
さて、この二人がなぜ北斗を半ば無理矢理酔わせようとしているかと言うと、昼食の時に聞けなかったことを酔わせて気を緩ませ、色々と聞き出そうとしていた。
どうも北斗はガードが固く、自分の事はそう多く語ろうとしなかった。神である二人はその培った経験で北斗を誘導させて聞きたい事を語らせようとしていたのだが、彼は警戒心が強く、その上よく頭が回っていたので、のらりくらりとかわしていた。
なぜそこまで北斗の事を知ろうとしているのは、当然事業のパートナーとして人物を知っておきたいのもあるが、何より大きいのは自分達にとって娘同然に大切な存在である早苗が気に掛けている人物だからだ。
決して良いとは言えない方法で聞き出そうとしているのは二人共承知の上だ。しかし、それでも知っておきたかったのだ。
「いやぁ、お酒って飲めば飲むほどおいしく感じるんですね」
ほろ酔い状態となっている北斗は少し左右に揺れている。その上喋り方も若干ホワホワとしている。
「そ、そうだな。慣れれば、きっと普通に飲めるようになるぞ」
「そうですかぁ。なんだか楽しくなってきたなぁ」
微笑みを浮かべる北斗はコップに残ったお酒を飲み干す。
(う、うーむ。これは下手すると天狗と良い勝負をするんじゃないか?)
神奈子は予想以上の強さに、息を呑む。
「いやぁ、こんなに楽しいって思ったのは、久しぶりだなぁ。幻想郷に来てからも楽しいことや嬉しい事はあったけど、こうして話をしていて楽しいって思ったのは、本当に久しぶりだ」
「そ、そうなのかい?」
すると北斗が喋り始め、諏訪子が聞く。
「はい。外の世界だと、誰も俺に声を掛けようとしませんでしたしね。最後に楽しく会話が出来たのは、あのお姉さんと話した時ぐらいかな」
この時彼が言うお姉さんに二人は気にしたが、今はその疑問を圧し留めて先を促す。
「まぁ、その後は……楽しい時なんて、無かったな」
すると、さっきまでのホワホワとした雰囲気が消え、目が据わる。
「俺が見えない物が見えるってだけで、みんなは離れて、罵倒して、虐めて来たんです。正直な事を言って何が悪いってんだ」
いつの間にか一升瓶を手にしていた北斗は自分でコップに注いで、お酒を勢いよく飲む。完全な自棄酒である。
「その上、じいちゃんの親戚の
据わった目は見るからに憎悪が篭っており、憤慨な雰囲気を醸し出しながらも酒を飲む。
神奈子と諏訪子は黙って、北斗の話を聞く。
「学校では虐めがありましたけど、虐めの主犯となっていた生徒五人が立て続けに事故に遭って、その内一人が亡くなり、残りは一生寝たきり生活を余儀なくされて、それ以降誰もが俺を疫病神扱いして、避けていきました」
ふん、と鼻を鳴らし、コップに注いだ酒を一気に飲む。
「それ以降、ずっと俺は一人でした。まぁ、面倒ごとが無くなったので、かえってよかったかもしれませんが」
自傷気味にそう言うと、深くため息を付く。
「でも、この幻想郷に来てからは、毎日が楽しくなりました。あれだけ忌々しかった一日が、今じゃ一日一日が、楽しいです」
ここで初めて微笑を浮かべて、コップをちゃぶ台に置く。
「それに、趣味の合う友人も出来て、自分のやりたい事を見つけて、本当に、楽しいです」
「……」
「……」
「そして、早苗さんは、本当に―――」
すると北斗の頭がゆっくりとうな垂れ、少しして静かに寝息を立てる。
「……」
「……」
神奈子と諏訪子はお互いの顔を見合わせてから、寝息を立てて寝ている北斗を見る。
「ねぇ、神奈子」
「何だ、諏訪子」
「早苗がさ、どうして北斗君を気に掛けているか、何となく分かった気がする」
「……あぁ。そうだな」
二人の表情はどこか寂しく、悲しそうなものだった。
「……薄々感じていたんだろうね。何となく、自分に似ているって」
「……」
「でも、北斗君は強いね。これだけの不幸に見舞われながらも、誰も見向きもされなかったのに、決して挫けていない」
「そうだな」
二人は複雑な気持ちであった。
全く同じでは無いが、それでも似た経験をしてきた早苗には自分達と言う支えがあった。
だが彼には、その支えが全く無い。周りに味方なんて誰一人いない。
そんな中で、決して腐らず普通を保ち続けていた彼は、本当の意味で強いのだろう。
もしくは、何も感じないぐらいに心が壊れているのか。
「だから、誰も信用してないんだろうね」
「……」
諏訪子の言葉に、神奈子は何も言わなかった。
会談の時から薄々察していたが、信用していると言い切れない、どこか引っ掛かる雰囲気が北斗にあった。
長い間生きて来て、様々な人間を見てきた二人は違和感を覚えていたが、さっきの話を聞いてその違和感の正体を理解する。
表面上は普通を装っている様にしているが、内面は誰も信用していない。
彼の経歴からすれば、それは仕方の無い事だろうと言える。しかし、まだ全てを喋ったわけではないので、そうと決め付けるのにはまだ早い。
しかし彼とてこの幻想郷で生きていく以上、信頼関係は必要であるというのは理解しているはず。少しずつ心を直していくはずだ。
まぁ、彼が本当の意味で信頼と言うものを理解して人を信用するのは、まだ先の事になるだろうが。
二人はその後眠ってしまった北斗を抱えて空き部屋に用意した布団に彼を寝かせるのだった。
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