東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第31駅 Promise of distant day

 

 

 ガクッ

 

 

「……」

 

 段差に躓く夢を見たように、反射的に身体が動いたせいで不意に早苗は目が覚めた。そして最初に視界に入ったのは、自分の部屋の天井であった。

 

(私、あのまま眠ってしまったんですね)

 

 夕食後神奈子に勧められてお酒を飲んだものも、彼女はお酒に弱い体質とあってすぐに酔い、その後眠ってしまったので彼女は諏訪子に部屋まで運ばれていた。

 

 神奈子と諏訪子に迷惑を掛けてしまったことに申し訳なく感じていたが、同時に北斗に気の毒なことをしてしまった事に罪悪感を覚えていた。

 

(北斗さんは、どうなったのでしょうか)

 

 あの後北斗が酔い潰れていなかったら、あのまま神奈子と諏訪子の相手をしていた事になる。

 

 ただでさえ酒豪な神様であり、それに付き合わされたとなると……

 

 そう思うと、早苗はとても申し訳ない気持ちが込み上げてきて、この時だけはお酒に弱い自分が情けなく思った。

 

 早苗は身体を起こして立ち上がるも、少し酔いが残っているのか、若干足元がおぼつかない。

 

「うぅ……まだお酒が残っているんでしょうか」

 

 その上喉がカラカラとあって、彼女は喉に手を当てて顔を顰める。

 

 ふと部屋にある鏡に自分の姿が写る。

 

 髪はボサボサで、よれよれになった巫女服を着た自分の姿だ。

 

 まぁ、あのまま寝てしまったら、こんな状態になってもおかしくない。

 

 早苗はそんな情けない姿に複雑な感情を抱きながらも、いつも付けている蛙と蛇の髪飾りを外し、軽く髪を櫛で梳いて部屋を出る。

 

 

 

 その後台所に向かった彼女は、水瓶に溜めている水を飲んで喉を潤した後、縁側に向かった。

 

 目が覚めてしまったのですぐに眠れそうに無かった。なので気分転換に夜空を見ることにしたのだ。

 

 ついでに客間を確認してだ。

 

 客間は彼女が予想しているよりも綺麗に片付けられていた。別に彼女は二柱を疑っていたわけではないが、もしかしたら片付けられずそのままにしてあったかもしれなかった。

 

(北斗さんは空き部屋の方でしょうか?)

 

 あの二人を相手にしていたのだから、酔い潰れて部屋で寝ているだろうと思い、彼女は客間を後にする。

 

 そんな事を考えながら縁側に出ると、そこに先客が居た。

 

「……北斗、さん?」

 

 縁側には北斗が座っており、夜空を見上げていた。

 

 彼女が声を掛けた為、北斗は後ろを振り返る。

 

「早苗さん。どうしました?」

 

 彼は早苗に声を掛ける。

 

「目が覚めたので、気分転換に。北斗さんも?」

 

「えぇ。自分も、似たようなものです」

 

 と、北斗はそう言ったものも、その一瞬目に苛立ちの色が見えた。

 

 そういう目を、早苗は知っていた。

 

 

 夢で嫌な事を思い出した、そんな目を。

 

 

「隣、よろしいでしょうか?」

 

「えぇ。どうぞ」

 

 早苗の問いに北斗が答えると、彼女は北斗の隣に座る。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし隣に座ったは良いが、直後に気まずさがこみ上げて二人は黙ったままであった。

 

 

「あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

 と、少しの間の沈黙を破り、早苗が北斗に声を掛ける。

 

「その、今日の事は本当にごめんなさい。神奈子様と諏訪子様が無理にお酒を勧めてしまって」

 

 早苗は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いえ、構いません。久々に楽しい一時を送れましたので」

 

 北斗は苦笑いを浮かべながらもそう答える。

 

「楽しい、ですか?」

 

「えぇ。あぁやって人と騒いだのは、久しぶりでしたので」

 

「久しぶり、ですか……」 

 

 怪訝な表情を浮かべる早苗に北斗がそう答えると、早苗の脳裏にある時の事が過ぎる。

 

 

『こんなに騒いで楽しいと思ったのは、初めてです』

 

 

 それはこの幻想郷に来て異変を起こし、その後異変が解決された後に博麗神社で宴会を行った時に、自分が発した言葉だった。

 

「……」

 

 早苗は何か考えるかのように目を細めると、少し間を置いて口を開く。

 

「あの、北斗さん」

 

「何でしょうか?」

 

「北斗さんは、外の世界では、どうありましたか?」

 

「どう、とは?」

 

 北斗は首を傾げる。

 

「その、言いづらいかもしれませんが、北斗さんの事を、聞きたくて」

 

 早苗は両手の指先を合わせて視線を左右に揺らしながら聞く。

 

「……」

 

 彼女にそう問い掛けられて、北斗は視線を前に向け、星空を見上げる。

 

「む、無理に言わなくてもいいですよ。話しづらいですよね」

 

 そんな様子の彼に早苗は慌てて止める。

 

 そりゃつらい過去を話すのは誰だって避けたいものだ。それは彼女自身も同じだ。

 

 

「……いえ、大丈夫です」

 

「え?」

 

「……」

 

 北斗は目を瞑り、少しして目を開いて話した。

 

 

 

 ―――自分の事を理解しようとしない大人たち。

 

 

 ―――叔父(クソ野郎)に暴力を振るわれた日々。

 

 

 ―――同級生五人による虐めの日々。

 

 

 ―――その五人に不幸が降り掛かると、疫病神と罵って遠ざける同級生達。

 

 

 

「……」

 

 それを聞いた早苗は、言葉を失った。

 

 初めて出会った時から、彼女は北斗に対してどことなく自分と似たものを感じていた。

 

 しかし、それは彼女が思った以上に悲惨なものだった。

 

「その、ごめんなさい」

 

「なぜ謝るのですか?」

 

「だって、こんな辛いことを、言わせてしまって」

 

 彼女とて、軽い気持ちで聞いたつもりは無かった。しかし、彼の過去は予想以上に

重かったとあって、彼女は安易に聞いてしまったことに罪悪感を覚えた。

 

「気にしていませんから大丈夫です。もう過ぎたことですから」

 

「北斗さん……」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 気まずい雰囲気が漂う中、早苗が口を開く。

 

「そ、その、自分で聞いておいてなんですけど、どうして私に話してくれたんですか?」

 

 早苗は知らないが、ほぼ素面な状態の北斗が自分の過去を話すとは思えない。

 

「どうして、ですか……」

 

 北斗は声を漏らして遠い目で夜空を見上げる。

 

「自分でも、よく分からないんです」

 

「……?」

 

 早苗は怪訝な表情を浮かべ、思わず首を傾げる。

 

「ただ、なんていうか、早苗さんになら話せると思ったので」

 

「私になら、ですか?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

「……」

 

 ますます分からなくなり、二人揃って首を傾げる。

 

 

 

「あの、早苗さん」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

 少しして北斗は口を開く。

 

「その、変なことを聞くかもしれませんが―――」

 

 北斗は一間を置いてから、口を開く。

 

「俺達って、前にもどこかで会った事がありましたか?」

 

「え?」

 

 北斗からの質問に早苗は首を傾げる。

 

「あっ、いえ。早苗さんと初めて会った時、どうしてかどこかで会った事があるような気がして」

 

「……」

 

「そのせいか、なんだか親しみが持てて。とても、話しやすかったんです」

 

「それで、さっきのように?」

 

「えぇ」

 

「……」

 

 すると早苗は何かを考えるように、顔を伏せる。

 

「……すみません。変な事を言ってしまって」

 

 北斗は何を言っているんだと言わんばかりに俯く。

 

 

「……偶然、ですね」

 

「え?」

 

 早苗が漏らした言葉に北斗は首を傾げる。

 

「私も、最初に北斗さんを見た時、どうしてか初めて会った気がしなかったんです」

 

「……」

 

「そのお陰でしょうか、北斗さんと話す時、とても、楽しく話せたんです」

 

「早苗さん……」

 

「……」

 

「……」

 

 二人はしばらくの間沈黙するも、その際に脳裏にぼやけながらも景色が浮かび始める。

 

「……」

 

「……」

 

 すると二人は無意識の内に、お互い右手を近づけて小指を伸ばし、指切りげんまんをするように絡め合う。

 

 

 

 また会おうね。

 

 うん! またね。

 

 僕達、ずっとお友達だよ!

 

 うん! お友達!!

 

 

 

 そして二人の脳裏に、遠い日の、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。

 

 

 

「……そうか。そういうことか」

 

「……」

 

 二人は指切りげんまんのように絡めている小指を見て、声を漏らす。

 

「あの時の女の子、早苗さんだったんですね」

 

「はい」

 

 早苗は声を漏らしながら頷く。

 

「確かあの時、早苗さんは鉄道博物館で両親とはぐれて迷子になっていたんでしたっけ?」

 

「はい。そんな時に、北斗さんが見つけて、一緒にお父さんとお母さんを探しながら周ったんですよね」

 

「えぇ。しばらくして、早苗さんの両親を見つけて、そこで別れたんですよね」

 

「はい。その際に、蒸気機関車の前でこうして指切りげんまんをしたんでしたね。また会う約束として」

 

「えぇ……」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 すると気まずくなってきたのか、二人は腕を引っ込める。

 

「は、ハハハ……。なんていうか、こんな漫画やアニメみたいなことって、あるんですね」

 

「そ、そうですね。でも、ここは幻想郷ですので、そういった常識に囚われてはいけないんですね」

 

 二人は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ」

 

「ふむ」

 

 そんな二人の様子を物陰から気配を消して見守っていたのは、神奈子と諏訪子の二柱であった。

 

 寝ていると思われていた二人だったが、そもそも神である二人に休息は必要な時に取ればいいので、こうやって夜中に起きていても問題ない。

 

「そういえば、あの時早苗『お友達が出来ました!』って嬉しそうに言ってたっけ」

 

「あぁ。あの時の早苗は、とても嬉しそうだったな」

 

「うん。それがまさか北斗君だったなんて。不思議な縁があったもんだね」

 

「全くだ」

 

 二人は微笑みを浮かべて、気まずくしながらも当時の事を話している二人を見守る。

 

 

「ねぇ、神奈子」

 

「諏訪子。言わなくても、お前の言いたいことは分かるぞ」

 

 と、諏訪子が言おうとしていることを察した神奈子は頷く。

 

「今は、あの二人を見守ろうじゃないか」

 

「……そうだね」

 

 二人はそう言うと、早苗と北斗の二人が寝るまで、静かに見守るのだった。

 

 

 

 




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