東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第40駅 吸血鬼の妹の過去

 

 

 

 

 その頃食堂では……

 

 

 

「……」

 

 中々帰ってこない北斗に早苗はそわそわし始めていた。

 

「遅いですね。どうしたんでしょうか……」

 

 不安になり出して酔いが醒めているのか、呂律が大分マシなぐらいにまともなっていた。

 

「御手洗いまで距離があるから、時間が掛かるのは仕方無いんじゃない?」

 

 親しい友人とあってか、客人の前で見せる礼儀正しい姿から、砕けた態度で咲夜は早苗に話しかける。

 

「それでも、帰るのが遅すぎる気がします」

 

 咲夜がそう言っても、早苗の心配の種は尽きない。

 

 そもそも紅魔館は咲夜の能力によって空間が拡張されているのだ。それはつまり内部の構造が複雑化をしていることを意味している。

 

 もし北斗が途中道を間違えれば、迷ってしまう可能性は高い。

 

「けど、わざわざ御手洗いの場所を聞き出したって事は、それだけ御手洗いに行きたかったんじゃないの?」

 

「それは」

 

「それだと、走ろうにも走れないんじゃない?」

 

「……」

 

 思い当たる節があるというか、分かる話だというか、ともかく早苗は少しだけ納得する。

 

 

 

 話は変わるが尿意と言うのは男性と女性とでは我慢できる力が違う。当然個人差があるが、それでもその差は大きいと言われている。

 

 女性は尿意を我慢する力が男性より劣っていると言われており、男性が思うほど女性は尿意を我慢できない。

 

 その上一度決壊したら男性の様に止める手段が無いので、出し切る以外に術が無い。

 

 なぜかって? 紳士諸君なら察してくれ。

 

 

 

「そうでなくても、もしかすれば用が長くなったって考えられるから、それに行きと帰りの時間を加えれば時間は掛かるわよ」

 

「そう、ですよね……」

 

 咲夜の言った言葉に早苗はとりあえず納得した。

 

(でも、何でしょうか。この、モヤモヤする感覚は)

 

 しかしそれでも、早苗の胸中には不安が渦巻いていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、フランに付いて行く北斗はそのルートに少し戸惑いを覚えていた。

 

(何か地下に向かっていないか?)

 

 明らかに地下へ通じる階段を降りていくので、少しばかり不安になり始めていた。

 

「なぁ、フラン」

 

「なに?」

 

「今日フランはどこに居たんだい? そんな早くから紅魔館に来たわけじゃないけど、君の姿を見かけなかったから」

 

「私の部屋だよ。お姉様に今日一日部屋に居なさいって言われたから」

 

「そうなのか……」

 

 北斗は首を傾げる。

 

 何だってそんな事を……。

 

「ところでフラン。何処に向かっているのかな?」

 

「私の部屋だよ?」

 

「部屋……?」

 

 なぜ地下に彼女の部屋があるのだろうか。

 

 北斗はそんな疑問が過ぎる。

 

「どうして、そんな所に?」

 

「……」

 

 すると、フランは階段の途中で立ち止まる。

 

「ねぇ、お兄さん」

 

「何だい?」

 

「私ね、最近までずっとこの地下の部屋に暮らして居たんだよ」

 

「え?」

 

 北斗は一瞬聞き間違ったのかと思った。

 

 ずっと? 地下に?

 

「私の力が危険だからって言って、外は危険だからってお姉様は言って、ずっと、ずっと地下に閉じ込められていたんだよ」

 

「……」

 

 その後フランは再び歩き出す。

 

「ずっとだよ? 私が生まれて、495年もの間、ずっとだよ」

 

 北斗の居る位置ではフランの表情は窺えないが、恐らく声のトーンから表情は暗いだろう。

 するとフランの背中の宝石の輝きが徐々に失われて暗くなっていく。

 

「……」

 

 北斗はあまりの衝撃的な事に、掛ける言葉が見つからなかった。

 

 やはり吸血鬼ゆえにその寿命は外見不相応なまでに長かった。そんな人間からすれば途方もない長い時間を、地下で過ごした。

 

「でも、少し前にお姉様が異変を起こして、その時霊夢や魔理沙と出会って、初めて地下の部屋から出たの」

 

 するとさっきまでの暗いトーンが少しだけ明るくなり、それに連動するように宝石の輝きも戻る。

 

 もしかすると背中にぶら下がっている宝石は彼女の感情に連動して輝きが変化するのだろう。

 

「それからは、部屋から出て館の中を自由に歩き回れたの。パチュリーの図書館で、色んな事を知った。見るもの、聞くもの、全てが初めてだったから……とても、とても楽しかった」

 

 フランの声のトーンは少しずつ明るさを取り戻し、それに伴って背中の宝石も明るさを取り戻す。

 

「……でも、お姉様は館から出ることを許してくれなかった」

 

「……」

 

「パチュリーから日光の対策は教えてもらったし、弾幕ごっこだってちゃんと覚えたし、力だって、ちゃんと練習して前より良くなったって、ちゃんと出来るって言っているのに……それでも、お姉様は外は危険だからって言って、外出を許してくれなかった」

 

 するとさっきまで輝いていた宝石がまた暗くなり出す。

 

「……」

 

「何が危険なのか、どうして危険なのか、それも教えてくれなかった」

 

「……」

 

「ねぇ、お兄さん」

 

 と、フランは再び立ち止まり、ゆっくりと北斗の方を振り向く。

 

 その表情は暗く、そしてその目はとても、とても暗い。

 

「お姉様って、私のこと、嫌いなのかな? 私が楽しくしちゃ、いけないのかな?」

 

 まるで壊れた人形のように首を傾げて、ハイライトの無い瞳で北斗を見る。背中の宝石の輝きは殆ど無く、今にも消えそうになっていた。

 

「ねぇ教えて、お兄さん?」

 

 フランは一歩前に出て、北斗を見上げる。

 

「……」

 

 北斗はどう答えるべきか、どう言葉を掛けてやればいいのか、正直思い浮かばなかった。それほど彼女の過去が悲惨過ぎた……

 

 でも、何か言ってあげなければならないと、彼の中で本能が叫んでいた。それだけフランの様子が異常だった。

 

 

「……」

 

 北斗は右手を前に出し、フランの頭に優しく置く。

 

「……え?」

 

 全く予想していないことだったのか、フランは思わず声を漏らす。その直後にフランの頭を帽子越しに優しく撫でる。

 

「俺は全くの赤の他人だから、どうこう偉そうに言える立場じゃないけど、一つだけ、言えると思う」

 

「……」

 

 北斗は静かに深呼吸をして、口を開く。

 

「それは、レミリアさんなりに考えたんだと思う」

 

「お姉様が、考えた?」

 

 フランは声を漏らすが、直後に表情が険しくなる。

 

「だったら……だったら……何で私を自由にさせてくれないの。やっぱりお姉様は!」

 

「君を心配しているから、様子を見ているんじゃないかな」

 

「……?」

 

 フランの言葉を遮って、北斗は強めに言い放つ。

 

「フラン。君は思い出したくないだろうけど、君が地下に閉じ込められていたのは、レミリアさんが君の力を恐れたから、だったよね」

 

「……そうよ」

 

「部屋から出られるようになってから、その力を使いこなせるように練習しているんだよね」

 

「うん。だから前よりちゃんと使えるって―――」

 

「でも、それはあくまでも前よりかは、だよね」

 

「……っ」

 

 痛い所を突かれてか、フランの表情が歪む。

 

 確かに前より力のコントロールは良くなったが、決して使いこなせているとは言えなかった。

 

「ちゃんと使いこなせているかって言うと、フランは自信を持ってレミリアさんに言えるのかい?」

 

「そ、それは……」

 

 すると初めてフランの言葉が揺らぐ。

 

「事に絶対は無いから、レミリアさんはきっと君の力が暴走しないか、心配しているんだよ」

 

「……」

 

「俺は事情を知らないから間違っているかもしれない。でも、力が暴走したら、君は見境なく振るうだろうね」

 

「……」

 

「そうなったら、君の家族はもちろん、親しい友人も傷つけてしまうよね」

 

「っ!」

 

 フランは目を見開き、口元が震える。

 

「君は、それを望んでいるのかい?」

 

「ち、ちが、違う!」

 

 と、すぐにフランは否定する。

 

「私、誰も傷つけたくない! お姉様に咲夜も、パチュリーも、こあ達も、美鈴も、霊夢達も、誰も傷つけたくない!」

 

「でも、でも」と彼女は両手で顔を覆う。

 

「分からないの! 何か頭の中でモヤモヤしたら、急に意識が朦朧となって、気付いたら、いつも誰かを!」

 

「……」

 

「あの時だって、気付いたら霊夢や魔理沙を……」

 

「……」

 

「それに、お姉様も……みんなも」

 

 フランは両手で顔を覆ったまま、静かに泣きじゃくる。

 

「……」

 

 北斗にはフランがどれだけつらい事を経験したのか、どれだけ苦しい思いをしたのか、それはとても想像出来ない。

 

 しかし、だからと言って、放っておけるものでもない。

 

 

 

「フラン」

 

 北斗は再びフランの頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「レミリアさん達は、ちゃんと分かっているさ。決して君が自ら望んで力を振るっていないっていうのを」

 

「……」

 

「現に、正気になった君に優しい言葉を掛けていたと思う。どうだった?」

 

「……うん」

 

 フランはあの時の異変(紅霧異変)の終わりの時を思い出す。

 

「それに、手の施しようが無くなった君を、手に掛けたくないからだろうね」

 

「……」

 

 フランは覆っていた両手を退けて顔を上げる。さっきまでハイライトの無い、暗い目であったが、少しだけ光が戻っている。

 

「それに、もし本当に君が心配じゃなかったら、君を愛していなかったら、わざわざ君を束縛するような事はしないと思う」

 

「……?」

 

 フランは意味が分からないのか、首を傾げる。

 

「ただ、放っておけばいい。暴走した君を、誰かが始末してくれるから。それで重荷が減るなら、ね」

 

「……」

 

 北斗の言葉に彼女の目が揺れ、身体が震える。

 

「ゴメン。胸糞が悪いよな」

 

 北斗は自分の言い方が腹立たしかった。しかし時には非常な言い方をしてでも伝えなければならない時もある。

 

「でもね、君の事が心配で、君の事を愛しているから、きっと本当に大丈夫だって確信を持てるまでは、まだ自分の手の届く範囲に居させたいんだと思う」

 

「お姉様……」

 

「と言っても、レミリアさんのやり方は突き放したような、冷たいやり方だっていうのは俺も同意するよ。もう少しだけ君の意見を聞いてもいいと思う」

 

「……」

 

「まぁ、家族の事は俺には全く分からない。でも―――」

 

 と、北斗はその場に座り込み、フランと目線を合わせて、フランの頭を優しく撫でる。

 

「ちゃんと正面から、自分の気持ちを言って、レミリアさんの気持ちを聞いてみたらいいんじゃないかな」

 

「……」

 

「俺から言えるのは、これが限界だ。後は、君次第かな?」

 

「……」

 

 フランは何も言わず、俯く。

 

 

(お兄さん……) 

 

 彼女は今、何とも言えない気持ちにあった。

 

(何だろう……胸の中が温かい……)

 

 だがそれは決して嫌ではなく、むしろ心地よいものだった。

 

 そして同時に彼女の心を覆うとしていたモヤモヤしたものは、いつの間にか消えていた。

 

 光が殆ど失われたはずの背中の宝石の色はさっきの様に光り輝いていた。心なしか、最初と比べると光が澄んで輝いているように見える。

 

「兎に角、この話題はここまで。とりあえずに、案内の続きをしてくれるかな?」

 

「っ! うん!」

 

 フランは目に浮かんでいた涙を両手で拭い、笑顔を浮かべて頷く。

 

 

 その笑顔は最初に見せた時と比べると、とても明るく見えた。

 

 

 




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