「ゴメンなさいゴメンなさい、本当にゴメンなさい!!」
少しして北斗が目を覚ますと、早苗は彼に対して何度も頭を下げる。
「お、俺は大丈夫ですから……」
赤くなって鈍い痛みがする鼻を押さえながら北斗は早苗にそう言う。
「どうぞお使いください」
「あ、ありがとうございます」
相変わらず突然現れた咲夜より冷たい水を含んだタオルを受け取った北斗は赤くなった鼻に当てて冷やす。
強く顔面を打ったものも、赤くなっている以外は特に怪我は無かった。
「私がいきなり開けたばかりに、こんな事に……!」
「いえ、俺も扉の近くに寄り過ぎたのありますし」
「いや私が!」
「俺が……」
「はいはい。それでお終いよ」
と、レミリアが手を叩いて二人の会話に介入して中断させる。
「お互い運が無かった。ただそれだけの事じゃない。それを何時までも言っていたら、永遠に終わらないわよ」
「「……」」
レミリアからそう言われて二人は何も言えなかった。
「それで、説明してもらえるかしら?」
彼女は北斗の隣で顔を赤くしているフランを見る。当然顔が赤いのは扉に顔面を打ちつけたからである。
「どうしてフランが一緒に居るの? トイレに行ったのなら、まず会う筈が無いんだけど……」
スゥ、とレミリアの視線が鋭くなって北斗に向けられる。敵意のある、視線でだ。
「ま、待って、お姉様。お兄様は何も悪くない――――」
『お兄様ぁっ!?!?』
フランは姉の誤解を解こうとしたのだが、逆に場を乱すことになってしまう。
「ちょっとあなた!! この短い間に何があったのよ!?」
「霧島様。場合によっては」
「北斗さん!? もしかしてそういう趣味が!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!?」
誤解を深めるどころか拡大してしまったことに北斗は慌てて説明し、フランも加わって弁明する。
「つまり、フランが見せたい物があると言って、あなたを連れて行ったのね」
「えぇ」
パチュリーは納得したように北斗に声を掛ける。
「ってか、何でそれで五体満足にいるのかしら」
レミリアは額に手を当ててため息を付く。
フランの事を知っているだけに、北斗が無傷で居られている事に凄さと呆れを感じている。
「フラン。彼に何もしていないわよね?」
「何もしてないよ!」
彼女に言われてフランはムッとして言い返す。
「お兄様の言う通り、見せたい物があったから一緒に来てってお願いしたんだよ!」
「……そ、そう」
北斗を弁明するフランに姿に、レミリアは圧されながらも、違和感を覚える。
(なぜかしら。いつもより明るいって言うか、フランから威圧感が感じられない?)
いつもとフランの様子が違うと、首を傾げる。
つい昨日まで彼女の内側にあったはずの狂気が、今は殆ど感じられない。
今は見た目通りに明るい少女そのものだ。
それに、背中の翼にぶら下がっている宝石が心なしかいつもより澄んで輝いているように見える。
(本当に、この短い間に何があったのよ)
ジトッとレミリアは早苗から説教を受けている北斗を睨む。
「そもそも! 吸血鬼にホイホイ付いて行くってどうなんですか!?」
「いや、断れる雰囲気ではなかったので……」
「だからって簡単にホイホイ付いて行っちゃダメです!」
まるで子供に知らない人に付いて行ったらダメ! と言っているような雰囲気である。
「言ったじゃないですか! 困った時は私に頼ると! 正にその時じゃないですか!」
(そりゃ酔っ払いには頼りたく無いわよ)
ベロンベロンに酔っていた早苗の姿を思い出してレミリアは内心ツッコむ。
そもそもこの広い館内でどうやって呼ばせるつもりだったのだろうか。
レミリアは話を聞こうにも、この状態ではそれどころではないので、二人の間に割り込んで話を中断させる。
「それで、一体フランに何を見せてもらったの?」
大分みんなが落ち着いたところで、レミリアが北斗に問い掛ける。
「百聞は一見にしかず。直接見てもらった方が早いかと」
「……?」
北斗の言葉にレミリアは首を傾げる。
「……」
目の前にある物を見てレミリアは呆然と立ち尽くす。
まぁ自分の館の地下に蒸気機関車が二輌もあったら、誰だって思考が追いつかないだろう。
その隣では興味津々な様子でパチュリーが機関車を眺め、レミリアほどではないが呆然とした様子で咲夜が機関車を眺め、眼を輝かせて早苗が機関車を見ていた。
「わ、私の館の地下に、それもフランの部屋の隣にこんな物が」
「ふむ……」
「……」
「これはこれでレトロでいいですね!」
各々の感想を口にしている中、早苗は北斗に声を掛ける。
「それにしても、まさかこんな所に機関車があったなんて」
「そうですね。正に灯台下暗しってやつですね」
「全くです」
北斗が頷くと、早苗は機関車を見る。
「でも、これまでの蒸気機関車と比べると、何か違うですよね」
「まぁ、国産ではなく外国産の機関車ですからね」
「いえ、作った国とかじゃなくて」
「……?」
勘違いしている北斗に早苗は訂正する。
「ただ、今まで見てきた機関車と比べると、違和感があるんです」
「違和感、ですか」
心当たりがあるのか、北斗は何も言わなかった。
「はい。明日香さん達の機関車と比べると……何も感じないんです」
「……」
「多分、明日香さん達みたいな、九十九神が存在しないのかと思います」
「存在しない、ですか……」
北斗は比羅夫号と4500形を見る。
「これまで見つけた機関車には、神力とか、霊力が感じられたのですが、この二輌には何も」
「……」
「それに他と比べると、明らかに放置された時間が長いですよね」
「……確かに」
二人は埃だらけの機関車二輌を見て、そう感じた。
「もしかして、この二輌は外の世界で忘れ去られて、幻想入りしたんじゃ」
「……」
早苗の推測に北斗は改めて考える。
確かにこの二輌の状態を見れば、かなり前に幻想入りして長らくここに放置されていた可能性は高い。でなければ、こんなに埃を被っている筈が無い。
だが、同時に一つ疑問が生まれる。
(だったら……だったら、機関区にある機関車達は、なぜ存在するんだ?)
機関区にある機関車の大半は外の世界ではどれも完全な形で、もしくは部品の一つですら現存していないものばかりだ。
外の世界から幻想入りしたとは、とても考えづらい。
これまで気にしていなかったが、考えてみれば矛盾する点が多い。
外の世界では存在していない。だが、この幻想郷では存在する。
では彼女達は、あの蒸気機関車達は、一体何なのだ?
言い知れない不安が彼の胸中に渦巻く。
しかし北斗は深呼吸をして、気持ちを切り替える。
大きな謎が浮上したが、この場で考えても答えなんか出やしない。
この問題は追々考えるとして今は棚上げだ。
北斗は頭を切り替えて、レミリアに声を掛ける。
「フランが俺に見せたいと言ったのはこれですが、どうですか?」
「どうって、言葉が出ないわ」
レミリアは呆れたように返事を返す。
「まさか、私の館の地下に、こんな物が眠っていたなんて」
「元々地下にあったのでしょう。その上にあなた方の館が現れて気付かないままだったと」
「……」
「それと、この二輌ですが……」
北斗はフランを一瞥してから、レミリアを見る。
「所有権をそちらに渡したいと思っています」
「……え?」
北斗の口から発せられた言葉に、レミリアは思わず声を漏らす。
「これはフランが最初に見つけた物ですので、紅魔館に所有権があると判断しました」
「……」
目をぱちくりとさせる彼女は戸惑いながらも聞き返す。
「えっ、いいの?」
「えぇ。と言っても、この状態では走らせる事が出来ません。しばらくは整備をしなければなりませんが」
「そ、そう」
レミリアは冷静に返事を返すも、内心喜んでいた。
何せ探すのに苦労するだろうと思っていた機関車をこんなにも早く見つけることが出来たのだ。彼女としては正に棚から牡丹餅であった。
「……」
しかしパチュリーは顎に手を当てて、何か考えている。
「ねぇ、北斗さん」
「何でしょうか?」
「所有権についてだけど、一輌だけでいいわ」
「え?」
「ファッ?」
意外な事を口にして、北斗は首を傾げ、レミリアは声が漏れる。
「な、何でよ、パチェ!? せっかく二輌分も得られたのに!」
「あのねぇ、レミィ。いきなり二輌の所有権を貰ったって、持て余すのが関の山よ」
「うっ」
「それに、所有権を得られるって言っても、タダじゃないのよ。二輌分とかどこから出すつもり」
「うぅ……」
パチュリーから次々と追求されてレミリアは頭を抱えてしゃがみ込む。
どうもこういう言い合いではパチュリーの方に分があるようだ。
「と言うわけだから、折角の厚意だけど、前にあるやつだけで良いわ」
「そうですか」
北斗は頷く。
まぁ、4500形は足回りが関節式のマレー式なので、扱いは難しいだろう。だが、その分空転が少ないので、性能は申し分ないだろう。
「ねぇ、お兄様」
「どうしたんだ、フラン?」
するとフランが北斗に声を掛ける。
「今思ったんだけどね」
「ん?」
と、彼女は二輌の蒸気機関車を一瞥して再度北斗を見る。
「これ、どうやって外に出すの?」
『……』
フランの尤もな疑問に、誰もがハッとする。
どうやら、しばらくの間この二輌が日の目を見るのはまだ先の事になりそうだ。
感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。