幻想郷のとある場所。
「――――以上が霧島北斗に関する報告です」
幻想郷を見渡せる場所で、八雲紫に一人の女性が報告を済ませる。
彼女の名前は『八雲藍』。八雲紫の式神にして、九尾の狐と呼ばれる大妖怪であり、その九つある尻尾が特徴的である。
「ごくろうだったわね、藍」
紫はそう言うと、幻想郷の景色を眺めながら浅く息を吐く。
「霧島北斗。最初に見た時から何かワケありがありそうだと思ったけど、やっぱりあったわね」
「……」
紫は藍から聞いた報告を改めて思い返す。
ある日の雨の降る夜。孤児院の前で一人の赤ん坊が捨てられていた。その赤ん坊に手紙が一緒に添えられており、内容は『この子の名前は北斗。この子の事をよろしくお願いします』とあった。つまりは後の霧島北斗である。
その赤ん坊は孤児院で預けられて、育てられた。ちなみに彼を捨てた人物は未だに見つかっていない。その上当時その人物を目撃した者がいないと言う。
その後孤児院で育てられたその子はとある夫婦に引き取られ、『霧島北斗』としてその夫婦と共に生活し始めた。
しかしその後夫婦は交通事故に遭い、亡くなってしまう。その後は義父の父親に引き取られて、生活していた。
その祖父も老衰で亡くなり、彼は親戚の叔父の家に引き取られた。
しかしその後叔父による虐待が判明し、叔父は現行犯で逮捕。彼は別の親戚の家へと引き取られる。
その後は家庭内で問題は無く生活を過ごしていたそうだ。
「それにしても、中々。よくもまぁこんな経歴で壊れなかったものね。それとももう壊れているのか」
「……」
意味深な事を呟く彼女に、藍はただ耳を傾ける。
なぜ彼女が霧島北斗に関する事を調べているのか。
これは彼のみならず、幻想郷に移り住んだ外来人全般に言える事だが、彼女は移り住んだ外来人の素性を調べている。
理由としてはその外来人がこの幻想郷にどう影響を及ぼすかどうかである。
この幻想郷に迷い込む外来人は原因や善し悪し等、様々な者が多い。
その外来人がこの幻想郷にいい変化を齎してくれる技能や知識持ちなら別に構わないが、もし悪影響しか与えないのなら、彼女による監視が入る。
以前にもある外来人が幻想郷に迷い込み、暮らし始めた。彼女は藍に外来人の経歴と素性を調べさせた。
その外来人は外の世界では某宗教団体のメンバーであり、その某宗教団体が外の世界で起こした蛮行を知っていた彼女はその外来人を警戒した。
そしてその外来人がその某宗教を布教し始めようとした為、彼女は先手を打ってその外来人を秘密裏に幻想郷にある意味役立つ形で処理した。
幻想郷は全てを受け入れると彼女は言っているが、受け入れた後幻想郷に悪影響を及ぼすのであれば、八雲紫は容赦しない。幻想郷を愛しているが故である。
もちろん、何もしなければその外来人は幻想郷で静かに暮らせたであろう。
今回もその一環で霧島北斗に関する事を調べさせた。
まぁ結果的に言うと、闇の部分は見受けられたが、特に問題になりそうな部分は無かった。
ただ、彼が
霧島北斗は三ヶ月前に外の世界で起きた地震の際に行方が分からなくなっている。
彼が住んでいた寮に帰って居たのは確認されてるが、地震が起きてその寮が崩壊してその残骸から彼は発見されなかったのだ。
(まぁ、この幻想郷で行方不明になった人間が迷い込むのは珍しい事じゃないけど)
外の世界で行方不明になった人間がこの幻想郷に姿を現すのは割と多い。実際外の世界で行方不明になった人間が幻想郷に移り住むことが多い。
幻想郷では決して珍しい出来事ではない。
しかし、その行方不明になった人間があれだけの施設と蒸気機関車と共に幻想入りしたとなると、話は別だ。
単なる偶然と言ってしまえばそれまでだが、彼女は何かしらの狙いがあると見ている。
北斗自身嘘を言っていないのは初めて会った時から確認している。長らく生きてきた彼女は人間の嘘を見抜くぐらい、造作も無いのだ。
まぁ、彼が自覚していないだけで、知らぬ内に異変に加担している可能性は否定出来ないが。
「それで、例の件も調べているかしら?」
「はい。紫様の言う通り、幻想機関区にある機関車について調べました」
紫に聞かれて藍が調査内容を伝える。
「調べた所、機関区にある機関車の大半が外の世界には現存していないものばかりでした」
「……」
「最近見つかった機関車は一応現存しているものでしたが、半ば鉄屑状態でしたので、完全な状態ではありません」
「……そう」
紫は浅く息を吐く。
博麗大結界に干渉せず外の世界と幻想郷を行き来できる能力を持つ彼女は外の世界の情報を多く持つ。故に、外の世界で蒸気機関車が過去の物である事も知っている。
役目を終えた蒸気機関車はその多くが公園や博物館などの施設に静態保存され、一部は動態保存されているが、数多くの機関車は解体されている。
だが、幻想機関区にある機関車は、どれも外の世界では完全な形で現存していないものばかりだ。中には部品の一つですら現存してい無い物だってある。
ならば、あの機関区にある機関車は一体何なのか?
少なくとも新造されたというのは間違いないだろう。
だが問題は何処でどうやって製造されたかである。
外の世界で作られたと言う可能性は限りなく低いだろう。理由としてはそもそも蒸気機関車を新たに作る為の技術が不足しているからである。
厳密に言えば蒸気機関車を一から新造するのは不可能ではない。実際某テーマパークを走る蒸気機関車は灯油を燃料にしているが、正真正銘の蒸気機関車である。
海外でも蒸気機関車を新造した例もあり、現在でも有志で蒸気機関車を新造する例もあったりする。
しかしそれはあくまでも現代の技術で応用できる部分を用いて製造されたもので、蒸気機関車の製造技術の多くはもはやロストテクノロジーと化している。
その為、動態保存されている機関車の修理には、他の静態保存されている機関車から部品を取って移植する共食い整備や、別の技術で代用する、現物から設計図を起こしているリバースエンジニアリングを行って部品を作るといった方法が取られている。
そもそも、情報伝達能力が高い外の世界で、蒸気機関車を新造するとなると当然話題になる。徹底して秘匿した所で、どこかで情報が漏れて一気に広がるだろう。
尤もな事を言うと、そもそも今の時代に蒸気機関車を新造するメリットは殆ど無いし、製造にとんでもない額が掛かるのは想像に難くない。
次に可能性があるのは、この幻想郷で作られたという可能性だ。
しかし幻想郷には蒸気機関車を一から作る設備はおろか、技術すらない。河童であれば作れる可能性はあるが、現在幻想機関区で技術を学んでいる最中なので、製造に関わってはいないだろう。
ならばなぜこの幻想郷で機関車が製造された可能性があるのか?
その理由としては、幻想郷には様々な種族が暮らしている。当然中には神々の存在だってある。
その中には無から物質を創造したりする神も存在している。中には一つの世界を作ったほどの神もいるのだ。
蒸気機関車の一輌や二輌を創造するなど、造作も無い。
(ひょっとして……)
紫はとある神の関与を疑ったが、頭を振るう。
確かにその神であればあれだけの施設に機関車の創造は容易いだろう。実際彼女は一つの世界と生命を創造している。
だが、彼女と蒸気機関車とでは何の関係も無い上、彼女の性質を考えると可能性は限りなく低い。
「……」
紫はため息を付き、後ろを振り向いて藍を見る。
「藍。しばらく様子を見つつ、幻想機関区に赴きなさい。あそこにある機関車を直接調べて欲しいの」
「畏まりました」
藍は頭を下げる。
「……」
「どうしたの?」
いつまでもその場を離れない藍に紫は首を傾げる。
「紫様。失礼を承知で一つお聞きしても宜しいでしょうか」
「珍しいわね。あなたがそう言うなんて」
「……」
「まぁ、聞きたいことは大体想像付くけど、何かしら?」
「……」
藍は一間置いてから口を開く。
「では、お聞きしますが、なぜ彼らを幻想郷に置いているのでしょうか?」
「……」
「あれは我々妖怪の存在を蔑ろにした、科学文明の一つです。この幻想郷に要らぬ発展を齎す可能性があります」
「……そうね」
紫は再度前へと振り向き、幻想郷の景色を見つめる。
「あなたの言う通り、本当なら彼らは排除すべき対象。幻想郷に必要な存在ではないわ」
「では、なぜ……」
「……」
彼女は一間置いてから、口を開く。
「……その幻想郷にも、時代の変化が必要となってきているのよ」
「……」
「いつまでも時が止まったままにはいかないのよ。必要な変化だってある」
「……」
幻想郷の時計は博麗大結界が張られてから、殆ど進んでいないようなものだ。最近では数多くの異変が起きて時が進んでいるようにも思えるが、実質止まったままだ。
「それに、幻想郷は忘れ去られた者達が集う場所。時代の流れと共に蒸気機関車は忘れ去られようとしているわ。皮肉なものね」
紫は微笑を漏らす。
かつて自分たちを追いやったような存在が、同じように追いやられているのだ。こんなにも皮肉な話は無いだろう。
「だから、幻想郷の変化の為に、彼らを受け入れたと?」
「えぇ。例え私達に相反する存在だとしても、必要なことよ」
「……」
「もちろん、彼らが幻想郷を陥れるのであれば、容赦はしないわ」
「はい」
藍は頷く。
「……」
紫はため息を付くと、薄っすらと見える幻想機関区を見る。
私はもう一度走りたかった。
あの日、最後に走ってからずっと私は止まったまま……。
一度はあの線路に戻れる日々が来ると期待した。そしてその機会が訪れようとしていた。
でも、他のやつにその機会を取られてしまい、変わらず止まったままだ。
幾度の時が過ぎていって、私の妹が再び線路の上で走り、私は憂鬱だ。
ずっと同じ所に居て、ただただ時間を過ごす日々。
もう二度とあの線路には戻れない。二度と風を感じながら走れる日々は来ない……。
そんなある日、私の前に一人の女が現れた。
私の姿が見えるのは驚きだったけど、それ以上に驚いたのはその後の言葉だった。
『もう一度線路の上を走ってみないか?』
私はその言葉に衝撃を覚えた。それと同時に疑った、
そんな事不可能だ。どうやって走らせる気なんだ。そもそも私をどこで走らせる気なんだ。
でも女は私の期待に沿えると言った。
その代わり私は今の身体を捨てて、別の身体に移らないといけないらしく、私が走る場所もこことは違う所とのことだ。
とても怪しい。でもなぜか女の言葉に嘘が無いと思えた。
いいだろう。その言葉に乗ってやる。どうせこのまま止まったままの暇な生活を送るぐらいなら、何かしていた方がいい。
私は女の話に乗り、その場から消えた。
感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。