東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第58駅 新たなる可能性

 

 

 

 

 火入れ式が終わった後も、幻想機関区の面々は休む事無く各々の作業に取り掛かっていた。

 

 

 C56 44号機はすぐに構内試運転を行う為に操車場へと移動し、前進後退、急発進急停止、全速前進全速後退等、様々な走行を行って見せた。

 

 その走りは調子の悪かった動態保存機だった頃とは思えないぐらいに絶好調であり、白煙を煙突から吐き出しながら線路の上を猛進した。

 

 その後48633号機とE10 5号機の走行試験を行い、両方共性能と状態に問題なしと判断された。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はぁ……」

 

 執務室で北斗は椅子に座って背もたれにもたれかかる。

 

「お疲れ様です、北斗さん」

 

 早苗がお茶を淹れた湯呑をお盆から下ろして彼の前に置く。

 

「ありがとうございます」と一言お礼を言ってから湯呑を手にして一口飲むも「あちっ」と声を漏らす。

 

「これで火入れ式は一通り終わりましたね」

 

「えぇ。とりあえず問題が無くてホッとしています」

 

「まぁ予想外な事は多々ありましたが」と苦笑いを浮かべて付け加えると、彼女も苦笑いを浮かべる。

 

 まさか三輌どころか、四輌の蒸気機関車が新たに追加されるとは、思ってもみなかった。

 

 まぁそのお陰で大幅な戦力強化にはなったが。

 

 

「で、次にあるのは……」

 

「体験試乗会ですね」

 

「はい」

 

 早苗が次の行事を口にすると、北斗は頷く。

 

「体験試乗会の結果次第で、幻想機関区の行く末が決まります」

 

「……」

 

「まぁ、試乗会も大切ですが、それ以前に安全面についても試乗会までに可能な限り準備しないといけません」

 

 北斗は壁に張ってある、幻想郷の地図に書いた路線図を見る。と言っても、妖怪の山の一部はまだ未解明であり、まだ守矢神社までの路線も調査していないので、完全な路線図ではないが。

 

「具体的には、どんな物が必要なんでしょうか?」

 

「標識や信号機、踏切はもちろん、閉塞機構と非常警報装置、通信手段の設置、線路の侵入を防ぐ柵等、様々です」

 

 早苗の疑問に北斗は答える。

 

 標識と信号機は以前から分岐点とその付近を中心に設置が行われており、機関区付近の分岐点辺りの標識、信号機の設置は終えており、後は信号所の建設のみだ。

 信号機は腕木式の古い形式だが、現時点ではこれが限界なのだ。

 

 閉塞機構は単線区間にのみ設置する予定だが、幻想郷に現れた線路には単線区間が少ないのでそれほど手間は掛からないだろうとの事だ。

 

 柵と踏切は人里付近を優先して設置が行われており、柵は容易に進入出来ないように高さと有刺鉄線を施している。踏切は昔ながらの手動式で警告音も現代とは違うものになっている。

 

 通信手段は機関区にある電話と、香霖堂にあった古い電話を修理して使う予定だ。後日線路に沿って電話線を守矢神社まで引く予定だ。

 

「やる事が多いですね」

 

「えぇ。その上、体験試乗会が終われば、その後は設備の設置と建設が必要になりますので、本当に大変です」

 

「はぁ」と北斗はため息を付く。

 

 設備については、石炭の給炭設備と、給水設備が主で、後は駅舎の建設である。まぁこれらは試乗会の結果次第だが。

 

「それに、まだ決まったわけではないので今考える事じゃないのですが……」

 

「……?」

 

 どことなく言いづらそうにしている北斗に早苗は首を傾げる。

 

「……運賃の設定をどうするか、それが一番の悩みです」

 

「あー……そうですよね」

 

 北斗の悩みを察して、早苗は微妙な表情を浮かべる。

 

 運用コストを考えると、どの区間の運賃を都電の様に統一するというわけには行かない。必然的に距離が長くなれば長くなるほど、目的地までの運賃を高くしなければならない。

 

 そうなると当然守矢神社までの運賃がどうしても高くなってしまう。

 

 北斗としては全面的に支援をしてくれる守矢神社に対して、参拝者を減らしかねないような料金設定は避けたいのだ。

 

 もし幻想郷に敷かれた全線が使える状態ならまだある程度考えは軽くなったはずだが、今の状態ではどうしても高くせざるを得ない。

 

 守矢神社までの路線は魔法の森を通って、河童の里付近を通過して天狗側から通行が許可された山を登るルートになる。

 

 本当なら博麗神社への路線を通って妖怪の山を登るルートがあるのだが、その路線は天狗側の許可が下りていない。こればかりは天狗が暮らす里に近いのが一番の要因になっている。

 

 その上現時点で通れるルートでは、守矢神社に着いてもその先へは行けないので、そこで戻らなければならない。一応方向転換が出来る様に転車台の設置は河童と協力して行う事が決まっているが、そうすぐに設置は出来ない。それまでは機関車を列車の前後にそれぞれ前を向けた状態で連結する方式で運用しなければならない。

 運賃を高くせざるを得ないのは、この運用方式にあるのだ。

 

 石炭輸送の列車は転車台設置まではバック運転を得意とするタンク型を中心に運行する予定だ。

 

 ちなみにその他の物資輸送も体験試乗会の後、結果次第で人里で募集を募る予定だ。まぁ主に人里から離れた森林や岩壁で木材や石材の輸送がメインとなるだろうが。

 

「運賃については、追々神奈子様と諏訪子様と交えて話し合って決めましょう。まだ正式に鉄道事業を行うとは決まっていませんし」

 

「……まぁ、そうなんですが」

 

「うーん」と彼は静かに唸る。

 

(それだけ私達の事を考えてくれているのですね)

 

 そんな姿の彼を見て、早苗は胸の中が温かくなるような感覚を覚える。

 

「……」

 

 

 コンコン……

 

 

 すると執務室の扉からノックがする。

 

『区長。河童と文屋が来てるよ』

 

 扉の向こうから皐月(D51 465)の声がして、来客を伝えた。

 

「あぁ。通してくれ」

 

 北斗が許可すると、扉が開いて皐月(D51 465)に連れられてにとりとはたてが入ってくる。

 

「にとりさんにはたてさん」

 

「やぁ、盟友」

 

「どーも」

 

 早苗が二人の名前を口にすると、それぞれ返事を返しながら机に近付く。皐月(D51 465)は頭を下げて執務室を後にする。

 

「とても貴重な体験をさせてもらったよ。ありがとうね」

 

「こっちも良い記事が書けたお陰で、あいつの新聞の売り上げを超えたわ。良いザマだわ」

 

 にとりはニコニコと笑みを浮かべ、はたては悪そうな笑みを浮かべている。よほどライバルに勝ったのが嬉しいようだ。

 

「いえ、こちらこそ。にとりさん達河童の皆様には感謝しています。にとりさん達の協力もあって、機関車の整備に路線設備の設置が早く出来る様になったのですから」

 

「ふふーん。そうでしょそうでしょ」

 

 にとりは誇らしげに胸を張る。

 

 河童達の協力もあって、機関車の整備が進んだので三輌の機関車が早期に戦力化が出来た。その上信号機の一部電気系統の調整は彼女達に手伝ってもらっている。

 

「はたてさんも、花果子念報のお陰で機関区の事を誤解無く伝えてくれたので、こちらとしては助かっています」

 

「まぁ、私はあんな捏造記事で売り上げを伸ばそうとしているやつとは違うからね」

 

 と、こっちも誇らしげに胸を張る。

 

 北斗は文の悪評を聞いて、彼女が発行する文々。新聞のせいで印象が悪くなってしまう可能性があった。実際幻想機関区に関しての記事は少しばかり異変に関わっている事を仄めかすような内容であった。

 

 その一方ではたての花果子念報は誤解を生むような記事を書かなかったので、幻想機関区に対する疑惑は晴れつつあった。

 

「それで、お二人はどのような用件があって来られたのですか?」

 

 早苗は二人にそう問い掛ける。わざわざこんな話をするだけに北斗の元に来たのではないだろうと思ってだ。

 

「私は特に用は無いわ。用があるのはにとりよ」

 

 はたては横目でにとりを見る。

 

「実はさ、盟友に頼みたい事があるんだけど、その前に謝らないといけない事があるんだ」

 

「? 謝る事ですか?」

 

 北斗は思わず首を傾げる。

 

 しかし特ににとり達が謝るような事は無かったはず……

 

「この前さ、うちにはこんな立派な施設は無いって言ったよね」

 

「そういうえば、そんな事を言っていたような……」

 

 北斗は静か唸りながら首を傾げる。

 

「実はさ、あれ嘘なんだ」

 

「嘘……?」

 

「にとり……」

 

 と、はたてが彼女を止めるように少し威圧的に声を掛ける。

 

(あなたまさか、人間を山の深部に入れるつもり?)

 

(そのつもりだよ?)

 

(あのねぇ。人間を山の深部に入れるのよ。大問題よ)

 

(彼なら大丈夫だって。別に教えたってさ)

 

(別に私や河童は構わないけど、他の天狗はそうはいかないわよ)

 

(その辺はちゃんと考えがあるから、問題無いよ)

 

(……後で天魔様に何言われるか、知らないわよ)

 

(いつもの事さ)

 

(……全く。そんなんだから、前に痛い目に遭ったんじゃない)

 

 二人は小さい声で会話を交わすと、再び北斗に向き直る。

 

「ごめんごめん。さっきの続きなんだけど、実は河童の里に、ここの工場並か、それ以上の規模の工場があるんだよ」

 

「……え?」

 

 にとりの口から出た事実に、北斗は驚きのあまり声を漏らす。

 

「それは、本当ですか?」

 

「うん」

 

 にとりが頷いた事で、北斗は驚愕でいっぱいだった。

 

 河童の技術は幻想郷一であるというのは前から聞いていたが、まさか本当にこれほど高いと本人の口から聞かされるとは思っていなかった。

 

「なぜ今まで黙っていたのですか?」

 

「そりゃぁ、まだ信用していなかったしね。それ以前に、幻想郷の人間でもこの事を知っている者は居ないよ」

 

「……」

 

 

「それでね、頼みたい事があるんだよ」

 

「頼みですか?」

 

「うん。蒸気機関車の設計図を、貸してくれないかな?」

 

「設計図を?」

 

「そう。うちの工場で、試しに作ってみようと思うんだ」

 

「それって……」

 

 にとりの言葉に早苗が驚いたような表情を浮かべる。

 

「……蒸気機関車を、一から作れるだけの技術も、設備もあるんですね」

 

「うん。材料の調達に時間が掛かるけど、作ろうと思えば、作れるよ」

 

 北斗の問いに、にとりは自信満々に答える。

 

「と言っても、最初から大きいものは作るのは難しいだろうから、小型の機関車の設計図が良いかな。出来れば二種類作りたいんだ」

 

「そうですか。分かりました」

 

「いいのかい?」 

 

「えぇ。蒸気機関車を一から作れるという事は、部品を作れる事ですから。こちらとしては大助かりです」

 

 北斗はそう言いながら席から立ち上がり、本棚に仕舞っている紅魔館の図書館から貰い受けた蒸気機関車の設計図を収めたファイルを見る。

 

 もし部品が破損して交換が必要だった場合、予備の部品が無いと修理が出来ない。一応紅魔館の地下に蒸気機関車の部品が多くあるが、その全てが合うとも限らない。

 だから、河童が蒸気機関車を一から作れるようになったのは、北斗にとっては嬉しい誤算であった。

 

(それに……)

 

 と、北斗の視線はとある二形式の蒸気機関車の設計図が収められたファイルに止まる。

 

(この機会で作れるかもしれないしな)

 

 一瞬口角が上がるも、北斗はにとりの要望通りの二形式の蒸気機関車の設計図を収めたファイルを取り出す。

 

「にとりさんの要望通りの二形式の設計図です。これなら、最初に製造するのに適していると思います」

 

 北斗は『C11形蒸気機関車』と『C12形蒸気機関車』の設計図を収めたファイルをにとりに渡す。

 

「悪いね。帰ったら今あるだけの材料ですぐに作り始めるよ」

 

「一応聞きますけど、どのくらいで完成出来ると思いますか?」

 

「さぁね。初めての試みだから、何とも言えないね。まぁ材料の調達に時間が掛かるだろうけど、技術自体はあるから、そんな長く掛からないんじゃないかな?」

 

「河童の技術パネェ……」

 

 北斗は思わず驚きの声を漏らす。

 

「じゃぁ、私はもう帰るわね」

 

 はたてはそう言うと、部屋を後にする。

 

「じゃぁね、盟友。ある程度完成したら、呼びに来るよ」

 

 二冊のファイルを抱えたにとりは手を振りながら、はたての後を追い掛ける。

 

 

 

「相変わらず、河童の皆様の技術力は凄いですね」

 

「はい。まさか、ここまでとは」

 

 二人が部屋を出た後、早苗と北斗は短く言葉を交わす。

 

 早苗自身河童の技術が凄いのは知っていたが、まさかこの短期間で製造できるまでの技術を得ているとは思っていなかった。

 

「でも、新しく蒸気機関車が作れるのは、凄いですね」

 

「えぇ。いざとなれば予備の機関車として使えます」

 

 結構な数があるので足りなくなる心配は無いだろうが、まぁ持っていても別に困る事はない。

 

 尤も、北斗からすれば機関車の製造は実験的な面で見ているが。

 

「あっ! もうこんな時間!」

 

 すると早苗は壁に掛けられている時計の時刻を見て、驚きの声を上げる。

 

「北斗さん。そろそろ帰って夕飯の支度をしないといけないので、私はこれで」

 

 早苗は頭を下げると、扉の方へと歩いていく。

 

「早苗さん」

 

「……?」

 

 北斗が声を掛けると、早苗は扉の前で振り返る。

 

「その、これからも火入れ式や、行事等があった時は、また頼んでもいいでしょうか?」

 

「っ! はい! 私はいつでも、北斗さんのお力になります!」

 

 彼がそう問い掛けると、早苗は笑みを浮かべる。

 

 早苗は「また明日も来ますね!」と言ってから部屋を出る。

 

 

「……」

 

 北斗は早苗が部屋から出てしばらくして、湯呑を手にしてお茶を飲み、窓の方を向く。

 

「早苗さん……」

 

 彼は小さく呟きながら、機関庫の様子を眺めるのだった。

 

 

 

 

 




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