東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第63駅 長月(C59 127)の憂鬱

 

 

 

 

 所変わって、再び幻想機関区。

 

 

 

 

「……」

 

 機関区内をたんぽぽ色のエプロンを身に着けて、手にしている竹箒で地面に落ちているゴミを掃いている長月(C59 127)は深くため息を付く。

 

 近くでは作業妖精が線路のや転轍機と行った設備を事故が起きないように点検を行っている。

 

「ここは終わったか。次は……」

 

 周りを見て掃除が終わったのを確認して、彼女は次に機関庫へと向かう。

 

 

 

 蒸気機関車達を収める扇形機関庫。

 

 最初は作られたばかり感がある綺麗な状態だった機関庫は、ほぼ毎日蒸気機関車が動いているとあって、煤汚れであちこち黒くなっている。

 

 幻想機関区に所属する蒸気機関車達がここに収められており、その数は七輌しか居なかった時と比べて今は十八輌と、最初と比べて大所帯である。

 

「……」

 

 長月(C59 127)は機関庫の前を歩いて中で休んでいる蒸気機関車を見つめる。

 

 すると構内で重連運転の練習をしていたC57 135号機とD51 241号機が機関庫へと戻って来て、順番に転車台に載ってそれぞれ所定の場所へと収める。

 

「……」

 

 その光景を長月(C59 127)はしばらく見てから、再び歩き出す。

 

 新たに加わったC11 260号機とC12 06号機も今は火を落として機関庫で休んでいる。

 

「あっ! 長月さん!」

 

「長月さん」

 

 と、C11 260号機のボイラーを磨いている緑地の『C11 260』のバッジを付けた少女こと『行橋(C11 260)』が長月(C59 127)の姿を見て声を掛ける。

 同時にC12 06号機の動輪の打音検査をしている緑地の『C12 06』のバッジを付けた少女こと『島原(C12 06)』も気付く。

 

 どちらも名前の由来は彼女達が廃車になった場所の名前から来ている。

 

「行橋に島原か。今日も罐の手入れか」

 

「はい! いつでも万全な状態にしておきたいので!」

 

「僕達は使い勝手が良いので、出番が多くなるかもしれませんから」

 

「……そうか」

 

 二人の返事を聞いて、長月(C59 127)は顔を引き攣らせる。

 

「まぁ、万全な状態を維持するのは良い事だ。ちゃんと手入れしておくんだぞ」

 

『はい!』

 

 二人は返事を返して頭を下げると、作業に戻る。

 

「……」

 

 長月(C59 127)は二人が作業に戻ったのを確認してから再度歩き出すと、険しい表情を浮かべる。

 

 

 少し歩くと、機関庫の隅に眠っている彼女の半身であるC59 127号機の姿があった。

 

「……」

 

 自身の半身を見つめて、彼女は深くため息を付く。

 

 

 この幻想郷に現れて以来、彼女は一度も走っていない。それを物語るようにC59 127号機に薄っすらと埃が被っている。当然毎日足回りの部品への注油や掃除は行っているが。

 

 その走れない最もな原因はやはり燃料である。

 

 重油専焼機として改造された本車輌は石炭ではなく、重油を燃料としている。しかしその重油は幻想機関区に無い為、彼女は動く事は出来ない。

 

 一応従来の仕様に戻す改装が計画されているが、必要になる部品が不足しているようで、現在は改装の目処は立っていない。

 

 

「悩んでいるようだな」

 

 と、声を掛けられて長月(C59 127)は声がした方を見ると、そこには右目を眼帯で覆い、顔に大きな傷を二つ持つ赤地の『C56 44』のバッジをしている女性こと『大井(C56 44)』が立っていた。

 彼女の名前の由来は今も外の世界で走っている路線の近くにある川の名前から取っている。

 

「大井か。まぁ、見ての通りだ」

 

 長月(C59 127)はそう言うとため息を付く。

 

「難儀だな。特殊な機構を持つというのは」

 

「あぁ。次世代に向けての改造とあって受け入れたが、まさかこれが障害になるとはな」

 

「お前の燃料は石炭じゃなくて、確か重油だったか?」

 

「あぁ。その重油を燃やして水を沸かす機構だ。石炭より燃える温度が高い。その上投炭作業が無い分機関助士の負担が少ない」

 

「なるほど」

 

「だが、その重油がこの機関区に無い。それどころか幻想郷には石油すらない。そのせいで私は一度も走っていない」

 

「重油ねぇ」

 

 ボソッと呟きながら大井(C56 44)は腕を組んで、C59 127号機を見る。

 

「作る事が出来れば良いんだがな」

 

「そんな都合の良い事があるわけが無いだろ」

 

「そうでもないぞ」

 

「はぁ?」

 

 大井(C56 44)の言葉に長月(C59 127)は怪訝な表情を浮かべる。

 

「戦時中に風の噂で聞いたことだが、人工的に石油を作る技術があるらしい」

 

「人工的にだと?」

 

「あぁ。確か石炭が原料とか何とか言っていた気がする」

 

「それは……」

 

「と言っても、そういう技術があるってだけで、知っているのはそこまでだがな」

 

「……」

 

「まぁ、この幻想郷では作る事は出来ないだろうがな」

 

「じゃぁ何で言ったんだ! 少し期待しただろうが!」

 

 長月(C59 127)は怒りのあまり唸る。

 

「まぁそう言うな。可能性の話をしただけじゃないか」

 

「ぐぬぬ……」

 

「だが、この幻想郷は非常識だらけだ。もしかしたらって可能性も否めないぞ?」

 

「そんな虫のいい話があるわけがないだろう」

 

 呆れたように長月(C59 127)は深くため息を付く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、再び人里。

 

 

 

「じゃぁな、北斗、団子奢ってくれてありがとうな」

 

「今日はありがとう、北斗さん」

 

 店の前で魔理沙とアリスが北斗にお礼を言う。

 

「これからも、もしかしたら協力を頼むかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします」

 

「あぁ。いつでも力になるぜ!」

 

「私も出来る限り協力するわ」

 

「お願いします」

 

 北斗は頭を下げる。

 

 

 

 その後北斗はアリスと魔理沙の二人を見送って、再び人里を歩く。

 

(これから時間があったら立ち寄ろうかな。そう毎回来れるわけじゃないけど)

 

 北斗は財布の中身を見ながら、内心呟く。

 

 団子自体の値段が意外と高かった上、魔理沙の分を追加注文したので、結構値が張った。まぁ値段相応のおいしさだったが。

 

(まぁ、今後協力してもらうのだから、このくらいの出費は安いものかな)

 

 内心そう呟きながら、財布をズボンのポケットに仕舞う。

 

 

「北斗さん……」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は後ろを振り返ると、少し不機嫌そうな早苗の姿があった。

 

「早苗さん。どうしましたか?」

 

「あっいえ、ただ見かけただけですので、声を掛けてみたんです」

 

 まさかさっきまでこっそり尾行していたとは言えない。そんな早苗である。

 

「そうですか。そういえば、信仰活動は良いのですか?」

 

「今日の活動は終わったので、今から買い物に行こうと。そういう北斗さんは、建設中の駅の視察に来ていたのでは?」

 

「えぇ。視察が終わって、休暇がてら人里を散策していました」

 

「休暇ですか。確かに開通式が近いですもんね」

 

「はい」

 

「でも、ただ人里を歩いていたんですか?」

 

「最初の内は。でもその際慧音さんと会って、人里で有名な甘味処を教えてもらって、そこで軽く団子を食べたんです」

 

「……」

 

 早苗は一瞬不機嫌なオーラが出るも、気持ちを抑える。

 

「一人で、ですか?」

 

「いえ、途中人形劇をしていたアリスさんと会って、この間のお礼を兼ねて一緒に。途中魔理沙さんが来て、二人に団子を奢ったんです」

 

「……」

 

「まぁ二人のお陰で蒸気機関車を見つけれたり、紅魔館の地下から蒸気機関車を運び出せたので」

 

「そう、ですか」

 

 早苗は気持ちを抑えようとしていたが、それでも不機嫌なオーラが滲み出ていた。

 

 そんな不穏な雰囲気に気付いてか、北斗は首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっ、いえ。何でもありません」

 

 早苗はハッとして、気持ちを切り替えて笑みを浮かべる。

 

(そう、ですよね。北斗さんはただアリスさん達にお礼をしていただけですよね……)

 

 内心ホッと安堵してか、不機嫌なオーラが消える。

 

(何の他意も無い、ただ単に、お礼をしていただけ……だけなんです、よね……)

 

 しかしすぐにさっきまでの自分のモヤモヤとした気持ちが過ぎり、気分が落ち込む。

 

(本当に、何に苛立っているんでしょうか……)

 

 脳裏にアリスや魔理沙と仲良さげに話している北斗の姿が過ぎると、次第に彼女の胸中に苛立ちが募っていく。

 

「……」

 

 

「あの、早苗さん」

 

「は、はい! 何でしょうか?」

 

 一瞬周りの音が聞こえなくなるほど気持ちが落ち込んだ彼女だったが、北斗に声を掛けられて早苗はハッとする。

 

「もし買い物に行くのなら、ご一緒しても良いでしょうか?」

 

「一緒に、ですか?」

 

「はい。俺も買う物がありますので」

 

「……」

 

「……もしかして、俺が来ると都合が悪いのでしょうか?」

 

「い、いえ! そんな事はありません! 一緒に行きましょう!」

 

 一瞬呆けた早苗だったが、すぐに気を取り直して了承する。

 

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

 と、北斗の後ろから声がして彼は首を傾げるが、早苗は目を見開いていた。

 

 北斗は後ろを振り返ると、そこには一人の女性が日傘を差して立っていた。

 

 癖のある緑の髪をして赤い瞳を持っており、女性としてはそこそこ背が高い。白いシャツの上にチェック柄の赤いベストを羽織り、ベストと同じ色と柄のスカートを着用している。

 

「あなたは……」 

 

「風見、幽香!」

 

 すると女性の姿を見た早苗はとっさに北斗の前に出る。

 

「なぜあなたがここに!」

 

「あら。私がここに来たらいけない理由があるのかしら?」

 

「そうは言いませんが、なぜ今日に限って!」

 

「ただの気まぐれよ。それに貴方には用が無いのよ、守矢の巫女」

 

 スゥ、と目を細める幽香に、早苗はまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、一瞬呼吸が荒くなる。

 

「用があるのは、そこの外来人よ。外野は引っ込んでいなさい」

 

「……」

 

 息を呑む早苗だったが、北斗が早苗の片に手を置く。

 

「早苗さん。ここは下がってください」

 

「で、でも!」

 

「あの人は俺に用があるみたいですので、話を聞いてみます」

 

 北斗は持ち前の勘もあって、幽香がどのような人物かを雰囲気で何となく察していた。なので、彼女の話を聞くことにした。

 

「……」

 

 早苗は食い下がろうとしたが、相手が相手とあって、長引かせれば何が起こるか分からない。彼女は渋々と北斗の前から退く。しかし何が起きてもすぐに対応できるように、こっそりと術を組む。

 

「邪魔が入ったけど、改めて名乗らせてもらうわ。私は風見幽香。一端の妖怪よ」

 

 幽香はそう自己紹介するも、早苗は一瞬『どこが一端の妖怪ですか』と言いたげな表情を浮かべる。

 

「……霧島北斗です」

 

「噂は聞いているわ、外来人さん」

 

「は、はぁ」

 

 北斗は息を呑むと、幽香は彼の顔を見る。

 

(……ホント、そっくりね)

 

 彼女は北斗の顔を見て、友人の顔が重なり、改めて認識する。

 

「……」

 

「……あの、何か?」

 

「いえ、何でも」

 

 そう言うと、彼女は浅く息を吐く。

 

「それで、自分に一体何の用ですか?」

 

「正確には私じゃなくて、彼女が貴方に用があるのよ」

 

 と、幽香は後ろを振り向きつつ、少し横へとずれる。

 

「……っ!」

 

 すると北斗は幽香が退いた先に居る人物を見て、目を見開く。

 

 

「……久しぶりだな、北斗」

 

 少しぎこちない微笑みを浮かべて、飛鳥は手を小さく振るう。

 

「お姉、さん……?」

 

 二度と会うことは無いと思っていた人物との再会に、北斗は呆然と立ち尽くした。

 

 

 

 

 




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