東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第71駅 無意識の少女の意図

 

 

 

 

 その後北斗とにとり達河童はC57形とC63形の製造計画についての話し合いを行い、大まかな計画を決めた。

 

 C57形を製造している間、河童達はC63形の設計図を見て覚えたいと言って、北斗より設計図を長期間借りる事になった。

 

 どうやら設計図通りに作った車輌と、河童独自で設計を変更した車輌をそれぞれ作るつもりらしい。

 

 にとり曰く『パッと見でも色々と手直しが必要な箇所が多いし、弄ってみたいんだよね』とのこと。

 

 

 

 話が終わった後、北斗とにとりは再び外に出た。先ほど大井(C56 44)より連絡が入り、機関車二輌を機関区に届けて、再びこっちに向かっているとの事。

 二人は連絡があってから少しして外に出た。

 

 

「それでは、C63形の件、頼みます」

 

「任せておいてよ」

 

 北斗が頭を下げてから顔を上げると、にとりは笑みを浮かべてサムズアップする。

 

「期待されているんだから、最高の仕上がりにするよ」

 

「お願いします」

 

 北斗は再度頭を下げる。

 

「それでさ、良かったら今度別の蒸気機関車の設計図も見せてもらえるかな?」

 

「他の機関車のですか?」

 

「うん。色んな機関車を見てみたいしね。その中に気にいった物があったら、作ってみようと思うんだ」

 

「そうですか。良いですよ。設計図はそちらに送りましょうか?」

 

「いや、私が取りに行くよ。何度も君に来られると、天狗が面倒だからね。今回だって、天狗を説得するのに苦労したし」

 

「あぁ、そうですか」

 

 最後のにとりの表情と言葉で、北斗は察して声を漏らす。

 

「では、設計図は用意しておきますので、お待ちしています」

 

「うん。来る時は事前に連絡いれるからね」

 

「はい」

 

 

「にとり! ちょっといい!」

 

 と、後ろから河童の少女がやって来てにとりを呼ぶ。

 

「どうしたんだい?」

 

「ちょっと手伝って欲しいから、来てくれない?」

 

「他に居ないのかい?」

 

「みんな手一杯だよ。それに、にとりじゃないと難しい箇所なのよ」

 

「そうかい」

 

 と、にとりは北斗を見る。

 

「彼から離れるわけにはいかないんだけどねぇ」

 

 早苗との約束もあって、にとりは顎に手を当てて悩む。

 

「自分でしたら、大丈夫です。大井もそろそろ到着する頃ですし」

 

 と、遠くより汽笛が鳴り響いて妖怪の山に木霊す。木霊した汽笛の音の大きさから、そう遠くない場所まで来ている。

 

「そうかい? じゃぁ、私は戻ってるよ。くれぐれも、気をつけてね」

 

「分かりました」

 

 にとりは手を振ってから、河童の少女と共に中に戻っていく。

 

 

「……」

 

 にとりを見送ってから、北斗は顔を上げて空を見る。

 

(C63形がこの幻想郷で誕生する。外の世界じゃ考えられないな)

 

 北斗は改めて、その事実に胸が昂った。

 

 外の世界では一輌も製造される事が無かった幻の蒸気機関車が、この幻想郷に誕生するのだ。蒸気機関車が好きな彼の気持ちが昂らないはずがない。

 

 しかし、C63形の実態を知る者からすれば、別に作らなくてもいいじゃん、と思われる者が多いだろう。実際C63形は作る必要性は低かった。

 

 だが、それでも幻に終わった蒸気機関車を実機で見てみたいという者は居るだろう。

 

「本当に、ここに来れて良かった」

 

 彼は小さく呟く。

 

 もう少しで大井(C56 44)も着くだろうし、北斗は腕を組んで迎えを待った。

 

 

 

「兄ーさん」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は身体を一瞬震わせるが、ゆっくりと後ろを振り向く。彼の後ろに、笑顔を浮かべているこいしの姿があった。

 

「こいし。こんな所で何をしているんだ?」 

 

「うーん。分かんない。気付いたらここに居たから」

 

「気付いたら……」

 

 こいしの相変わらずな回答に、北斗は苦笑いを浮かべる。

 

「そういうお兄さんは、ここで何しているの?」

 

「ちょっと用事があって、河童の所に来ていたんだ」

 

「ふーん」

 

 北斗がそう言うと、彼女は声を漏らす。

 

「ねぇねぇ、お兄さん」

 

「なんだい?」

 

「この後、お兄さん時間ある?」

 

「時間?」

 

 こいしの質問に、北斗はこの後の事を思い出す。

 

 まぁこの後やる事はあまり無いが、強いて言うなら機関区に届けた機関車二輌を見るぐらいだ。

 

「特に無いけど、どうして?」

 

「お兄さんの事をね。私の家族に紹介したいの」

 

「こいしの家族に?」

 

「うん。お姉ちゃんに、飼っているペット達にね」

 

「……」

 

「ダメかな?」

 

「うーん。そうだな」

 

 北斗は顎に手を当てて首を傾げる。

 

「そういえば、こいしの家ってどこにあるんだ?」

 

「地底だよ」

 

「地底……」

 

 北斗はこいしの口から出た場所の名前に、息を呑む。

 

 

『そこに暮らすのは忌み嫌われた妖怪や怨霊が暮らしている危険地帯でもあるんですが』

 

『まぁ、石炭ならもしかしたら地底で見つかるかもしれんが』

 

 

 以前守矢神社での会談でチラッと早苗が呟いた言葉を思い出した。と同時に神奈子の呟きも思い出す。

 

 幻想郷の中でも五本の指に入る危険地帯である地底とあって北斗はこいしの誘いに躊躇われるが、同時に行きたいという気持ちがあった。

 

 地底には石炭がある可能性が高い場所だ。石炭を確保出来るルートは多い方が良い。

 

 今でこそ諏訪子の力で石炭を作ってもらっているが、諏訪子の『坤を創造する程度の能力』が不調によって石炭の創造が出来なくなる可能性がある。その上河童達が蒸気機関車の製造に必要な材料を確保する為に諏訪子に協力を依頼するかもしれないので、いつもの様に石炭が確保出来るとは限らない。

 

 なので、ぜひ地底での石炭の有無を確認しておきたい。

 

「それとね、お兄さんに教えておきたい事があるの」

 

「ん?」

 

「地底にね、お兄さんが探している蒸気機関車があるの」

 

「なにっ!?」

 

 こいしの口から蒸気機関車の事が出て、北斗は思わず声を上げる。

 

「本当なのか、こいし?」

 

「うん。蒸気機関車のことは詳しく知らないけど、よく似た物があったよ」

 

「そうか……」

 

 北斗は腕を組んで静かに唸る。

 

 地底が危険な場所だと言うのは分かっている。分かっているが、それでも蒸気機関車があると聴かされては、北斗は気持ちが揺らぐ。

 

(どの道今後地底の調査は行うだろうし、近い内にやっておいた方がいいか)

 

 いずれ地底の調査は行うであろうし、早めにやっておいた方がいい。それに、地底の関係者が一緒なら、地底を歩き回れるだろう。

 

 ちなみに北斗はこいしがどんな妖怪か聞こうとはしなかった。というのも、地底に住む妖怪が忌み嫌われている者が多いというのを聞いているので、こいしもその中に含まれているのだろう。

 

 余計な詮索をしないのが彼の性分である。

 

「どうするの、お兄さん?」

 

 こいしは首をかしげて声を掛ける。

 

「そうだな。まぁ行ってみようかな」

 

「本当?」

 

「但し、今日は時間が足りないから、日を改めて早苗さんや知り合いの人と一緒に行くよ」

 

「……」

 

 するとこいしの表情から笑顔が消える。

 

「だから、その時に案内を……こいし?」

 

 急変したこいしの様子に、北斗は口を止める。

 

「お兄さんだけじゃ、ダメなの?」

 

「地底は危険な場所だって言われているから、あんまり少人数じゃ……」

 

「……」

 

「……?」

 

 急に黙り込むこいしに北斗は怪訝な表情を浮かべる。

 

「次にお兄さんに会えるのがいつになるのか分からないから、今じゃなきゃ」

 

「こいし……」

 

「ねぇ、お願い。お兄さんを危険な目に合わせないから」

 

「でもなぁ」

 

ねぇ、お願い

 

 と、こいしは上目遣いで北斗を見る。

 

 

 この瞬間北斗は違和感を覚えるも、すぐに違和感は消える。

 

 

「ダメだよ、こいし。わがまま言ったら」

 

 北斗がそう言うと、こいしは少し驚いたような表情を見せる。

 

「……やっぱり、お兄さんには効かないんだ

 

「ん?」

 

「ううん。なんでもない」

 

 彼女は小さく呟いて北斗は首をかしげるが、こいしは笑みを作って何も無い事を伝える。

 

「ねぇお兄さん」

 

「なんだ?」

 

「それならね、抱っこして欲しいなぁ」

 

「……え゙ぇっ?」

 

 こいしの脈絡の無い突然の言葉に、北斗は思わず声を漏らす。

 

「きゅ、急にどうしたんだ、こいし?」

 

「ん~? 何となく」

 

「な、何となくって……」

 

 あまりにも唐突な流れに、北斗は呆れてため息を付く。

 

「ねぇ、ダメなの?」

 

「それは……」

 

「今日行くことが出来ないなら、せめて抱っこぐらいして欲しいなぁ」

 

「うっ……」

 

 こいしの誘いを断った手前、北斗はたじろぐ。

 

 その上、彼女は少し泣きそうな表情をしていたとあって、彼の良心が痛む。

 

「……い、良いよ。抱っこぐらいなら」

 

「わーい」

 

 結局北斗が折れて了承すると、こいしは両腕を上げて喜ぶ。

 

「それで、普通に抱えればいいの?」

 

「ううん。お姫様抱っこが良いなぁ」

 

「お姫様抱っこ……」

 

 ふと、この間の事(第55駅を参照)が脳裏に過ぎり、北斗は少し顔が赤くなる。そんな北斗の姿を見てこいしは首を傾げる。

 

「……」

 

 北斗は腹を括り、こいしの肩と両膝の裏側に手を回して彼女を抱え上げる。

 

「えへへ♪」とこいしは楽しそうに北斗の腕の中で喜んでいた。

 

(見掛け通り……軽いな)

 

 と、北斗は女の子に対して失礼な事を考えるのだった。まぁ普段から力仕事をしているとあって、力は付いている方だ。

 

(それにこれは……恥ずかしいな)

 

 両腕と両手にこいしの身体の柔らかさが伝わり、彼女の顔が間近にあるとあって、恥ずかしかった。

 

(あの時の早苗さんも、こんな感じだったんだろうな)

 

 そう思うと、余計恥ずかしくなるのだった。

 

「お兄さん」

 

「ん?」

 

「女の子に対して軽いとか重いとか、言っちゃダメなんだよ」

 

「えっ? ご、ゴメン」

 

「それに、別に私は恥ずかしくないよ?」

 

「……」

 

 と、こいしに心を読まれたように内心考えていた事を言われて、北斗は思わず謝る。

 

(分かりやすい表情だったのか?)

 

「うーん」と静かになりながら、腕の中に居るこいしを見る。

 

(ん?)

 

 ふと、北斗はある事に気付く。

 

 一瞬だけ、こいしの左胸付近にある管に繋がれた球体状の物体が開いて、目の様なものが見えていた。しかし次の瞬間には元に戻っている。

 

(今の、何だ?)

 

 北斗が首を傾げると、こいしは自分の左胸付近にある物を見る。

 

「お兄さん。やっぱりこれが気になる?」

 

「あっ、いや、そういうわけじゃ無いんだ。気に障ったなら、謝るけど」

 

「ううん、いいの。このサードアイは、私やお姉ちゃんの……覚妖怪の特徴だから」

 

「覚妖怪……?」

 

 球体状の物体ことサードアイを持つこいしは少し哀愁漂う表情を浮かべると、北斗が声を漏らす。 

 

「心を読む妖怪だよ。このサードアイは、どんなものを見通せるの。心だけじゃなく、記憶も、全てね」

 

「……」

 

「だから、人間のみならず、他の妖怪たちは、私達を忌み嫌った……」

 

 こいしは無表情で、憎しみを孕んだ声を漏らす。

 

「今はおぼろげだけど、サードアイが読んだ人間や妖怪達の心は、心無い物ばかりだった」

 

「……」

 

「だから、あの妖怪は私達を地底に追いやった……私達が都合の悪い存在だから」

 

「……」

 

 北斗は何も言わず、ただこいしの言葉を聞き入れる。

 

「あっ、ごめん。何だか話が湿ってきちゃったね」

 

 こいしはハッとして、北斗に謝る。

 

「気にしなくて良いよ。色々と、あるんだろうしな」

 

「……」

 

 

「ところでさ」

 

「なに?」

 

「どうして急に、その……抱っこして欲しいって言ったんだ?」

 

 北斗は当然な疑問をこいしに問い掛ける。あまりにも唐突な流れとあって、彼の疑問は尤もだろう。

 

「んー。それはね」

 

 こいしは一瞬視線が逸れるも、すぐに北斗の目を見る。 

 

 

「こうしていれば、お兄さんと一緒に居られる(・・・・・・・)からね」

 

 

「……一緒に?」

 

 北斗はこいしの言葉に違和感を覚える。

 

 それならお姫様抱っこなんてする必要は……

 

 

 直後に北斗の危険信号が警鐘を鳴らしたが、時既に遅かった。

 

 

「っ!?」

 

 突然後ろから羽交い絞めにされて、両足が地面から離れる。

 

「な、なんっ!?」

 

 北斗はもがこうとするも、羽交い絞めにしている腕の力が強く、びくともしない。

 

 頭を横へと向けると、彼の視界に黒い羽に覆われた大きな翼が映る。

 

「お空。お願いね」

 

「はい! 任せてください、こいし様!」

 

 と、いつの間にか北斗の腕から離れて空を飛んでいるこいしは、北斗を羽交い絞めにしているであろう者の名前を言うと、彼の後ろから元気そうな少女の声がする。

 

「こいし! これは一体!?」

 

「お兄さん」

 

 半ば状況を把握しきれない北斗がこいしに声を掛けると、彼女は北斗を見る。

 

「暴れない方が良いよ。お兄さん、空飛べないんでしょ?」

 

「っ!」

 

 北斗は下を見ると、既に木々よりも高く上がっていた。その高さに思わず息を呑む。

 

 彼がこの高さから落ちれば、ひとたまりも無い。運良く木々の枝に引っかかって落下速度を落とせても、大怪我は免れない。下手すれば死ぬ可能性もある。

 

 それにここは妖怪の山だ。仮に助かっても妖怪達が彼を狙って近寄ってくるだろう。哨戒している天狗に見つけてもらえるのならいいが、それ以外の妖怪に見つかれば、彼に逃れる術はない。

 

 それ以前に、空を飛ぶ事が出来ない北斗は、空に上げられた時点でなす術は無い。

 

「……」

 

 どうする事も出来ず、北斗は暴れるのを止めて大人しくなり、彼はこいしを見る。

 

「ごめんね。こんな無理矢理な方法を取ってしまって」

 

「……」

 

 北斗は諦めたようにため息を付いて、俯く。

 

 

 

 この時、彼らを見る一つの視線があったのを、こいし達は気付く由も無かった。

 

 

 




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