所変わって守矢神社
「……」
神社に戻った早苗は竹箒を手にして、境内に落ちている落ち葉を掃いて一箇所に集めていた。
しかしその様子は、どことなく不安な色が見え隠れしている。
「……」
「……」
その様子を神奈子と諏訪子の二柱が社より見守っていた。
「で、さっきから何を唸っているんだ、諏訪子?」
「だってさぁ」
隣で静かに唸っている諏訪子に神奈子が呆れた様子で声を掛けると、不満です、と言わんばかりに口を尖らせている諏訪子は早苗を見る。
「早苗ってさ、いつになったら自分の気持ちに気付くんだろう」
「何だ、その事か」
「神奈子だって、気にしているんでしょ」
「……まぁ、気にしていないといえば、嘘になるな」
神奈子はため息を付いて、早苗を見る。
「早苗……自覚していないけど、北斗君の事を想っているはずなんだけどねぇ」
「……」
「教えてあげるべき、なのかな……」
「だが、こればかりは自分で気付かないと意味が無い。仮に教えたとしても、あいつは自覚しないし、すぐに受け入れない」
「……」
「まぁ、こればかりは時間を掛けていくしかないだろう」
神奈子がそう言うと、諏訪子は深くため息を付く。
(北斗さん。無事に機関区に戻れたでしょうか……)
内心呟きながら、早苗は手を止めて空を見つめる。その表情は何処と無く不安げであった。
いくら河童の里であるとしても、場所が場所とあって不安な懸念材料は多い
(……やっぱり、最後まで一緒に居るべきだったでしょうか)
ふと、最後に北斗の姿を見た時の光景が脳裏に過ぎる。
北斗に戦う力は無いし、空を飛ぶ事が出来ない。そんな彼が妖怪に襲われたら……。早苗の胸中に不安が渦巻く。
(いえ、にとりさん達が付いているから、大丈夫なはず)
一抹の不安はあったが、場所が場所であり、尚且つ彼の安全を見てくれている者も居るのだ。心配は無いはず。
(……でも、何ででしょうか。妙に胸騒ぎがする)
締め付けられるような感覚が胸の奥からして、早苗の呼吸は少し乱れる。
「……北斗さん」
彼女は俯くと、思わず名前を呟く。
―ッ!!
すると汽笛の音が彼女の耳に届く。
「あれ?」
早苗は顔を上げて、首を傾げる。
(今日こちらに来る予定は無かったのに、どうしたんでしょうか?)
内心呟きつつ、箒を社の壁に立て掛けて向かう駅のホームへと向かう。
守矢神社の駅は階段の前にあり、早苗は駅のホームに着く。
少し待っていると、煙突から黒煙を勢いよく吐き出して見るからに慌てている様子のC56 44号機がホームへと入ってくる。
「……」
今まで見たことの無い姿に、早苗は不安を覚える。
C56 44号機は早苗の前で停車すると、
「大井さんに、にとりさん? どうしたんですか」
「早苗! 区長はここに来たかい!?」
「えっ? 北斗さんですか? いえ、来ていません。というより、大井さんが迎えに行った筈じゃ」
慌てた様子の
「そ、その事なんだけど、早苗。落ち着いて聞いて欲しいんだ」
にとりは言いづらそうに口を開く。
その瞬間、早苗は一瞬心臓が跳ね上がるような感覚に襲われる。
「じ、実は……北斗が居なくなっていたんだ」
「……え?」
にとりの口から出たのは、早苗にとって最も出て欲しくない言葉だった。
「ど、どういう事なんですか、にとりさん!?」
彼女はにとりの両肩を掴んで問い詰める。
「そ、そのままの意味だよ。気付いた時には、北斗の姿が、何処にも無かったんだよ」
「大井さんが迎えに来るまでにとりさんが北斗さんと一緒に居るはずじゃなかったんですか!?」
「少しの間だけ目を離していたんだ。戻ってきた時には、もう彼の姿は」
「何で目を離していたんですか!」
「同僚に手伝って欲しいって言われたんだ! 私だって常に暇じゃないんだよ!」
「だからって!」
「言い争っている場合じゃないだろ!!」
言い争いを始めた二人の間に割り込むように
「無駄な事に時間を使っている暇があったら、区長を探すのに時間を使え! 何かがあってからでは遅いんだぞ!」
『……』
「ご、ごめんなさい。にとりさんばかりを責めてしまって」
「いや、早苗が謝る必要は無いよ。元はと言えば、目を離したこっちに非があるし」
早苗とにとりは互いに謝罪をして、気持ちを切り替える。
「私は一旦機関区に戻る。みんなに協力して探せる範囲で区長を探してみる」
「とにかく、椛を探してみるよ。椛の能力を使えば、彼が何処に居るか分かるかもしれない」
にとりは白狼天狗の椛が持つ『千里先を見通す程度の能力』を使えば、北斗の居場所を掴めると考えた。
「お願いします。私は山を探してみます」
「一人で探すって言うのかい。この妖怪の山を?」
「はい」
「いくら早苗でも、そりゃ無理だよ」
「でも、何もしないよりかはマシです!」
「あの天狗が好き勝手に動くのを黙っているはずが無いだろ」
「でも!」
「落ち着け、早苗!」
と、後ろより耳の奥にまで届きそうな声がして、早苗は身体を震わせる。
すぐに後ろを振り向くと、神奈子と諏訪子の二柱が階段を飛び越して彼女の傍に降りる。
「お前がここで取り乱した所で、事態が変わる事は無い。少しは落ち着け」
「神奈子様、諏訪子様」
「急がば回れだよ、早苗。急いだって、見えるものも見えないよ」
「で、でも、諏訪子様。こうしている間にも、北斗さんは「早苗」……」
と、神奈子は早苗の言葉を威圧的に遮って、彼女を黙らせる。
「お前一人で出来る事など高が知れている。こんな広い山を、お前一人で北斗を探し出せると思っているのか?」
「……」
「それに、天狗達が早苗の捜索の邪魔をしないとも限らないしね」
「……」
二柱から指摘されて、早苗は俯き、自分の無力さに両手を握り締める。
「それに、だ」
神奈子は一旦間を置き、早苗を見る。
「こういう時こそ、頼るべき友が居るのではないのか?」
「っ!」
神奈子の言葉に、早苗はハッとする。
「お前は一人じゃない。お前には、頼れる友が居る」
「事を急ぐより、あえて回り道をするのが良い事もあるんだよ、早苗」
「神奈子様、諏訪子様……」
二柱より言葉を貰い、早苗は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、そして切り替える。
「……私、行ってきます!」
彼女は後ろを向くと、地面を蹴って跳び上がり、勢いよく飛ぶ。
「……さてと、私達もやれる事をしようか」
「あぁ」
神奈子は相槌を打ち、にとりを見る。
「河童もやれる事をやってくれ」
「は、はい!」
にとりは身体を振るわせつつ返事をして、すぐに飛ぶ。
「私達は天狗の所へだね」
「あぁ。あの頭の固い連中を説得しないとな」
「うん。なんとしても、最悪な事態だけは避けないと」
「うむ」
二柱は互いに頷き合うと、天狗の里へ向かって飛ぶ。
―――――――――――――――――――――――――
所変わって某所
北斗を攫ったこいし一行は洞窟の中へと入る。
しばらく進んだ所で、こいしが下りて、北斗を抱えていた少女も下りて地面に足が着く。
「……」
少女より解放された北斗は、こいしを睨む。
「こいし……」
「言いたい事は、分かっているよ、お兄さん」
こいしは北斗の方へと振り返り、申し訳なく声を漏らす。
「じゃぁあえて言うが、何でこんな事をしたんだ」
「……」
「こんな事、許されるはずがない。それはこいしにだって分かるはずだ」
「……」
北斗に諭されて、こいしは俯く。
この幻想郷において、妖怪による人間の誘拐は御法度である。この事実が発覚すれば博麗の巫女が必ず妖怪退治に動く。
北斗はこの事を知らないが、誘拐自体が犯罪であるので、彼女の事を心配している。
「俺だけじゃなくて、色んな人に迷惑を掛けることになるんだぞ」
「……」
「お前! こいし様が迎えに来たというのに、何だその言い方は!」
と、北斗の態度が気に食わなかったのか、黒翼の少女は北斗に抗議する。
「お空は黙ってて!」
「っ! こいし様……」
こいしに怒鳴られて、少女はたじろぐ。
「……」
こいしは顔を上げて、北斗の目を見る。
「……どうしても、お兄さんに来て貰いたかったの」
「それは、今じゃないといけないのか?」
「うん。私って無意識になってしまうから、次にお兄さんといつ会えるか、分からない」
「……」
「だから、その……諦め切れなかった」
「……」
「ごめんなさい、お兄さん」
こいしは深々と頭を下げて、北斗に謝罪する。
「……」
「こいし様……」
北斗はそんなこいしの姿を、ただ黙って見つめ、少女はこいしの姿に声を漏らす。
「……」
何も言わず、沈黙し続けた北斗は浅くため息を付く。
「……今回だけ」
「え?」
「今回だけ、こいしの我が儘に付き合うよ」
「お兄さん……」
「但し、次は無いよ」
「っ! うん!」
こいしは笑みを浮かべて、頷く。
「約束だよ」
「うん。約束」
北斗とこいしは指切りげんまんをして、約束する。
(それに、断ったとしても、どの道帰る事は出来そうに無いしな)
北斗は内心呟くと、頭の後ろを掻く。
空を飛んで来たと言っても、ある程度方向は分かっているので、どうにか歩いていけるだろう。だが、忘れてはいけないが、ここは妖怪の山。天狗に見つけてもらえるのならいいが、道中獰猛な妖怪に出くわす可能性が非常に高い。妖怪でなくても、熊や狼といった獣も居るのだ。もし遭遇すれば、北斗に逃げられる術はない。
ゆえに断ろうにも、断れる状況ではない。ならば、彼女達と行動を共にせざるを得ない。
「あっ、お兄さん。紹介するね!」
と、こいしは北斗の傍を通って、少女の隣に立つ。
「私が飼っているペットのお空だよ。お空、この間話していたお兄さんだよ」
「えっ? あっ、はい」
こいしからお空と呼ばれる少女は戸惑いながらも、北斗に自己紹介する。
「……
さっきの事もあってか、少し気まずそうにしていた。
「こいしからある程度聞いていると思うが、霧島北斗だ」
北斗も自己紹介しつつ、空と言った少女を見る。
腰まで伸びて少しぼさついた黒髪をして緑色の大きなリボンをしており、女性としては長身で、北斗とほぼ同じぐらいの背丈をしているが、顔つきは何処と無く幼さを残しているといった感じだ。しかし彼女の双丘は服の上からでも分かるぐらいに、大人顔負けの立派な大きさであった。
服装は白いブラウスに、膝上までの長さの緑色のスカートといった格好をしており、自身の背丈ほどはある大きさを持つ黒い翼の上に、宇宙空間を模した模様の裏地をした白いマントを羽織っている。
しかし何より特徴的なのは、彼女の胸元にある赤い目であり、飾りなのか、生きているのか判らないが、心なしか北斗を見ているようにも見えなくも無い。両足も特徴的で、右足はまるで溶けた鉄が纏っているような見た目で、左足には何やら半透明のリング状の物体がある。
(何だろう。彼女から他となんか違うような気がする)
北斗は持ち前の感覚で、今まで幻想郷で会ってきた者達とは異なる感覚を彼女から感じていた。
「お空ってね、凄いんだよ。八咫烏っていう神様の力を持っているんだよ」
「八咫烏?」
こいしの口から八咫烏の名前が出て、北斗の脳裏に少し前に守矢神社で神奈子と早苗から聞いた話が過ぎる。
(そういえば、間欠泉センターにその八咫烏を宿した地獄鴉が居るって言っていたけど、彼女の事だったのか)
北斗は改めて空を見る。
(でも八咫烏って、何か割ととんでもないような存在だった気がする……)
色々と疑問は過ぎるものも、とりあえず今はその疑問を棚上げにした。
「それじゃ行こう、お兄さん」
「……あぁ」
北斗は頷き、こいしと空に付いて行って、洞窟の奥へと向かった。
感想、質問、要望等がありましたら、お待ちしています。