「ゴホンッ。まぁ、改めて言わせて貰うわね」
先ほどの動揺を抑えるように八雲紫は咳払いをして調子を整えると、北斗達を見る。
「私の名は八雲紫。この幻想郷を管理する妖怪ですわ」
そう言うと広げた扇子を口元へと動かす。
(妖怪、なのか?)
彼は八雲紫の容姿に内心呟く。
彼の中での妖怪というのはどことなく醜く、人の形から離れたイメージが強かった。まぁ某妖怪漫画のイメージが強いと言うのがあるが。
しかし目の前の八雲紫という妖怪はそのイメージを根底から覆すほど美しいものだった。
だが、同時に警戒している存在でもあった。
「そう警戒しなくても、とって食おうとはしませんわ」
と、北斗の心を呼んだかの様に彼女は僅かに目を細めて微笑する。
「先ほどまでの話はスキマの中から全て聞かせてもらいましたわ、霧島北斗さん」
「……」
「あなたの様子からすれば、幻想郷に現れた線路の事を知らないのは確かなようね」
「あら、紫が連れてきたんじゃないの?」
「さすがに私でもここまで大規模な施設を幻想入りさせるのは無理よ」
八雲紫は肩を竦めながら言う。
「じゃぁ、異変の犯人は別に居るってわけ?」
「そうね。彼の話を聞く限りでは、ね」
「……」
「でも」と呟きながら紫は扇子を閉じると、先ほどと打って変わり、鋭く雰囲気が変わる。
「この場所と線路が幻想郷に出現したタイミングは、同じなのよ」
「……」
「仮にもあなたの身に覚えが無いにしても、こんな偶然があるのかしら?」
「それは……」
スゥと目を細める八雲紫から威圧感が出て、北斗は何も言えなかった。
いや、先ほど彼女が言ったように、身に覚えが無くても自分達と線路の出現したタイミングが同じだと、疑われても仕方が無いし、彼も言い返すことも出来なかった。
「改めて問いますわ。あなた方の目的は何かしら? 返答次第では、対応は変わりますわ」
八雲紫は一層威圧感を強めて彼らを見つめる。
「……」
「だから、私達に目的なんて!」
『D51 1086』のバッジを付けた少女は八雲紫に抗議しようとするが、北斗が左手を上に上げて彼女を止める。
「く、区長……」
「……」
北斗は深呼吸をして、八雲紫を見る。
「自分達はこの幻想郷をどうしたいわけじゃありません。ただ言えるのは、自分達は自分の意志があってこの幻想郷に来たわけではありません。それは、確かです」
「……」
「……」
しばらく二人の間に沈黙が続く。その間に八雲紫の表情はどこか思案するようなものだった。
「幻想郷を侵略する気はありませんわね?」
「無い」
「今までのあなたの言葉に、嘘偽りはありませんわね?」
「はい」
「……」
八雲紫は目を瞑り、しばらく沈黙する。
「良いでしょう」
そして瞑っていた目を開き、北斗と少女達を見る。
「幻想郷は全てを受け入れますわ。八雲紫の名において、貴方達を幻想郷の一員として、迎え入れます」
彼女はその決定を彼らに告げた。
「良いの、紫?」
「えぇ。幻想郷を侵略する気は無いようですし。今のところ置いていても問題は無いわ。それにこの異変も彼らは直接的に関係していないようですし」
霊夢が彼女に問うと、紫は肩を竦めて呟く。
(それに、色々と利用できますしね。異変解決の協力にも、この幻想郷が抱える問題にも、ね)
「……」
表情には一切出さなかったが、内心なにやら企んでいた。まぁ付き合いが長い分、霊夢には怪しまれているが。
「あ、あの、紫さん」
と、先ほどまで黙っていた早苗が少し遠慮がちに紫に声を掛ける。
「何かしら?」
「彼は、どうなるのでしょうか?」
「どう、とは?」
「彼は外来人みたいですので」
「あら、そうでしたの」
八雲紫は北斗に視線を向ける。
「それで、どうしますか?」
「……」
「博麗の巫女に頼めば、結界を緩めてこの幻想郷から出ることは可能ですわ」
「先ほど霊夢さんが言っていましたね」
彼は少し前に霊夢が話していた外来人についての事を思い出す。
(戻れるのなら、戻るのも良いが……)
まぁ、本来ならここで戻る選択をするのが当然なのだろう。
しかし、彼にはすぐに戻りたいと言う選択を選ばなかった。
「一つ、聞いていいですか?」
「どうぞ」
北斗はとある疑問を八雲紫に問い掛ける。
「彼女達は、どうなるんですか?」
北斗は後ろに居る少女たちを見る。
「……確証はありませんが、外の世界で失われた存在であるのなら、外の世界に戻れば恐らく存在を維持できないでしょうね」
「……」
予想していた返答が返ってきた事に、彼の表情は険しいものになる。
「まぁ、ここに居れば存在を維持出来ますので、心配は」
「残ります」
「……え?」
八雲紫は即答した彼に思わず声を漏らす。
「俺は、この幻想郷に残ります」
北斗は、ただそれだけを告げた。
「よろしいのですか?」
「えぇ」
「……幻想郷の事は博麗の巫女から聞いているわよね」
「はい」
「幻想郷で暮らす以上、外の世界と関係を断ち切らなければなりませんわよ」
それはつまり、何からも忘れ去られると言うことを意味する。幻想郷の一員となってから外の世界に戻っても、彼の存在を証明するものは無くなるのだ。
「分かっています」
しかしそれを分かった上で、彼は迷わず答えた。
「……」
紫は何か言おうとしたが、彼も何か考えがあって決めたのだろうと、それ以上は言わなかった。
何より、彼女は北斗の瞳の奥から固い決意と、言い知れない闇の深さを感じ取っていた。
「……分かりました」
彼女は浅く息を吐いて呟くと、右手を北斗に差し出す。
「ようこそ、幻想郷へ」